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検索結果: 3452件

アカウントの『私の煩悩:』の変更

初めてhasunohaを訪れた際、アカウントに『私の煩悩:』を記す欄があったので、何となく、ふと思い付いたことを書きました。 私が書いたのは、『よく「未来は自らの手で切り開くもの!」と言われるが、未来に希望が見出だせないでいる。』というもの。 ただ「解答用紙に、何か書かないと」というような思いだけで書きました。いい加減な書き方をして、すみません。 しかし、訪れて10日ぐらい経った今、「何か違う」「なら書き直そう」と思いました。ある投稿を読んだのがきっかけです。ここからが、私が未熟であるからこそ生まれた煩悩になります。 新しい『私の煩悩:』 (来世なるものを自ら決められるのだとしたら)次は男に生まれてみたい、という煩悩が生まれたこと 変更理由:①私が今、女であるから。②私は男として生きたことがないから。③なってみなきゃ分からないことがあるはずだから。 以上。 しかし、来世に、また人間として生まれてくる可能性も確率も分からぬまま、容易くそんなことを言えた義理じゃありません。もし人間になれたとしても、今の、現世の「女」の記憶が残っているものでしょうか。 以前、私は『プチトマト』というタイトルの質問を致しました。「私の前世はプチトマトだ!」と小2の私が直感的に思ったことを書きました。ですが、残念ながら「プチトマトの記憶」はありません。ただ「ハッ!」と閃いただけだったのでしょう。 今は、煩悩も「心境の変化は日常茶飯事」と同様の仕組みではないかと感じております。 哀しくも、女の私には、男のことは分かりません。それと同じように、男の人も、女のことは分からないのではないでしょうか。 「どちらが有利・不利」など、両者を経験した者にしか分からないことです。つまり、「そんなこと言っても仕方ない」「誰にも分からないのではないか」と思っています。 そんなことに腹を立てているから、「怒という煩悩」が生まれてしまうのではないか、と、只今感じております。 しかし、まず性別が「男と女しかない」と思っていること自体、『無知』であり『偏見』『差別』ではないでしょうか。 この時代に「男になりたい」「女になりたい」というのは、短絡的過ぎるような気がしてなりません。それなのに、私の頭にムダな煩悩が浮かびました。 どんなご意見でもご批判でも、受け止めます。皆様のお心の内をお聞かせ下さい。

有り難し有り難し 15
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知識欲は煩悩なのでしょうか

私は人文系の学問を勉強している大学生です。私は高校生の時に勉強の面白さに目覚めて以降、現在まで自らの知識欲に任せるままずっと勉強に自分のすべての時間を捧げてきました。とりわけ私が時間を捧げているのは西洋哲学、イスラーム学、近代日本文学そして語学です。  学問というのは恐ろしいもので一つを知ると十の分からないものが現れ、学びたいものは指数関数的に増えていきます。そしてゲームやギャンブルと違って飽きるということも無いのです。私は今まで好きなだけ勉強してよいという学生の特権に任せて非常に幸せな時間を過ごしてきました。しかし、周囲から就職の話がぽつりぽつりと聞こえてくる時期になり、将来を考えるにつけて自分に残された時間のことを考えるようになりました。    まだ数十年の時間が残っているとはいえ就職したら自分の時間はぐっと減るでしょうし、年を取るにつれ記憶力も減衰していってしまうことを考えると残された時間は私が学びたいものを学ぶのはあまりにも短すぎます。自分が「まだ勉強したい」と思い続けながら死んでいくのかと思うとなんとも言えない恐ろしさを感じます。    物欲や色欲といった煩悩なら執着を捨てることもできそうですが、知識欲は同じ「欲」でも他の煩悩とは明らかに違った性質を持っているように感じられます。仏教でも「一切の欲を捨てよ」と説くと同時に、膨大なお経を勉強することはむしろ推奨されるのがその一例かと思います。  しかし、知識欲も人を苦しめるという点では煩悩と同じです。勉強の中で自分の思考の深化と相対化に喜びを感じる時に、これから学びたいことを考えていつも絶望してしまうのです。でもだからといって私には「学ぶことをやめるべきだ」という結論は出せません。「学ぶ」ということは何にもまして崇高で、私にとっては人生の意味そのものです。  私のこの恐怖はどうやって解消すればいいのでしょうか?  仏教を勉強されている皆さんなら欲と学びというジレンマについて考えたことがあるのではないかと思い、このサイトに投稿させていただきました。  長くなってしまいましたが、私からの質問をまとめると以下の2点になります。 ・知識欲は捨て去るべき欲なのか ・知識欲が捨て去るべきでものでないのならば、知識欲からくる苦しみはどうすればなくすことができるのか

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煩悩(性欲)を消す方法はありませんか?

私は不倫をしています。 妻が嫌いとか誰か他の人を好きになったとか…そんな事ではなく、エッチがしたいのです。 妻はそういったことに全く関心はなく、付き合っていた当時から誘うのは私。ハグもキスも私から。 同棲を初めて半年ほどは毎日のように誘ってましたが、妻の乗り気ではない態度に徐々に私の気持ちも萎えて、誘わなくなりました。 それから1年も経たないうちにSNS上で知り合った子とエッチをしました。 しかし、罪悪感や妊娠への恐怖で体調を崩し、2度と浮気はしたくないと思いました。 その頃から妻も私が夜のお誘いをしなくなったことに疑問感じ、2人で話し合うことに。 妻は生きてきた上でエッチな気分になったことは無いそうで、嫌じゃないけど…といった感じ。 私も本音を言いました。 「自分が誘ってばっかりで、疲れてきたし気持ちも盛り上がらなくなった。更には同棲を始めたことで、女ではなく家族のように思えてきてしまった」と。 結果的に妻からのスキンシップに積極性を出すということで話は終わりました。 が、やはり妻はそういったことが苦手らしく全く変化はありませんでした。 そうこうしてるうちに、私の性欲がまた抑えられなくなり…今度は風俗に通うことにしました。 相手は性処理のプロ。恋愛がしたい訳ではなかった私にとっては、とてもありがたい存在となりました。 しかし、家にお金を入れて残った分をお小遣いとしていた私にとって、この遊びは高くつきました。 結局半年ほど通った後、金欠で行けなくなりました。 その辺りから、職場の人間関係で軽く鬱病発を症。 職場を変えて落ち着くまでの半年程は性欲がどうのと言ってる場合ではありませんでした。 しかし、それが落ち着くとまたそういう相手を探している自分が居るのです。 あれだけ痛い目をみたはずなのに。 自分でも引いてしまうくらいに煩悩に支配されています。 病気なんだろかと思います。 「愛する」とは何か分かりませんが、妻は大好きです。 恥ずかしがって絶対にイチャイチャしたことはしない妻ですが、お互い「友達のような夫婦でいたい」と思い合ってます。 こんなクズみたいな私と一緒に居てくれる妻は傷付けたくありません。浮気の事実と苦しみは墓場まで持っていくつもりです。 ですが…なんとかこの煩悩を消す方法はありませんか? 助けてください。

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LGBT差別に腹を立てることも煩悩なのか?

私はゲイです。 最近、LGBTの存在が広く知られるようになったおかげで、楽しいことも増えましたが、同時に酷い差別も目だってきました。 もとい、差別は昔からありましたが、ネットの発達によって、いわゆるヘイトスピーチを目にする機会が増えてしまいました。 私もパートナー制度の実現を喜んだりしただけで、虹色のイベントへの参加報告をブログに書いただけで、見も知らぬ人から心ない言葉をぶつけられます。 またゲイとの交流が深まるにつれて、差別で辛い思いをしている人々の話しを沢山聞き、自分と同じ性指向だけに他人事のように考えることは出来なくなりました。 「差別」は他人様がされているのを見るだけでも非常に不愉快ですが、自分が差別されると、その不愉快さは何百倍もします。 だから少なくとも自分は、他の少数派や弱者の方々を差別しないように気をつけていますし、「ヘイトにヘイトで返してはいけない」と自重しています。 でもやはり内心では、はらわたが煮えくりかえります。 いわゆるヘイトをする人には、これを娯楽半分で面白がっている人が少なからずいます。こちらは切実な問題なのに・・・ でも「怒り」は煩悩ですよね。 私は自分を差別してくる人間に対し、菩薩のように接するのは無理です。 私がお不動さんに惹かれるのは、これも理由かもしれません(お不動さんの慈悲の怒りとはほど遠いですが)。 そこで質問なのですが、 仏教でも差別に対しては、「右の頬を打たれたなら、左の頬を向けてやる」べきなのでしょうか? それとも、非暴力、例えば言論等での抵抗はゆるされるのでしょうか? 差別に対する怒りも煩悩であり、消さなければならないのでしょうか? よろしくお願い致します。

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10代の自分の煩悩について

あまり人には言いにくいことなので、どうしようか悩んでいた時にこのサイトに辿り着きました。 お恥ずかしい事なのですが...私は「ボーイズラブ」、いわゆる男性同士の恋愛を描いた作品が好きです。 ちなみに私自身は同性愛者ではありません。 私がボーイズラブを知ったのは小学5年生のときでしょうか...その頃は同性同士の恋愛があるという事はボンヤリと認識していましたが、自分には関係のないことだと思っていました。 なので余計に、「ボーイズラブ」という概念に衝撃を受けたのでしょうね。 同性愛者として悩んでいる方には本当に申し訳ないのですが、漫画や小説といった作品を読んでいるうちにすっかりその世界にハマってしまったのです。 私はまだ学生で、しかも受験生なのですが、やはり未だにボーイズラブが好きで、暇があれば漫画を読んだり同性愛についての考えに耽ったりしてしまいます。 勉強に身が入らないことも多々あります。 世間では私のような者を「腐女子」と呼ぶのですが、腐女子はあまり良く思われておらず、蔑まれる対象にあります。 しかし私は同性愛者の方々を冷やかしたりしている訳ではなくて、純粋にボーイズラブが好きなのです。 私は自分自身がとても恥ずかしいです。 人にも自分が腐女子だとは言えません。 でも、腐女子はやめようと思ってやめられるものではないのです。 もうどうしたら良いのか分かりません。 私はこのまま自分に正直に生きていて良いのでしょうか。 長々と申し訳ありません...

有り難し有り難し 2504
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煩悩、執着の強さをどうにかしたいです

私は欲に弱く楽な方へ流れやすいです。 ストレスを感じた際に散財してしまう悪癖があり、お酒、タバコが辞められず、また性欲も人より強いように感じます。 散財の悪癖が祟り、学生の身分でありながら消費者金融に借金をしています。お金にルーズな性格のせいで、しばしば交際していた女性に叱られましたが、先日ついに決定的に別れを告げられました。というのも私は以前一度別の女性と関係を持ってしまったことがあり、それが発覚したためです。 彼女はもう我慢の限界だと私に別れを告げました。お恥ずかしい話ですがそこでようやく、自らの欲深さや意思の弱さをハッキリ自覚し、恥じました。 彼女傷つけてしまった自分を改めようと思い、選択肢のひとつに出家が浮かびました。厳しい環境に身を置き、仏教の教えを学ぶことで、自分のこの恥ずべき性質を改善できるのではないかと考えました。 もちろん、安易な考えで出家するのは自分にプラスなこともないし、何より修行させていただくお寺にも失礼だと思います。 また、私はまだ学生の身分であり、その自分に甘い行動の結果、留年も決まっています。先程言ったように、お恥ずかしながら借金もあります。 そのような環境で出家などできないだろうと思い、なにか独学で学び、自分の心を成長させたいと思い至ったのですが、どのようにしたらいいのか検討もつきません。 自分の心を落ち着けるための訓練としてどのようなことに取り組んだらいいでしょうか

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写経について(文字を間違えてしまいました)、そして煩悩

こんにちは。初めまして。よろしくお願いします。 私は人から「いつも笑顔が絶えない、穏やかでおおらかな人」と思われることが多いのですが、本当は凄く寂しがり屋で、孤独感でいっぱいになるときがあります。けれど、本当の自分を人に見せることができないので、寂しいとき、孤独感でいっぱいになったときはよく写経に行きます。一文字、一文字書きながら、仏様とお話しさせていだいている気持ちになります。 今年もバレンタインデーを一人で過ごすことになってしまい、寂しくて仕方なかく、チョコレート代わりに仏様に恋文を渡す気持ちでお写経に行きました。結果、とても有意義な時間を過ごすことができたのですが、最後の最後で日付(年)を書き間違えてしまいました。係りの人に「日付を間違えたのですがどうすればよいですか」と聞いたら、「斜めの線を引いて正しい文字を横に書いてください」と言われたので、そのとおりにして納経させていただきました。 帰宅後、気になったので調べてみたら、写経の間違いの訂正は斜線ではないようで、誤った方法で提出したことが気になってしまって仕方ありません。 多分、今日はいつも以上に「良縁祈願」の気持ちが強かったからだと思います。確認せずに書いてしまったことに対する後悔、願い事が叶わないかもしれないという不安、こんなことばかりを気にしてしまう自分への怒りが大きく、お写経で得た幸福感がなくなってしまうのが悲しいです。 写経の間違えを斜線で訂正しても大丈夫なのでしょうか。小さなことを気にする自分も嫌でたまりません。

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光合成するペット(自然と煩悩)

私の中学生の時の「将来の夢」は、「動く植物を開発すること」でした。 一番興味があったのが、『地球温暖化』全般。一番、地球温暖化を促進されるのが牛のゲップと聞けば、「ゲップし難いエサ(植物)の開発」を、生き物(動物)が出すCO2を吸収しているのは緑(植物)だと習えば、「とんな場所でも行ける緑(植物)の生き物(動物)の開発」を、と考えてきました。 自分が排出するCO2は、自分のペット(動く植物)に吸収してもらい、酸素をまかなう。そういう世の中、地球に優しい生き方が出来る社会にしていきたいと思っていました。 それで、中学生の時も高校生の時も、農学部に行きたい!新しい環境作りに貢献したい!と思い続けていましたが、幸か不幸か、何故か勝手に出された推薦入試の願書→受かったら辞退出来ない受験に合格してしまい、長年の夢を変更するしかないという形で幕を閉じました。 でも、高校1年生の時に被災(阪神淡路大震災)した記憶のせいか、医学を学ぶのも楽しかったので、新たな道を歩む決意をしたのです。 そして、「只今」違う生き方をしながらも、ふとしたことから、また「動く植物」が必要なのではないかと思い、過去の自分の夢を思い出すようになりました。 西日本豪雨災害に遭ったからからです。もちろん、根本的には『地球温暖化』が背景にありますが、今回は『豪雨による土砂崩れ』でたくさんの尊い命が失われた背景から、人の手が入らない山、森の木々たちが、自分で動いて、土砂災害を防ぐ働きをしてくれたなら、少しは亡くなる方が減らせたのではないかと思ったのです。 でも、人間が、自然・地球をこうなるまで放置し、対策を練らなかったのもまた事実。 私は有馬温泉の近くに住んでいます。避暑地でもあります。が、最近、自分の部屋にデジタル式の温度計を置くようになり、自分の部屋の温度が、冬と夏で「なぬっ!!!」と思う程、寒暖差があることが判明しました。(昔と明らかに違うと肌でも感じられますが)。 この今年の猛暑、酷暑。北の端の1番涼しいハズの部屋の温度が、35度に到達しているではないですか。この前の冬には、部屋の中なのに氷点下になっていたのにです。 何故、もっともっと『地球温暖化』のことをちゃんと考えてこなかったのかと痛感している毎日です。 お坊さま達も、お寺さんの中で熱中症になっていませんか? 地球温暖化をどう捉えていらっしゃいますか?

有り難し有り難し 28
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周囲に差別されてると思う悩みって煩悩ですか?

以前こちらで相談させて頂いていた者です。 相談サイトに質問した内容から個人を特定され、数年経った今でも差別が解消されません。 幼少時からのイジメが原因で男性嫌いであり、女性からも陰湿なイジメや誤情報からのLGBT差別を受け、人間不信が強くなりました。 他の地域に旅行した際にも、学生や観光地の店員などに「あいつは性同一だ」と言われたことがあります。 実際は、恋愛感情の判らない人、だと思うのですが、相談サイトにまとめた際、レズビアンで性同一と認識され、所属している団体を通じ、周囲に言いふらされました。 どこにも逃げ場がない感覚、かといって完璧に女らしく出来ない自分、地域の偏見や差別意識、とにかく「疲れた」の一言です。 子供や主婦、高齢者など、地域の人はとにかく信用できません。 自意識過剰、妄想が酷い、などと他の相談サイトで言われましたが、直接大声で「性同一」と言われたりしています。 他県の友人のところへ遊びに行った際も、若者が集う飲食店などでは知らない人は居ない感じがしました。 この先、家族の為にも地元で過ごすかどうか悩んでいます。 アドバイスなどありましたら、宜しくお願いします。

有り難し有り難し 32
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