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「死にたい」という言葉に囚われています

本当に死にたいわけではないのに、何に対しても「死にたい」って思ってしまいます。 例えば後悔した記憶や恥ずかしかった記憶を思い返しては「なんであんなことをしたんだろう死にたい、死ねばいいのに」って考えてしまったり、楽しい事があっても「私なんかが楽しんでいるなんて許されないから死にたい」と、そういう風に考えたり口に出す癖みたいなものが昔からあるのですがここ数年それがとても酷くなってきて、どうしたらいいのかわからずにいます。 酷くなった引き金は、生きがいだった愛猫が病気で亡くなってしまい、再就職に失敗したからです。現状実家暮らしのフリーターな事もあり自分への失望感や負い目が酷く他人との関わりも極力避けるようになりました。 自分が落ち込んだり悲しんでいると心配してくれる家族がいます。楽しいと感じることも嬉しいと感じることもこれからやりたいこともあったと思います。 でもすべてが「死にたい」という言葉に直結してしまって、酷い息苦しさと八方ふさがりのような、生きにくさみたいなものに囚われています。死以外に道はないぞと自分自身で言いきかせているようで怖いです。 どうしたらこのような気持ちに囚われず前向きに生きていけるのでしょうか。ご意見聞かせて頂けたら幸いです。

有り難し有り難し 26
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お寺への死去の知らせについて

いつもありがとうございます。 今日は、お手紙の書き方についてご相談させてください。 祖母の姉が先日亡くなりました。百歳越えの大往生でした。これといった病気もせず、眠るように亡くなりました。 祖母の姉のことは、おばさんと呼んでいたので、ここでもそう書きます。 おばさんの家族はすでに亡くなっていますので、妹である祖母の親族である私たちがお世話をしてきました。すでに、父母が中心となり、納骨を済ませました。 おばさんは、自分が亡くなった後、お墓を守る人がいなくなるので、生前に永代供養も済ませ、お墓の永代使用料もお渡ししました。 ただ、事情が複雑で、幼い頃に亡くなった、おばさんの娘さんのお墓が、別のお寺にあります。 もちろん、そちらも同様に永代供養してあります。しかし、おばさんがそのお墓に入るわけではなく、そのお寺様に葬儀のお経をお願いしていないので、そのお寺様は、おばさんが亡くなったことを知りません。 毎年、そのお寺からお手紙が送られてくるので、おばさんが亡くなったことをお手紙でお知らせしたいのですが、どのようにお知らせしたらいいのかわかりません。 アドバイスをお願いします。

有り難し有り難し 10
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