わたしはとてもズボラでグータラです。 部屋はぐちゃぐちゃ、身だしなみも危険レベル一歩手前です。 家事も最低限しか出来ず、たとえば衣類は洗濯しても床に積み上げてしまいます。 これではいけない、と月にニ度くらいは思い立つのですが、 衣類を畳んでタンスに仕舞ったところでくたびれ果てたようになって 今度は自分がしばらく床で伸びている始末です。 入浴、洗顔なども一応はやっていますが、その度にぐったりしています。 体が温まっているうちにボディケアを!ストレッチを!というのに憧れは ありますが、実際はお腹が痛くなる寸前まで「疲れたよー」と転がっています。 家族や親しい友人に相談しても、「そこでもうひと踏ん張りする」 「キレイになったら気持ちよくない?」「自分にご褒美を設定したら?」など ……あまり参考になりません。 母(一度に二つ以上のことが出来るような素早い人です) からは「朝の身支度や化粧が出来なくなったら病気だろうけど アンタの部屋が酷くても誰も困らないし、大失敗するまでは今のままで別に構わなくない?」 と言われました。 (やる気が出ない状態ではありますが、睡眠や食欲は大丈夫で、 気分転換もできるので病気ではないかなぁ、と思います。) そこで伺いたいのですが、 お坊さんは、早起きしてお経を唱えたり、お寺のお掃除をするイメージがあります。 やりたくないなーと思うことはありませんか? そういうときは、どうしていますか? 心構え的なものではなくて、実践的な方法を教えてほしいです。 体力のあるはずの年齢でこんな状態だなんて、今後を考えると恐ろしいです。 宜しくお願いします。 ちなみに、過去のQ&Aを読んで、 ズボラ女子への回答で「素敵な人と同居している設定で暮らそう」というのを やってみようとしたのですが、 (実際問題、ここに存在してないしなぁ~)としか思えず 不登校の子への回答で「学校に!」「行く!」と唱え続けてみよう、というのを やってみようとしたのですが、唱え続ける気力が保ちませんでした。 (「洗濯ものを…畳む……洗濯…たた……うーん、下着は仕舞ったし、いっか」 というようなカンジでした。)ホントにすみません。
余命宣告1年が 半年過ぎました。 仕事にケジメをつけ 退職し 自宅は介護ベッドと最低限必要なもの以外はすべて処分し 実家と病院の出入りで生活と治療を続けています。 老後にと貯めていた貯金で 両親の自家用車を購入し 実家の台所を全リフォームし 自分と息子の墓石 両親の墓石 そして お寺で両親の戒名と私の葬儀のお願いを聴いていただき 余命1年の会計と財産分与をすませ 日々は 病院での治療日誌を毎日詳しく書きしたため 抗がん剤治療が出来なくなったあとの ホスピスも手配ができたところです。 優しい息子 看病してくれる両親には ただ ただ感謝しかなく 自分のできる範囲で余命生活を 共にしています。 病院関係では 主治医 緩和Dr看護師 整体 薬剤師 みなさんによくしてもらい 落ち着いて治療 療養できていますが ガンの痛みと副作用は 容赦なく襲ってきて 毅然に生きていると思っていても 一人涙が溢れたり どうしようもない無念さに 心が折れそうになります。 特に 発見前 今の主治医に 「ガンではないか!」と ひつこく受診し 薬服用しても効果ないと通院していたにも かかわらず 大病院で受診したら 膵臓ガンだとわかった経緯は どうしても許せなかった…のですが 大病院は遠方なので やむを得ず ガンをみつけれなかった今の病院で 治療をすることになっているので 毎日 思わない日はありません ・・・速く見つかっていれば 手術できたり 治ったり 余命1年ってことはなかった・・・ と そのキモチを収めるために 朝晩お経を唱え写経したりするのですが 痛さとの戦いのよぅです 医療麻薬のせいにはしたくはありません この先 痛みと無念さに負けず 心穏やかに 自分らしく生きたい そのためには どんな心積もりでいるべきでしょうか お知らせ下さい
自分は長い間1人っ子の1人親で2人暮らしをしていました。 そしてその親の葬儀での事です。 葬儀の日が近くなった時、元々来る予定でなかった、遠縁の家族が参列するとの連絡が入りました。 そして当日になって、その家族が時間に遅れるという連絡が入りました。それ自体は仕方のない事だったので、お坊さんに伝えたところ時間を調整してくださる事になりました。 そしてその家族が到着し、葬儀が始まりました。するとその家族の子供が騒ぎながらあちこちを歩き回り始めました。 子供が来る事は分かっていたし、そちらの親族は大人がかなり多いので自分はそこで面倒をみてくれると勝手に考えていました。実際は子供が騒ぐままにさせて歩き回らせていました。 自分はただでさえ悲しみでいっぱいなのを堪えてきていて、しかも喪主でしたから、ただ子供が大人しくしてくれる事と誰かが面倒をみてくれる事を祈りながら黙って座っていました。子供が仏具にぶつかって倒しかけた時は気が遠くなりました。 自分は人の居ないところで訳も分からず泣く事しかできませんでした。 葬儀がひと段落したところで、そちらの家族に近い親族に、「子供が騒いだけど 〇〇さんの葬儀も語り出してお経止めた人が居たよね」と言われました。ただの世間話だったかもですが、その時の自分はまるで「よくある事だから許してね」と言われたように感じました。自分が悲しんだところでもう味方は居ないような気になりました。 「子供のした事だから」「今後も親戚付き合いがあるから」と感情を抑えながらなんとかその家族達を笑顔で送り出そうとしました。コロナでマスクをしていて本当に良かったと思いました。 この事について謝罪を送ってきたのはその子供の祖母に当たる人だけです。 後で聞いたところ、この家族は遊びに行った帰りに葬儀に参列した過程で遅れて来たそうです。それを聞いたせいでしょうか、親の葬儀をアトラクションの延長にされたような気持ちになりました。 自分はどうするのが正解だったのか分かりません。自分が上手くやっていたらこんな事にはならなかったと自分を責めたくなります。 そしてその家族と、その周囲への怒りも湧いてきます。どうしたら良かったのでしょうか。そしてどうやってこの怒りを消化したら良いですか。 知見をお貸しくださると幸いです。
こんばんは 最近浄土真宗の勉強を始めたのですが、前掲の質問で 「救いから漏れようと願文を読むのでなく、誰をも救おうとするものとして読みましょう。」とご回答されたにも関わらず 「自分は〇〇だから救われない」という読み方ばかりしてしまいます 例を挙げると 1第41願に「他方国土の菩薩は諸根闕陋しない」と書いてある。親鸞聖人は著作のいくつかでは信心決定した人を菩薩と仰っている 「本願を信受するは前念命終なり。すなわち正定聚の数に入る。 即得往生は後念即生なり。即時に必定に入る。また必定の菩薩と名くるなり」と愚禿抄に書いてある 教行信証にも、現代語訳の問題かもしれないが、正定聚を「大乗の菩薩」と訳しているものがあった 浄土真宗の本にも「正定聚の菩薩」という表現がたまに出てくる 信心決定したものは菩薩である。だから信心決定した人は五体満足であるはずだ。自分は将来目が見えなくなるかもしれない だから救われないかもしれない 2正法を謗るものは救われないと18願に書いてある 自分は浄土門は嫌いだと公言していたことがあるし これからももしかしたらするかもしれない だから救われないかもしれない 観無量寿経には五逆や十悪をするものは救われるが、正法を謗るもの については書かれてない気がする下品下生とは正法を謗るものも入るのか 3こんな風に、自分は救われないかもしれないとばかり思ってしまいます 自分は自閉症スペクトラム障害で、言葉を文字通りに受け取ってしまう癖があるので、そのせいかもしれないです 比喩的な解釈を聞いても、”でも”こう書いてるじゃないか。。。となってしまう 勉強すればするほど、疑いが強くなってしまう自分がいます…。けれどもっと浄土真宗のことを勉強したいという思いもあります 法然上人が仰っていたように何も考えずに「智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏」していたほうがいいのでしょうか 〇〇だから自分は救われないかもしれない、というのは 間違いなのでしょうか?信心一つで必ず救われるのでしょうか? 矛盾するようでワガママなお願いですが、1と2の誤解(だと思います)を理論的に論破(?)していただいて、3の悩みにも答えていただきたいです
10月14日、2歳8ヶ月、人間の歳でいうとおよそ90代のハムスターが亡くなってしまいました。 木曜日だったということで、高校2年生の私は学校から帰宅してから母に亡くなったことを告げられました。 死に目に会えませんでした。 亡くなったことを聞いた瞬間は (昨日まで元気だったのになぜ·····) という思いが強かったのですが、 少し時間が経ってから考えてみると 私のせいで、生きられたはずの今日という日を潰してしまったのかなと思います。 考えられる理由としては餓死です。 2019年の3月末、当時小学5年生の弟が飼いたいと言い始めて我が家にお迎えしたのですが、 弟が積極的にお世話をする様子が無かったので私が中心にお世話をするようになりました。 そのことで両親が何度か弟に対し ハムスターはおもちゃではないので可愛がるだけではダメなこと、 私たちと同じくちゃんと命があるということ、 飼いたいと言った以上責任をもって最期まで育てなければならないことなどを伝えていました。 ですが弟が改善する様子は最期までほぼ無く····· けれど私も私です。 亡くなる2~3ヶ月ほど前から、 飼っていた子がご飯が無くなったのでほしいとおねだりしてきた時、私が気づいてあげなければならなかったにも関わらず (1日くらい大丈夫·····) とそのまま本当に1日ご飯を与えない日が何度かありました。 それまではきちんとあげられていたのに、 自分でもなぜ最後の最後でこんなに怠惰になってしまったのか分かりません····· 一生動物を飼う資格が無いのは認識しているつもりです。 もっと私が弟の分も補ってきちんとしていれば····· 未だに悔やんでも悔やみきれません。 もし餓死だとしたら私は犯罪者です。 一生懸命生きてくれた子の命を、最後の最後で潰してしまいました。 これから私はどう罪を償っていけば良いでしょうか? ちなみに亡くなった日は布団に入れて一晩そっと寝かせてあげていました。 その日の夜と、次の日の朝に父がお経を唱えてくれて、(父は仏教系の学校に通っていました) 昨日、その子を布団に入れてあげて、いつも食べていたご飯と大好きだったおやつと一緒に土葬しました。 せめてもの供養になればと、アルバムを作り毎朝線香を立てて合掌することにしました。
こんにちは。夫が亡くなり半年経ちました。 以前、hasunohaさんで辛い気持ちを聞いていただき、つぶやき、問答共に寄り添っていただいた者です。お答えくださった僧侶の方々に改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。 死別直後と比べて少しずつ気持ちが落ち着いてはきましたが、未だに生前の夫との関係に悔いを感じていて、その事に思いを馳せるのが自分の一部になってしまっています。 今回お聞きしたいことは、亡くなった人は仏様に迎えられ、救われて安らかになり、仏様と共に遺された者を見守ってくださっている。 それを頭では理解しているつもりで、日々仏壇にお線香をあげ、手を合わせて私の心を聞いていただいています。 そのようなとき、亡くなった人の魂というのは、もう生前のようなパーソナリティ、感情等とはだいぶ違うものになって、何か聖なるものというか、私たち現世の者とはだいぶ違うものになっているのでしょうか? 夫には安らかでいてほしいと思う一方、こちらを見ている夫には、生前の夫の心、感情を伴っていてほしいと思ってしまいます。 そして、できたら生前の私へのいろいろを少しは悔いて、悪かったなと思ってほしいと思うのです。 そんな現世の私の俗で勝手な考えは、夫の供養の妨げになってしまうかもしれませんが、私のことをどう思っていたのか、どう思っているのか、生前の夫のままで何かを感じてほしい、それを私に伝えてくれたらいいのにと思ってしまう。 四十九日の法要でご住職様のお経とお話を聞きながら、自分だけ先に許され救われて、安らかになってずるいなあ、遺された私はこの世で悔いて苦しむのになぁと、見苦しくも夫を恨んでしまいました。 亡くなった夫は今、仏様のもとで生前とは全く違う気持ちなのでしょうか。そもそも感情や記憶などあるのでしょうか。 それを知る、感じる方法などこの世にあるのでしょうか。 意味不明な質問ですみません。どうぞよろしくお願いいたします。
餓鬼の境涯から脱するにはどうすればいいでしょうか。 仏教を学んでいて次のような言葉を聞きました。 「地獄は滅した、畜生の心も消えた、餓鬼の境涯も脱した。もはや苦しみの世界を生きることはない」 僕の人生は、親父から虐待されるという地獄を、長年足掻き続けて滅しました。そして、親父の虐待は俺を虐めてるんじゃなくて、認知症という病気で、悪意はなく、あったとしても悪意を理解出来てないんだと知り、畜生の心も消えたと思ってます。どちらも抗うんじゃなくて、愛すればよかったんだと気づきました。子供が親を愛するなんてできっこなかったけど、それでも愛するべきだったんだと知りました。 悟りを開いたとかじゃなく、状況としてそういう長年の苦しみはなくなりました。 ですが、まだ餓鬼の境涯に苦しんでるような気がします。 長年地獄で苦しんだ結果、精神的に異常をきたし、今は就労訓練施設で働いていて、障害年金をもらい、親と国に養ってもらっています。 子供の頃に親からの愛情を受けなかったからか、自慰も止まりませんし、散財もとまりません。 せっかく国からもらっているお金も、全部趣味につぎこんでいます。 まだ餓鬼の境涯で苦しんでる気がします。 今まで地獄から脱するために色々しました。 お墓参りも神社お寺参拝も何度もいきました。祝詞も奏上しましたし、お経も真言も唱えました。禅もしましたし写経もしました。街のゴミ拾いもして功徳も積もうとしました。 ですが、お金や成功したいという欲求、餓鬼に苦しんでいます。 僕は因縁というものを信じていますので、なるべくして今の苦しみがあるんだなと思っています。 ご回答の方も、迷信じみたものでもかまいません。真言を唱えろと言われたら唱えますし、写経をしろと言われたらします。それで助かるなら。 どうか餓鬼の境涯から脱する方法を教えてください。
多額のお布施を要求してくるお寺に、両親が頭を悩ませています。 5年ほど前、父方の祖母が亡くなり、それまで祖母が引き受けていたお寺関連に、父母も関わらざるを得なくなりました。 お葬式や法事、その他もろもろの手続きの中で発覚したのは、祖母のお墓のあるお寺はあらゆることについて、「相場」といわれる額の約2倍を要求してくるということです。 戒名も2倍、葬儀のときのお経にも2倍、法事も2倍…だけでなく、定期的にお布施をお寺に郵送までしている状況です。 その割に、お墓の手入れなどしてくれるわけではまったくなく、たまにお参りに行くと、枯れた花は差されたまま、貸し出しの手桶はボロボロ、下手をすれば雑草まで…という有様。とても納得できません。 他のお寺に改葬したら、永代供養にしたら、という話も出ましたが、改葬先を見つけるのも大変だし、移動先のお寺にもいくらか出さなければならない。 それにどちらにしても、また今のお寺が高額の要求をしてきて、結局は100万単位のお金が動くことになる…そうと思うと、なかなか腰も上がりません。 家計を預かる母は特に、頭を抱えています。 お寺は最も近い親族でも市外に当たる場所で、諸々の手続きをする手間を考えても、また前後の事情をどのくらい知っているかということを考えても、今の父母や伯母の代のうちに決着をつけなければ、私やいとこの代になってしまうと手に負えなくなりそうです。 早いうちに何とかしたいものの、上記のような状況で方策もなく、途方に暮れています。 こういう場合、どのような手立てが考えられるのでしょうか? お金をかけてでも、どこか受け入れ先を見つけて改葬するしかないのでしょうか? ちなみにお寺との関係ですが、日頃の付き合いは一切なく、そもそもこのお寺にお墓があるのは 「20年以上前に亡くなった祖父が、酔った勢いで先代住職と意気投合したから」 だそうです。お墓には、太平洋戦争時の死亡者から、大体5~6人くらい入っていたと思います。
よろしくお願い致します。初めての質問で兄の相談をさせて頂きました。 兄はアルコール依存で鬱の疑い、飲酒運転の果ての接触事故、そして兄に対する母の言動で私は精神的に不安定でした。 俳優さんの自死から私の中にもそのような感情が芽生えてしまったこともありました。 表では笑って人を励ましているのに、その感情と並行するように闇がありました。 しかし、これではいけない、楽しい事をしようと母と京都旅行をする事になり、お寺や仏様・神様などを調べているうちに、神様・仏様がどのような力を持っているのかを知りました。 ---- 頭がおかしいと思われるかもしれませんが、兄には生霊が憑いている気がしてお祓いについて真剣に調べました。 「突然背中を強く叩く」というものがあり、不意を突いて兄に実行しました。 兄は驚いていましたが、表情が変わった気がしました。 次の日に、不動明王様の事を知り、お力を借りようと兄が仕事に出かけた後、部屋の前で「これは兄の言葉としてお聞きください」と真言を何度も唱えました。 すると帰宅した兄が、珍しく「温泉いきたい」と出かけ「さっぱりした」と帰ってきました。 数年続いた鬱蒼とした雰囲気とは何か違うように感じ、不動明王様に感謝しました。 それから毎日私は、「全ての神様、仏様、一日宜しくお願いします」「本日も有難うございました」と挨拶をしています。 その中でも、とりわけ話を聞いてほしい神様や仏様の名前を呼ぶのですが、毎日変わる事もあります。 しかし、沢山の神様や仏様をその時の気分で信仰するのはいけないのでしょうか? 一番お慕いしている神様(または仏様)を信仰したほうが良いのでしょうか? 私は先祖のお墓があるお寺の宗派も知らないし、両親は新興宗教に所属しており、お仏壇にはその宗教のお経を唱えています。 私というと、3年前から安井金毘羅宮にお祀りされている崇徳天皇に惹かれ不思議なことが重なり、崇徳天皇がお傍にいるように感じお慕いしています。 怨霊として恐れられていますが、私にはそのような方には思えません。 また、生霊・悪霊は本当にいるのでしょうか?霊感がないので、除霊などできるはずがないですし、それでも、毎日兄や家族の為に神様に挨拶をすることや真言を唱える事を続けた方がいいでしょうか? 読みづらい文章で申し訳ありません。 宜しくお願いいたします。
はじめまして。 何処へ相談してよいのか分からず色々調べている中こちらに辿り着きました。 先日父が亡くなりました。 父とは幼い頃両親が離婚をして以来子供の頃は数える程しか会っていなく、また父は実の両親からも絶縁されていました。 私と姉は唯一父が連絡を取れる相手であったと思いますが、私達も結婚をし家庭を持つ中で色々複雑な心境もあり自ら連絡を取ることはせずにこの約10年きていましたが去年福祉の方から突然父が危篤状態にあると連絡を受けました。そして父が癌を患い独りで闘病生活をずっとしてきた事も知りました。 危篤状態から1年以上も生きていてくれましたがとうとう先日なくなってしまいました。父の両親のお墓には入れてもらえず、私が姉と出来るのは火葬を見守り骨を拾ってあげる事です。その後姉が一度骨を自宅保管するのですが、本当にそれでよいのか不安です。 ①直葬後、お墓もないので家に保管する事 ②49日過ぎてもその状態で大丈夫か。 ③お坊さんにお経を一度も唱えてもらえず成仏できるのか。 ④父に出来ることがあるとすれば何? 長々とすみません。 父が亡くなってしまった事は悲しいです。でもそれ以上に父が父の両親にさえ愛されず1人で生きてきた人生が可愛そうで仕方ありません。 生前決して行いのよい人生を送ってきた父ではありませんが私は父が痛み、寂しさから解放されて安らかに眠り成仏しまた生まれ変わって今度はたくさんの愛に恵まれる人生を送ってほしいと願います。どうかアドバイスを下さい。
去年の4月に鬱で通院している主治医が変わり、その人に会うとひどく疲れて1ヶ月も食欲減退、落ち込みがあってかえって悪くなるので次第に母一人に行ってもらっています。私の考え過ぎかわかりませんが初めて会った時に私に好意を持った感じがしました。母もそう感じたと言っています。会うだけでここまでダメージを受ける相手は初めてで驚きました。 それから何だか自分の周りがおかしくなって行ったような感じがして、去年の11月に下の部屋にヤンキーっぽい家族が越してきて騒音がひどくてストレスになるので注意したらトラブルになり、今年の2月には上にうるさい子供家族が越してきてトラブルになり、3月に母が交通事故に会い、もう次から次に災難が降りかかり、絶望しました。苦しくて悲しくて何故?って感じでした。 そしたら、11月に父の母がなくなったと父の弟の嫁から電話がありました。父の弟も9月になくなったとか。父の弟とその嫁と私達家族は仲が悪くて一切絶縁みたいな感じだったのですが、その嫁が祖父、父、祖母が入った墓を墓じまいしろとか、お金をよこせみたいな訳のわからない事を言い出して『もしかしたらこの嫁の生き霊が来ているから今年災難ばかりなのかな?』と思いました。(その嫁はかなりお金に執着が強い冷酷な人で、かなり苦手なタイプです) 何故生き霊を疑うのかというと、今までにない災厄が続いて途切れないから、電化製品が次々ダメになる、トイレのトラブル、一番は母の交通事故です。 何でもかんでも人のせいにするタイプではありませんが、あまりにもいろいろありすぎて誰か、何かの力が働いているとしか思えません。 今はお不動様の真言を唱えたりしています。不動明王の生き霊返しのお経もやってます。 あと、冒頭の主治医の生き霊も怪しいと思っています。もう何ヵ月も会っていないのに顔が浮かんだりしますし、時期的に全ての始まりがその人に会ってからなのが気になります。 今の主治医との縁が切れれば前のように戻れるのでしょうか? 早くこの苦しみのスパイラルから抜け出したいですが、私にできることは何でしょうか?母も私も気持ちが落ちてしまっています。よろしくお願いいたします。
弟は今月、結婚と経職表明を行いますが、現在は一般の仕事をしていて別個で暮らしています。 今はまだ、継職を決意してくれた弟や現住職の父との間で、どのような話し合いがなされているのか、私には分かりません。 父は一応 婿養子ですが其れなりに本山や県内でも立場を作り上げて“住職”を勤めて来ました。 実家に生まれ育った母は一般の仕事をしてきて退職した後も、育った環境としての寺族の認識と対応はこなすものの、家事などのほとんどは私一人がやってきてしまいました。 一般家庭から嫁いで来てくれる義妹さんにとって、何が不明で何をすべきか。 寺院の内情とは明らかな格差も大きいと思います。 生まれ育った私たちも、お互い、“家族”という立場に甘えて、寺院の存続や役割りについて、互いの認識の確認などを怠ってきてしまったのではないかと不安です。 ↑今回の質問の意味や私の現状はプロフィールに記載しています。 義妹さんへの伝言の意味も含めて、こちらで質問させてください。 以下は、今の私なりに整理した内容ですが補足やアドバイスなど、現在寺院経営に携わっていらっしゃる方からの様々な見解やご意見をお聞きしたいです。 皆さまのそれぞれのお立場からの言葉を元に、自分なりに整理して、家族や義妹さんへ伝えていけるように努力します。 後は、他の方の質問への手助けにもなれば良いなぁ… ※来客管理や対応(いつ誰が来るか分からない) ※法事や行事などの準備・取り仕切り ※地域住民への対応 ※敷地内や家内の掃除(一般家庭よりは遥かに広い) ※頂き物(食材・お中元・お歳暮・お菓子・お膳etc.)の処理,保存管理,お礼etc. ※住職のサポート(スケジュール管理・体調管理など) ※寺院と各協力機関・関係機関との連携サポート ♯敷地内の掃除や行事などは、婦人会や総代会,門信徒(檀家),地域住民の方々の御協力で成り立っています。 要はそれら全ての間に立って調整していくのが主な仕事と言えるかもしれません。 ↑書き出していて気づきました! 直接、本人たちに伝えられなくても… いつか… 此処に辿り着いてくれて、これが役に立ってくれたら嬉しい。 表の立場の人たちにも、裏の仕事を分かって貰いたい… ただの自己満足で我儘かもしれませんが… ごめんなさい。 今の私の精一杯です。
こんにちは。 私は今年15歳になるラブラドール・レトリバーの女の子と暮らしています。 実は私は母が病気でほとんど歩けず認知症も少し出始めていたので長年介護を続けていました。母も愛犬をとても可愛がりいつも3人家族だね、クーちゃん(愛犬の名前です)私より先に亡くならないでね、と話していました。しかしその母が先日2017年4月18日肺炎のため入院9日目に突然亡くなりました。 毎日母の事を思うと後悔ばかりでお経をあげる事しか出来ない毎日ですが、泣くばかりも出来ずいずれ近いうちに私は(鬱病でかなり以前から無職でした)仕事を探して働かなければいけない状況になりました。 しかしどうしたら良いのか悩むばかりしているのが高齢でもうよぼよぼと歩いている愛犬クーの事です。 もうそんなに寿命も長くはないと獣医さんにも言われている愛犬に、できるだけのことをしてあげたいのです。出来れば今までの様にずっと側にいてあげたいけれどそう言う訳にはいかないことはわかってはいるのですが、ひとりにしていたときに何かあったらと思うと不安でたまりません。 独身で、父は早くに亡くなり兄弟姉妹もいない私には今はこのクーがただひとりのかけがえのない家族なのです。 私が甘え過ぎなのでしょうか? 私はどのように気持ちを持てば良いのでしょうか? このままではクーの事が気になって仕事探しも難しいです。 なかなか他人に相談しづらくて、母の死によって突然変わってしまった状況についていけません。 愛犬にとって一番良いのはどうすれば良いのでしょうか? 愛犬がいなくなったら母もいない今となってはもう自分はどうなってもかまわないとさえ思ってしまいます。 どのように気持ちをもてば良いのかお教えください。 よろしくお願いします。
よろしくお願い致します。 まず、当方は運勢が良くなく、これまで試練・辛酸が10年20年単位で連続しています。 それで、巷の情報で、「~子孫の運勢の多くを先祖が左右している部分が多くある~」という事や、「家系因縁」という言葉も聞いた事があります。 それで、先祖供養・お墓参りは継続的にすべきという事は知っては居ますが、行きたい時にサッと容易には行けないのです。 当方は、千葉県内房地域の在住、両親は両方とも群馬県出身で、伊勢崎市と前橋市です。お墓はそちらに在ります。 自分の運勢を左右している可能性のある先祖が、母方か父方かどちらの先祖か?、どの代の先祖か?、など知る由もなく、又、先祖が生前、どんな生き方だったか、行いが良かったか悪かったか?なども知る由もないですし。 そこで、父方と母方と双方のお墓参りを自宅でする、遠方故の代替策は無いかと探していたところでした。 ●ミニ仏壇を当方の部屋に置き、そこに、両親双方の墓地の過去碑に書かれている人、全員分の過去帳をお寺さんに作って頂き、お経を唱えて頂き、お作りして頂いた過去帳を、位牌に収めてミニ仏壇に祀り、それに向かって毎月月初等に自宅部屋でお参りする・・・という事を考えてみました。 そこで、幾つか注意した方が良さそうか、という点が視えてきまして、 我が家は、 母の寝室に、父の両親の名と戒名(?)と日付が書かれた位牌が在ります。 更に、母の母親の名と戒名(?)と日付が書かれた、位牌ではなく紙に墨?で書かれたものでビニールに包まれたものが在ります(母の父の名はその紙には書かれていません)。 1.故人を祀る場所が一家に2箇所在るのは良くないらしい事 2.位牌は直系のものだけ置くべきで、(当方の場合)母方の位牌を用意したら家庭不和につながるらしき事 3.祀る事、供養する為に、過去帳というのは特に意味が無いらしき事 ※【故に、母の部屋にある父方の祖父母の位牌を当方の部屋に置いて、毎月月初にでもお参りしようかと考えましたが・・・。】 仏壇は、敢えて無理に用意しなくても大丈夫らしき・・・。 先祖の因縁、家系因縁を供養する・・・事に基づいた今件の案ですが。取り敢えずは上記の※【】の部分の様にしようかと思っておりますが。 ご意見頂けますか? カテゴリを、「運命・見えない力」にしようかどちらにするか、迷いましたが。
初めて質問させていただきます 私の祖父の代から法華経を信仰させて頂いております! 兄弟はたくさんいますが 私の母だけが 若い頃から祖父と 信仰させてもらっておりました 私も小さい頃から母と一緒にお寺に行きお題目を唱えさせて頂いておりました 祖父は亡くなり 母がそのまま引き継ぐ形でお寺に行かせて頂いておりましたが 檀家さん?の偉い方ご夫婦が 私の経営しているお店にたまたま見えて 私のお店とわかったら 何度もお見えになるようになり 一緒に働いている従業員をお寺に1度連れて来てみたら?などと言ってくるようになって 母が怒ってしまい… とてもお寺さんには無くてはならないであろうご夫婦なので 行きづらくなってしまって もう1年以上お寺にお伺いしておりません もともと数ヶ月に1度 月はじめの1日に 仕事がお休みだったりした時と お正月にお伺いするくらいで 行事に参加したりできないし あまり貢献は出来ておりませんでしたので 行かなくなったからと言って 問題は無いと思うのですが このままお寺を無くしてしまった場合 母が亡くなった時に、 どうすれば良いのかわかりません! 葬儀の時にお経をあげていただく事ができないですよね? やはり南無妙法蓮華経で送ってあげたいと思うのですが このままでは不可能ですよね? それと 母は毎朝。私は月に1度 家で お題目を唱えさせて頂いておりますが お寺さんが無いとそれは意味をもたないのでしょうか? 全く無知のまま ずっと信仰させてもらっていたので 言葉や用語が間違っているかもしれませんが すみません 本当に感謝の気持ちで毎日手を合わさせて頂いておりますが このままで良いのかと考えてしまっております こんな文才の無い質問で お話が通じていただけるか心配ですが ご回答いただけたら嬉しいです よろしくお願いします
愛猫が亡くなり、もうすぐ4カ月が経とうとしています。 私が離れがたいのと、納骨について迷っていたために、四十九日も百カ日も納骨せぬまま今に至ります。 まず、以前何かで「いつまでも死んだ猫の骨を手元に置いたり、寂しいとか思っていると成仏できずに化け猫になってしまう」という文章を見たことがあるのですが、本当でしょうか。 今でもつい「もっとこうしていれば、今も生きてくれていたかも」と後悔したり、「●●ちゃんがいなくなって寂しいね。天国から会いに来てくれるかな」と息子と話したりしてしまいます。 離れがたくて納骨していないと言っておきながら、死後しばらく経ってからはお参りもお供えも毎日はしておらず、たまにお線香をあげて手を合わせたり、食べ物や花をお供えしたりするだけです。 供養という面では、人間が仏壇にご飯やお茶をお供えするのと同じようにするほうがよいのでしょうか。 缶詰をお皿に盛って置くこともありますが「仏さんに肉や魚というのもどうなんだろう」と考えたり、もう死んでしまったのにあげても仕方ないなと虚しく感じたりしてしまいます。 私の願いは、愛猫が次生まれ変わる時まで天国でのびのびと幸せに過ごしてほしいということ。そしてもし望んでくれるならば、生まれ変わったらまた私たちとともに、今度はもっと長く幸せに暮らしてほしいということです。 ペット供養をなさっているお寺は、近くに3軒ほどあります。合同のお墓に毎日お経をあげてくださったりはしないのかもしれませんが、それでも民間業者の霊園よりはよい気がしています。 ただ、最初から合祀のみだったり、数年間個別で納骨した後に合祀だったりで、結局合祀されることに抵抗があります。 最近は人間も樹木葬などがあり、自分自身が選択するのは全然よいと思うのですが、いざ愛猫のこととなると、他の動物たちの骨とごちゃ混ぜにされるというのが受け入れがたいのです。 また、うちには幼な子がいるのですが、合祀の場合、家族でお墓参りに行った時に、元の飼い主さんにお参りしてもらえず寂しい思いをしている動物の霊たちが、子どもたちについてこないか心配です。 どのように供養するのが、愛猫にとってベストなのでしょうか。 個別でも合祀でも死んだ側には関係ないのでしょうか。 ちなみに我が家はマンションですので、埋められません。実家は庭がありますがとても離れています。
私の兄と母の体験談なのですが、母が子供の頃塾の帰りにある場所の前を自転車で通った時、急に自転車が重たくなり、振り替えってみると後ろの荷台に霊が乗っており、顔は見なかったけど普通のおばあさんが乗っていたと言っていました。驚いた母は、急いで必死に自転車をこぎました。しかし、ある家の前で急におばあさんは居なくなって自転車も軽くなったそうです。母は、二度とその道は通りませんでした。 また、母が小学生の学校行事で、お寺に泊まった時、夜部屋に居る母を含む半数が、日本髪を結った数百年は前の人で在ろう霊が、部屋をスーっと横切っているのを見たそうです。金縛りになった子も居たそうです。そこの住職もお経を上げているが、なかなか成仏をして頂けないって言っていたそうです。 兄は、幼少の時に、自宅で落武者の霊を見ました。髪は、長く下ろしてあってお腹から上だけがある姿だったそうです。兄は母に「お侍さんがいる」と言いましたが、その時、大人には見えなかったそうです。自宅があるところは山を切り開いて住宅街が立てられた所だそうです。 また兄なんですが、自宅から十分県内にあるお家でお葬式が上げられていたある日、小学生の兄がそのお家の前に白い着物を着たおばあさんの霊がたたずんでいるのを見たそうです。 またまた兄ですが、家から20分位のところにある神社があります。そこは、山の中にあり、私と兄と母でカブトムシを探しに行きました。 そこで、兄が急に「白い着物を着た巫女さんみたいな女の人が見えるけど大丈夫?」って聞いて来ました。私達は、直ぐにその場を離れました。 兄も母も中学生以降からは見えなくなったそうです。 私も、霊は見えませんが、感受性がかなり強く人や動物の気持ちに敏感で人なら、離れている人の感情や話声まで必要以上にキャッチしてしまいます。その為、見たくないものや聞きたくないものを感じてしまう人の気持ちも分かります。 よく霊は、心の中でその人を思う気持ちが強いから見えた幻想のようなものと言いますが、何故普通の心理状態で知らない人の霊まで見えるのでしょうか? この様に霊が、日常で普通に見えてしまう人は、霊は、サンタクロースのようなものと言われたらどうしたらいいんでしょうか? 見えた者の存在をそのまま認めるのは、おかしいんでしょうか?
義母の三回忌を5月末あたりに行いたいのですがお坊さんと中々連絡つけれません。(折り返し連絡がない) 昨年は1回忌でしたので早目に!と、二月あたりに予約を取らせてもらったのですが、当時もお留守番の女性の方が出て 折り返しさせていただくと言ったきり10日経っても連絡がなく 忙しいからお忘れかなぁ?と気をもみながら再度連絡。 で、ようやく日時が決まりました。 その時もお留守番の方に、この日とこの日とこの日とこの日と…といくつかあげて希望日時を伝えたのですが。 この日は○○の日で忙しく、この日は○○の行事で、この日は…と全てダメだったのを覚えています。 では逆にいつでしたら大丈夫ですか?とお伺いすると、わからない。とのこと。お坊さんからの連絡を取り合えず待っていてください。←の10日間放置の1回忌でした。 初盆の時も車を路駐され、いきなり二階に現れたのには驚きでした。インターホンなし、挨拶なしのいきなり私たちの目の前をサササッと素通りお経でした。 今回の三回忌もどうしたことかと。。折り返し連絡がないのです。 その今回の三回忌のおつとめをしてくださることで頭がいっぱいで(親戚の方がとても口を出されるため) 私の実母の1月の三回忌を忘れてしまうという悲しい事態を引き起こしてしまいました。(義母の三回忌が終わり次第、心から謝罪し三回忌を落ち着いて行う予定です) 宗派は違いますが実母のお坊さんはとても親切なおじいちゃまです。 宗派は違うが義母さんのん、わしが拝んでやろうか←とも言ってくれました。 だめですよね?やはり宗派が違うお坊さんに依頼するということは。 同宗派でお坊さんを別のかたにお願いするほうが良いのでしょうか。出来れば現在のお坊さんに失礼のないような形が理想です。 宜しくお願いいたします。
私は人文系の学問を勉強している大学生です。私は高校生の時に勉強の面白さに目覚めて以降、現在まで自らの知識欲に任せるままずっと勉強に自分のすべての時間を捧げてきました。とりわけ私が時間を捧げているのは西洋哲学、イスラーム学、近代日本文学そして語学です。 学問というのは恐ろしいもので一つを知ると十の分からないものが現れ、学びたいものは指数関数的に増えていきます。そしてゲームやギャンブルと違って飽きるということも無いのです。私は今まで好きなだけ勉強してよいという学生の特権に任せて非常に幸せな時間を過ごしてきました。しかし、周囲から就職の話がぽつりぽつりと聞こえてくる時期になり、将来を考えるにつけて自分に残された時間のことを考えるようになりました。 まだ数十年の時間が残っているとはいえ就職したら自分の時間はぐっと減るでしょうし、年を取るにつれ記憶力も減衰していってしまうことを考えると残された時間は私が学びたいものを学ぶのはあまりにも短すぎます。自分が「まだ勉強したい」と思い続けながら死んでいくのかと思うとなんとも言えない恐ろしさを感じます。 物欲や色欲といった煩悩なら執着を捨てることもできそうですが、知識欲は同じ「欲」でも他の煩悩とは明らかに違った性質を持っているように感じられます。仏教でも「一切の欲を捨てよ」と説くと同時に、膨大なお経を勉強することはむしろ推奨されるのがその一例かと思います。 しかし、知識欲も人を苦しめるという点では煩悩と同じです。勉強の中で自分の思考の深化と相対化に喜びを感じる時に、これから学びたいことを考えていつも絶望してしまうのです。でもだからといって私には「学ぶことをやめるべきだ」という結論は出せません。「学ぶ」ということは何にもまして崇高で、私にとっては人生の意味そのものです。 私のこの恐怖はどうやって解消すればいいのでしょうか? 仏教を勉強されている皆さんなら欲と学びというジレンマについて考えたことがあるのではないかと思い、このサイトに投稿させていただきました。 長くなってしまいましたが、私からの質問をまとめると以下の2点になります。 ・知識欲は捨て去るべき欲なのか ・知識欲が捨て去るべきでものでないのならば、知識欲からくる苦しみはどうすればなくすことができるのか
2月15日に最愛の母が74歳で亡くなりました。 弱った身体に追い打ちをかけるように病気が増え、 半年間の壮絶な入院生活でしたが、母は本当に頑張ってくれました。 母が亡くなった日の夜中、実家でぼーっとしていると 突然電子音のような音が短く聞こえました。 葬儀場の安置室に居る時、小さくチンとおりんのような音がしました。 通夜が終わり母のお棺の側にずっと居たのですが、 突然プロジェクターが光り、母の遺影の上辺りを照らしました。 「斎場のサプライズでスクリーンで何か映すの?!」と思い、 天井に取り付けてあるスクリーンを見たり、 プロジェクターと青い光が当たってる部分を交互に見てました。 5秒くらい?で光が消えました。 もちろん斎場は真夜中にいきなりそんな事するわけなく。 お経をあげて下さったお坊さんに話しましたら、 『仏教には非科学的な事はありません』と言われ。 そうだよね・・・と思いつつも、 マスクをしてるのに突然はっきり線香の匂いを感じる事があります。 側に居てほしいと願い過ぎて、私がおかしくなったのでしょうか。 何年も闘病して苦しんだ母には 苦痛がない極楽でご先祖様と一緒に最高に幸せでいて欲しい。 朝晩、南無阿弥陀仏を十回お称えしています。 でも私の側にいつも一緒に居て欲しい。 わたしがいつまでもそう思っていると、 私のせいで母は極楽で幸せになれないのでしょうか。 私がずっと側に居たのに、母を助けられなかった。 母に『絶対にこのまま死なさないから!』と言ったのに。 私がもっと早くもっと詳しく、母の病気を調べていたら 母は今も生きていたかもしれない。 時々、母のお世話が大変だと思ったりしてしまった。 そんな事ばかり考えているから不思議な現象が起きるのですかね・・ 私がおかしくなって幻聴幻覚なのでしょうか。 母が『ここは最高だよ!お母さんすごく幸せだから心配しないでいいよ!』 とか言って出て来てくれたら良いのに・・・と思ってばかりいます。