hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

問答一覧

回答は、各僧侶の個人的な意見のため公共性を帯びたものではなく、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
検索結果: 344件
2019/03/28

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
回答数回答 2
2017/08/10

息子の死

今年の2月に長男を病気で亡くしました。 数日後に迎える初盆をどういった気持ちで迎えたら良いのか分かりません。 1歳半の時に体調不良が治らず、夜中に痙攣を起こして初めて脳腫瘍が発覚しました。 頭から腰あたりまで脳腫瘍に侵されているのが分かり、その日のうちに手術〜生死を彷徨った息子 命は取り留めたものの全身に障害が残りました。 そのごも2度〜3度心肺停止。 何度も病院に呼び出され死の覚悟をしてきました。 治療の甲斐あって腫瘍自体も小さくなって元気を取り戻していました。 再発したらもう手の施しようがないと言われていたので 毎日覚悟しながら頑張っている息子を側で見守ってきました。 2歳〜3歳に成長して、言葉も発せず身体も自由に出来ずそれでも生きていてくれることがすごく嬉しかった。 外に外出して家族で出かけたりも沢山しました。 昨年は次男を授かり出産したのもあり なかなか息子に手をかけてあげられないことも増えました。 今年に入って容態が急変、腫瘍が再発してしまいました。 いつか来るとは思っていましたが、あまりにも早く毎日息子の弱っていく姿を見ているのが辛かった。 息子が息を引き取り、気持ちの整理をする暇もなく、葬儀の準備や末っ子の世話、慌ただしく時間が過ぎて行きました。 息子を想わない訳ではなかったのですが、周りが心配する中自分でも不思議なくらい冷静になって息子の死をすんなり受け入れてしまっていました。 なにより毎日の介護から解放されホッとした自分がいて嫌になりました。 なんで病気が発覚する前に、息子が苦しむ前に、一番近くに居た自分がもっと早く気付いてあげられなかったのかとか そんな事ばかり悔やまれます。 ちゃんと息子を好きでいてあげられていたかな? ちゃんと母親できていたのかな? 息子はママのこと好きでいてくれていたかな? 病気に気付いてあげられなくて怒っていないかな? 今は痛い・苦しい思いをしていないかな? 沢山不安に思う気持ちがあります。 今はお墓に入っている息子。 お盆に迎えに行って、家に帰ってきてくれるのかな?とか ちゃんと成仏出来てなかったらどうしようとか 不安に思います。 初盆どんな気持ちで迎えたら良いでしょうか?

有り難し有り難し 13
回答数回答 1
2018/03/07

死が怖いと感じてしまいます

長文で失礼いたします。はじめまして。 去年の8月頃から、死ぬということに対して過敏に恐怖を感じるようになりました。 ふと、母親がいなくなったら恐ろしいと感じ、そこから、いつか誰もが死を迎えるということに気がつき、自分もいつかそうなるのだと強く感じて、「死んだら自分はどうなってしまうの?」といった恐怖で常にいっぱいになるような状態になっていました。 怖がるだけではどうしようもないと感じ、友人や母に打ち明けて相談に乗ってもらい、一時的に恐怖から離れられることもありましたが、安心できる状態がしばらく続いた後、ふっと思い出し、どうにもならないという思考になってまた怖くなるような状態の繰り返しになってしまいました。 忙しくすれば忘れられるという親の意見を元にアルバイトを始めてみたりもしましたが、バイト中に恐怖心が押し寄せてくることもあります。 不安のあまり、SNSで同じような悩みを持つ人たちの投稿を見た時に、そこで「産まれなければよかった」など不安を掻き立てるような言葉ばかりの人を見てしまい、恐怖が押し寄せてくるような事もありました。 産まれることは自分の意思で選べないことであり、この世へ産まれた以上は死を迎えるまでは懸命に、楽しく生きたいと思っています。就職も迫っているので尚更この考え方が大事だと思います。それなのに、まだ死が恐ろしいと感じてしまう自分がいることが不甲斐ないです。 こんな状態が続いて苦しいです。私はどうすればいいのでしょうか?

有り難し有り難し 48
回答数回答 3
2017/08/14

母の死

母が1年前に自死しました。 まだ冷静にこのことを話す自信がなくて誰にもきもちを話せていません。 でもこのままじゃ前に進めないと思い、相談することに決めました。まとまっていないのですが、読んでいただけるとうれしいです。 私は親元を離れて独り暮らししていて、実家に帰るまえに父から電話があり、お母さんがつらそうだとも聞いていたし、妹からも帰ってきたときびっくりしないでねとも連絡がありました。 帰ると母はひどく落ち込んでいました。仕事でミスが重なったのが先か、病んだのが先かわかりませんが、仕事で失敗した、自分はダメだと言うようになり、動けない状態でした。 いつもと違う母に動揺してしまい、どうしたらいいかわかりませんでした。 母は父と相談し、精神科に行き、仕事もやめました。 しかしそんな矢先母は自死しました。 後悔していることがあります。 死ぬ前の日の夜、母と車に乗っていたとき、母が、もう、お母さん、死ぬと言いました。 けど私はちゃんと聞き取れなかったのもあって、えっ?と強めに言い返してしまいました。 母はなんでもないと言い、会話はおわってしまいました。 あと、振り袖を買いに行ったときも母に強めあたってしまいました。母が辛いのはわかっていたのに、ひどいことをしてしまいました。 母は私が辛いときにそばにいて支えてくれたのに、私はなにもできず、ましてや母の死を助長してしまうことをしたり、母の気持ちによりそえなかったりしました。 朝方、母は自死したのですが、一緒に寝ていたのはわたしでした。 なんで気づいてあげられなかったんだろうと、本当に申し訳ないきもちでいっぱいです。 死ぬことを考えてるんじゃないかと思ったのに、そのときの自分でいっぱいで、思いやりがたりなくて、防ぐことができませんでした。 ごめんなさいの気持ちでいっぱいです。 こんなことを考えると涙がとまらなくなります。普段は普通に過ごしているのですが、急に悲しくなります。 ほんとはもっとありがとうを言いたいです。母なしではここまでこれませんでした。母みたいな母親になりたいと思うほど母が大好きでした。 でも、わたしのせいで亡くなってしまいました。自分のことしか考えられなかった自分が嫌になります。 母からもらった命だから精一杯生きなきゃと思いますが、この悲しみとどう付き合っていったらいいかわかりません。

有り難し有り難し 43
回答数回答 2
2016/11/15

彼女の死について

僕はいま、25才になります 彼女とは15才で出会い 2年後の17才の頃、乳癌で亡くなりました 乳癌という事で、女性の大切な胸を切り落とさなければ助からないと言われました 僕は、胸を切除したくないと言う彼女に 生きていてほしくて 怒鳴るように無理矢理、手術をしろと言いました 泣き叫んでいた彼女の声が 今でもずっと聞こえます その後、胸を切除した彼女の母親に 癌が肺に転移していると そしてすぐに、脳にも転移していて もう、対処のしようがないと言われました 彼女は、僕を気づかって 笑ってはくれましたが どうせ死ぬなら 綺麗な体で、女性として 逝かせてあげるべきだったのかと思うと 僕はなんて事をしてしまったんだと 後悔しています 助かるって言ったから 切除したのに 助かるから、大丈夫だからと 何度も彼女に言い聞かせたのに 僕は何もできませんでした なんの為に、彼女を殴ってまで 病院へ連れていったか分かりません きっと自分は悪魔のように見えたでしょう これを書いていること事態も 自分の悲しみばかり人に聞いてもらって 卑怯な人間だと思ってしまうんです 何度も何度も死のうとして そうやって逃げようとしてる自分が 一番嫌いです ただもう耐えられなくて 僕は人に迷惑をかける事が嫌いです そして、自分の事を人に話したりする事が少く 彼女と付き合っていた事は 彼女の母親しか知りません 彼女が死んだからどうすればいいなんて そんな重い相談が迷惑だろうと 誰にも言っていません ですが、もう限界みたいで ここへ相談してみました 長文、申し訳ありません

有り難し有り難し 17
回答数回答 2
2019/12/16

母親が自殺すると言っています

タイトルの通り母親が自殺すると言っています。原因は父親にあるのですが、簡潔に言うとキャバクラ通いが多く家を空けることに原因があります。 私は実家を出て一人暮らしをしており、現在両親のみ実家に暮らしています。 母はかなり寂しがり屋で、キャバクラへ行くことにはどうでも良く、家を空けることが嫌でいつもひとりぼっちと言っています。 どんな風に話をしたか分かりませんが、母はキャバクラへ行く頻度が多すぎだと父親に話したら激怒し今現在も話し合いが出来ないみたいです。 こんな感じが続くなら母は自分が死んで父に分からせると言っています。 私は死んでも何も意味無い!娘の私がいるのにと言っているのですが…中々分かってくれません。 なるべく実家にはかえっているのですが、自分の仕事があるので頻回には行けていません。 母の両親は離婚しており、親戚とも折り合いがつかず相談出来る相手が居ないみたいです。 母(祖母)と二人暮しで貧困の中大変な思いをしたと聞いて苦労したのだと思います。 祖母も3年前亡くなりましたし。更に1人なのだと感じてるのかもです。 生きてる意味がないとか、死んでやると何度も送られて正直私も心が疲れています。 そんなことはないとか、言うのですが分かってくれません。 父親とも話そうと思うのですが確かに短気で怒鳴るような人なので怖いのは正直あります。 私はどうしたらいいのですか?

有り難し有り難し 8
回答数回答 1
2017/12/16

先日母親が亡くなってとても辛く淋しいです。

幼少の頃から母親が苦労してきたのを見てきたので自分が早く大きくなって母親にたくさん親孝行することを糧に生きてきました。 ずっと母親っ子でとても優しく、自分の事よりも子供の事を何より優先して心配してきた母親、、 そんな母親との日々が仕事してても糧でした。 それなのにまさかの先月緊急入院してから僅か2週間で他界してしまい、、今でも信じられません、、末期の癌からくる腹膜炎でした、、84歳でした。 2週間付きっきりで看病してましたが、母親は最初の一週間は「迷惑かけてごめんね、、退院したらまた年末一緒に買い出しに出掛けようね、、がんばるからね、、と、、」 手を握りながら相づちうって笑顔振りまいてましたが、すでに主治医からは余命数日と予想もしない宣告受けててとてもとても苦しくて一人の時は号泣し続けていました、、 母親はまた家に帰れる想いで頑張ってるのに、本当の事はとても言えなかった、、 2週間目に入ったら一気に急変してきて話さなくなり、、それでも必死に口の渇きを潤してあげあり耳元で話し続けてました、、 母親は涙浮かべて、ぎゅっと手を握り返してくれました、、今思い返してもその時の光景が離れません。 最後は、徐々に息も絶え絶えになり眠るように永眠しました、、 号泣してありがとうを何度連呼したか、、嗚咽止まらず叫び続けました、、 亡くなってまだ2週間ちょっとですが、空虚感、悲壮感、孤独感、現実に受け止めれません、 何もやる気がおきず、母親の元にすぐ行って支えて一緒に逝きたいとかばかり考えてしまう今、、 家にいても母親の直前まできてた服や、台所の物とかはもちろん、出掛けても母親と行った場所、道がどこも頭をよぎって涙が止まらずさみしくて辛いです、、 母親の写真を常に肌身離さず持ち歩いて話しまくってます、、 84歳なら往生だと思うよとか、周りは慰めで言ってきても、自分にとっては全く素直に受け入れられず、逆に親のいる人に何がわかるんだ!と怒りとか苛立ちばかりになってしまう、、 普通に過ぎていく毎日がいかに幸せだったか、こうした別れで深く感じています。 今は普通に過ごす事すらつらくてたまりません、、 母親の涙流しながら手を握り返してくれた想い、、言葉で聞きたかった、、 母親の気持ちが聞きたくてたまりません、、 母親が高齢の時生まれた自分でまだ独身なので余計淋しいです、、

有り難し有り難し 14
回答数回答 1
2019/02/24

親の死

母親の死で後悔というか懺悔したい事がありすぎて どうしたらいいか分からないです。 母は病気だったのですが 母が一番苦しんでいる時に寄り添ってあげなかった むしろ、私は母が一番不安な時に冷たかった・・ 断れなくて苦しんでいる母を置いて初詣に行ったり パソコンしたり・・ 母との最後の時間を大事にしなかった事、最後に優しくしなかった事 申し訳なくて懺悔の思いでいっぱいです。 どうしてか、寄り添えてあげなかったのか分からない・・ あんなに苦しんでたのに、危機感というかなくて、まだ大丈夫・・ 何を根拠に思ったのか、そう思ってました 結局、自分の用事を優先して、母の事を後回しにしてた 初詣もパソコンも母との時間に比べたら今となってはどうでもいい事で 私は何をしてたんだろう・・と 母は優しい人で、いつも私に負担がかからないよう、気遣ってくれて そんな母に恩返しどころか、冷たい態度をとって何もしなかった 自分が許せない日々が続いています。 結局、母が病気になってから寄り添ってたつもりだったけれど、振り返ってみると結局、私は自分を優先して母を後回しにしてたんだろうと思います だからこんな事になったんだろうと思います

有り難し有り難し 50
回答数回答 1

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る

お坊さん33秒法話ピックアップ