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hasunoha 問答検索結果 : 「 死後 」
検索結果: 1344件

輪廻転生なんて本当にあるの?

2日前に父がなくなりました。 父が生前心配していた、母のことを姉と支えたかったのですが、やることなすこと母も姉も気にいらないらしく実家にいたのですが帰ってきました。 姉は父の近くに住んでいたのにもかかわらず、自身がうつ病だうつ病だと言ってずっと父を心配させてきていました。 そんな姉をみていたので、父は私に近くに住んでほしいとずっと願っていましたが離婚などをしてたためお金がなくなかなかすぐにはとはいきませんでした。 結局心臓発作で倒れたときも母はパニック、姉は動揺してなにもできず、遠くにいる私が救急車をよびました。 葬儀の手続きも私が行い、葬儀のお金も私がすべて支払いました。 それにもかかわらず、母と姉は私の行動に批判をし、折り合いがつかず実家をでてきました。 父がいれば、間をとりもってくれるのにとおもいます。 会いたいのです。 父がいたから私の家族はなんとかまとまっていました いつ会えるのですか? 本当に輪廻転生なんてあるのですか? 科学的には人は死ぬと無になりますよね。 輪廻転生は生きてる人間がそんな考えをしないと、辛いから考えられたお話なんじゃないかとおもいます。

有り難し有り難し 25
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2022/10/04

亡くなった親にまた会いたいのですが

既に両親を亡くしています このサイトでも多くの人が質問していますが 亡くなった親に会いたい。身近な人に会いたいと言う思いが強いです 不動産賃貸収入などがあるため経済的に困窮しているわけではありませんが 仕事も失いました。 勤めていた会社は、家族の介護を理由に休暇休職がほとんど取れないため辞めざるを得ませんでした。再就職できる年齢ではありません。 一人っ子でしたので兄弟もいませんし、もし今私が死んだ場合の法定相続人も現在はいません。 両親がこれまでやってきたことを無にしたくないために親戚から養子をとらないといけないと思っていますが 私自身はこれからの人生に何の目標もなく、ただ「両親に会いたい」と言う思いだけです(自殺するという意味ではないですよ) 昔もてはやされた霊能者番組ではあの世や霊魂が存在して、亡くなった人の声が聞けると言う話もありますが、私自身は目に見たわけではないので本当にそうなのか懐疑的です。 なお 私は大学では理工系を専門にして、学んだ分野としては かの 大槻義彦教授(超常現象や超能力などを否定することで有名)に近いです つまり、霊やあの世があって欲しい 親と会いたい と思う一方で 存在の証明がされていないものに対して俄に信じられない人間です 仏教でも 他の宗教(神道、キリスト教、イスラム教など)でも はっきり 霊魂やあの世の存在を証明した人はいないはずなのに なぜ 「あの世から最愛の人が見ています」と言える宗教家が多いのでしょうか? 私は慰めや気休めを聞いて自己満足をする気もないですし この先の人生相談をするつもりもありません 私にとって関心事は「何が真実なのか?」ということと 亡くなった親にもう会えないなら辛くてたまらない(それも願望を持ち続けるだけで終わりにしたくない) と言う思いだけです 亡くなった人が自分を見守っている と答える宗教関係者が多いですが なぜ自信を持って言えるのでしょうか?

有り難し有り難し 76
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解脱って怖い?

昨今の陰鬱とした情勢の中、多忙を極められておられるであろう僧侶の方にご相談をさせて頂けることに感謝いたします。 私は、宗教や哲学などの学問に興味があるのですが、仏教における「解脱」という考え方に一抹の不安を覚えています。 といいますのも、この概念は様々なしがらみから解き放たれ、心が安らぐという点で素晴らしいと思う一方で、考えようによっては自己研鑽や他者との競争といったものを一蹴し、様々な枠組みを冷めた目線で見る無情で腰の引けた概念にも捉えられるのではないか、と思っているからです。 例えば、世俗では結婚を是、独身を非とする意見を度々耳にするのですが、私自身は伴侶の有無だけで人の貴賎が決まることはない、もっと言えば、そんな二項対立などで張り合いしないで平和の範疇で気楽に生きればいいのにと思っています。 ところが、ある時似たような意見を呟いた方が、ネット上で「生存競争についていけなかった腰抜けの負け惜しみ」、「生命や家族の尊さが分からない薄情者の言い草」といった罵倒を浴びせられているのを見て、この意見は既婚者の方や婚活を本気で行っている方に対して無自覚の批判や無粋な発言になり得ると悟らされたことがあります。 私自身は、特定の誰かを見下そうという気は全くないのですが、多くの人は何かと甲乙つけたがるものらしく、今に至るまで自身の本心が話せず度々肩身の狭い思いをしています。 そして、私が何より恐れているのは、この考え方を極限まで突き詰めた結果、今回の相談含め、全ての悩みについて「んなもんどうでもいいから腹でも切ってさっさと涅槃においでなさい」と強引に押し切られることです。こうなると最早立つ瀬がありません。 ただ、一つ思う所があるのは、「救世を考えるお釈迦様や僧侶の方々がそんな本末転倒な事言う?」ということです。 思えばこれまでハスノハでお世話になった方々からそんな極端なコメントを頂いたことは全くないですし、私が浅学の身で解脱という概念を持ち上げる余り甚だしい見当違いをしているとも思われます。 長々と語らせて頂き申し訳ないですが、私の悩みはこんな感じです。 今一度断っておきますが、私はこの概念を弱さの言い訳や他人を足蹴にする詭弁に使うつもりは毛頭ないです。 そのことを踏まえて、本職の方に解脱という概念について忌憚なきご意見をお聞きしたいと思う次第です。

有り難し有り難し 6
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息子が「死」を恐れる

ご無沙汰しております。よろしくお願いします。今中学生の息子が数日前から「死ぬの怖い?1億年後も俺の気持ちってあるの?嫌だな。何か胸がザワザワする。」と言って何も手につかなくなり終いには泣いてしまいます。どうやら話しを聞くと1億年後も自分の気持ちがこの世にあるのが嫌だ。死ぬと何処に行って気持ちはどうなるのか?と思うみたいです。今日は、吐き気までしていました。テレビでコロナに感染した人や死亡してる人の報道を見て怖くなったと話してくれました。誤魔化してはいけないと思い「まず、死ぬのが怖くない人はいないんだよ。皆死ぬのが怖いんだよ。そして、コロナという病気だけが死ぬ病気でもないんだよ。あなたが死んだらあなたはいなくなる。けど、あなたを忘れずにいる人の心の中にはあなたは生き続けるんだよ。」と話しました。 でも、また明日になると始まると思います。何度も何度も「死」について話すべきなんでしょうか?それとも、もう話さない方がいいんでしょうか?私の説明は間違っているでしょうか?教えていただけると助かります。「死」の事、死んだ時、死んだ後の自分の気持ちはどうなるのか、お願いいたします。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2