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hasunoha 問答検索結果 : 「 縁 」
検索結果: 14108件

先祖供養はどのような意味を持つのですか?

仏教について調べていると、葬式とその後の供養が最重要トピックの用に扱われているのが不思議です。 親や先祖の供養ってそこまで大事なのですか? 血縁ってそこまで重要なのかしら? 先祖供養は儒教ではないのかしら? いえ、私も木の股から生まれたわけではないので、縁なり因果なり何かしらあるのだろうとは理解はしていますが。 この世に産み落としてくれたことは有り難いのですが。 血のつながりばかり大事にしなくてもそこかしこに縁はあると思うのです。 個人的に家族の縁が薄いこともあり、 親や先祖のことはよく知らず供養もしていません。 私の死後供養してくれるものもおりません。 しかしそんな私が死んだ時も 仏さまなら何とかお慈悲をくださるのではなかろうか というのが信仰を持ちたいと思った動機なのです。 「私と仏さま」の話ならわかる気もするのですが「私と先祖と仏さま」の話がよくわかりません。 先祖供養が必須なら、親のない人間は仏さまに救っていただけないのでしょうか。 そもそも私の理解が間違ってるのかもしれませんが、 苦しみの多い輪廻の輪から解脱するため修行をしよう、また大乗仏教においてはいろいろな仏さまの力を借りたりおすがりして解脱にいたろう、 というように仏教的な死生観を解釈しています。 修行が足りず仏さまとの縁も結べなければ輪廻の次の段階に進むでしょうし、 宗派によっては生前から成仏しているわけですし 浄土系の宗派では阿弥陀さまのお慈悲によって極楽往生できるでしょうし…。 死後、死者の行く末に関して、生者はどれだけの干渉ができるのだろうか、というのが疑問です。 それは死者本人と仏さまの間の話ではないのかと思います。 そうすると供養とは何のためにするのでしょうか。 お教えをいただければ幸いです。

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人生とは勉強だと改めてこの場所で教えて頂いています。

タイトルに書いた通りなのですが、このサイトを知ってから、朝と夕にこちらを覗くことを日課にしています。 はじめはお坊さんたちがみなさんの質問に答える回答に対しても、こんな風に思うことは私には無理だろう。と思うことも多々ありましたが、不思議ですね、だんだん仏教のこころが生まれてきている気がします。そして、みなさんの質問を読みながら自分の事のように思い、辛いよね、頑張ろうね、と仲間みたいな気持ちもあります。 何かに欲深くなりそうなとき、御縁がありますように。とそっと唱え、うまく行かなくてもそういうものだ、と事実にだけ向き合い次どうするか、を考えます。良くないことが起きたら、まだくよくよしてしまいます、でもその後にこの授かりをどう生かそう、と考えるようになりました。 悲観的で、人と比べて、自分に自信がなくて、そんな性格でした。今でもそうです、でも少しずつ変わってきている気がして、本当に嬉しいです。御縁なんだと、身近にいる人を思うといつも以上に親切にできます、授かった出来事だと思うといつも以上に大切にすることができます。ありがとうこざいます。 以前、不妊治療の悩みを相談させていただきました。今はまだ治療中ですが、もうすぐ育った胚を移植します。 今までは移植したら身体中が緊張して、判定日までドキドキハラハラな日々を過ごしていました。今回はいつもよりはリラックスして過ごせるような気がします。どうか御縁があって授かりますように、と毎日願って穏やかに過ごせるように努めます。 しかし、移植後はやはりまだまだ不安になってしまう部分もあると思うのでお坊さんより素敵なお言葉を是非いただきたいです。どうか未熟な私にお力を貸してくださりますようよろしくお願い申し上げます。そして、いつも心の支えになっていただきありがとうございます、これからも頼らせていただきたいと思います。

有り難し有り難し 7
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心の持ち方を教えてください。

杏香と申します。よろしくお願いします。 少し前に友人から、理由は告げられずに「縁を切ります」と言われました。それを「悲しいけれど」と受け入れたのですが、それ以降その方からしつこい嫌がらせを受けていました。縁を切ると言っておきながら私をストーキングし、粗を探しては陰口を叩くといったことをされ、その方はそれを「自分は倫理観が強いから」と正当化していたようでした。 私としては、「嫌いなら忘れる努力もしてほしいのに…」と、とても困惑しました。 その頃は本当に憂鬱で、毎日自殺を考えていました。彼女をどこかで傷つけた私が悪かったのでは、嫌がらせは当然の報いなのではと、毎日罪悪感に駆られました。 幸い同居家族が理解を示してくれ、現在は精神的にも回復してきています。本当にありがたいことだと痛感しています。 また、二年近く前から慈善団体に毎月定額の寄付をしており、「死にたい」と思ってしまった時には次月の寄付のことを思い出すようにしています。「もしかしたら私の寄付で助かる人がいるかもしれない。まだ死ねない」と思い直すことができ、厳密には違う意味なのかもしれないのですが、「情けは人のためならず」を実感しています。 他にも、気持ちを切り替えるよう、可能な限りのことをしているつもりです。 ただ、一人で心の持ち方を考えても限度がありますので、今回仏教のお知恵をお借りしたいと考えた次第です。 こういった時、どのような心持ちで臨み、心を切り替えていくと良いでしょうか。教えていただきますよう、どうぞ宜しくお願いいたします。

有り難し有り難し 11
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2024/04/23

ペットロスから立ち直れません。

2月に愛犬を亡くしました。 小型犬で9歳と、短い命でした。 4歳の頃より、コントロールが出来ていればすぐに命に関わる物ではないが、治すための治療法はない病気でした。 予防法も無く、かかる子はかかってしまう病気でした。 人間では難病指定されている病気です。 寿命まで生きられる可能性も十分にある病気だったのですが、長生きさせてあげられることが出来ませんでした。 異変があってから病院には毎日のように連れて行っていましたが、昔からの自分の気の弱さで精密検査をしてほしいと強く言い出す事が出来ずに治療が遅れてしまいました。 獣医が変だと思い検査をしてくれた時には、普通に立っていられるのがおかしいと言われる程でした。 私は気づいていたのに、検査をしてくれない時点でセカンドオピニオンへ行くべきだったとずっと後悔をしています。 助けられなかった悔しさ、違う病院に行く判断が出来なかった情け無さ、大好きな自宅ではなく病院で逝かせてしまった申し訳なさ、9年間を振り返った時の「もっとああしてあげたかった、こうしてあげたかった」と、愛犬に対する申し訳ない気持ちで中々前を向くことができません。 いい歳をして過去に戻る方法がないのかなど非現実的な事をひたすら調べてしまったりと、ずっと愛犬の体調不良に気がついた時期に執着をしてしまいます。 愛犬のためにも前を向きたいのですが、どのような考え方をしたらいいのかを教えていただきたいです。 相談できる人も周りにいません。 2月から涙を流さない日が無く、愛犬のお仏壇に謝ってしまいます。 空にいる愛犬を心配させないためにも、これからは前を向いていきたいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

未婚約の彼のお父様が亡くなられました

初めてご質問させていただきます。拙い文章で長々と申し訳ありません。   付き合って約5年、同棲して1年半になる彼氏のお父様が数日前にお亡くなりになりました。 彼のご家族とは、半年に1回ほどお泊りなどでお世話になり、一緒に食事をするような関係で、このまま結婚、という雰囲気でした。 だからなのか、お父様のお通夜・告別式については彼から、できれば出て欲しい、親族として参列して欲しい、お通夜の後はうちに泊まっていけばいいよ、と言われましたので、大変悩みましたが、あまり断るのもよくないと思い、そのようにさせていただきました。   通夜振る舞いの準備や弔電の仕分けなど、あくまでも控えめに、私にできる限りのお手伝いはさせていただき、終わったあとにお母様や彼から、助かったよありがとう、と感謝の言葉をいただきました。   ですが、“彼女”という他人である立場でどこまで踏み込んでよかったのか、出しゃばりすぎてしまったか、他の親族の方からは受け入れてもらえたのか、やはり身内ではないのだしもっと遠慮するべきだったのではないか・・・   もうお通夜・告別式は済んでいるのですが、ずっとどうすればよかったのか、ぐるぐると考え込んでしまい、つらいです。 他の親族からは、婚約していないんだね、と言われました。ネットで調べても、彼女という立場で参列するのは控えるべきだという答えが多くあり、不安です。 一番大事なのは、彼のお父様、そして彼とそのご家族が喜んでくださることだと思っています。私の気持ちとしても、最後までお見送りできたことは本当にありがたい限りですし、生前お世話になった感謝の気持ちを伝えることができたので後悔はしていません。ですが、不安でいっぱいになります。   今度は49日の法要があります。 血縁関係のある人、親族が主に参列するのだと思いますが 来てほしいともしも言われたら、参列させていただくべきなのでしょうか。 それとも、遠慮させていただいた方が良いのでしょうか。   そして寄り添ってあげたいという気持ちが空回りして、彼の負担にならないようにしたいのです。憧れの父親を亡くして落ち込む彼氏を支えてあげるために、私の支えとなるお言葉をいただけたら幸いでございます。

有り難し有り難し 21
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2024/08/10

過去の後悔とこれからについて

私は2年前の27才の時に45才の職場の上司と不倫をしてしまいました。 当時私には恋人がいなく、上司は既婚者でした。 当時はその上司を尊敬しており、家族を大切にしているところも尊敬していました。 その上司が異動となった数ヶ月後に、一緒に出かけようと連絡があり、私は家族を大切にしている上司だし、ただ可愛がってくれているんだと思い、また断ると今後会社で会った時に気まずくなってしまうのかと思い、遊びに出かけてしまいました。 その日の帰りに一人暮らしをしている私の家に行っても良いかと聞かれ、私は断れず家に入れてしまいました。 その後、テレビをみていたらいきなりキスをされてしまい、最初は嫌がったのですが無理矢理されてしまい、その後受け入れてしまいました。 また当時私は恋人がおらず処女であったのですが、無理矢理されてしまいました。 その後も誘いを断ることができず、半年くらい関係を待ってしまいました。関係を絶ったその後も連絡があったのですが、無視して連絡先は削除しました。 私は当時、しっかりと断れず受け入れてしまったこと、家族を大切にしているからなにもしないと信用してしまったこと、今後の会社での立場を気にしてしまったことを今でもとても後悔しています。 その不倫関係が終わった直後、私には好きな人ができお付き合いすることができました。 しかしその彼が思いやりに溢れ、素敵な人すぎて、側で過ごせば過ごすほど、あんな不倫をした私とは一緒にいるべきではなく、もっと素敵な女性といるべきだという思いが消えず、だんだんと彼に冷たく当たってしまうようになり、その積み重ねで1年後に別れることになりました。 しかし私はまだ彼のことが忘れられず、大切な人を大切にできなかったことに後悔しています。 そしてなによりも、嫌なことは嫌だとしっかり断れず、不倫をしてしまった自分自身の過去にもとても後悔しています。 私はできることなら彼と復縁したいと思っているのですが、まだ好きだと彼に伝えるのは自分のエゴであって、彼の意見を尊重できていないことが、伝えたとしても結果的に彼を苦しめてしまうのではないかと思い、連絡をできずにいます。 またこんな私が幸せになってはいけないとも思ってしまいます。 毎日悩み、友達にも全てを相談することはできず、辛いです。 私は今後どうしていけば良いのでしょうか。

有り難し有り難し 3
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2022/09/19

男性を信じられません

30代前半、女です。 よろしくお願いいたします。 現在、私のことを好きだと言ってくれている2つ年下の男性がいます。 交際はしていません。 私も彼に恋愛感情がありますが、交際に踏み切れない理由は、信じることができないからです。 彼自身に不信感を抱くような原因はありません。私の心の問題です。 信じていた男性に裏切られた過去があり、それが1番の原因ではないかと考えています。 何度も何度も、彼は、自分を裏切った男とは別の人間だ。こんなに誠実に気持ちを伝えてくれているのだから信じようと自分に言い聞かせましたが、彼のちょっとした言動にいつも敏感になり、ほらやっぱり嘘をついてる、ほらやっぱり私に本気じゃないんだと決めつけてしまいます。 自分でも文章を書いていて、情けないしみっともないし何様なんだと自分に対し思います。 不安になるたびに、私は彼に気持ちをぶつけました。あなたを信じられない、私は今後も変われない、変わったとしても長い時間がかかる。だから離れてくれと何度も伝えました。 それでも、彼は私は私だからと受け入れようとしてくれています。 私は、いつか彼が私に対し気持ちが冷め離れていくことを何より恐れているのだと思います。でも、それは当然だと、その未来がそのうちくるだろうと決めつけてしまっています。 自分が素直にどうしたいかと問われると、彼を少しずつでも信じ、一緒にいたいです。 でも方法がわかりません。 支離滅裂な文章で大変申し訳ないですが、ご教示いただけましたら幸いです。 どうか、よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 3
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親の病気の発覚

今日、兄弟から母の病気について知りました。 母親が徐脈で、最近、心臓にペースメーカーをつけたそうです。 今まで健康そのもので周りより元気であったので、本当にショックでした。 私は、母には色々と気兼ねなく相談出来、母はいつも私の気持ちを汲んでくれました。 離婚協議のこと、子供のこと、自分の退職と就活のことなど、色々です。 友達に相談出来ない私は、いつも母に頼っていました。 ですが、母の病気に関して、母はまったく私に話してはくれませんでした。 母とは離れていて滅多に会えませんが、何度も何度も電話では近況などを話していました。 変わりない、とそう言っていました。 改めて母に電話をすると、会った時に話すつもりだった、心配させたくなかった、と言い、そっけなく電話を切られてしまいました。 そういえば最近、母は忙しそうで、私の話も聞いているようでいないことがあり、少し寂しく思っていました。 母の病状は寝耳に水でした。 母がこの世からいなくなってしまったら、私のことを想ってくれる人はいなくなってしまう、という不安と何で教えてくれなかったんだ、分かり合えていなかったのか、という失望を感じました。 相談してくれていたら、ペースメーカーをつけなくても良かった状況もあったかもしれない、自分はいつも自分のことばかりで、何も出来なかった、私が良い相手と結婚していれば、きちんと職業を持っていれば余裕が出来、もっと母の事を気遣ってあげられたのに、と悔やんでばかりです。 これから先、一生この不安と罪悪感を背負っていくのかと思うと、辛い。 1番、心身を案じなければいけないのは、母自身のことなのに、私は自分が辛くて仕方がない、自分勝手な、泣いても仕方がないのに、気持ちの整理がつけられない。 これから、どのように母に接し、どのようにしたら自分の心に平穏を取り戻せるのか、知りたいです。 母は何を望んでいるのでしょう。 それは私の望みとは違う気がします。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1