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hasunoha 問答検索結果 : 「 死 」
検索結果: 6154件
2023/02/05

彼の後を追いたい

彼氏が自死しました。 付き合ってから本当にとても濃い毎日を過ごしていました。 彼とは喧嘩が多く、少し前に喧嘩をしてから距離をおいていて、やっと仲直り出来た矢先の出来事でした。 家族宛の遺書に書いてあった自死を選んだ理由はとても自分を責めていて本当に苦しかったのだろうなと思える内容でした 相談して欲しかったという思いや、仲直り出来て会えた時、様子がおかしいことにも気付いていたのになぜ何もケアできなかったのだろうかという思い 自死直前にも電話をしていました。その時必死に止めましたが止められなかったという事実 私宛の手紙は愛情と後悔と未練の塊でした。 周りの人はそんなことは望んでいない、少しずつでいいから前向きに生きて欲しいと言いますが、正直難しいと思うのが本音です。 もう少しでお葬式がありますが、終えたら私も旅立とうかなと思っています 彼に会いたい、抱きしめたい、色んなお話をしたいと思います 49日で成仏してしまうというのを見て焦っています。急がないと間に合わない 毎日死ぬ事ばかり考えていて苦しいです 本当は彼と生きたかった でももうそれが叶わないという事実も苦しい 早く彼を追いたいです しかし気持ちの整理がうまくつきません

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2023/01/21

深い悲しみ、他責、憎しみから立ち直れない

お気に留めていただきありがとうございます。 近日辛いことがありました。 一昨年、家族以上に信頼していた親友が自殺しました。 その1ヶ月後、職場で付き合っていた彼氏と別れました。 その1ヶ月後、その彼と私の先輩の女性が付き合いました。 二人は社内恋愛を隠さず、毎日一緒の車で通勤しています。よく私の車の後ろに着くこともあります。二人が職場の人間によく話をするので、同棲を始めた事や、旅行に行った事など、順調に付き合っていて幸せな報告を又聞きします。二人を見るのが辛いです。 唐突ですが、私には姉がいます。私と2歳違い。中学生の時から社会不安障害、鬱の症状をもち、受験や学校のストレスで両親に夜な夜な泣きついていました。両親は毎晩姉を慰め、寝不足で仕事に向かっていました。 思春期の自分はそんな3人の世界について行けませんでした。いつも家では姉中心。私はいじけていつもイライラして、当たって、不快にさせていました。 姉が大学に進学し家を出た後は、今までずっとイライラしていたことを猛反省し、いい子になりました。そうしたら親戚は誰も私のことを心配しなくなりました。社会人になっても姉は親族に泣きついていました。私は「あなたは大丈夫だよね」と言われました。 そんな私と友達になってくれた、中学からの大親友が一昨年自殺しました。 そこからおかしくなってしまいました。仕事中も、涙を抑えきれず泣きながら仕事をしました。今もまだ涙が出ます。 親友の死より少し前に、当時付き合っていた彼に結婚を意識してほしいと言われていました。結婚はその時点で考えらず、その事を優しく伝えようと思っていました。でも、言い訳ですが頭がおかしくなってしまい、強く当たり散らかすように伝えてしまい、別れました。彼をたくさん傷つけました。 順調に幸せに向かっている二人を見ていると、辛いです。「元カノに配慮をしよう」と思えないほど、自分は彼に悪い事をしたのだという自己嫌悪。幸せな二人を憎く思っている自分が嫌い。ずっと拭えません。 二人の不幸を願ってしまいます。家族に構ってもらえなかったことを憎んでしまいます。友達の死を悲しみ続け前に進めません。 悲しみや他責のループから脱し一人で強く生きていくためには、自分を律するのが良いのでしょうか。自分を許せばいいのでしょうか。どうすれば、立ち直れるのでしょうか。

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父の事故死 日常を取り戻すためには

 5月の末、父が突然の事故で亡くなりました。本当にあまりにも突然でした。川へ転落して、全身の損傷によって、身動きが出来ないままの溺死ということでした。タフな父でした。私よりずっと健康でした。それがなぜ。  事故前日、ふらっと実家に寄った時は、いつも通り元気で、普段通りのたわいもない会話をしたばかりでした。翌日、警察署の遺体安置所で父の姿をみるなんて思ってもいませんでした。  私は、身体が弱く、発症以来、入院や療養期間も長く、迷惑をかけていました。やっと昨年、結婚して家を出るも、色々な疲れが溜まったからなのか、休職を余儀なくされ、ようやく今年の春に復職したばかりでした。そして、この夏の終わりには、迷惑ばかりかけていた私も、孫の顔を見せるという親孝行が出来るところまで、あともう少し、本当にあともう少しというところまで来ていました。  どうしてそんな転落するような場所へ一人でボランティアに行ったのか、なんでもう少し(コロナでどこにも行けない)辛抱ができなかったのか。  今でも実は、ただいま~って帰ってきているんじゃないか。死んでしまったなんて、何かの冗談ではないか。色んな手続きや、法要が進んだのに、未だに信じられません。  父と同世代の方を見ると、それだけで涙が止まりません。どうして父だけを連れ去り、この人たちは生きているのでしょうか。  本来なら、忌引きが明けて、会社に出社しているのでしょうけど、それが上手く出来ていません。本来なら、生まれてくる子供を楽しみに準備していたと思うのですが、それが出来ません。父の死が、頭から、心から、身体から、その悲しみが離れる事がありません。  そして、まさに言葉の通り身動きがとれなくなります。正直な気持ち、今、この状態で子供が生まれてくることが怖いです。悲しみが強すぎて喜べそうにないのです。どうやって父の死と、これからの事に向かい会っていけば良いのでしょうか。せめて、残された母、出産する妻、生まれてくる子供には、笑顔を向けたいのですが、今、それすら出来ずに困っています。

有り難し有り難し 11
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まだ生きている気がする

先日大伯母が亡くなりました。 98歳という大往生でした。 通夜と葬式を昨日終えたところです。 晩年は認知症で私の事は忘れたようで「どちら様ですか?」と言われました。 それでも私は大伯母の事が大好きでした。 大正時代から生きて、結婚への圧力は凄かったでしょう。それでも生涯独身を貫き一人で雑貨屋を営んでいました。 実家から徒歩2分ほどの場所に住んでいたので、小さい頃から料理を作ったら届けに行くのが日課でした。 いつも笑顔で接してくれて、何歳になっても背筋が真っ直ぐでした。 就職にともない実家を離れてからは会う機会が月に1回、半年に1回と少しずつ減りました。 最後の日も母から「午前から血圧が高くなってるらしいの、またお見舞いにいってやって」 と言われ 「分かった、じゃあまた今度の休みに行くよ」 そのまま午後に大伯母は亡くなりました。 なぜ「また今度来るね」という状況を作れなかったのか、それは未だに悔やまれますが 大伯母は棺桶の中の姿があまりにも綺麗で、死化粧も素敵に施していただけました。 葬儀場の椅子が足りなくなるほどの人に囲まれ、顔が見えなくなるほどの花に囲まれ焼かれていきました。 私は、出棺の時に棺を持ち上げても、大伯母がわずかばかりの真白な骨に変わっても、その骨を箸で掴んでも、なんだかピンとこないまま今日を迎えてしまいました。 涙は出ないままでした。 むしろ誕生日をお祝いするように穏やかな気持ちのままなんです。 現実逃避をしているのかもしれません。 今もどこか大伯母が生きているようで、一人暮らししていたあの家にいるような気がしてなりません。 あずきサンドが好きで、熱いお湯で淹れたお茶が好きで 今日も電子レンジでご飯を温めすぎて「嫌な熱さだ」と怒ってるかな。 なんて考えてしまいます。 生きてる姿しか見えません。 こんな経験は初めてです。 今までは、誰が死んでも葬儀が終わるまでには実感が湧いてきて涙が出てくることばかりでした。 なぜこうも思い入れの深い人に限って受け入れられてないのでしょう。 そもそもこれは現実逃避なのでしょうか むしろすべて受け入れた結果のようにも思えます。 実感のない死との向き合い方 ご助言いただければ幸いです。 よろしくおねがいいたします。

有り難し有り難し 26
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心から供養できません

主人が自殺しました。まだまだ手がかかる子供達を残して。これからの成長が楽しみな子供達を残して。 あれから、生活が180度変わりました。残酷な生活へ。 主人の家族からは私の両親含め子供達までも殺人犯扱いを受けております。 他の投稿で仏様に導かれて極楽浄土へ行くとありましたが、その投稿を見ても自分だけ楽になってスッキリしてという思いが強くなりどうしても許す事ができません。 死に追いやったのは私のせいですが、ここまで生活してきて我慢ならない事がたくさんありました。なんなら私の方が全て投げ出して楽になりたかった…とさえ思ってしまいます。 しかし私はそんな事は絶対にしません。周りの人を苦しめるだけだから。 自分で死しか選べず逝ってしまった事はほんとに苦しかったね…ごめんなさいとは思って安らかにと思う反面、人生最大の裏切り方をされたという思いが交互にやってきてパニックになりそうです。 私は第一発見者でした。なので笑っていた顔も怒っていた顔も泣いていた顔も声も全て思い出せず、思い出そうとすると最期のあの姿しか思い出せません。 そして夜になると、暗いところに行くと思い出してしまいとてつもない恐怖が襲ってきてお風呂も寝るのも1人でできません。 なのに何故あなたは1人だけ楽になり、みんなから可哀想、可哀想と言われ、何故残された私たちは形見の狭い思いをしなくてはならないのですか? 夢から覚めて朝が来たら、あなたがいると希望を持ちながら、起きると現実に戻り絶望感からの目覚めになります。 このような事から、あの世では苦しまないで欲しいと思いながらも、心から供養する事ができません。これからの人生明るくなるとは到底思えません。 時が解決してくれると皆は言いますが、ごめんなさい、そうは今の所思えないのです。 自分でも、このような感情でいるのがほんとに白状な事だと思っていますが、やはり心から供養できないままです。

有り難し有り難し 31
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2023/02/11

数年後を想像して不安になってしまいます

 はじめまして  現在独身で、関係が良好で健在の両親とペットたちと敷地内同居しています。  最近自律神経の不調により精神不安が増大し、将来や死について考え過ぎてパニックになり様々な不調が出てきました。  今は少しずつ改善されてきましたが、未だに不眠や不安で苦しくなったりします。  精神不調の時は「今〇歳だから△年後に衰えて□年後に亡くなってしまうんだな」と考えて、収入についての不安というより心の寂しさが大きく強くなってしまい目の前の作業効率が落ちてしまう事があります。  死については、このサイトの他の方の問答を拝見したり色んな方からのアドバイスで「死後家族や縁のあった動物たちや友人たちとの魂の繋がりは無くならないので安心してください」「両親も自分たちの両親に会える幸せがある」「死は不幸では無い」「また会える」と受け取れる内容のものがあり、そういうものなんだと考えると死自体についての恐怖は少し緩和されました。  しかし、今生きていて、現在パワフルな両親が数年後衰えて介護が必要になる姿を目の当たりにした時のショックは大きいだろうな、本人たちも苦しいだろうな、社会性の乏しい自分が介護や契約等きちんとフォロー出来るだろうか、市役所が助けてくれるのだろうか、今元気なペットたちもいずれ…そもそも自分が先に自死では無く事故や病気等で亡くなってしまったら…と想像した時にまた不安が増大します。  目の前にある成長のための物事に一生懸命取り組みたい、進化したい、けど避けられない将来の寂しい思いが強く出てきて不安が増大し、立ち止まってしまいます。  両親への敬意や感謝の気持ちが非常に強いので、寂しさが強いのだと思います。  ペットロスは3回経験しましたがとても辛かったです。  姉夫婦と甥と姪が隣県に居ますが、関係が良好でも頼っても良いものなのかという不安もあります。友人たちも遠方なので苦しい時は一人なのか、というのも不安です。  自律神経の改善が進めば多少落ち着くと思います。将来寄り添ってくれる友人と出会えるかもしれない。自動運転や色々な相談窓口等世のシステムが進化して生き易くなってるかもしれない。とポジティブに考えたいのですが、やはり不安が強いままです。  考え方を上手に切り替えるアドバイスやお話を頂きたいです。  宜しくお願いします。長文失礼しました。

有り難し有り難し 25
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家族という呪い

自殺願望で多々ハスノハの皆様にお世話になったものです。これまでさまざまなお言葉を頂いた身で申し訳ないのですが、今一度お力添えを頂きたく存じます。 私はこれまで、「やることが思いつかない」「死ぬという恐怖にかまけることが嫌い」「社会貢献を盾に社会の一部分である個人を殺しうる今の日本の労動環境で生きたくない」といった言い訳をしながら、どうやって死の痛みや人情による自殺の意志のブレに立ち向かうか、ということばかり考えてきました。 希死観念が薄れてきた今、その理由を自分なりに分析したのですが、その結果「家族の不甲斐ない面に執着してきた」という結論に至り、その執着をどう払拭すべきか迷っています。 私の両親は自分が希死観念の悩みを打ち明けた時に「生きててよかった」と言ってくれる人情の持ち主ではあるのですが、父母ともに看過できない欠点があります。 まず、母は祖父母から戦争経験を言い聞かせられたことで過保護で心配性な面があり、食事を作りすぎる悪癖があります。私はそのせいで幼少期から肥満に悩まされたこともあって食事制限と運動を一年ほど続けて体重を10キロ落としたのですが、母はそのことを今も良く思っておらず、帰省時に私が食事を減らして欲しいという度に不機嫌になります。 父は、母よりは精神的に落ち着いてますが、山奥の集落育ちで地域の外との交流が浅かったためか度が過ぎる不器用を見せることがあり、父方の祖母の嫁いびりを咎められず母にトラウマを植え付けてしまったり、効率の悪い仕事ばかりして母を怒らせてしまったりすることがあります。 ただ、私が一番気に食わないのが、こうした問題点を咎める度に「仕事が忙しくてできない」「年のせいで上手くいかない」「人間はお前みたいに強くない」などと言い訳をして逃げ腰になる両親の姿勢でした。私の希死観念は、どうもそうした元来の人の弱さを克服したい、という克己心が暴走するあまり、死の恐怖すら克服しようとしたものではないか、と思っています。 私は、人の内発性を出来るだけ尊重したいと思ってるので、最近は両親に苦言を呈する事は無くなったのですが、こうした両親に対する諦観を野放しにすると、自身の反骨精神がまた暴走しかねないという不安も抱えています。 人道で悩むべきか。修羅道で戦い続けるか。今、選択支の瀬戸際で悩んでいます。

有り難し有り難し 5
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人間のあり方とは

これまで自殺願望について何度もご相談させて頂いたものです。皆さんの真摯な対応のおかげで希死観念は徐々に薄れてきて、心の余裕が出来た事で過去の自分と向き合う事をしているのですが、その中で気がかりな方に気づいたので僭越ながら再びご相談させて下さい。 私は、自由意志の尊重をきっかけに自死について興味を持ちました。「他人に命のあり方を左右されるくらいなら自分で死んだ方が得心が行く」という心持ちに至った訳です。 その発端は世間にはこびる根拠の薄い方便でした。「死は悪である」「子供を産むのが人のあり方である」「生産性の無い人は生きてはいけない」…こうした社会を回す為の方便を自明の考えとして押し付けられる事は今でも受け入れられません。 特に、死を絶対悪とする発想は金輪際受け付けないと思っています。現在の自分は生の目的を少しずつ見つけたので辛うじて死を適度に恐れていますが、それでも全ての人に悪であると考えることは思い上がりも甚だしいと多々感じます。 逆も然りです。誰かの生き様に無責任な横槍を入れる発言を私はしたくありませんしまして本人の納得の外で当人の生き死にを自分が左右する事に大変忌避感を覚えます。恐らく政治や企業経営などは自分には全く向いていないのでしょう。 このように自他の意志を尊重しようとすると、どうしても傍観者の立場を取る事になり、一向に他人との繋がりを見出せなくなってしまうのです。 自己という存在は縁起で成り立っているという事を知っておきながら、いざ生活すると他人の預かり知らぬところで淡々と幸福を追求することになります。 全くもって不思議です。 つまるところ、今の自分は人間不信なのだと思っているのです。 他人が信用できないから自分の力でどうにかする術を追求し続けたということです。しかし、そのあり方を果たして続けていいのか、いやしかし「貴方の為を思って」とうそぶきながら自己の為に他人を操作するのもどうなんだろうか、そんな事をずっと思い続けているのです。 これは果たして人間の在り方としてどうなんでしょう。それとも私は人間を名乗る事を辞めた方がいいのでしょうか。

有り難し有り難し 9
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世界一優しい戦士

以前から希死観念について相談させて頂いている者です。何回もお世話になり申し訳ありません。 これまでの相談で、私は生きる理由が無いにも関わらず原始的欲求や死の苦痛に対する恐怖、なけなしの人情などに屈して死ねない自分に苛立ってきました。そんな中で「人の煩悩、ひいては人という概念に打ち勝つ」という人生で初めての目標を持ち、それを自殺によって達成しようと思いました。 しかし、数々のご相談で皆様になだめられ、煩わしさを感じながらも踏み止まる間、ある偉人の格言に出会いました。 「戦いは万物の父である」 古代ギリシャの哲学者ヘラクライトスの言葉です。 彼は「存在する」という万物の本質を「空間や構成要素の奪い合い」つまり戦いと解釈し、万象を陰陽や男女といった対立概念で説明した人です。 しかし、彼は決して酷薄な考え方をしたわけではありませんでした。何故なら、彼の言う戦いは、相対する存在を断滅する事だけではないからです。 彼は、対立概念が共倒れしない理由として「調和」というあり方を提唱しました。対立概念が居場所を取り合って争ううちに譲歩の仕方を学び、釣り合いを取るというあり方です。それは、片方が死滅するまで終わらぬ死闘ではなく、鎬を削りながらも相手を尊重する世界一優しい戦いです。 私は、生命の本質に抗う自分を戦士として鼓舞し、死という選択肢がありながらその恐怖に屈する人々や頑なに生を説い続ける皆さんに辟易していました。そうしていれば、生に抗う自身が特別に見えたからです。 しかし、存在することは戦うことだと説くこの格言を言い換えるとこう表せます。 人間は生きるだけで戦士である、と。 生に屈したと思われた人たち、生を説く皆様は死に抗っていました。戦う相手、戦い方が違うだけの戦士だったのです。 仏道を進む皆様はことさらに凄い。不完全な自身を抹殺対象ではなく研鑽の相手として受け入れた上、他人に寄り添って共に戦っています。自分を殺そうとした私と違い誰も殺そうとしない。 世界一優しい戦士だったのです。 私は戦い方を間違えていました。今やるべきことは死を恐れて理想から遠ざかる自身を受け入れ、研鑽し続けることです。 前置きが長くなり申し訳ありません。 私は皆さんのように、万象と調和する戦い方をしたいです。 世界一優しい戦い方の心得を教えて下さい。

有り難し有り難し 13
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私の意識とはなにか

 以前、死が怖いと相談させて頂いた者です。ご回答を頂いて以来、それを胸に、心の持ち様や認識を変えたりして、素人ながら試行錯誤しつつ、死をどうにか受け入れる練習をしています。  しかし、死について考えると、私の今ある命や意識は、そもそも最初はどこからきたのだろう?と考えてしまうのです。肉体は勿論母から生まれましたが、生まれる前、私の意識(精神)はどこにあったのでしょうか?生まれる前、というのは、死んだあとと同じなのでしょうか?  これを考えだすと、生きていること(意識があること)それ自体が気持ち悪いように思えてしまうのです。なぜ今、私に意識があるのか?と考えてしまいます。なんというか、常に、ゲームの世界の住人のような気分?なのです。私は、誰かによって作られた世界の中に放り込まれ、意識が芽生え、それ故に死の恐怖に苦しみ、そして必ず死ななくてはならない。宇宙規模で考えれば些末な出来事であるけれど、私という個人にとっては、その事実がとても怖く、苦しいのです。こんな理不尽耐えられない、と思って、どうしてもこの世界の仕組みを恨んでしまいます。  私の意識とは一体なんなのでしょうか。そして、生まれる前はどこにいて、どこに死んでいくのでしょうか。私の意識はどうなるのでしょうか。  そして、そんな恨んでしまうようなこの世界を、どうしたら愛せるのでしょうか。大切な人と出逢っても、必ず最期に離れ離れになってしまう。私が愛した「私」も、必ず消えてしまう。日々の小さな幸せを感じるほど、死というこの世界との別れが辛くなり、恐怖で押しつぶされそうです。  それでも折角いただいた命を生きぬかなくてはならない、と思うのです。生きぬくために、どうかご助言をよろしくお願い致します。まとまりがなく、分かりにくい文章で申し訳ありません。

有り難し有り難し 6
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父が急死しました

3月18日父がなくなりました。 私は知らなかったのですが、山登りが大好きだった父は下山の途中に倒れてしまったみたいです。 上級者向けの山で、まだ雪は残っており一般人の足ではいけないようなところで倒れておりヘリで引き上げられたそうです。 今日警察署の霊安所へ行き動かなくなった父を見て、少し鬱血して赤くなってしまった顔を見て、ああ死んでしまったんだと改めて思いました。 死んでしまった原因も分からず、これから検査をするみたいなのですが、しばらく受け入れられる気がしません。 何をしてても父のことが浮かんでくると涙が止まりません。 あまりにも急すぎて、今も夢の中にいるようなふわふわした感覚で過ごしています。 前向きにならないと、とは思っていても喪失感と寂しさと最後の最後まで心配ばかりかけてしまった事と後悔ばかりが浮かんできてどうしようもないです。 眠れずいろんなサイトを見ている中でこちらのサイトを見つけました。 なかなか受け入れられない死は時間が解決するものなのでしょうか? 私はどうしたらいいのでしょうか? まとまってない文章で申し訳ないですが、少しでもお答えしていただければと思い投稿しました。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 19
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兄とトラブルがあってから生きるのが辛いです

去年の9月頃からわたしの実兄からお金を返してもらえなくなりました。 3年ほど前から、私の主人がクレジットカードを私の兄に貸してくれていて、毎月遅れることなく返済してくれていたのに、9月頃からカードを使うだけ使って支払ってくれません。 勿論今もです。 主人は住宅ローンがある為なかなか銀行などからお金を貸してもらえず、兄の支払いをする為に私が銀行など5社から借りました。 私と主人とでクレジットカードや兄が借りていたキャッシングのお金200万以上払ったから、住宅ローンが滞納し、色々なものが払えなくてすごく大変な状況です。 その後から、わたしは支払い日が来ると死にたくなります。 わたしは主婦だし元々病気なので仕事も出来なく、どうすることもできません。 兄にカードを貸してくれてと頼まれて、主人にお願いし貸してもらったのですが私がバカでした。 夜眠れても朝早く目が覚めたり、起きてもだるくて1日過ごすのが辛いです。 もうただただ死にたくてしょうがないです。 どうやって死のうか考えたり、そもそも今こうして生きている自分が自分じゃない気がして、死んだってなんともないんじゃないかと思ったりします。 自分が作った借金なら諦めもつきますが、私が作った借金じゃないのにと考えるとものすごく死にたいです。 自暴自棄になり、とっさに死を選んでしまいそうな気がして… そんな自分も怖く思ったりもします。 生きていても何も面白くありません。 楽しかったことすら、今はつまらなく感じます。 こんなわたしに喝をいれてもらえたら幸いです。 お忙しい中読んで頂きありがとうございます。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 10
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