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hasunoha 問答検索結果 : 「 悟り 」
検索結果: 2103件

慈悲とは、共感、広い心?

こんにちは。仏教の慈悲について考えていたのですが、迷いました。お暇な時に、教えてくださると助かります。 私は最初、慈悲は愛と同じかな?と思いました。愛とは誰か困っている人を見つけたら自分がしてほしいと思うように相手を扱い助けることだ、と助祭から昔教わったんです。それと似た気持ちかなと思って。でも慈悲について過去の記事を読んでいるうちに、慈悲と愛は違うかもしれないと思うようになりました。仏教では周りの人や生き物と自分が皆繋がっている考えがあると感じたんです。それで、まず慈悲とは共感することなのかなと思いました。でも、共感だけではなくて広い心で人の為に祈るような意味もあるのでしょうか。うまく言えないけれど、憐みみたいな....例えば、自分に敵意を持っている人に対して慈悲の心で接するような表現をどこかで見たのですが、それは相手が自分のやっている悪い事に気がついて正しい道に進めるように祈ることかな、と思ったり。あれこれ考えているうちにわからなくなってきました....。 題とは直接関係ないけれど、今月父の一周忌でお坊様のお祈りと共に納骨されていくのを見届けることができました。普段は全然泣かないのに涙が出てきました。悲しいからではなくて、安心したからだと思います。僧侶とはすばらしいお仕事ですね。とても感謝しています。

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お経と愚痴

毎朝神棚に祀ってある荒神様と弘法大師様に『おんきんばやそわかー』とお経をあげている上司との接し方についてご相談です。 1日には決まったお寺へお参りに行き、 年に1度は高野山へお参りに、 毎朝毎晩仏壇にはお経をあげている。 自分の親は立派なお坊さんだった、と言う方なのですが… とにかく愚痴が多く、トラブルがあれば人のせい。 どんな些細な事でも自分は全部知っていると思われたくて、 相手の言っている事を全否定し、自分の論を押し付ける。 気に入らないとどのような場面でも怒鳴り散らし、 (銀行の窓口が少し混んでいるだけでも怒鳴り散らし、店長を呼ぶ始末。) 口癖は『金がない』『金持ちはクソみたいなケチが多い』『あいつは○○』←少しでも自分を立ててくれない相手には差別用語。 『何で俺は熱心にお参りしてるのに宝くじ当たらないんだ』 二人しか居ない職場なので、避けるわけにもいかず疲れはててしまいました。 お坊様方、私は、先祖に手を合わせることしかしたことがない者なのですが お経をあげれば愚痴をこぼしても良いものなのでしょうか。 愚痴やマイナスな言葉って、口から出ただけで自分の回りに嫌な空気を撒き散らすだけだと思うんです。 義務感でルーティーンになっているお経を、完璧に覚えてあげることより、手を合わせる気持ちと、何か前向きな言葉を発することの方が よっぽど素晴らしいと思うのですが、どうなのでしょうか。 お坊様方だったら、どう考えてこのような場所で嫌な気持ちにならないでいられますか? どうぞアドバイスをください。 よろしくお願いいたします。

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生きている内は苦しみだけなのですか?

心のままに打っているので失礼な文がございましたら申し訳ありません。 つい先程、私は父親を殺してしまうところでした。 と言っても現実には何もしていません。 朝から小さな事で叱られ、カッとしてしまいました。 父親に化粧道具を投げつけ、台所から包丁を取り出し何度も切りつける想像を何度も何度もしました。 でもその台所には父の朝食を作る母がいました。 いつも母を思うと何もできません。 寂しさと惨めな思いしかしない人生を終わらせたいと何度も思いました。 短気で傲慢な父親や職場の同僚を殺したいと何度も思いました。 でも何十年も短気で傲慢な父親や祖父母の介護に耐えて今の幸せな家庭を築いた母を思うと何もできないまま吐き出せないまま立ち尽くしてしまいます。 母を気にすることができる内はまだ余裕があるのかもしれません。 でもきっと母がいなかったら私は自殺しているか父親を殺していたと思います。 このままずっと苦しみや寂しさを味わいながら何の喜びも味わわないまま生きていかなければならないと思うとこの先の人生が苦痛でしかありません。 今は何も喜びと感じられないのです。 常に寂しさや苦しみが先行してしまうのです。 生きている内は修行だけですか? 死んだ先にだけ幸せ、極楽浄土があるのですか? ほんのすこしのしあわせもないのでしょうか? ほんのすこしでいいんです。

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死について

おはようございます(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎) 私くしも 病気がちだし 毎日仕事が苦しいし 考えたら お金はいるけれど 限られた命の中で そこまで 仕事仕事で生きていくのが 正直辛い 特に この世に執着が無かったんです。子供は って言うと 私に特に求めるものはなくて 私の姉や 私の母 父に求めているみたいなので いつ 命が尽きても 悔いはないそう思ってましたら ある日 脇あたりに シコリがあるのを見つけて 一人 癌だと思って 泣くわ ショックだわ 一気に 生きたいと思う心が 湧きました 普段 命の先がみえないから 死にたいと思うけど いざ もしかしたら って事があったら 人って やっぱり生きたくなるものです。 慌てて病院へ いったら リンパ節が腫れてるだけだと 言われ ホッとしました。ただ 寿命がきたら 受け入れるうつわを 持ってなきゃなとも 思いました。 それをふまえて 病に苦しむ方の心も 学べた気がします。とてもではないけど 生きた心地がしなかったし 記憶も ボーっと ひたすら 亡くなったらどうしよう 子供は とか考えました。 なので 私自身も 少しでも ご病気に方の苦しみに 寄り添えます様 いま剃髪をし 生きてます。 私も 皆様に寄り添いますので 皆様のご病気が一日も早く治りますよう。 病気や 老い 孤独 、、、、 生きてる限り 悩みは 尽きません お坊様方は 仏様と向き合い どう この世の闇を 照らされましょうか

有り難し有り難し 12
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