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お坊さん33秒法話一覧

編集部が選んだお坊さんのことばの一覧ページです。

  • 子育てを、気に病むのは親ばかり

    よその子と比べたり、兄弟姉妹間で比べたり・・・。子ども本人は全く気にしていなくて、気に病むのは親ばかり・・・。

    成長度合いは人それぞれなのは、頭では分かっているのに、心はザワザワしてしまいます。

    私も育児暦16年ですが、そのザワザワは治まりません。

    でも、親がしてあげられることなんて少しなんだろうなぁってことが分かってきてから、少しは余裕ができました。

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    160
    回答僧 林鴬山 憶西院 超覚寺 和田隆恩
  • 「いのち」に失敗作などありません

    私の「いのち」の尊さは、誰から生まれたかによって決まるものではありません。

    人との出会いや別れにおいて、離婚することは人生の間違いなのでしょうか。

    人は様々な縁によって出会い、そして分かれていきます。そのような「因縁生起」の世界において、人との出会いに正解も不正解(間違い)もありません。縁があれば出会い、そして分かれるだけなのです。

    ですから、「いのち」に失敗作などありません。

    数々の偶然の重なり合いの中から、私たちは「いのち」を頂いたのです。この世に生まれたこと自体が尊いことなのです。「人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。」なのです。
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    311
    回答僧 真行寺 亀山純史
  • 認知症は、お別れが辛くないよう、大切なことを忘れていく

    親孝行したい時には親は無し
    認知症で少しずつ変化していくお祖父さまを見てきたとの事。

    認知症とは「長い旅路に出る(死を迎える)準備をするため、この世との別れが辛くないように、大切なことを忘れていく」と聞いたことがあります。

    誰もがいつかは年を取り、病に伏せ、死んでいくのです。
    愛する人との死別(愛別離苦)もあれば、好まない人とのお付き合い(怨憎会苦)もあるのが人生、この娑婆世界です。

    けれども最期は「俱会一処」、みな同じ様に還る場所があります。
    お祖父さまはいつも愛するあなたを見守っていますよ。
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    387
    回答僧 養法寺 大熊範隆
  • 「ご縁」とは「因果=原因と結果」の外的要因である

    「縁」は仏教用語です。
    「因果」とは「因=原因」と「果=結果」と思っていただいていいでしょう。

    よく「因果」は、「種」と「花」にたとえられます。
    この花の種をまいたからこの花が咲く。

    しかし、現実にはそう単純ではありません。
    種をまいても花が咲かないこともある。

    花が咲くには、「種をまく」という因は不可欠ですが、そのほかに、気温だとか、土だとか、水だとか様々な条件がそろってこそ「花が咲く」という結果になります。

    この「気温・土・水」に当たるものが縁です。
    ですから「因果」といっても、「因」の他にたくさんの「縁」によって「果」が成り立つのです。

    「因縁」とありますが、元は「因縁生起」なのでしょう。
    「縁起」も「因縁生起」の「縁」と「起」を結んだもの。

    「因」と「縁」が整ってこそ「果」があるのです。
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    145
    回答僧 正善寺 藤堂尚夫
  • 死ぬのが怖くてたまらないときの処方箋

    新聞の片隅にある、どこかの誰かの死亡記事を読んでもほとんどの方はたいした感想を持たないでしょう。
    しかし、それが知り合いであったなら驚きますし、親しい方なら悲しいものです。
    そして、自分がその当事者になる事にたいしては、恐怖を持つのが普通です。

    お祖母様の場合、お友だちに先立たれて、さみしいという気持ちも大いにあったことでしょう。
    また、あなたのお父様の言うように、怖さが薄らぐ人は多いです。

    でも同時にお祖母様には、あなたたちともっと同じ時代を暮らしたいという気持ちもあったはずです。
    お年寄りにとって死とは、怖くはなくとも悲しませたくないという気持ちもあるのだと思います。
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    118
    回答僧 円東寺 増田 俊康
  • ニートが悟りを求めて修行すると出家者になる?

    仏教の出家者=比丘(びく)bhikkhuとは、「食を乞う者」という意味です。
    自ら経済活動をせずに、信者から托鉢を受けて生活します。

    仕事をしないという点で、ニートに似ていると思われるかもしれません。しかし比丘は仏教の戒律を守り、悟りを求めて修行し、教えを在家者に説くという「出世間の」仕事をしています。

    托鉢も、単に食べ物をもらっているのではなく、逆に在家者に「食事を布施する」という功徳を積む機会を与えていると考えます。

    ニートは家庭という完全な世俗にある点が、出家者とは全く異なるのではないでしょうか。
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    99
    回答僧 みんなの寺 天野和公
  • 宗教の目的は、心おだやかに過ごすこと

    宗教とは読んで字の如し、宗(むね)となる教え、宗とすべき教えです。
    宗教の一つである仏教の目的は、心おだやかに過ごすことでしょう。

    仏教の肝は、実践です。
    ・布施、何かを施す
    ・愛語、優しい言葉をかける
    ・利行、人のために行動する
    ・同時、相手の立場にたって考える
    この四つの行に対し、矛盾を感じなければ、それは仏教の教えを宗とされている方とも言えます。

    他人にやさしい言葉をかけたって意味がない、相手の立場より自分の立場という生活を送る人、他宗教を弾圧したり、爆弾テロを起こすようなことを宗とする教えもありますので。
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    117
    回答僧 円東寺 増田 俊康
  • 笑顔は、他人さんに施す何よりものお布施です

    人間は誰からも好かれる八方美人にはなれません。

    人はなかなかわれるものではありません。
    人間関係を構築するために人に好かれる努力は確かに必要だとおもいます。しかし、そのために何もかも努力をしていく事はあなたの心や体に無理がかかるんじゃないですか?。

    仕事上でのおつきあいはどうしても無理に人間関係を構築する必要があるかもしれませんがプライベートは気が会う人だけとうまく付き合えばいいやーって感じで気分楽にいきましょう。

    そして笑顔(^_^)を忘れずに。
    笑顔が他人さんに施す何よりものお布施ですよ。
    人間関係をうまく構築する最高のツールだと僕は思います。v( ̄ー ̄)v
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    151
    回答僧 童楽寺 小林裕淳
  • 親子関係は師弟関係と同じ。『守破離(しゅはり)』

    親といっても完璧ではなく、必ず正しいわけではありません。

    次の言葉をプレゼントします。
    『守破離(しゅはり)』

    これは日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つです。
    親子関係も師弟関係のようだと思います。

    『守ること』→『破ること』→『離れること』です。

    この言葉が教えてくれるのは、ずっと守ることが正しいというわけではないということです。

    キチンと破って離れて、はじめて一人前です。
    そして、破って離れたときに、振り返ってもう一度ご両親をみてみてください。

    そのときに改めて生まれてきた意味を考えても遅くはないと思います。
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    249
    回答僧 光琳寺 井上 広法
  • 相手も幸せ、自分も幸せというバランス

    『・・仏教では、「自利・利他」と申しますが、あまりに自分のことばかりでもいけないですし、かといって、他のことばかりでもいけないという「中道」を勧めることになります。相手も幸せとなり、自分も幸せになるというバランスが求められます。・・』

    あまり気負わずに、当然に精神的にも肉体的にも、お金も物も、余裕がなければ必要以上にまで施しをしなければならないということでもありません。

    できるだけ、自然と、無理なくに、施しができるようにと調えていかれましたらと存じてます。そう致しますと、自然に、良き報いもやがて訪れてくるのではないかと存じております。
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    131
    回答僧 岩瀧山 往生院六萬寺 川口 英俊
  • 「自分の思いの奴隷」にならない生き方

    フラッシュバックは今後も出てくるでしょうし、出ても問題ないようになればよいだけです。あなたは惑わされているんです。自分の思いにネ。
    「自分の思いが本当に自分を苦しめている」と思い込んでいるのです。

    あなたは今後の無限の可能性を秘めた人生をそのように思いにふりまわされて生きるべきだと思いますか?

    フラッシュバックの0・1秒後に答えがあるという意味がお分かりになりますか。
    フラッシュバックの直後あなたがその思いを展開させているのです。
    もう一度申し上げますが、あなたがフラッシュバックの誘いに乗っているのですよ。
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    295
    回答僧 安穏寺 (天岑寺) 丹下 覚元 (たんげ かくげん)
  • 悪行をしたら慚愧を

    悪いことをしてしまうことは、生きていれば必ずあります。しかしその時、慚愧の念を起こすことが尊いことなのです。

    慚愧とは心の底からの深い反省のことです。

    ごまかすことも忘れることもなく、抱えていって下さい。そしてその苦しみから何かを学びとった時、まさにお祖母さんが仏さまとなって働いて下さっているのだと、私は思います。
      有り難し
    200
    回答僧 なごみ庵 浦上 哲也
  • 明日何が起こるかわからない。生かされていることに感謝

    蓮如上人の有名なお言葉
    『朝元気そうな姿でも、夕方には骨になる』
    無常なことです。

    明日、というより次の瞬間何が起こるか判らない時代です。

    「今生かされていること」をこころの奥底に常に持ち、一瞬一瞬を大切にする。 周辺への感謝のこころも忘れない。

    あなたひとりではありません、みんな不安を抱えて生きています。
    でも常にあなたを支える存在があることを、忘れないでください!
      有り難し
    196
    回答僧 養法寺 大熊範隆
  • いい人で終わる恋愛を終える。「ご縁」が恋愛を決める

    女友達の中で、意中の方はいらっしゃるのでしょうか? もし、本気で付合いたいと思えるような方がいらっしゃるのなら、

    答えは簡単・・・

    想いを伝えましょう!(^^)

    もし、断られてしまったら、それまでのこと。
    次のご縁に期待しましょう。

    私からアドバイス出来るとしたら、「勇気を出して告白を!」です。
      有り難し
    53
    回答僧 正山寺 Yoshi
    回答僧
  • 友達がいないという選択肢があってもいい

    ワシもあなたと同じ経験をしました。小学生のころは6年間靴を毎日隠されました。他には集団無視や車掛けの陣のような悪口攻撃。ランドセルに草や異物を入れられるなど。

     ワシに光明が差してきたと思ったのが、1つ目は本山での修行です。何となく7年という長い修行をしていたら、妙に慕われました。周りの修行僧から親しまれ、頼られている内に自信がついてきました。

     もう1つは「友達がいないという選択肢があってもいい・・・。」と言った植木理恵先生の発言。
    これは長年ワシが「友達100人出来るかな♫」の歌に疑問を持ちつつクラスや学校が変わる度に思ってきた謎を見事に解決してくれました。

     ワシからあなたにメッセージを送るとすれば「自分にあった職場を見つけるまで何度も転職してもいいし、辞めてもいいと思います。絶対にあなたに合う職場が見つかると思います。それは仕事内容だけでなく、人間関係がものを言うと思います。くれぐれもあなたの弱みに付け込む職業だけは付かないで下さい。」
      有り難し
    437
    回答僧 大鐵
    回答僧
  • 「人間総じて認知症」という意識のもとに介護

    認知症を患っているかもしれないことに対しての御不安は小生も昨年認知症であった祖母を亡くすまでの間の経験からも充分に存じ上げるものであります。

    祖母は日に日に、或いはは時間ごとに過去にもどったり現在に還ってきたりとタイムスリップしておりました。 それをこっちも楽しんでみておりました。

    それが正しかったかどうかは別として、 認知症の方は「とどまらないこころ」を持っているのです。

    それを「とどまった、かたよった、こだわった」こころで見たときに、我々にも苦しみが生まれ、その苦しみのこころで認知症の方を見れば、自然と相手も、苦しんでいくのであります。

    認知症は実に自然な人間の営みであります。
    勿論、それによって苦悩する事は沢山あります。

    そのたびに、どうか自分自身も「かたよらない、こだわらない、とどまらない」こころでもって、相対して頂きたいと思うのであります。

    みなさまが安らかとなりますよう、こころより祈ります。

    合掌
      有り難し
    107
    回答僧 善應寺 星 大晃
  • 山よりも大きいのが父の背中です

    お父様を超えることはできません、なぜなら自分がいくつになっても父なのですから。そしてあなたはあなたなのですから。

    「僕は父のようになれただろうか?」
    「僕は父のようになれないのだろうか?」

    世の中には父親のことをあなた様のように思えない方もいらっしゃいます。

    いつまでも尊敬できる父がいるというのは有難いことです。
    父を超えるのではなく、誇りに思える立派な父がいると発想を転換されたらいかがでしょうか。
      有り難し
    103
    回答僧 一妙寺 赤澤貞槙
  • 他人に理解してもらうには「共感力」を鍛えてみる

    「この人(人たち)は何をして欲しいんだろう」ということに注意をし続けると共感力という感覚を鍛えることができます。

    同時に、自分の言動を客観視すると反省点が見出しやすくなります。
    どちらも急に身につく感覚ではありませんが、近道としては「ゆっくりしゃべる」「聞く耳をもっともっと持つ」といったところでしょうか。

    悩みなども自分だけで結論を出すことも可能、もしくはそちらのほうが簡単かもしれません。
    が、積極的に人を頼ることによって、あなた本来の良さがどんどん出てくると思います。

    共感力、自己の客観視、人を頼ること。
    オススメです★
      有り難し
    137
    回答僧 釣徳寺 児玉龍典
  • 恋は見つめ合うもの、愛は同じ方向を向くもの

    仏教では愛は「求めるもの」ですから、煩悩で、苦しみの原因の一つです。
    バレンタインにチョコをあげたらホワイトデーにお返しをもらいたくなるものが愛です。ですから、愛は地球を救いません。

    もっとも私たち日本人は、愛イコール無償の愛の事、と考えている方がほとんどでしょう(ギリシャ語で言うところのアガペー)。

    我々はその事を“愛”ではなく“慈悲”といいます。
    慈悲は見返りを求めません。

    ですから日本語の場合、相手を深く想うものは恋より愛、愛より慈悲ではないでしょうか。
      有り難し
    199
    回答僧 円東寺 増田 俊康
  • 人は裸のまま生まれ死んでゆく。失うものなどないはずです

    社長、都知事、村長、取締役、店長、
    これらのものは只の肩書きでしかありません、その肩書きに権力というものがつきまとっているだけですよね

    その権力を自分の力だと勘違いすると「元社長さーん」というように「元」をつけてまで自己主張したくなってきます。それは非常に虚しい生き方だと私は思います。

    一生懸命上塗りしてきた仮初の仮面を外すことができると
    その時初めて、あなたという人間が輝き始めると思いますよ。

    本来、失うものなどないはずです、裸のまま生まれたあなたが裸のまま死んでゆく、誰も変わることのできないあなたの人生を悔いのないよう問をもって生きることが大切だと思います。
      有り難し
    151
    回答僧 光圓寺 Shun Ichikawa
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