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検索結果: 563件

息子の自殺

高校生一年生の息子が自殺しました。 長男だったので厳しく躾をしてしまい、本人も親に甘えられなかったと思います。私は長男が心配だった半面、なぜこんなに学校から呼び出しされたり友達とトラブルを起こして親を困らせるのかと悩んでもいました。思春期になると私と喧嘩もしょっちゅうでした。 自殺をしたその日の夜に、私と大喧嘩をし罵りあい、私は息子に『あんたのその性格が嫌いだ!』と言ってしまいました。死ね!と言われたので、その時親として言っては言けない、 『お前がいなくなれ!』と私が発狂してしまいました。その後に本人は裸足でパジャマのまま、近くの線路に飛び込んでしまいました。 私が殺してしまった。悔やんでも謝ってももう遅くて 学校ではサッカー部でキャプテンも務めて、テスト前だったから友達や放課後に勉強もしていたようです。 なんにもわかっていない私でした。 息子の供養を一生していきたい、 どうしたら息子を救ってあげられますか。 どうしたら苦しみから解放してあげられますか。 毎日話しかけて亡くなったその時間に手を合わせていますが、本人の苦しみを取り除いてあげたい。 自殺をするとずっと苦しむって色々聞くので、 私が救ってあげたいのです。 救える供養の仕方を教えて下さい。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 116
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2023/10/14

私の誕生日前に義弟が自殺してしまった

はじめまして。よろしくお願いいたします。 先日、私の誕生日の4日前に、主人の弟が自殺で亡くなりました。 私はいわゆる機能不全の家庭で育っていて、自分の家族とは絶縁しております。私の誕生日は10歳でなくなりました。母親と同じ誕生日で、母親がそれを嫌がった為です。 そんな境遇を知っている主人は、出会ってからずっと私の誕生日を大事にしてきてくれました。今回のことがあって、この先私の誕生日が主人にとって辛いものになるのではないか、という不安があります。 義弟の葬儀は家族葬で、お義母様のご意向で他の兄弟の配偶者達も参列せずに行われました。ですが、これからの法事には長男の嫁である私は参加しないわけにもいかないと思います。するとどうしても誕生日前後に法事がはいることになるかと思います。 私は祝われないことは慣れていますので問題ありません。ですが主人は昔から私が自分の誕生日を何とも思っていないことを悲しんで、特別な日だよ、君が生まれた大切な日だよ、と毎年少しでも私を喜ばせようとしてくれていました。 なのでこれから毎年、主人が弟を思い出し悲しむ気持ちと、私への申し訳なさの板挟みになるのではないか、と不安に思っています。 そして、そう不安に思うのに、自分の誕生日になど何の意味もないと思ってきたはずなのに、ここにきて少し寂しいと思ってしまっている自分がいます。 2人で笑い合って楽しい1日を毎年過ごさせてもらっているうちに、いつのまにか楽しみになっていたのだな、と気付かされました。 祝ってほしいとかではなく、あの楽しい日がなくなってしまう、ということに心がついていかない、というような感覚です。 言葉を選ばずに言いますと、期待しなければ傷付かずに済む、と凍らせた心を、何年もかけて温めてもらい、やっと楽しみに思えるようになったのに、また心を殺さなくてはならないのか、というような…。 義弟が亡くなったことは心から悲しく思いますし、恨むであるとかそんな気持ちは微塵もありません。 主人に大切にしてもらっているうちに私は相当な甘ったれになったようです。もう一度心を殺せる自信が今の私にはありません…。 でもこんな私を愛して大切にしてくれる主人の気持ちに寄り添い、私になど気を遣わせず、この先ずっと共に義弟を偲んでいきたいのです。 私の性根を叩き直すようなお言葉をいただけませんでしょうか。お願いいたします。

有り難し有り難し 17
回答数回答 1
2021/06/25

自殺についての捉え方

初めての質問で、ずっと考えていた、人に話したことの無い私の人生観の相談になります。 表題からまず、誤解せずに頂きたいのは、私は別に苦しいからつまらないから死にたいとは思ってません。 逆に、なぜ皆、自殺=悲劇、悪、禁忌という考えなのか理解出来ません。 私は自分の人生において、ある年齢に達した時に自ら死のうと決めております。 それは人生がつまらないだとか苦しいからだとかという理由ではなく、そこを自分の終着と決めたからです。 やり残したことや後悔などはきっとすると思いますが、それは生きている以上無くならないですし、無くしてはいけないものだとも思っているので、それも受け入れて自分に幕を引きたいと考えているのです。 その行為によって、自分が納得しているか否か関係なく周囲に必ず迷惑がその後にかかるということも承知してます。 それでも、人に気を使って私の自分で決めた終わり方をやめようとは思えません。 それゆえの、表題での根本的問いです。 本人が満足し、納得した自殺をなぜ悪く言うのですか? そもそも死が忌避される理由すらもわかりません。 世界の一つの理に対して人は勝手に忌避を覚えることに疑問です。 絶対に抗えない世界の理に対する意識とは『忌避』ではなく、どう捉え、受け入れるべきかなのではと考えています。 自然死を待つ、というのも考えてはいました。 幼い頃は長寿を望んでいましたが、なぜ長寿を望んでいたのかを考えた時、特に理由もないことに気がつきました。 で、あるならば、私はいつ死ぬべきなのか。 現時点で私は事故で死んでも、後悔、やり残しがありますが、それでも納得して死ねると思っています。 誤解されそうですが、死を美化して捉えているわけではありません。 自分自身で終着を決めることで日々生きているのだという実感を得ることが出来、そして自身で決めた終着にて、私という存在に幕引き、人生が完成を迎えるのだと思っているのです。 だから問いたい。 自殺への忌避と悪、そして逃避という捉え方は違うのではないかと。 仏教において、聞きかじりで申し訳ないですが、仏教は自殺が=で罪ではないということから、このような形で長年の疑問をご相談させて頂いております。 お坊さん方は、みなさん、自殺をどう捉え、そして生きているのでしょうか?

有り難し有り難し 23
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父の自殺

昨日突然警察から連絡があり、父が自宅で首をつって死んていることを知りました。 父は去年年末に母と離婚をし、勝手に部屋も見つけてきて出ていきました。母の話よれば離婚したいと言い出す一年くらい前から、使い方も知らなかったメールを頻繁にやるようになり浮気をしていると言っていました。給料入ったばかりなのにもうお金が無いだの、新しくカードを作ったりして、女にお金を上げているんだと母は言っていました。その女にあてた手紙も見つけていました。 私は、まさか父が女を作って出ていくなんてと驚きました、母も借金癖や酒癖も悪い問題ありの人ですが父は母一筋だと思っていたからです。 私は出ていく時に、これ以上母を苦しめたら許さない相手の女からも慰謝料取ってやる!と電話で怒鳴ったのを最後に話していませんでした。、縁を切ったつもりでいました。 正直、浮気もした事ない父はその女に上手いこと騙されてお金も貢いでるのだろうなと思っていました。 そして出ていってたったの五ヶ月後、自ら死にました。 私は動揺して怖くなって泣きました。警察は引取りは出来ますか??と言われました。私はお金もないし何も出来ないから無理だと思うと言いました。母にも聞いてくれ親戚とかもと言われました。一応、父の兄弟の電話番号を伝えました。変わっていなければ繋がるはずです。母に何と言っていいかわからず、母の妹に電話をして伝えました。妹が話してくれました。そして母の妹が言うには自殺するということは借金とか何かあるはずだから、冷たいけど関わらない方がいいと母にも私にも言っていました。 私はどうしていいか分からず、とにかく怖くて友人宅に来ています。友人に事情を話し、あんたはそれで納得出来るなら警察や市に任せてしまっていいと思うけどと言っていました。納得と言うか怖くて父を見たくないのです。何で自殺したんだよって、女に振られて絶望したのかなって、情けないし、悲しいし、とても受け入れられなくて、、借金位で死ぬような人では無いです。むしろ自殺なんて怒るような人でした。父の兄弟がやってくれたら少しは安心ですが仲が悪いので無理かもです。 もう何か私は次々起こる事にかろうじて踏ん張って生きている感じで混乱しています。母のことも心配だし、どうしていいか解らず苦しいです。長々とすいません。

有り難し有り難し 33
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自殺に救いはないのですか

私自身精神疾患により、希死念慮に悩まされています。 ただ、幼少期に母親を病気で亡くしているので自傷、または自分から死へ向かうことは母に申し訳なくてできません。 (錯乱状態になったりした場合はわかりませんが。まずそうはならない疾患です) 長患いの中で、とても澄んだ心を持つ友達ができました。 彼女は自分だけを責めて、病気のせいなのに「こんなこともできない自分はダメだ」との思いを抱えて自ら旅立ちました。 私個人の考えでは彼女は自殺というより「病死」だと考えています。 身体的疾患での死は仕方ないととらえられますがやはり自死というのは公にするには憚れることもあるようで私が彼女の死を知ったのは旅立ってから3か月ほど後のことで、もちろんお葬式にもいっておりませんし、ご両親が特殊な宗教をなさっている関係からお墓参りもさせてもらえません。 「霊能者」というような人は「自殺した霊魂は救いがない」とか「ずっと真っ暗闇をさまようだけ」などと言う人が多いようです。 そんなのひどすぎる。あんなに苦しんだ挙句、誰も責めず自分だけを責めて、精神疾患による考え方の歪み・・あまりこの言葉使いたくありませんが・・もあっていってしまいました、あんなに苦しんだのにまだ苦しまねばならないなんて・・・ 自らいのちを絶つということをよしとしているわけではないのです。 ただ、精神疾患(心の病気≠精神疾患)によりこのような結果になった方々にも救いはないのでしょうか。 もう一度申し上げますが、彼女が生きていた頃を知っている私は 彼女のことは今でも「病死」ととらえています。

有り難し有り難し 39
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