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hasunoha 問答検索結果 : 「 出家 」
検索結果: 999件

出家を考えております

先日まで、この世は地獄のようだと感じておりました。 しかし、最近お寺に行ったところ、縁あって、仏教の雑誌を 貸していただき、その中で天台宗の記事がありました。 その記事には、忘己利他について記載され、 また、自分の顔は他人のためにあると書かれておりました。 この言葉に強く感銘を受け、これまで地獄と感じていた理由が、 自分のためだけに生きていたからと気づきました。 何かを求め続け、満たされず常に飢えて不満を感じた生活でした。 それが、他人のために行動することを意識すると、 満たされず地獄に感じていた世界が変わってみえ、 私自身非常に救われました。 しかしながら、今の社会では、自分の利益を最大化することが 肯定され、また社会で生きる上では、必要な事だと思います。 しかし、利益追求が本当に自分の幸せになるのか、疑問を感じ 周囲の人のために、仏道へ進むことこそが、自分にとっても 幸せにつながるのではないかと考えております。 そこで、社会の中で様々なことに折り合いをつけながら 生きていくか、出家して生涯を懸けて、人のために仏道を進むのか 迷っております。 そこで、この迷いについて、ご助言をいただればと存じます。

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2023/08/27

女性の在家の出家を認めてくれますか?

禅の独自の方法で集中的に在家修行をして、3年以上になります。6年前に大学院在籍中に、気づきの瞑想の型を習得し、研究で理論を創造し、理論を実践の内容とし、禅の独自の方法として理論を修行に応用化させました。 今の境地を顕すなら、宇宙の理を見ることができるようになりました。私がどういう仕組みで、どういう自然の流れで生かされているのか、理解できるようになったのです。この真理の構造を知る事によって、他者や物理的法則がどういう意識、又は秩序の構造か、知る事も可能になりました。 今、困っているのが、食欲が減退し、ご飯は無理矢理食べています(死にたくないからです。)、睡眠欲が完全に無くなり(今、書いている時間帯まで眠れません)、性欲も気持ち悪くなってから、追求しなくなりました。他者に配慮したり、他者のペースに迎合すると、忽ちに気力が無くなってしまいます。この時、呼吸も乱れて、身体に力が入らなくなり、動けなくなります。今は、生きるのに思うようには行きません。 出家したら、自分の主体が乱れるのも危惧していますが、このまま一人で暮らせば、誰も加護してくれない場合、私は生きていけるのか、漠然としたシコリがあります。出家の本来の意義は、生きるか死ぬかの狭間で、世に殺されない為、即ち、世との軋轢で自殺しない為にあると、ささきしずか先生の本で見たことがあります。私は、日本社会の隅っこで、唸り続けながら、死ぬしかないのでしょうか。出家するしかないのではないか、といつも思っていますが、何故か今は、念仏して拝みたい欲に駆られて、仏様の側に居たい気持ちでいっぱいです。誰か、助けてください。

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得度・出家、単立寺院について

はじめてこちらに質問させていただきます、菩提心です。 現在、一切衆生の救済の為、また困っておられる方、悩みを抱えている方をお救いしたく、僧侶の道を志している者です。在家の者なのでなかなか師僧に巡り合えず難儀しております。いくつかの寺院の御住職に相談にのっていただいたりはしているのですが、基本的には「またいつでも参りにおいで」という感じでなかなか師弟関係を結べずにいます。まだ機が熟していないのかはたまた縁が巡ってこないのか、とにかく現在はそんな感じです。とにかく師僧の方と巡り合いたく、現在自分に行をかして(近所の寺院に100日間毎日参拝して一回15分程度読経しております)おります。また、これから先の人生、縁がなく師に巡り合えなかった場合、最終手段として単立寺院で得度出家を考えているのですが単立寺院での得度・出家には問題が(意味が)あるのでしょうか?もちろんその場合はいいかげんなところではなく、きっちりとした修行をさせていただける寺院様を探すつもりです。一応2件ほど常時得度・出家・伝法灌頂まで受けさせて戴けるお寺は見つけています。 ちなみに得度から伝法灌頂の最後まで諸々の費用は40万から50万程かかります。私自身、まだ20代後半とまだまだ人生経験の浅い青二才ですが、これまで様々な苦労や苦痛にさいなまれながらも生きてきました。なので、自分と同じように苦しんでいる方々を仏教を通してお救いして差し上げたいのです。また仏教の尊い教えを一人でも多くの方にお伝えしたいです。 なので、どうしても僧侶になりたいのです。ちなみに自分は真言密教が大好きなので、真言宗の僧侶になりたいです。とりあえずは単立寺院での得度出家に関してアドバイスをいただきたく存じます。長文になり誠に恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします。

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肉食妻帯並びに出家と在家の違い

日本の仏教(浄土真宗を除く)は何故『肉食妻帯』が許されるのでしょうか? 浄土真宗を除く宗派は『肉食妻帯』の禁止が前提で作られていたのでは無いのですか。 肉食関して仏陀は肉食を禁止していないや三種の浄肉をおっしゃる方が多くいますが、その部分だけを引用するとそう解釈できるか分からないですけど、当時は「托鉢」や「午後の食事の禁止」が前提の話で、日本の僧は「托鉢」や「午後の食事の禁止」をしているわけではないのに、その部分だけを引用するのは如何なものでしょうか。 また中国経由の日本の仏教には関係のない話であり、仏陀は肉食を禁止されなかったという個々の考えがあるのであれば、上座部やチベット、真宗などに改宗するか新たに肉食を禁止されない宗派を開宗すべきで妻帯の禁止及び菜食主義であった既存の宗派を変える事は以ての外ではないでしょうか 私は肉食妻帯に対して反対しているのではなく、真宗以外の諸派は肉食妻帯な禁止が前提として作られているのだからそこは徹底的にして欲しいのです。 妻帯については後継者問題があるからとは言いますが、なぜそこまで出家にこだわるのに、妻帯の禁止にはこだわらないのでしょうか。出家せずとも知識ある在家としてお寺を見守る家系として生きていけばいいではありませんか。 出家しているのに妻帯だと在家とあまり違いが無いではありませんか。 これは勝手な私論ですが 末法無戒を、唱えた日蓮上人ですら肉食妻帯をしていませんよね?それは「僧が袈裟を着る事」や「人が人を殺す事はいけない事」と同じ様なもので、その当時は肉食妻帯はしないのが当然なので末法無戒には含まれないからでは無いのでしょうか。 もし政府が「僧の服の着用勝手たるべし」とでも法令出したとしても、日蓮上人は直接は言及していないが、服を着るのは当然でその上で末法無戒と言ってるなんて誰でも分かるじゃないですか。 まとめると肉食妻帯の容認を当初からしている真宗以外は、かつてと大きく肉食妻帯に対しての意識が変化しているのにも関わらず、別宗派を作らず元の宗派を名乗ったまま肉食妻帯を許しているのか。 また現在における出家と在家の違いはなんなのかです?

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出家希望者の宿坊採用について

初めまして、あっきーと申します。このサイトはよく拝見しておりましたが、投稿は初めてとなります。よろしくお願いします。 私が生まれた直後に父が離婚し家を出て、学生時代に母も死に引きこもりにもなって、遺産も一部持ってかれたりして、満足に働けず金もなく最終的にうつやセルフネグレストに近い状態になってしまいました。 しかし不動明王や弘法大師様に出会ったことで持ち直し、仏教に帰依し出家したい、僧侶としていきたいと思うようになりました。 寺に相談したり歩き遍路で師僧探しなどもしましたが、最終的に宿坊で働かせていただきながら、出家費用をためつつ修行しようと決めました。 そこで一度、宿坊の求人に応募しましたが、書類選考で落ちてしまったのです。 私の履歴書には年単位の空白があります。正社員で働いたのは数か月だけで、あとは短期のバイトぐらいしかありません。 そこでこのまま次の宿坊求人に応募するより、接客業を短期で経験したほうがよいのではないかと考えました。 僧侶の皆様は宿坊求人の履歴書を見て、接客業経験の有無はやはり選考基準になりますか? ホテルでのバイトなら、フロント接客と清掃ベッドメイキング、どちらがよいでしょうか? 回答お待ちしてます。

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2024/06/21

出家を発心。具体的にどう動く?

おかげさまで、出家を発心いたしました。特に(未だ道行浅く恐縮ですが)臨済宗に最も共鳴しており、同宗寺院での出家を希望しています。 諸行無常の中、この一念と一時を大事にし、怠ることなく具体的に動き出したいと思っていますが、いわゆる「在家」であり、どこかの檀家でもないため、稚拙な所からになりますが、以下質問に関してお知恵を頂戴できますと幸甚です。 1.どのようなきっかけから師僧と結縁できるのでしょうか?どう出家の決意を示せばいいでしょうか?(不定期で座禅会に参加させていただいているお寺がありますが、咄嗟にお話ししても相手にしていただけるものなのか不安です。また、生涯をかけて追随する師匠なので、より多くの方にお目にかかって吟味すべきではないかと浅はかながら考えておりますが、いきなり「出家したいですが」と門戸を叩くものでもないと思い。) 2.恥ずかしいお話ですが、かなり大きい刺青を入れており(いわゆる反社会勢力とは、無始より関わっておりませんが)、もはや出家とは無縁なのか、一縷ののぞみでも受け入れでくださる師匠と道場があるものなのでしょうか?(過去の業の当然の結果として多くで拒絶されることは覚悟しており、それにめげずに求道することこそ修行と信じていますが、一方で皆具仏性を信じ、衆生平等の救済を追求する大乗仏教であれば必ずご縁があることと願って止みません) 一方的な長文で大変恐縮ですが、何卒ご指導のほどよろしくお願いいたします。

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再び迷っています

以前に得度について質問したものです。 あれから、自分でも色々調べてみました。まず、わたしのような者の師僧になって下さる僧侶の方に深く感謝します。 費用についても、ほぼ工面できます。 僧侶になった後、入りたいお寺も、あります。(実家のある田舎のお寺の僧侶が事件を起こし、懲役刑となり 解任となったあと五年も住職不在です。このままつぁは廃寺になりそうなので、これは大変と、墓は都会にうつしましたが、いまは早まったかなと後悔しています。子供の頃から親しんできたお寺なので、もし、お許しがあればそこに入りたいです)自分一人の生活費は、なんとかなります。過疎の限界集落で若い人はほとんどいませんが、それでも残って生活している知り合いのおじちゃん、おばちゃんの力になりたいのです。(平均年齢は90近いです) で、今日の相談なのですが、いろんなお坊さんのお話を聞いているうちに、お坊さんの世界にも権力闘争とか、色と欲にまみれている方とかが、いるようです。高名な僧侶の方の耳を疑うようなスキャンダルも耳にしました。 そんな深い闇があるとは!わたしに、つとまるのか!ここに来て少しびびってしまいました。 もう、師僧(お墓を移した都会のお寺の住職さん)に法名をつけてもらっているのですが、自分のこころを整えるために、修行を進めるのを少し待ってもらっても良いものでしょうか。 つけ加えると、中学生の頃から仏道や出家への憧れがありました。菩提寺の住職さんといろいろと話しているうちに「得度してみるかね」「はい」とお答えしました。いろんな条件も整っているので、周りからの異論はありませんが、以前した質問のように仏教界には、ほとんど無知なのです。実情を見聞きして、少し気持ちが萎えてきました。

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身体的弱者と仏教

キリスト教では体が不自由でも障害をもっていても、また病気などによる身体的な理由で体力がなく例えば車いすが必要なひとでも、精神的に思考する能力がある場合、信仰を持ち研鑽を積み牧師になることができます。 仏教の場合、出家をした後の修行が厳しいようですが、仏教僧になるという道はそういった修行ができない身体的弱者には開かれていないということなのでしょうか。 1.例えば麻痺で体の一部がゆっくりしか動かせないひとや、生まれ持って歩けないひとや腕がないひと、声帯に問題があり機械でしか話せないひと、聴覚に問題があるひとなどは、どんなに頭が正常で思考する能力があっても掃除や行ができないため仏教の僧になることはできないのでしょうか? またはがんなどの病気をしたため体力的に限界があり一般にその行をしなければ僧としてみとめられないとされるもの(例えば天台宗なら比叡山での修行など)が体力的な理由でできない場合、それでも出家したいと願う場合、そのひとにはまるで仏教僧になる道は開かれていないのでしょうか。 2.その場合その理由というのは単純に物理的にできないということだけで判断されてしまうのでしょうか?もしもそうならば、それはどう正当化されているのでしょうか?そして、それをかえる動きはあるのでしょうか? よろしくお願いいたします。

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