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hasunoha 問答検索結果 : 「お経について」
検索結果: 3036件

生き続ける

生きるとは何なんでしょうか。いつかは僕も死んでいきます。 そう考えると頑張ったり、努力しようという気が失せてきてしまいました。 つい最近祖母が息が苦しいということで入院しました。 家族、親族でお見舞いに行くと鼻にチューブを入れて息苦しそうにしていました。 「もう、こんな状態で…チューブ刺して生きとうない。もう年を取り過ぎた。楽に死にたい」と言いました。 でも家族や親族は「何言ってるんですか。生きてくれないと私たち悲しいですよ」とか「頑張って乗り越えていきましょう」とか言っているわけです。 でも僕は「もうこんなに息苦しそうにしてて、老衰でこれから改善していく可能性はほぼ0。楽にしてあげたらいいんじゃないか」って思ってしまいました。 祖父もチューブを鼻に刺して最後は本当に苦しそうにして死んでいったそうです。 僕も立ち会っていましたがあまりにも息苦しそうにしていたのでたまらず部屋を出てしまいました。 そういうことを考えると苦しまず楽に死なせてあげてはって思ってしまいます。 またそういうのを目の当たりにしていると先に述べた結局死が来て無になるんだし、頑張ったり努力したりしてもなって…なんかこう生きる活力的なのが一気に失せてしまいました。 こんなこと思うと虚無感がここ最近ひどい感じになってしまって…。 何かこう生きる意味だったりを教えて頂けないでしょうか。何をするにも虚しく感じているんです。 それと苦しくても生き続ける意味とかもあるのでしょうか。何か周りの気持ちだけで楽にしてあげるのを阻害している気がして祖母を可哀そうに思っています。 宜しくお願いします。

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不登校

高校生になる一人娘は中学3年生から突然不登校になってしまいました。初めは何がなんだかわからない状態で、ただ娘がどんどん落ち込んで行く姿にどうにかして心を元気にする事だけを考えて前以上に話し合って手探りで頑張っていきました 主人は子供にも、私にも無関心で、自分勝手の旦那さんでした、結婚してからお前はネガティブ過ぎる、家庭環境が変だからそんな考えなんだと上から責めてばかりで、子供に対しても無関心のわりに上から押さえつけて、勉強やらないと人間のグズになるなとかそんなことばかり言っていました会話もなく、喧嘩も絶えない夫婦でした。私と娘は会話をしたりとても仲良く過ごしていましたでも主人とそんな関係だったので、娘に対して私は超過保護に育ててしまいました、前から心配症だったので先々手を出してしまい自立させて育てる事をしませんでした、今考えるとずれた愛情だったと思います。どんなに悔やんでも過去は変えられないので、主人はようやく子供の余りの姿に反省してくれて子供にも対して父親になってくれました変ってくれたので娘も前よりも元気取り戻して少し前進する努力もしています 本当に良かったと思いますしかし通信制高校でもまだ通えてません、私も主人のストレスや色んな事があって精神的に病気がありなかなかスムーズに動けません本当に情けないですこんな母親ですがどうやっていけばいいのかアドバイスよろしくお願いします。

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私がしたこと いじめについて

私(男性)が小学生のときにしたことについて、後悔と反省していることがあり質問させていただきました。長文ですが、率直な意見と感想をお願いします。 私が小学校6年生のときに、クラスが一緒になったAさんという女の子がいました。Aさんは男子と仲が悪く、いつも男子と言い合いになっていたように記憶しています。 そして6年生の序盤で、私もAさんを罵るようになりました。当時は、小学生の男女は仲が悪いのが普通だと思っており、ひどいことをしているとは思いませんでした。しかしすぐに、あるきっかけがあり、Aさんをののしるようなことはやめました。 後で知ったのですが、Aさんには仲の良い友達があまりいなかったようです。クラスの女子は優しい人が多く、女子からのいじめはなかったと思います。6年生の終盤になると、クラスになじめなかったのか、学校を休みがちになりました。小学校の最後にAさんと話したのは、確か席が近くになったときで、向こうから軽い雑談をしてきました。そして私は、普通に返答しました。 中学では一回だけ同じクラスになりました。男子と言い合うこともなく、落ち着いた印象でした。しかし、なじめなかったのか、学校は休みがちでした。私とのやりとりはほとんど無かったですが、席が近くになったときに、一度、親切にしてくれたことがあるのを覚えています。Aさんとの思いだせる記憶は以上です。 だらだらと長文になってしまいましたが、小学校のときに私がしたことでAさんに対して、トラウマを与えてしまったのではないかと罪悪感を感じています。言い訳のように聞こえるかもしれませんが、私はこの罪悪感とどのように向き合えば良いでしょうか。本当に申し訳ないことをしてしまったと後悔しています。

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どうしても過去の後悔から逃れられない

本当にお恥ずかしい限りです。8か月ほどまえに『あきらめるには』で質問させていただき、ありがたいご回答をいただいたものです。 過去は変えられないものであること、すぐにはあきらめることは難しいので仕事や趣味にうちこまれては…とお教えいただきました。 仕事も当時はパートでしたが、頑張りをみとめられ来月より正社員になることになりました。趣味は以前庭仕事と山登りがすきだったので時々それらをするようにしております。 しかしどうしてもどうしても過去にしてしまった失敗を忘れることが出来ません。事情により相手に謝ることもお詫びすることもできず、自責の念は時間を追うごとに膨れ上がるばかりです。毎日が苦しくてたまりません。家族にはできるだけ迷惑をかけないようにだけは心がけています。しかし自分を責める気持ちがつよすぎて1人のときは恐ろしい言葉で自分を責めたり、自分の体をたたいたり傷つけたりしてしまいます。(ちなみに心療内科にもかかりお薬もいただいています。先生はそのうちよくなるよ…とおっしゃいますが、もう1年たちます) 過去に過ちを犯した人はやはりこうやって一生苦しむべきなのですか?もしそれが罰というものならあきらめてこのまま生きていこうと思っています。できれば過去にしてしまったことから離れて楽になりたい…と願うのは罰当たりなことでしょうか。 このまま苦しむのが本当につらく自死さえ考えてしまいそうになりますが、20年前に弟を自死で亡くしており、自死が周りに与える苦についてもよくわかっているので、家族のことを考えるとそういう選択は絶対にありえません。しかし苦しいあまり時々誘惑に負けてしまいそうになります。 仏教の教えでは過去にした失敗はどのように償うものなのでしょうか。自責の念からは逃れることはできないのでしょうか。 もしできるならこの自責の念からすこしでも楽になる方法を教えていただけませんでしょうか。たよってばかりの弱い人間ですみません。

有り難し有り難し 26
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