2022/01/24死人に口なしで嘘をついてしまった
数年前、知人の男性が交通事故で亡くなった。思春期の私にとっては友人とも兄ともつかぬ、唯一の存在だった。彼は少し変わり者だったのか、周囲があまり彼を認めていない事を私は知っていた。
彼が亡くなってすぐ、私は彼の実家を探して「婚約者です」と訪問してしまった。その後も彼の遺影の置かれた部屋で、彼の死に涙する遺族を前に、私達は結婚するつもりだったなどと真っ赤な嘘を吐き続けた。何故こんな事をしたか、本当の理由は2つある。1つは、「親しい人を亡くした哀れさ」という眼差しで周囲に見られる事によって、人生の歩みを止めて休憩する理由が出来ると思ったからという極悪非道な理由。もう1つは、遺族に、亡くなった彼をこんなに想う人間も居たのだとわかって欲しかったからだ。
許されない嘘を吐き、遺品や写真まで頂戴して、部屋に花を供えたりもしていた。そして49日法要の朝を迎えた。私は不思議な夢を見た。いつも待ち合わせした場所に私が息を切らして向かうと、彼が車を停めて座り込み、煙草を吸っていた。いつもの光景だった。しかし彼と目が合った途端に夥しいサイレンが鳴り響き、彼は悟ったような表情になった。そして私に、「ありがとう」「もう行かないと」「上から見てるから」と空を指差した。
嘘を吐き続けて来た私だが、この朝の事は嘘では無い。幻想、妄想だと言われればそれまでだが、私の記憶は鮮明だ。血の涙を流して私を殺しに来てもおかしくない事を私はしたのに、彼と私は本当にあの朝、あの場所で会ったような気がしている。
あの朝彼はこんな私に会いに来てくれたのでしょうか。
私の嘘は許されるものではありません。それは十分に分かっています。どんな凶悪犯よりもどんな悪行よりも許されない。私はどう償えば良いのでしょうか。
有り難し 29
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