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hasunoha 問答検索結果 : 「 煩悩 」

検索結果: 20件

煩悩について

お世話になっております。 浄土真宗では煩悩をどう捉えているのでしょうか。 煩悩を自覚することで慚愧し、内省するのですよね。具体的に、慚愧とはどういうことなのでしょうか? 例えばですが、僕も男(人間)ですから性欲というものはありますが、性に関する煩悩を自覚した時には性欲をどうするのですか?消そうと試みるのですか?(煩悩を否定的に捉える)まあ、いいやと開き直るのですか?(煩悩を肯定的に捉える)その辺がよく分かりません。 ちなみに、煩悩を消そうと試みる場合は、それはもはや「菩薩」という概念になってしまうように思います。 また、仏教においては分別心があればそれは煩悩ですよね。好き嫌い、善悪、優劣など。 しかし、そういうものに関しても慚愧するのでしょうか?僕達は人間ですよ。嫌いな人もいれば、好きな人もいます。そもそも、「好き」という感情が無ければ恋愛さえできないのではないですか。 僕はまだ学生ですが、将来仕事する時にも良し悪しを判断しなければいけない。もちろん、世間的(主観的)な善悪に過ぎませんが。でも生きていくためにはどうしても必要な判断ですよね。なので、人間の知恵も大切だと思うのですが...。 詳しい方、回答お願い致します。 南無阿弥陀仏

有り難し有り難し 9
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2026/08/04

煩悩を捨てたくないです。

元も子もない相談なんですが、煩悩も自分の一部だと思うので捨てたくありません。こう思ってしまうので仏教の考え方にどこかずっと納得することができず引っかかっています。 亡くなった祖母はお寺さんが好きでよく通っていて、お寺さんとの関係もしっかりできていたので、とても温かいお葬式にしていただきました。だからこそ、なんとなくで自分の葬式や宗教を仏教にするとはしたくないなと思っています。 自分の人生や性格を考えた時、欲深くて、野心や負けん気が強くて、でもだからこそなんとかなってきたなぁと思います。それがなかったら、逆境に負けていました。私の父はパチンコにはお金を出すくせに、義務教育以上は自分でという主義で、私は奨学金で高校に行き、バイトをしながら学校の定期や習い事のお金を賄っていました。でも、だからこそ自律した考え方になり、バイトで社会常識も教えてもらえました。社会に出てからも趣味にもっとお金を使いたいから仕事を頑張っていました。 そんな自分の人生を思った時に、死んで仏様になって、煩悩から解放されるというのは、自分が自分じゃなくなるようで怖いのです。欲深いまんまで極楽から子孫を見守るみたいなことはできないでしょうか。

有り難し有り難し 39
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