先日家族を亡くしました。 病気だったこともあり受け入れることも理解も出来たつもりです。 ですが、やはり時々どうしようもなくつらく、亡くなった本人の苦しみを考えれば、どうこう言うべきものじゃないかもしれません。 こんなにつらくても、自分の身体に不調という不調は無く、これ以上の苦しみは無いというくらいつらいのに、何故こんなに身体は元気でいつも通りいようとするのでしょうか?これから何度もこんな別れを経験し、その度に失った悲しみとは裏腹に、いつも通りに生活をしていこうとする身体と向き合い続けないといけないのですか? 遺された人間にこんなつらい経験をさせる死に別れって一体何なんでしょうか?もうよく分かりません。
趣味で旅行をしたり映画を見たり好きなことをして、仕事も自分合っているし仕事仲間も仲良く良い人ばかりだし、親兄弟はあまり会わないけれど健康で仲も良い。 自分はとても幸せだと思っています。 それでも生きている意味がわからなくなることが多々あります。 こんなに楽しい仕事でも辛いことはあるけれど、仕事は生きるための術のひとつで辛かったら転職すればいいとも思っています。仕事が辛いと思うと、生きるための術なら別に生きようとしなければ必要ないのではないかと自分でも極端だと思うことを考えてしまいます。 昔から希死念慮のようなものがありましたが、年齢を重ねて落ち着くはずの歳になって酷くなっている気がします。 自分は幸せで楽しいと思っているのにイライラすることが多くなり毎日のように死にたくなるのは何故でしょうか。 なにか良い対処法があれば教えて欲しいです。
5~6年前から辛いことが続きます。 弟の自死、夫が交通事故の加害者になる、母の病死などです。 何かの因縁なのか、と辛く この先も何か突然の不幸が襲って来るような気がして 心が重くなります。 お墓参りもちゃんと行っているし 日頃の行いも悪くないと思います。 現在は生活が落ち着いているので、たまには遊びに出かけてみようかと思っても 途中で事故にあったらどうしよう…とか、 滅多に風邪などひかないのに その日に限って体調崩したら嫌だな…とか色々と考えてしまい、 人生を楽しめていないというか 損している気持ちです。 また自分や家族に何かあったら、さすがにおかしいし、鬱になってしまう様な気がします。 どのように心を保ったら良いでしょうか。
初めまして 調度1年前に乳癌と診断され、すぐ手術し、夏に抗がん剤治療が終わりました。 ステージ1ではありましたが、増殖性が非常に強いタチの悪いタイプの癌で、死を意識せざる負えません。 私は離婚し旦那はおらず、子宝にも恵まれませんでしたので、誰かのために生きなければ行けない!とは強く思ってはいません。なのに、死ぬのがなぜが悲しいのです。人並みに楽しいこともしてきたし、仕事も頑張りました。何に対しての未練なのか分からないのです。 親やきょうだいには「みんな平等に死ぬんだから、早いか遅いかの違いだよー」って言ってるのに。 心の整理の付け方、生への未練の経ち方、教えてください。
ゆめ羊といいます。 22歳女です。 読みづらかったり失礼な書き方があったらすみません。 タイトルの通りのことで悩んでいます。 虐待されて育って生きる意味がみつかりません。 この先わたしに待っているのは死だけです。 家族からは罵られ、無視され、依存され 嫉妬され、たかがテレビのリモコンの ために蹴られなどやられるだけの ことはやられてきました 性的なこともです 褒められたことはありません。 無理やり習い事をさせ「調子はどう?」など 聞かれたこともなく隣でピアノを弾いていても 本当に一切無視でした。自分で習わせたことを 忘れているようでした。 今は学生です でもたぶん辞めるし これから人とあまり話さない仕事で とりあえずお金を稼いで趣味に生きることが 今後の人生の目標というか‥ もう親には頼らずにもっと年をとったときに 仕事をクビになったり仕事が決まらなかった時には死ぬと思っています。 これがたぶん私の人生の限界のような 気がします。こんなことしか 考えられません。結婚も子供もなし。 家族に愛されて育ったであろう同年代の 子たちのことを見ていると微笑ましく またそんな環境に手の届くことのない 自分がいるんだなぁ、とただそれだけを思っています。 何かこんな私でも万一に役立つことが あるかな?とその期待だけのために 今は生きています。 でも最終的にわたしの行き着く先は 死なのかなと考えてしまいます。 少しでもこの状況から抜け出して楽に生きたいです。 こうしたほうがいいよなどのアドバイスをいただけたら嬉しいです。 読んでいただきありがとうございました。
こんにちは。 私は現在19歳で、大学に通っています。両親は私が12歳のときに離婚したので、それからずっと母親と2人で住んでいます。 小さいころからこういう考えを持っていますが、先週くらいから死についてずっと考えてしまい、怖くてどうしようもできません。 忙しくしてても、ふと思い出し、本当につらいです。死んだらどうなるのとか、自分が存在してる意味、自分がどこからきたのかとか、本当に怖いです。でも中々他人に相談できることでもありません。 そして、そういうことを考えているとき、1番思い出すのは母親です。2人で住んでいるというのもあり、私を唯一支えてくれている、1番大切な人です。私たちは普通の親子よりも仲良しでお出かけもしますが、今までもっと仲良くしとけばよかったとか、ケンカとかを思い出すとつらくてたまりません。 私には家族以外母親しかありません。 死んでもずっと母親と一緒にいたいです。 こういう考えを持つのって普通じゃないですよね。 自分もなぜこんな考えを持っているのかもわかりません。でもとにかくつらくて、胸痛くなります。これからどうすればいいのかわかりません。いま人生やっと楽しくなったのに、これがすべて終わると思うと居ても立っても居られません。 誰かにこういう話を向き合って話してみたいです。 これからに向けてのアドバイスをいただければ嬉しいです。ありがとうございます。
私の両親は50代で病気もなく健康体です。ですが、私自身「もし両親が急に死んでしまったらどうしよう」というどうしようもない不安を常に抱えて生きています。 先日家族旅行に行き、帰りの空港でもこの旅行が家族での最後の旅行になったらどうしようと考え、1人でこっそり泣きました。また、この空港でのエピソードを友人に面白おかしく話そうとしたところ、その時の感情を思い出して再び泣いてしまいました。 私自身、予想もできない未来に不安を抱いて生きるより、今一緒に過ごせている時間を楽しく過ごした方がいいことは十分理解しています。むしろ私自身もそうやって過ごしたいのですが、楽しい時間を過ごしている時ほど、終わりを考えてしまいます。 私自身、身近な人を失った経験が現時点でない為、人一倍死への恐怖が大きいように感じます。家族との別れを想像しても、乗り越えられる気が全くしていません。小学生の時から20になる今までずっとこの考えで生きてきたので、根本から変えるということは難しいのかもしれませんが、少しでも楽に家族といまこの時間を過ごせるような考え方はないでしょうか、、 お坊さん自身が、ご家族との別れについてどのように考えているかだけでも教えていただけたら幸いです。
今年の4月に夫が自死。遺書には仕事が回らなくなってしまって、安易に逃げてしまったと残されていました。 現在2歳の娘と2人暮らしです。 周りに親族はいますが、頼る事があまりできない状況です。義実家は遠方に住んでいるためなおさらです。 現在ワンオペで育児をしながら、一時休職し各種手続きを行ってます。 夫が自死したことによる悲しみや怒り、慣れないワンオペ育児で苛立ってしまい、私自身が疲弊していることは分かっているため精神科に通院してます。 私の人生の目標は、お父さんとお母さんと子供がいる幸せな家庭を築くことでした。 私の両親は離婚しており、物心つくころから不仲だったので、その目標は私の中では絶対だったのです。 今回夫が自死してしまい、その目標は打ち砕かれてしまったのです。 他に目標を立てれば良いと思いますが、もうそんな気力もありません。疲れました。 後追いしたいとも考えましたが、遺される娘のことを思うとそんなことはできないと思いとどまってます。 生きる理由が分からなくなってしまい、今回ご相談させていただきました。 よろしくお願いいたします。
はじめて相談します。 今回の相談は、端的にいうと喝を入れて頂きたいというものです。 現在、就活真っ只中の就活生なのですが、書類選考や面接がうまく行かず、内定を頂くことができません。 ・ 原因としては、準備不足、そして就活自体を始めるのが遅すぎた、といったことが考えられます。 ・ また、根本的な問題として ぼんやりとした希死念慮に取り憑かれており、ずっと思考が不明瞭な状態が続いております。 ・ 小学生の頃からぼんやりと死にたいな。と思い続けていて、その考えが定着しすぎてしまい、嫌な事がある度に死にたくなります。 ・ 今では、精神的に落ち着いている日でさえ、「生きているのが面倒くさい。 また、明日も明後日も生きるために、 普通に生きるために頑張らなきゃないんだ。」と思って、苦しくて死にたくなります。 ・ 就活も、わたしにとっては 「生きる」という行為を前向きに進めているように思えて、なんだかとても面倒くさいし、 死にたいなと思ってしまいます。 ・ ここまでかなり支離滅裂なのですが、 生きるのが面倒くさいという、そんなどうしようもない人間に喝を入れて頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
現在妊娠4ヶ月の妊婦です。先月脳梗塞で実家の父が倒れそのまま亡くなってしまいました。血圧が高い事は気にしておりましたが、持病もなく元気だった父の突然の死に家族も周りの人達も衝撃と悲しみに暮れています。 転勤族の夫との結婚を機に地元を遠く離れ暮らしており、安定期前の悪阻がある状況下で長時間の移動は無理だと判断し最愛の父の死に目にも立ち会えなかった事が残念ですが、優しくて子煩悩だった父なら来ないように言うだろうとその判断に納得しています。 家族の中でも一番大好きで仲が良かった父を想うと、死から一ヶ月が経とうという今でも毎日涙が溢れます。母も悲しんでいて実家で一人きりになってしまう事が心配です。他の兄妹三人は仕事があるので専業主婦の私が夫に了承してもらいなるべく実家に滞在して母を支えようとしています。 そんな母は悪い人ではないのですが、感情が昂ぶると平気で相手を傷付ける発言をする事が以前からたまにあり家族と喧嘩になる事がありました。 昨夜次兄が実家に立ち寄った際に母が私が何もしないと告げ口をしました。そもそも私の身体の心配をして力仕事や無理はしないようにと気遣ってくれたのは母なのに棚に上げ、他にも感情の赴くままに動かないから太ったなど散々なじられました。確かに大した事はしているつもりはないのですが、葬儀後の事務作業や食器洗い洗濯畳みなど出来る事はしていたつもりなのでショックでした。つい腹が立って家事を手伝っても何もしていないという事になるのならもう何もしない。心配してそばにいてあげてるのにと言ってしまいました。母はそれ見た事かとその後も私を悪者にして次兄に何か言っていました。涙がこみ上げてきてその場を離れ、なるべく顔を合わせないように過ごしています。 こういった事は今までに何度もあったのですが、妊娠中なのと最愛の父の突然の死で精神的に不安定なのも重なり丸一日経っても涙が止まりません。母の事は心配ですが、支えたくても時々本人に深く傷付けられるのでどのような距離感を保てば良いのか悩んでいます。父が生きていれば私の味方になってくれ、母を窘めてくれていたのにと想像してはまた涙が溢れます。 こんな事ではお腹の赤ちゃんや亡き父に心配されてしまうと情けなくもなります。母を支えたい気持ちと精神的な安寧のために離れたい気持ちがせめぎ合っています。どうするのが良いでしょうか。
30歳の女です。コロナ禍中で改めて人生を振り返る機会を得たのですが、仕事や家族関係、恋愛、お金と全てにおいて失敗しかなく、自分が生きている事に何の意味も見いだせなくなりました。 なかなか自分に合った仕事が見つけられず何度も転職を繰り返し、家族は私を行き遅れの邪魔者扱い、彼氏はいますが私のことが好きで付き合っているわけではなさそうだし、仕事をコロコロ変えているせいで貯金も全くない。 誰かに必要とされたい。誰かに愛されたい。ずっとそう思い続けて、自分なりに一所懸命にやってきましたが、何をやっても上手くいかず、迷惑ばかりかけていたことに気付かされ、私は誰からも不要とされ、誰にも愛されない、不快感しか生み出さない存在になってしまっているのだと理解しました。 どんなに頑張っても「努力が足りない」と言われること、前を向いているフリをして笑うこと、空元気を見せ続けることにもう疲れました。 それなのに、死ぬのはとても怖いんです。死を魅力的なものだとはとても思えないんです。 今はただ、自分という無駄を自覚しながら、死なないために生きているだけ。目的も意義も何もありません。 私が死ねばきっと家族は「娘を失った悲劇の家族」として周りにチヤホヤされるでしょうし、行き遅れの邪魔者が居なくなるのだから内心とても嬉しいでしょう。 入ったばかりの私が居なくなったところで職場も困らないどころか人件費が浮いて得をするし、恋人も別れを切り出すという罪悪感を感じなくて済みます。 生きていくより、死んだ方がいいと分かっているのに、それでも死ぬという選択肢を選ぶことが出来ないんです。痛いのも苦しいのも怖いんです。 私はどうしてこんなに死を恐れるのでしょうか? 生きることに浅ましい執着を見せているのでしょうか?
10年近く前に詐欺で300万円という大金を失って以来 「常に犯した罪に対して罰を背負うべき」という考えが片時も抜けません。 それが原因で「死にたい」という「希死念慮」が常に頭の中にあります。 10年近く苦しんだせいなのか、そう思うことが自転車に乗るのと同じくらい自然にできるようになっていて、当時散々迷惑をかけた親がいくら「許す」と言ってもそれを受け入れることができません。 100回許してくれても101回目は許してくれない、10000回許してくれても10001回目は許してくれない。と自動的に思考するようになってます。 親は許してくれているのですが心の中の自分自身がどう頑張っても許してくれずに10年間ひたすら「死」という「罰」を受けろと言い続けています。 自分の中では「終わったこと」と認識できずに現在進行形で「起こり続けている」ことになっているんでしょう。「死ぬまで十字架を背負え」という心の中の自分がいるのでしょう。 心療内科に通ってますが根本的な解決には至らず、ずるずると投薬治療を続けています。 今日も12時から5時間近く悩み苦しみ続けていますが罪の意識は消えないどころか「死にたくなるほど苦しい自分の悩みを「カルーク」受け流す親や心療内科 の先生」に殺意にも似た憎悪を抱いています。 何でわかってくれないんだ! なんで苦しまないんだ! そんな怒りを感じています。 ひどいときは休日でもこうで(今日とか)、仕事中は常に「死にたい」が頭の中にぴったりと寄り添って離れず「死にたい死にたい」と言い続けて「これ以上言い続けると本当に死んでしまう!」と思わせて精神をマヒさせないと到底仕事になりません。 ひどいときはマヒする前に圧倒的な「死にたいの洪水や津波」が襲ってきてそれでおう吐して早退。なんてこともあります。 何が一番つらいのかというと「真剣に向き合ってくれる人が周りには誰もいない」それこそ「話を聞いて泣きだすほど感情移入してくれる」人を探しているんですが誰もいなくて常に孤立していることです。 しょせん人の人生は自分自身で何とかするしかないのでしょうか? 子供の頃は勉強だけはできたから「自分は特別な人間だ」と思ってそれが「300万円詐欺で否定」されたからこんなにも苦しいのでしょうか? 回答お願いします。
ここ数年、もしくはそれよりずっと死にたいという思いが頭から離れず、具体的な対策が思いつかず悩んでいます。自殺なんてするべきではないと頭では分かっていても死にたくなってしまい困っています。 少し話が飛びますが、死というものと直面した出来事として、先月、祖父が亡くなりました。 とても幸せな最期だったと思います。家を離れた私や弟が偶然実家に戻り、一緒にご飯を食べ、会話をして、翌朝苦しまずに家族に見守られた大往生でした。 通夜や葬儀も遺族のみんなが笑っていて、誰もが「いい人生だった、幸せな人だった」と祖父を送り出していました。 私も祖父に対して別れの悲しさや苦しさより感謝の方が強く、死ぬならこんなふうに笑顔で見送られたい、こんな死に方がいいと心底思えました。 にもかかわらず、心にべっとりと死にたい、もう今すぐ自分で人生を終わらせたいという気持ちが付き纏って離れません。 頭では祖父のように天寿をまっとうして見送られたいと思うし、私に先立たれた両親は悲しんで悲しんでずっとずっと引き立ってしまうから、あるいは子供の死によって狂ってしまう姿さえ想像できるから死ぬなんてダメだ、と思っているのに、心は死にたいのです。 その感情は幸せな時にもやってきて、楽しいのに、幸せなのに「あ、死にたい」と思ってしまう時もあります。 私は本当に恵まれていて、仕事もさせてもらえて、住む家があって、食べるものがあって、趣味にお金も時間も使えます。 心も時間もお金も物も惜しみなく私に使ってくれる家族がいます。それでも、なぜだか死にたくなってしまうのです。 どうしたらこの死にたいという気持ちとうまく付き合えるでしょうか。ご教示いただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
こちらではいつもお世話になっております。五十代半ばの男性です。ここ何年か題名の通り、老病死を強く意識するようになりました。それまでは頭にはあったもののほとんど気にしないで生きて来ました。 (老)に関しては、平均寿命から残り何年いきられるか?とか実感するようになったり、いつの間にか回りやテレビで活躍する人達がみんな年下で、二回りも下もいたり。またあと数年で還暦というと愕然とします。なにもできないまま年だけとったように、そんなはずではなかったのに等と考えてしまいます。ケアはするようにしていますが体力も目に見えて衰えて来ました。白髪も増え、目も悪くなって来ました。 (病)(死)に関しては今のところ大きな健康問題はないのですが、両親を内臓系の悪性腫瘍で亡くしているので、毎年の人間ドックが異常に不安です。食生活に気を配り、毎日ウォーキングをしたり等てできる限りの事はしていますが、両親の闘病から亡くなるまでのつらい経験が恐怖を増しているのかもしれません。 老病死という誰もが避けられない苦が急に身近というか、現実見をおびてきた感じでしょうか。 普通に結婚して子供に恵まれ、企業の管理職として並みの生活、人生なのかもしれません。ただなぜか急に老病死が受け入れ難いのです。 これからの余生の心構えについて是非アドバイスを頂けますと深甚に存じます。
1ヶ月に母を癌で亡くしました。 父も20年前に癌で亡くなっています。 心の中は寂しさと哀しみでいっぱいで、胸をグッとつかまれている様な感覚でとても苦しいです。 両親ともに、まだ年齢が若かったので、もっともっと長生きして欲しかった。一緒に居たかったと言う思いがあります。 母が亡くなった時に、知り合いの方に『お母さんの仏様から頂いた命はここまでだったんだよ。』と言われました。 母が自分の余命を聞かされた時、こう言っていました。この世に生まれたからには、一度は死なないといけない。必ず一度は別れが来る。そして、生まれた時から、その人の『いのちのながさ』は決まっているんじゃないのかなぁと…。 世の中には、色々な人がいて健康に気を付けて生活していても病気で亡くなる人もいれば、不摂生をしていても長生きする人もいる。 そう思うと『仏様から頂いた命のながさ』『その人のいのちのながさ』と言うのは決まっているのかなぁと思い、頭の中では納得しようと思っても、やっぱり心はついていけず、父が亡くなった事も、母が亡くなった事も、まだまだ若かったのに『何で死んでしまったの』と思ってしまうのです。 両親の死を受け入れ、哀しみを乗り越えるには一体どうしたら良いのでしょうか。
こんにちは。たくさんの質問があるなか、お忙しいとは思いますが、ひとつお尋ねさせていただきます。 先日、祖父が亡くなりました。 優しくてユーモアがあって大好きな祖父でした。 私にとって身近な人が亡くなるのは初めてで、自分が想像してたよりも遥かに人の死というのは悲しくて寂しく、また、綺麗な死に顔を見たことや骨だけになってしまったこと、死という全てが衝撃的でした。 1ヶ月ほど前、元気な姿で会った祖父は一体どこへ行ってしまったのでしょう。 骨になったら全てが終わりなのでしょうか。 祖父がいまどうしているのか気になり、ネットで自分なりに仏教について調べてみました。 そこで、49日間かけて故人は裁判のようにひとつひとつ過去の行いを審査されそれをもとにその後の行き先を判断されるというお話を知りました。 祖父はまだ初七日も迎えていない状態です。 もしかすると祖父はいま、行ったこともない道を一人で寂しく歩き、不安な気持ちで審査を受けてるのではないかとおもうと、心配でたまりません。 祖父は1人で寂しくないでしょうか? 祖父が無事に天国へ、もしくは安心できる地へ、祖父の先に亡くなった家族が待っている元へいくために、私にできることはありますか? 手を合わせて、想いを込めるだけでも力になれますか? 祖父のことが心配です。 もし今の私にできることがあれば、教えてください。よろしくお願い致します。
生来の体質ゆえに普通の人と同じような人生を送ってこなかった私ですが、十代の頃から長いあいだ「希死念慮」という死神に貼り付かれてきました。死ぬほうが楽なことは一杯ある。いままでそれに負けなかったのはひたすらに自分自身に負けたくない気持ちゆえにです。子供の頃からずっと「死」について考えてきました。 私は特定の信仰を持ちませんが、なんとなく「生かされている」という気がしています。 「お天道様が見ている」というのに近いかな? この「お天道さま」は誰も人が見ていなくても非道なことをすると罰を与えます。「天罰」というやつですね。 大事故で九死に一生を得て助かる人もいますし、大災害で亡くなる方もあれば、奇跡的に助かる方もおられます。特に東日本大震災のような災害で、本当にわずかな差で生死を分けた人の話を聞いたりすると、本当に不思議な気持ちになります。 なにが運命を分けたのかわかりませんが、私はこう考えてしまいます。「助かった人は生き延びてまだやるべきことがあったんだ」と。 不幸にして亡くなられて、遺族に大きな悲しみを残された無念の死を迎えた人も、その大きな犠牲によって、多くの人に訴えるものがあって、改善のきっかけになったこともあるし、遺族がその人の分も力強く生きていこうとする力の源になったのかもしれないなあ…とも…。 すべて私が勝手に思っているだけのことですが、だからこの世に「無駄な生命」はひとつもないのです。天命だか運命だか、寿命がある人はその時まで、生き延びる運命にあるかもしれないし、短く定められた寿命の人は普通なら大丈夫、くらいのわずかなことで命を落とされることもあります。 …だから、私も、生きているということは自分なりの役目があるから生きているんだと思っています。それがちゃんと出来てからじゃないと死ねないかもしれません。 黒柳徹子さんのエピソード。ユニセフの仕事で「寿命があるなら大丈夫だから」と地雷原にずんずん入っていかれるという話。単に無謀とは違って黒柳さんの中にも「生かされて生きている」感覚が強かったんじゃないでしょうか。 生きているうちはこの世での役目があって、それが完了するのが死ぬ時。自分勝手に途中で投げ出したら、それまでの苦労も無駄になりますよね。 相談ではなくてすみません。一度しかない人生、大切にしていただきたい切なる願いです。
死が最近頭をよぎります。 物心ついた時から周りに、太ってる私の見た目の悪さで色々言われたり、態度をとられてもダイエットで痩せることが出来ず失敗したとしても、自分の趣味や時間、特技でカバーし辛かったですが普通に恋愛をしたり、遊べたり生活して来ました。 結婚生活に失敗したとしても離婚後、子供達が居れば頑張っていけると自分を奮い立たせ1人で最近まで生活してきました。 ですが最近、1つの「死」によって今までのその生活や人生が間違っていたように思え、全てに置いて自信が無くなりました。 色々失敗した私は潰れそうです。 金銭的にも色々、不幸や行事、修理で底を尽きまさに今月 首が回らず携帯が止まります。 普通に生活出来ないもどかしさや自分の不甲斐なさに絶望しかありません。 そんな失敗続きの中で「死」がチラチラよぎってしまっています。 今まで通り自分の趣味や時間、子供達との触れ合いで気持ちを落ち着かせ満たそうと頑張ったけど限度がありました。 ならいっそ、結婚生活で失敗した時から嫌悪感があって手が出せないでいた男性に出会えれば心から支えて貰えれば何か変わるかもと8年振りに1歩進んでみたら、 結局は私自信に興味があるのではなく、性的に興味があってそういう関係で終わるのが続くだけで心の支えにはなりません。 きっと上手くいくという行動全てが裏目に出てしまい、疲れてしまいました。 生きる意味が解らず、いっそラクになりたい。という気持ちが増えて来ました。 子供の為と解っていても疲れてしまいました…。
はじめまして、月石と申します。 こういった相談事を書くのは初めてなので、読みにくいところが多々あるかと思いますが読んで頂けると幸いです。 私の相談事はもう十年も経つのにバイト先で職場いじめをしてきた人達への憎しみと怒りが少しも風化しなくて苦しいことです。 忘れたいのに出来ません。 その時の事を四六時中思い出し、怒りや恨み悲しみが甦ってきます。 つらいです。 職場でのいじめは色々なことがありました。 一部優しい方達もいましたが、殆どの方から敵意を向けられていました。 仕事を教えて貰えず放置、面接時には説明のなかった業務の追加、悪口陰口、挨拶やお礼の無視、私と目が合うと嫌そうな顔で踵をかえしていく、耳元で暴言を囁かれる、身障者扱いをしてくるなど。 またこれは私にも非があったのですが、その当時歯の矯正を行っていた為にどうしても口臭が残ることがあったようです。 その為、業務のことで話したあとにあいつ口臭いと笑われたり、あからさまに顔を背けられたりしました。 それ以来、今もずっと人と会う時や外出の時にはマスクが手放せません。 特に辛かったのは一生に一度の成人の年をいじめによって台無しにされたことです。 同じ年の職場の人は皆に祝われて嬉しそうにしていたのに、どうして自分は違うのだろうと、凄く辛くて憎くて悔しくて、なによりも悲しかったことを覚えています。 職場いじめにあって以来人が怖くなり鬱を発症してしまい、そのせいで就職も歯の矯正も上手く出来ませんでした。 本当なら今頃職に就き、親や兄弟に恩返しが出来ていて、夢を叶えて、念願だった歯の矯正を問題なく終えていて、もしかしたらパートナーも出来ていたのかもしれない、と思うと悔しさと憎しみと涙が溢れてきて叫んでしまいます。 正直なところ、もう生きることに疲れましたので何度も自死を考えました。けれど家族の職業柄、自死の後処理などが残した家族や色々な人にどれだけ迷惑をかけるのか知っている為、なかなか実行に移せません。 ですがそれでも時折、自死が出来たらとても楽になるのだろうなぁ…と考え、実行に移してしまいそうになります。 衝動的に書き殴ってしまいましたので、分かりづらいと思います…申し訳ありません。 もしよろしければ何かアドバイスなどを頂きたく思います。 どうぞよろしくお願い致します。
大前提として自死はもちろん、物理的な自傷行為もしていません。 今の会社で派遣として働き始めて約2年半、 仕事の話でなければ仲良くできるのに仕事のこととなると上司と折り合いも悪く、仕事の内容も好きじゃない上に理解もままならないまま働き詰めていて、もうしんどいです。 働き始めてからずっと正社員に誘われているけど、この会社で正社員になる踏ん切りがつかない。 だけど何の資格もない自分が、他の会社で正社員になれる気もしない。 小さなことが気になって、ミスしているんじゃないかと怯える毎日で、 ストレスで過食気味になり、身体に悪いものばかりを食べ、不眠症になり、毎月大金を使ってストレス発散しています。 健康診断でも複数項目引っかかり、初めて要精密検査判定が出て、今日検査を受けに行きます。 それでも仕事を辞められない自分が辛い。 変化が何よりも苦手で、上司以外にも仲の良い人もいるのに、辞めるなんて気まずくてそれこそ踏ん切りがつかないし、 辞めたあとに何も残らないしやりたいことも何も無いから、辞める勇気が出ない。 悩んでいるといつの間にか激しい怒りに変わり、理不尽なことを要求してくる取引先や上司への怒りで頭が埋め尽くされることの多い2年半でした。 また年々、人と縁が切れることに強い恐怖を覚えるようになり、自分から離れるというのが難しくなってしまいました。 いっそ上司が死んでくれたら辞められるのにと思うこともあります。 それでもこの人とは誰よりも会話をし、心の中を少しずつ打ち明け、親友のように過ごす時も少なくなくて、自分から見ても滅茶苦茶だと思います。 恋人もいないし、結婚願望もそこまで無く、子供がほしいともあまり思ったことがなく、「死ぬのが怖い」という感情以外で生きている理由がありません。強いてあげるなら親が悲しむからでしょうか。 そんな自分が恐ろしくも思え、だけど自ら死を選ぶことは絶対にあり得ないので(幼い頃から死への恐怖が強く眠れない日々が多いので、タナトフォビアなんだと思います)、もっと楽に生きたいです。 長々と乱文を失礼いたしました。 本当は心療内科などに通うべきとわかっているのですが、田舎なのもあって医者の守秘義務に信用がおけないのと、 数年前に何ヶ所か通ってみたことがあり、どの病院もただ薬を出して終わらせようとされたことから二の足を踏んでいます。