いつも、ありがとうございます。 今回は悩みではなく、いつも思ってることを質問させて いただきます。 よく、人はそれぞれに使命を持って生まれてきてる。 自分の生き方がその使命に沿うとスムーズに生きていける。と聞いたことがあります。 では、私の使命とは何だろう?と知りたいのですが… 自分の今まで生きてきたなかで何が使命なのか、どんな事を使命と言うのか? 色々考えても、分かりません。 自分の使命が何かを知る事で、これからの生き方がもっと生き甲斐のあるものになりそうな気がするのですが… 使命について教えていただいたいです。 どうぞよろしくお願いします。
私は、「お金」「お金を稼ぐこと」にとても執着してしまいます。 持病があり、満足にフルタイムで働けず非正規雇用として収入が安定しないこと、医療費がそれなりにかかることも原因なのかな……と思っていたのですが、 それを抜いても、お金を貯めて何かしたいとか、何かが欲しいという理由が特にないまま、「とにかく貯めなくては!」という強迫観念じみたものに囚われている気がしてなりません。 ほぼ「お金、お金」と考えている自分が、恐ろしいというか疎ましいです。 何かご助言、ご意見をいただければ幸いです。 よろしくお願い致します。
6月に父が急死しました。 前日、普通に電話で話をしていたのに。 健康面では特に問題もなかったし、何の前触れもなく、突然死でした。 そんな父の死がトラウマとなってしまっています。ふとした瞬間に思い出し、恐怖や悲しみが頭から離れなくなり寝られなくなります。 母が、旦那が、娘が、弟が……身近に居る大好きな家族が「もし父と同じように急に居なくなったら」という不安が、父が亡くなってから今でもずっと続いてしまうのです。 いつかは来ることと分かっていても、本当に怖いです。頭では理解しようと頑張っても、心の中が追いつきません。 急に居なくなったら私はどうしたら良いのだろうと、自分の不安な気持ちのことばかり優先させた考えで情けないですが、そんなことをずっと夜中じゅう考えて朝になってしまうこともあります。 どうやってこのトラウマを乗り越えたら良いのか未だに分かりません。ずっと私につきまとってくるのです。 私はどうしたら良いのでしょうか。 久しぶりに不安でたまらなくなったので、こちらで相談させてもらいました。
いつも読ませて頂いております。 いくつもいくつも聞きたいことがありますが、今度は自殺についてお訪ねします。 身近な人が、自殺しました。 あれから10年近く経ちますが、未だに時々思いだしては泣けてしまいます。 何故自殺したのか。 いくつか原因は思い当たることがあります。 あくまで想像になってしまいますが、体のこと、お金のことです。 何かしてあげられなかったのかなといまだに悔やまれます。 今更ですよね。 でも、ずっとずっと考えてしまいます。 自殺した人は、成仏できないと言いますよね。 この世で生きるというのは、修行だと。 それを自らの手で終わらせるというのは、仏教の考えでは罪になるのでしょうか。 また、自殺した人に対して私はどう考えていけば良いのでしょうか。 あの人が自殺したあの日あの時間から、時が止まっているように感じるときがあって、思い出したらその瞬間に引き戻されるような悲しみに襲われるときがあって、苦しいです。
相手をなるべく尊重し 思いやり行動しているはずなのに 私の意見は聞いてもらえなかったり 大切にされている感じがしません。 世の中は“好き”“嫌い”とか自分の意見を主張しているひとのほうが楽に生きられるのでしょうか? 私は育ってきた環境からもつい相手を尊重しすぎてしまってなんでも言っていいようなひとだと思われて。 ハッキリと自己主張するひとをみると どうしてそんなに自分の意見が正しいとか感情を表せるのか不思議に思ってしまいます。 たまに私が自分の意見を言えば嫌われたりもして。 心がもやもやしています。
こんばんは。今ものすごく死にたいです。誰にも助けを求めても助けてくれなくてもう方法がないです。一時の感情ではなくてこのずっと今すぐ死にたい気持ちが四年続いています。病院へ行っても治らず、環境はどんどん悪くなるばかりです。助けてください 私は自殺未遂を4度しています。死にきれない 小さい頃に親の恋人にレイプをされました。誰にも言えなくてその時は好意を示してくれるだけだと思っていたけれど大人になるにつれあれは強姦だと認識してから4年が経ちます。もう誰も信用出来なくて、小さい頃から片親で親から暴言暴力、親に恋人ができれば暴力をうけ、ご飯も食べさせてもらえなかった時もありました。なのでゴミ箱から拾って食べたりしていました。それでも頑張って学校に行きました。私の目は一重で睨んでないのに睨んでると言われて学校の先生に引きずられて怒鳴られたりしました。どこにも居場所がないです。友達ができて信用できそうだったら過去のことや悩んでいる話をしたけど、笑われました。それからずっと今まで誰にも言えなかったら家族が全部知りました。精神科の先生が全部家族に話したんです。そしたら、謝られることはなく親以外の家族がその親を責めることもなく何事もなかったかのように笑って過ごしています。私の名義でローン何個も組まされて、一人暮らしして逃げようとしても逃げられません。4年間暴力はなかったけどまた始まりました。また地獄の始まりです。どうしたらいいどこまで我慢したら良い私は何をしたら喜んでくれる?なにもしたら怒られない?同級生はもう大人で生活していて私はどうすることもできない、たすけて しにたくないのにしぬことしかできない
以前より、死の恐怖について相談をさせていただいており、大変お世話になっております。 たくさんの方から頂いたご回答はどれも暖かく、そして勉強になっております。ありがとうございます。 問答の中で、自分の弱い点や、認知や考え方の歪みがわかり、この方法で恐怖を緩和していこうという方向性は見えつつあるのですが、恐怖緩和に対するどの方法を行うにしろ、習得や納得(体でわかるまでやる、なども含め)には多くの時間を要します。死は人生の命題ですので、一年やそこらで恐怖が激減し、納得することはできないと考えます。 私は方向性としては、禅などの「体で納得」を目指したいと考えていますが、これこそ一朝一夕で身につくものではないですし、仕事等による時間の制約もあり、納得に至るには長年の修行が必要だと感じています。 そんな風に時間をかけてゆっくりと学びを深めてはおりますが、もちろんその間にも死への強い恐怖感は消えません。特に、楽しいことがあった日の帰り道や夜には、必ず「この思い出も自分の存在もいつか消える」という思いで気が狂いそうになり、パニック症状が出ます。 それを、娯楽へ走ったり、禅と宗派は異なりますがお念仏に頼ったり、お墓やお寺に行ったりと、一時凌ぎでやり過ごしているのが現状です。このように、最近は「いつか死ぬ」ということがいつも恐怖で気掛かりで、楽しい・嬉しいなどのポジティブな場面が心から楽しめないような感覚になっています。 前置きが長くなりましたが、 お坊さん方の中に、今に至るまでに修行をなされている間に私のように気持ちが揺れたり、恐怖でパニックになったりしたご経験をなされている方がいらっしゃいましたら、「ご自分が一旦、その問題(私で言うところの死の恐怖)への納得感を得られるまで」に、どのような心持ちや行動で過ごされていたのかをお聞きしたいです。 また、現在も私は死の恐怖緩和についての対処を学んでいる最中ですので、もし同じ問題に悩み、納得した方法や考え方があれば、併せて教えて頂けると嬉しいです。 お時間ある時で構いません。様々なご回答を聞きたいです。お手数をおかけ致しますが、ご回答頂けますと幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。
これはもう確定で変わることは無いです。 あと1年で私は自殺で死にます。 記念にここに書いておきますが、自殺する理由は自分の顔、それから性格が嫌いなのと家族の死を考えた時にとても怖くなり 先に死ぬのがいいのではないかと思いつきこの結果に至りました。 顔で沢山いじめられ、性格で沢山損をして… 今まで他人と居て楽しかったことなんてありません。 まだ若いんだからという言葉、聞き飽きました。 歳を重ねてもきっと同じです。 2018年、保険に加入しあと3年で死のうと決意しました。 ついでに保険金入ればいいなーって。 死ぬきっかけ求めていたんですかね。 チャンスだと思いましたよ。 話変わりますがとても愛されて生きてきました。 両親の泣く姿が想像出来ます。 申し訳ない気持ちと同時に強い憎しみも生まれます。 と、まあ今はそんな事で悩んでいますが、死んでしまったら結局そんなことも気にしないでしょう。 死ぬのはとても怖く、その時になったら足が竦むと思います。 でもきっと、やめることはありません。 これまで感じてきた苦痛を思い出せば、それ以上の苦しみなどありません。 輪廻転生、大好きな四字熟語です。 そして本題なのですが、これから死ぬまで両親にできる親孝行は何があるのでしょうか。
こんにちわ うつ病になり何年も治らないですし、いろいろな治療をしたのですけど、もう治る見込みがないですし、疲れたので自殺しようと思ってます、 もう苦しすぎて限界を迎えました、 母からいじめを受けて育ってきて それが原因でうつになりました、 でももう誰も恨んでないですし後悔もしてません、 そうゆう運命だったのだと思えるようになりました、 本当によくやったと思います 自分を誉めてあげれるくらいに頑張って やってきて治療もいろいろしてきました、 もう限界です、 うつ病で自殺するのは 立派な病死だと思います、 もう生きる気力がないです こんな苦しい思いをしたのだから、自殺したら、死後の世界も地獄に行かず、神様も阿弥陀仏様も助けてもらえるのでしょうか? もう 死ぬのが怖くないですし 生きるのが辛すぎるので、 死後の世界を教えて下さい、 死んでは駄目だとか言うのは何回も聞いて 頑張ってきましたが、治る見込みがないので、生きろなどの綺麗事ではなくて、死後の世界を教えてもらえたら嬉しいです、僕はあの世でどうやったら報われますか? お願いいたします
迎えた生みの母の月命日、年に一度の大会議があり、私のチームの発表の結びは『お母さんは、喜んでくれるだろうか?』でした。寺の本堂で、夕食のあとに銘々が話す機会をいただき、皆さまにありのままを伝えました。 ・母のとき、導師を務めさせていただいたこと ・様々な障壁、思い通りにいかない苦しみを経て生きてきた両親が、それでも私たち姉妹を育て上げてくれたことへの感謝 ・責任を持って、お墓をたのみまいる意 ・日々のこと 「皆の生活がかかっているから」と懸命な、母のように慕うその人は私の話の途中で、両手で顔を覆い涙を… 家族のような絆で結ばれた、父のように慕うお坊さんは、会の後に廊下ですれ違うとき「茗荷さんのお父さんになろう」と、誓ってくださいました。 その日の朝勤行は、地元の子どもたちも参列、開始早々ぐずってしまった幼子に、辛抱強くお経を読むお母様、幼子が自分で作ったお念珠を手にした時、私は通路を開けるために元の席に戻りました。程なく椅子を乗り越えて、幼子はこちらに来ました。 お母さまは勤行の間、怒りませんでした。若坊守は、実のお子さん達によれば「厳しいお母さん」で心底、親子のかかわりを目の前に、苛立ちがあるのではと余計な心配をしましたが、幼子がふと若坊守を見た時、最高の笑顔でずっと包み込んでいました。 自分の和讃の声は、涙とともに震えつまりました。後ほど若坊守は「わかりますよ。」と、笑顔で燦々と頷いてくれました。 今思えば一部始終、襖一枚の向こうで、黙って大坊守は、お聞きになっていたのかもしれません。 数か月前、営繕の同僚は、若坊守に「大坊守が非常に厳しい御方だった、だから、厳しいことを言うけれども…」と営繕の同僚をきつく叱った折に強く念を押したそうです。 初めてお会いした大坊守は、司会から紹介をうけ「初めてお目にかかる人も多いのですが…前坊守の…」と深々と、ゆっくりとお辞儀をされました。 住職の涙も、悔しさも、海外へ逃げようと迷った苦労も皆一心に聞きました。前坊守が話す間「お母さん、ちょっと話していいですか」と住職が話始め「いま、この子は、焦っています」と皆に微笑み「人の話は最後まで、聞きなさい。あなたの選ぶ道が、どれだけ厳しいか…本当に」と諭されました。 これからも、法を聞きてよく忘れず、精進させていただきます。 どうか私の母と、母に…何卒ご法話をお願いします。
わたしは、夫がある身ながら不倫をし不倫相手から離婚して一緒になって欲しいと言われて離婚をしました。 離婚後、不倫相手との子供の妊娠が発覚。産んで欲しいと言われて、ぬくぬくと妊婦生活をしていましたが、妊娠発覚から3ヶ月後不倫相手から実は妻子持ちであることを告げられて下ろして欲しいと言われ中絶しました。 わたしは最初から既婚者である旨を伝えていましたが、相手はずっと既婚者であることを黙っていたのです。 その後、不倫相手も離婚し正式にプロポーズをされて結婚をしました。 わたしは本当に好きな人と一緒になれて嬉しい反面、色々なことへの罪悪感と今の夫を心から信用出来ない苦しさから、このまま自分が普通に生きてて良いのだろうかとわからなくなります。 裏切ってしまった元夫、殺してしまったお腹の赤ちゃん。 既婚者ということを隠されていたにしても、結果としてわたしのせいで苦しんだ現夫の元妻とお子様。 現夫のお母様からは「わたしから息子と孫を奪った女」と罵られもしました。 こんなに多くの人を苦しめて、わたしがのうのうと幸せに生きていて良いはずがないと思うのです。 それでも現夫との人生を選んだのは自分だからと自分に言い聞かせるもののこの選択に自信が持てず、また夫はまた同様のことをしてわたしを裏切るのではないかという不安と各方面への贖罪から一層のこと自殺してしまおうかと思います。 ただ、自分の親だけが「あなたの幸せが一番だから」とわたしの選択を尊重してくれたのが救いでしたが、今ではちゃんと厳しく言って止めてくれなかったことに対して親を恨む気持ちさえあります。 現夫は、 わたしのことを認めてくれない自分の親は知らない。 元妻とその子供には養育費は払うが、一生会わないし別に思い出すことも未練もない わたしのお腹にいた赤ちゃんのことは悪い事をしたと思うけど、今は思い出すことは無い。 わたしとこれからの人生を幸せに歩んで行ければそれで良い。 というスッキリした考えの持ち主です。 わたしはこのまま生きていて良いのでしょうか。いつか自分が幸せだと思える日が来るのでしょうか。アドバイス頂けると幸いです。
はじめまして。 私は昨年40才で唾液腺癌になりました。 癌が顔面神経に触れていたため、腫瘍を摘出する際に顔面神経も一緒に摘出し、永久に顔の半分が麻痺状態になりました。 目が閉じず、口角は下がり左右差があります。 手術した耳付近も大きく陥没しています。 主治医には、手術した所を整形する事は可能だが再発リスクが高まると言われ、整形は諦めました。 癌を宣告され、とても辛く悲しい日々でしたが優しい家族や友人に支えられ前を向けるようになりました。 現在は有り難いことに経過観察中です。 毎日朝が来る事に感謝しながら生きています。 ですが、今こうして生きていられる事だけでも奇跡だと思っている一方で、どうしても人の目が気になって気持ちが落ち込んでしまいます。 特に、おしゃべり好きな子ども関連のお母様達の目が気になり、保護者会などの参加を躊躇してしまいます。 以前は積極的に係など引き受けていましたが、今はしていないのも心苦しいです。 家族は、麻痺した私の顔も普通に受け入れてくれています。 なのに、人の目が怖いと感じる自分の心の弱さに悩んでいます。 どのような心構えで日々を過ごしたら、強い心で、麻痺した顔でも堂々と私らしく生きていけるようになりますか? ご教授いただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
お釈迦様の時代は托鉢やお布施により頂いたものをなんでも食べていましたが、 現代日本において、托鉢でもお布施でもないのにお坊さんが肉食をするのは何故でしょうか。 仏教とは慈悲の心が根底にあり、生命に対し、苦しみを与えないようにするのは当然のことです。 お釈迦様の時代、今のような方法にて動物が囲われ、無理な出産を繰り返し強要され、体の一部を切除され、まだ寿命に程遠い若齢の家畜を殺していたとは思えませんし、 お釈迦様が肉を食べていたのを理由に、肉を食べてもいいんだよ〜というのは間違っています。 残り物を頂くのと、スーパーにて肉を買い調理するのは違います。 漁師のように職業にしている人もいるし仕方ないという話も見ましたが屠殺業に嫌気がさして仕事を変えた人もいます。 出された肉をありがたく食べれば生き物も報われるというなら、人間が死んでも葬式などせず、ありがたく調理して食卓にのせて頂くべきだということになります。 植物も生き物ですが、植物に意識はないですし、もし痛みや意識があるならば、家畜の餌にされている大量の植物を減らすべきです。 穀物や水、家畜を育てるのには大変膨大な資源が使われる一方、穀物さえ食べられずに飢餓で苦しむ人々が沢山います。 日本仏教が妻帯肉食をはじめたのは、その時代において必要な選択だったのかもしれませんが、現代日本にてまだ呑気にそれに甘えているのはどうでしょう。 肉食が許されるのは、病気で肉が必要であったり、高山地帯や極寒地帯において作物が育たない地域の人々であり、 豊かな国では肉を食べたいという煩悩をできるだけなくして、もっと全体の生命に対して心を配る必要があるのではないですか。 仏教は拘りをなくし、解脱をえるのが最大の目的ですが、戒律を手放してよいのは聖人に達したもののみて(仏は存在が慈悲ですから) 煩悩だらけの人間がなんでも手放したら、欲に溺れてしまうだけで、仏教の意味がありません。 また念仏を唱えたなら救われるというのは、一時的な救済で、本当にその人を救うことにはなりません。念仏を唱えようが、殺生をしたならば、やはり因果の報いは受けます。 肉食の許容は、屠殺業を放任し結果的にその人たちをも破滅させます。 私は直接屠殺していないし、肉を食らっても極楽浄土に行けるから、それでオッケーというのは仏教では無いと思います。
すごく好きだった人の、ある一部分を見たときに、モヤモヤしてしまったことがありました。相手に対してモヤモヤしてしまった事実も、自分がそんなふうに感じてしまったことも、なんだか悲しくてやるせない気持ちでした。 そんな時にある2人の言葉を思い出して、自分なりに気づきがあったので、意見を頂きたいです。 高倉健さんは言いました。「人に裏切られたことなどない。自分が誤解していただけだ。」 芦田愛菜ちゃんは言いました。「その人が裏切ったとか、そういうわけではなくて、その人の見えてなかった部分が見えただけ。」 信頼や期待というのは、とても難しいです。2人の意見に対して、確かにそうだと思う一方で、理解できても「裏切られた」と感じて傷つくことはあります。 でも、そんな時、「信じた自分に後悔はある?」と自分に優しく問えたら、心が少し軽くなるのかもしれません。 あとは、大好きだった人の嫌な部分が見えたときは「その人に大きなストレスがかかっているサイン」なのかもしれない、とも思いました。 だから「信じたのに」と嘆くより、そのストレスの原因や、どうしたら軽減できるかを考えるほうが良い気がします。 どんなに優しい人でも、余裕がないときはあります。そんな時、人は少しだけ性格が悪くなるものです。 相手に余裕が戻る環境を整えることが、関係性の鍵になるのかもしれません。そして、自分もまた相手から得た信頼や期待を裏切らないよう、傷つけないように気をつけたい。それがきっと、大切な人を大切に扱うということなのだと思います。 私はこのように考えたのですが、こういう時の心の持ち方や、傷ついた気持ちとの向き合い方はどう捉えれば良いでしょうか。
はじめて質問します。 ここ数年相次いで祖父母を亡くし、いろいろと考えてしまいます。私は生まれた頃から3人の祖父母がおりました(父方の祖父は生まれる前に亡くなっています)。ところが、ここ2、3年で次々と亡くなり、亡くなった当初は仕方のないことだと思っていたのですが、亡くなってしばらくたった最近になって、祖父母に会いたいと思ってしまいます。そして、これから先両親や叔父叔母、周りの人達と別れていかなければならないということがとても怖いです。避けられないことだとわかっていても、考えるだけで泣きそうになります。こんな調子でこれから先、生きていけるのか不安です。どうしようもない悩みですが、お坊さんの意見を聞きたいです。
以前から自分は女の人として産まれてきたかったなぁと思ってます。 理由は楽だからです。 受験、就職、恋愛、結婚、などなど様々な競争がある人間社会ですがどの競争にも女の人は基本的に有利です。 分かりやすい統計データとして挙げるなら自殺者数の男女比ですね。 女性より男性の方が自殺者数は多い事から男性の方が生きづらい事は明白です。 女の人は原則生まれてきた瞬間から勝ち組確定な性別なので男の自分は女の人が正直羨ましいです。 失礼な話、普通の女の人より自分の方が苦労してると思います。 なので次、人として産まれてくる機会があれば女の人として産まれたいのですが産まれてくる性別を選ぶのに徳とか必要なのですか? 教えて下さい。
私は地方から上京し特にお付き合いのある寺院はありませんので自分の葬式をしたいと思えません。 死体は検体にできないかと考えているところです。 葬儀をしないと教義的に問題がある宗派はありますか? たとえば極楽浄土に行けない。 良い世界に生まれ変われない。 地獄に落ちるなど。 お葬式をやる意味を教義的に知りたいです。 よろしくお願いします<(_ _)>
私はあるお寺の長男で、跡を継ぐ立場にありますが、ここ最近進路について真剣に考えていると、どうしても自分が跡を継いでいいのかという疑問を抱いています。それはタイトルにもあります通り、私に信心というものがほとんど無いからです。 家柄上、仏教・宗教とどう向き合うかということをよく考えるのですが、そのとき仏教はこれこれこういうものであると認識することはできても、それを信じることはできません。読経や修行も必要ないのではと考えてしまいます。そのような者が僧侶となってお寺を継ぐということは適当でしょうか。私は適当で無いと考えます。 私自身はお寺を継いでも構いません。職が決まっているというのも有り難いことだと考えています。しかし原理を大事に考えてしまうので、真面目に活動している僧侶の皆様を見ると、咎める心があるのです。 私はお寺を継ぐべきなのでしょうか。そして、もし継ぐにしても、信心が無いのは問題でしょうか。周りにこのことを相談できる人がおりませんのでこの場で質問させていただきます。
宗教とは何ですか? 宗教とは何を目指しているのでしょうか?宗教の目的がよくわかりません。 祖父母の法事等で、宗教行事に触れる機会はあるのですが、この私の人生にどういう意味があるのかが、わかりません。 宗教の目的はなんでしょうか? お坊様がたの信仰されている宗教について、その宗教とは何か?その宗教の目的とはなにか? を教えていただけたら幸いです。 宜しくお願い致します。
数日前、仕事関係の知人が急逝しました。 自殺でした。自傷行為や自殺をほのめかすLINEを確認していながら、周囲の気を引きたいだけと思いまさか本当にこんなことになるとは考えていませんでした。 ショックが大き過ぎて感情も整理できず、涙がとまりません。また、救えたかもしれなかった命です、もっと何か私自身できることはなかったのかと悔やまれる気持ちもあります。 しかしながら当然遺されたご遺族のほうがもっと辛いだろうし、何とか平静を取り戻そうと思うのですが、身近な人の自死という今まで経験したことのない現実に、胸が押しつぶされる想いです。 このような経験をふまえたうえで、今後私はどう生きていけばよいのか。 何か指針となるお言葉を賜れたら幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします。