このようなサイトがあることを初めて知りました、お世話になります。 老齢の父の葬儀を以前からの母の言葉に従い、浄土真宗で執り行いました。 しかしその後の母の話がどうにも不審で調べ直したところ、真言宗の可能性があります。 分かっている、決まっているのは以下の点です。 この場合、今からでもお寺に相談して変更すべきでしょうか。 ・父は実家から遠くに引っ越した家族のため、菩提寺は近隣には無い。 ・永代供養をお願いする予定で、墓地もない。 ・母には何度か確認したが、毎回「浄土真宗」と答えていた。父は答えられる状態ではなかった。 ・四十九日法要はまだ済ませていないが、浄土真宗のお寺にお願いする手筈。 ・母は「南無大師遍照金剛」と唱えていたらしい(これを聞いて不審に思った) ・家に弘法大師空海(真言宗)の小さな写真があり、近隣の寺による真言宗の簡易経本を発見した。 ・父の親族は遠方のため葬儀に来なかったが、法要に来る可能性はある。 母が気に病みそうなので、出来れば安心させてあげたいところです。 ご指導のほど、よろしくお願いします。
私はお坊さんのお葬式でお経を唱えたり仏様の前で修業したり、滝業、座禅をしているイメージです。これを毎日している事でしょうか? 1、お坊さんは運動はするのでしょうか? 2、お坊さんは暇な時はゴロゴロしているのでしょうか? 3、お坊さんはスーパーやコンビニ等で買い物はするのでしょうか? 4、お坊さんは車の免許は持っているのでしょうか? 5、料理は自分で作ってるのでしょうか? 色々と気になるので質問しました。
こん〇〇わ! 日蓮さんの言葉で、真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊、という言葉がありますが、他の教えを批判するのはどうなのだろうかと思います。 日蓮さんは、虚空蔵求聞持法をして、法華一乗の教えにたどり着いたという話を聞いたことがあります… お世話になった比叡山は全て兼学できるお山であるのに否定をする、お釈迦さんに失礼ではないのでしょうか?、日蓮宗の法華懺法法要の奉送は大日経から来ているという話を聞きました。 律国賊、 戒律を守る人たちに対して国を壊すというのはどういうことでしょうか? はっきり言って理解不能です。 さらに龍神の娘が男に変かわって成仏したという法華経の下り。女性の私は現世での成仏は不可能ですか? 来世は男に生まれないといけないのでしょうか? 皆さまどう思われてるのでしょうか。
お恥ずかしながら、宗教のことに関してほぼ無知の状態でして、お力添えいただきますでしょうか。 先日、祖父のお葬式を終えたばかりで、その際、曹洞宗のお坊さんにお経を唱えていただきました。 けれども祖母は、京都の西本願寺の永代供養に納骨してほしいと希望しております。調べると西本願寺は曹洞宗ではありません。このような場合、西本願寺に納骨していただくことはできないのでしょうか。 宗教について知識のある方に伺うと、けしからないことと言われました。前もってきちんと調べておくことなのでしょうが、日々精一杯で至らずでした。 もし西本願寺で納骨できないのであれば、曹洞宗のお寺を探してお願いすれば納骨していただけるのでしょうか。 祖母は、ゆくゆくお墓の管理をする身内がいなくなることを考え、お寺での永代供養を希望しております。 よろしくお願いします。
調べても答えに辿り着けなかったので、こちらで質問をさせて戴きます。 よろしくお願いします。 私には、お付き合いをして2ヶ月程経つ彼がいます。 突然に2週間前から連絡が来なくなりました。連絡しても未読のまま。 捨てられたのかな?と思ったけれど、そう言う事をする人じゃないとまだ彼を信じて待つことにしました。 まだ彼のことをたくさん知っているわけではないですが、 今まで彼が話してくれたことや実家がお寺で跡継ぎであることから、もしかしたら修行に出ているのかもという仮説を立てました。 出身大学から宗派などを特定すると、丁度この時期に加行?を3週間ほど行うようでした。 もうあと1週間でこの修行期間は終わるようですがモヤモヤして仕方ありません。 仮にこの修行に参加しているとして、修行に参加することさえも他人に、恋人にも伝えてはいけないものなのでしょうか? 全てが仮説で、できればそうであって欲しいというものですし、 誰の役にも立たない質問ですが、 ご回答頂ければ幸いです。 よろしくお願いします。
(こちらの質問は編集部により一部編集しています) 婚家の宗教に、一度はなじもうとサイトを開いてみた。 しかし禁忌項目についていけません。般若心経はダメとのことですが私は 小学3年から読んできているお経。神棚もダメともことですがしっかりありま す。小学3年から敬神崇祖の教えを基本に生きてきましたが、神も祖先も 大事にしたい。他にも禁忌項目があるけどついていけず寝込んでしまいました。 主人に改宗を依頼してもいいでしょうか。お寺参りも趣味で主人が定年に なればいろいろ廻りたいですがそれもダメなようです・・・。実家は曹洞宗です。
こんにちは 下世話なお金の話で恐縮ですが、ご助言いただければ幸いです。 私は山登りが趣味でよく山歩きをしていますが、山頂などにはお寺があることが多く、門が開いていれば参拝させていただくようにしています。 恥ずかしながら私には仏教や宗派などの知識はほとんどないのですが、それでもお寺に一歩踏み入れた時の、あの独特の落ち着く雰囲気が何とも心地よく、 また、お堂を参拝して掲げられている由緒などを読むと、なぜこんな山奥にお寺があるのかがわかったり、あるいは意外な歴史上の有名人が登場したりして、そんな発見が楽しくてお寺を訪ねています。 (そもそもそのような動機でお寺を訪ねることが良いのかどうかも自信がありませんが…) そのようなときにお坊さんが声をかけてくださることがあり、いろいろと興味深いお話をお聞かせいただいたり、お茶を出して下さったり、秘蔵の文化財を見せて下さったところもあります。 ある山頂のお寺では「精進料理で良ければ食事していかれませんか?」と庫裡にお誘いいただき、当然有料だと思ったので遠慮なく頂いて代金を申し出ると受け取っていただけないということもありました。 どのような場合もありがたくお礼を申し上げ、お布施についてお尋ねするのですが、たいてい「そのようなお気遣いなく」と仰られますので、せめてもの気持ちで、帰りがけにも賽銭箱にいくらかのお金を入れて辞去するようにしています。 しかしお坊さんが時間をかけて興味深いお話や案内をしてくださることに対して、賽銭箱にコインを投げ込むというのではなく、やはりきちんとお礼をしたいと思いますし、 請求されなかったからといって何もしないと作法知らずと思われているのでは?、とも思ってしまいます。 このような場合に、お坊さんを煩わせることなくスマートにお礼をお渡しするには、どのようにするのが宜しいでしょうか?。 そもそもこのような場合の「相場」もわかりませんので、何卒お導きを賜ればありがたく存じます。 よろしくお願い申し上げます。
最近、中国茶のレッスンに通い始め、お茶に関する本を色々と呼んでいます。 茶の歴史の中で、日本におけるお茶は遣唐使が持ち帰ったお茶から始まっています。 そのような歴史的なことはいくつか本を読んで、何となく分かったのですが、、現代におけるお茶と仏教の関係については文献を調べてもあまり分かりません。 現代を生きるお坊さんの中でお茶はどのような位置づけなのでしょうか。 宗派によって何らかの儀式があるようであれば教えてほしいです。 また、そういうことについて記述している文献があれば知りたいです。 お手すきで結構なので、ご回答よろしくお願いいたします。
お坊さんの上下関係は、厳しいですか? 私は以前、テレビで、“お坊さんの上下関係は厳しい”と聴いた事が有ります。お坊さんには、はっきりした官位や地位(僧正、僧都等)が有るので、やはり上下関係は厳しいものなのでしょうか。 又、私は浄土宗の僧侶を志しているのですが、浄土宗でも、上下関係は厳しいのでしょうか? 法然上人の「敬上慈下」という御言葉は、上下関係を意識し、上の者には敬い、下の者には慈悲の心を以って接せよ、という意味ではないかと私は思うのですが、それは、今の浄土宗の上下関係にどの様に影響しているのでしょうか。 これを見て下さっているお坊様方、どうか私に教えて下さい。宜しくお願い致します。
この数十年、お坊さんが身近になりすぎて、低俗な存在になったように思います。 テレビ番組や新聞で、「お坊さんが好きな焼き肉のメニュー」、「お坊さんも出会い系サイトを利用したり、身分を隠してキャバクラで遊ぶ」、「強姦や暴行で僧侶の男が逮捕される」等をよく見るようになりました。 この現状について、どう思われますか?
お寺での生活や、僧侶として従事する方の日頃の暮らし、なぜ仏門に入られたのかきっかけ等に興味があり、件名の通りの質問をさせていただきます。 不躾な質問でしたら申し訳ございません。 お寺や宗派によってもまた違うかと思いますが、できるだけいろんな方の回答を伺えたら幸いです。 質問数が多くなってしまい大変申し訳ありませんが、差し支えのない範囲でご教示いただけますと幸いです。 何卒よろしくお願い申し上げます。 ①一般的に、住宅街にあるような比較的小規模な寺院には、住職以外のお坊さんは大体何名ほどいらっしゃるのでしょうか? ②お坊さんが一通りの修行を終えたとされるのはどのような段階ででしょうか? ③修行を終えたのち、学校職員など他の職業と兼任しながら、お寺に住み込みで役僧や僧職員として住職のお手伝いをして暮らす言うことはあるのでしょうか? ④お寺に住み込みで働く場合、住職にご家族がいらっしゃる場合、同じ場所で暮らすのでしょうか?別棟などが用意されてるのでしょうか。 ⑤実家がお寺で家業を継ぐ以外で、お坊さんになられた方がいらっしゃいましたら、なぜ仏門を目指されたのかお話を伺えますと幸いです。 以上です。 もし失礼なことを伺っていたら申し訳ありません。
こんにちは。お坊さんの妻帯について質問です。 よく日本のお坊さんの妻帯が「堕落」として批判されることが ありますが、妻帯は堕落と言えるほどの問題なのでしょうか? 日本仏教に限らず韓国やチベット、ネパールにもお坊さんの 妻帯を認める宗派はありますし、 タイでは「男性は一生に一度は出家する」という慣習に従って、 既婚者でも出家することが少なくないそうなので、 「妻帯」=「堕落」としてしまうのは早計ではないかと思います。
私は本来なら回答者側にいるはずの坊さん見習い。世襲によって住職になってしまった、檀家さんに顔向けできない三流のダメ坊主です。 仏教大学を卒業してこの世界に入って思ったんだけど ・飲み会多すぎない? ・不必要な会議多すぎない? ・下品なやつ多すぎない? ・どうでもいい修行多すぎない? って思っています。(最後のはうちの宗派だけかもしれない) 元々体育会系のノリでの人付き合いがあんまり好きじゃないコミュ障なので、マジで会議後の飲み会とかいうダブルコンボが辛いです。 なぜ抜苦与楽のために仏教やってるのに私自身が苦しんでるの???ってなってきてます。 下品な坊主多すぎない?って思っています。「どこどこの修行を何回やった」みたいな謎のマウント取りがそのまま地域内での寺ヒエラルキーに影響するような世界に辟易としてます。 実家が寺なので寺そのものを捨てると家族が路頭に迷う関係上、俗世間を離れるのはできないんですけど正直したいくらいに今仏教に疲れています。 ここにご回答して下さるお坊さんの方は、そういうことを思ったりとか、しませんか? したなら、どうやって折り合いってつけてますか?
お世話になります。 現在妊娠6ヶ月になる妊婦です。 初めての妊娠ですが、性別もわかり経過も順調で心配事がないといえば嘘になりますが、楽しいマタニティライフを送っておりました。 先日、十数年ほど前に知人に紹介され一度だけお会いしたことのある天台宗のお坊さんから連絡があり、『お腹の子供は脳に障害があるかもしれないからお祓いに来ないとしらんぞ』と言われました。今までも数年に一回、来ないと子宮ガン・乳ガン・不妊症になると言われて来ましたが、お祓いには行かず定期的に検診をうけ、子作り翌月には自然妊娠と問題なく来ています。(お祓いの内容も頚部に指を入れて動かしながら子宮に向かって拝むという内容で親や旦那とは来るなと言われ不信に思い断ってました)こんなやりとりが何年も続き、今回は楽しみにしている子供のことで不安なことを言われたので、お坊さんは産まれてくる子供の病気を予知したりそれを治したり、女性の頚部に指を入れてお祓いをすることが実際にあるのでしょうか。 第一子ということもあり、通常の検診以外でも胎児専門医ににも二度ほど診察して頂き、問題なく順調に成長していると話はしましたが、『医者には治せん、来ないと知らないぞ』と言われると出産を楽しみにしてる為、気にもなります。どのように解決したらいいかアドレスをお願い致します。
お目通りありがとうございます。 私は精神科に通っていて、メンタル治療の本をよんだり、あまり精神科に関わらない人よりは、その道の知識がほんの少しあるとおもうんですが 前々からお坊さんと精神科医は似ているなぁ と感じています もちろん薬を出される出されないという点は、ハッキリちがいますが、、 これには少し理由があるんだろうなぁ と思ってます ご教示ください
お坊さんになりたいという質問をしばしばさせて頂いてます、ハルソラと申します。 前回の質問で「お坊さん生活の実情を知った方が良い」とのご回答頂きました。 確かに私はお坊さん生活の実情を詳しく知りません。 過去にお寺が主催する宿泊込みの座禅修行、峰中修行に参加したことがある程度と、 ネット調べでは過酷な修行で肉体と精神が病むほどと書かれていました。 私も今年で40才。その様な過酷な修行に耐えられるのか?そもそも生活自体がなりたつのか?などわからない事が多いです。 その様な実情を知るにはどの様な方法が良いのでしょうか。 ちなみに出家するなら四国遍路した縁で「真言宗」か、よく参加する説法会の寺院が「臨済宗」なのでこの二宗派で考えています。 お坊さまのご回答よろしくお願い致します。
初めまして。答えにくい微妙な質問だとは思いますが、どうか読んでいただけたらと思います。 私は10年ほど心の病で通院しております。基本的には安定していますが、時々今日みたいにとても気分が落ち込み、何もする気が起きない日があります。本当はベッドから起きたくもありません。 もちろん、そんな訳には行きませんし、起きないと余計に気分が悪化するのは分かっているので、なんとか出勤します。 そこでふと、お坊さんも人間ですし、心の病を持っている方や、そうでなくても「とにかく今日は辛い、落ち込んでいて何もしたくない」という日があるのでは?と思いました。(見当違いで失礼な事を言ってたら申し訳ありません...) もしよろしければ、差し支えない程度で、「自分の周りにはこういうお坊さんがいる」とか、「(具体的な解決方法がない理由で)落ち込んでいる時、こういう風な心の持ち方を心がけるようにしている」等といったご意見、その他どのようなものでも、よろしければ教えていただければと思います。 よろしくお願いします。
お坊さんは霊の存在 あの世の存在について 「真実はどこにあるのか」意見交換のようなことはしないのでしょうか? 普通 専門分野には 「学会」などがありますよね 例を挙げると 医者の世界なら 学会で 様々な治験結果を発表して 病気に対してどんな治療法が有効なのか 意見交換をしたりします。 そして その結果は一般人も知ることができ普段の生活習慣や食生活などにも気を遣うようになる人もいます 仏教でも宗派によって「霊魂は存在するか否か」についても見解が違うようですね。 真実がどこにあるのか情報収集をしたり学会のような意見交換はないのでしょうか? (どのように敬称を使うのかわからないので 以下敬称略で書きます。申し訳ありません) 歴史のタラレバの話になりますが もしも 最澄や空海が乗船していた遣唐使船が暴風雨に見舞われた時に海没していれば後の天台宗や真言宗はありませんでした。 法然が父親の敵討ちのために武士になる道を選んでいれば後の浄土宗はありませんでしたし、弟子の親鸞も存在せず浄土真宗もなかったかも知れません。 土御門道親が長命で朝廷の権力争いに勝ち位人臣を極めていれば道元も公家としての生き方をして曹洞宗はなかったと思います。 北条時宗が平頼綱を止めなければ日蓮は殺害されて日蓮宗はなかったと思います。 ちょっと歴史が変わっていれば、現在仏教の宗派も存在しなかったり、新しい宗派ができていた可能性もありますが それによって霊魂やあの世の存在について真実が変わることもないはずです。 多くの人に嫌われたり 尊属にも虐待されて生きてきた人 周囲と仲良くやってきて尊属の愛情を感じて生きてきた人 人それぞれです、 友人やペットなどに対する思いも人それぞれです 霊感商法に騙されて 宗教=悪と思っている人もいると思います あの世や霊魂があるのか 真実を知ることで生き方も変わってくると思います お坊さん=霊能者 ではないことはわかっていますが いろいろな人の体験談を聞いたりして 何か真実なのか調べようとすることはないのでしょうか?
仏教でもキリスト教でもイスラム教でも、宗教は対立し得ないと思っています。現実に起こっている戦争は、宗教を大義名分にした、個人的な諍いに過ぎないと思います。 さて、宗教に関心はあるのですが、法華経を読んでも、聖書を読んでも、古事記を読んでも、自分が特定の立場をとる根拠が分かりません。 どのような基準で特定の宗教に入るのでしょうか? 「親が○○教だったから自分も」というのは、宗教性と何ら関係がないことだと思います。 みなさまは、なぜ仏教を選び、その宗派を選んだのでしょうか? また、他の宗教についてどう思いますか?
身体の痛み、不調がある知り合いがいます。 病気を治してほしいとはいいませんが、その方が自分のやりたいことを十分できるように、お寺での祈願をしたいと思っています。 その方はお坊さんなのですが、他の宗派のお寺で祈願されたり、そもそも自分が祈願の対象となることは、不愉快なものなのでしょうか。