もともとついてない部類の自分だと思い40数年生きてきていました。 彼女なんかもなかなかできず、ようやくお一人のかたとお付き合いをし、結婚には至りましたが、周りみんな彼女ができていた中、なかなかできませんでした。 仕事もきつい仕事ばかりで、毎日朝9時から夜9時、10時です。転職もしましたが、やはり同じ業界のため、同じ結果となっています。 要領よい人は、適当に切り上げて帰っていますが、私はずっと遅いです。 顧客担当の変更もありますが、私が担当したタイミングで何らかの問題が表面化したりして、大変になったりします。 こんな感じでしたが、この上、昨年母を自死でなくしました。もう本当にきつかったですし、今でもきつい日々です。 体自身はどこも悪くない母でしたか、父を先に亡くしていたせいか、同じ命日の日に自死しました。 私には妻子がいますが、母の自死直後は本当に自分も死んでしまいたく、毎日苦痛でした。 金銭的なこともあり仕事も休んだり、転職することもなかなかできず、また普通の日々に戻されました。 以降本日に至りましたが、母の死後は特に何も楽しみがなく、日々生きる意味を考えている日々です。 これまではしんどいなりにも、特に生きる意味を考えるようなことはなかったのですが、考え出すようになりました。 本当に人生とはなんでしょうか? 生まれたら最後の目的は死ぬことですよね。 あとは辛いことばかり、我慢の毎日です。 何が楽しくみんな生きているのでしょうか。
自分の預かり知らぬところで、生きていいいのちと奪っていいいのちの選別が行われる。少し不快になったら「死ね」と言う人々が多い小中高時代でした。故に、生きる権利は簡単に奪われるものであるもののように思います。 実際に「不快だから殺す」が個人レベルではなく国家レベルで行われる可能性があり、それがもうすぐそこまで来ていること、発射ボタンひとつで何の心構えもできないまま全てが終わることを感じた今朝、不安と恐怖に耐え切れず、書き込ませて頂きます。 物理的要因で人間は簡単に終わらされます。凄惨な死は避けられず、成す術もない。自分はあまりに無力で、何をしたって意味がないと自暴自棄になりそうです。楽観はあてになりません。苦しみと凄惨な死があるだけです。何かを信じるのも怖いです。 自分について上手くいくイメージができないことと社会的な問題が解決する見込みが得られないことで、人生に希望を持てずにいます。意欲は薄れ、渦巻く感情を持て余し、生きていけないのに生きていようとします。 物理的問題は高潔な精神でどうにかできるものではないのです。「全てが自分の思い通りになるなら何がしたい」と考えた結論は、「存在していたくない、あらゆる感覚を捨て、物理的世界から完全に解放されたい」でした。 「みんな辛いのに頑張って生きている、辛いことを我慢して適応しなければ生きていけない」 ただ吐き出したいだけ、甘えたいだけなのだと思います。本当は他人の言葉を聞き入れる余裕もなく、それだけで死にたい、死ななければならないような気になります。 駄目でした。やはり生きることが難しいです。
このまま今の会社で定年まで働くか、給料が下がってでも、違う会社に行くか悩んでます 給料が下がると、子供が大学に入ったばかりなので、家族に迷惑がかかる 自分の思うままに生きれない自分に嫌気がさしてます 何もかもが孤独です 小さい頃から、死を意識してます 他人の心が気になってしょうがないです 人間関係というか、人と接すると疲れます かと言って、孤独が耐えられない 今まで生きてきても、嫌なことばかりがおきます どんどん心が塞がっていきます 1日たりとも、死を意識しなかったことがないです 死にたくて死にたくてたまらないです 思うままに生きれない 真剣に考えれば考えるほど、違う方向に向かって行く 嫌な方へ嫌な方へと向かって行く 何でしょう?自分の人生は! 良い方向に向かった試しがありません まだまだ、生かされるんでしょうか? 会社での扱いも、自己中心の上司と同僚にふりまされっぱなしで、やりたいこともできない。 自分に来た仕事もまともにできない状態です 嫌がらせに近いことをされます なので、嫌気がさして辞めていく同僚や後輩が絶えません 自己中心にやってる人ばかり残ってる状態です 辞めれば簡単ですが、家族が路頭に迷う 何とか踏ん張ってる感じです 全ての人の言動や行動が、自分の心をえぐってきます 心が限界 やりたい事とやりたくない事に挟まれ、死にそうです 思い描く夢と現実のギャップに苦しんでます 辞めるべきか続けるべきか
最近、生きている意味がわからず、死を選んだ方が楽だと思うことが増えてきました。 1年半くらい前から不妊治療をしていますが、なかなか子供とご縁が結べずにいます。 主人は精神的に不安定な私に優しく、自殺したいと思うならもう子供は諦めようと言ってくれています。しかし、主人も本当は子供が欲しいと思っているし、周囲の期待も感じます。 最近は子供はまだなのと聞かれることが怖くて人と会うことが怖いです。近々、私の祖母の法要がありますが、親戚と会うことが怖くて参加できないと親に伝えたら渋々了承してくれましたが、法要に参加できない自分が情けないです。 法要に参加できないと伝えてから親との付き合い方もわからなく、私は誰の期待にも答えることができない、自分なんて生きていても意味がないと思えて仕方がありません。 不妊治療をすることが辛いですが、辞めると後悔しそうで辞める勇気もありません。 自分の心の弱さが情けないです。自殺は周囲を不幸にすると分かっているのですが、常に頭から離れず、死を選べば楽になれると現状から逃げることしか浮かんできません。 こんな私に何かアドバイスや生きる意味を教えていただければと思います。 よろしくお願いします。
お世話になっております。前に「母の死と大学受験」で相談させていただいた者です。現在は無事に大学に入学し、元気に生活しております。 今回は友人との付き合い方について質問させてください。 私には高校と大学の部活が一緒の友人がいます。彼女はよく言えば自由、悪く言えばわがままな性格です。 今まで何度もも待ち合わせの約束を忘れられて待ちぼうけを食らったり、他の人がいる前で私のコンプレックスを大声で話したりと正直なところ迷惑しています。 また、私が母の死で苦しんでいることを相談したところ、心ないことを言われ、さらに苦しくなってしまいました。 ですが、彼女にもいいところはあります。どこかと聞かれても具体的には言えないですが、絶対にあるはずです。 いいところを見つけて好きになろうとしても、悪いところが目についてしまい、うまくいきません。 嫌なことをされたら正直に嫌だと言うようにしてみたのですが、「えー、私悪くないよね?そのくらい許してよー」と言われてしまいました。 たしかに私の心が広ければ全て解決するし、他の子は彼女と仲良くできているので、やはり私に問題があると感じています。彼女を理解できるくらい大人になりたいです。 あと数年彼女とうまくやっていくにはどうしたらいいでしょうか?このままではせっかく始めた部活も楽しくありません… まとまりのない文になってしまいましたが、何かお言葉をいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
はじめまして。 先日のことです。水の中で気絶していただけのヤモリを、死んでると思って埋めてしまいました。 後で気になって調べたら、水中で気絶したヤモリを助けたと言うブログを発見し、ヤモリを埋めた場所へ行きました。土が波立っており、慌てて掘り返しましたが、ヤモリは死んでいました。目が覚めて土から出ようともがき苦しんで死んだのだと思うと、自分の罪とヤモリへの申し訳なさで辛いです。変温動物だし、さっきまで動いていたと家族が言っていたのを聞いていたのに、「冷たい水の中に落ちてショック死したのだろう」と思い込んで埋めたのです。 初七日までお線香をあげるつもりでいます。 それでも辛く、救いを求めて阿弥陀経の現代口語訳を読みました。お浄土には蓮の華が咲き誇る池がある、と説いてあったので、私が殺してしまったヤモリが、御仏に見守られながらその池で気ままに過ごすことを願いながら、阿弥陀経を聴きました。願わくば、私も来世はお浄土に生まれて、そのヤモリや、虐待死させられた動物達の世話したいと思います。 しかし、胡散臭いスピリチュアル商法が数多くあるのも事実で、輪廻転生そのものにも疑いがあります。 償いの為にお浄土に生まれて動物達の世話をしたいと思っていますが、本当にお浄土があるのか、無いならばあのヤモリには救いが無いではないか、と、考え悩んでます。 心をどう持てば良いのか、分からないのです。 お助けください。
以前、猫を虐待して殺してしまい、どのように自分に罰を与えるべきかと相談させていただいた者です。 その後も毎日、私が殺した猫達を思い出し、罪悪感に押し潰されそうになるとともに、回答していただいたお坊様のお言葉を胸に、反省し、少しずつですが罪ほろぼしをしていました。 自殺も考えたこともありますが、死んで楽になるのはズルいとか、自殺は私が手にかけた猫達に対する冒涜になると、苦しくとも生きようと思っていました。 昨年のことになりますが、健康診断で癌が見つかりました。 自分への罰で悩んでいたところ、天から下された罰ですので、治療することなく、猫達が味わった苦しみを少しでも感じながら死を迎えようと思っています。 進行具合から死はまだまだ先でしょうが、最近は澄みきった気持ちで、身の回りの整理を行っているところです。 ところが、どうしても気になり出したのが、死後、私が殺した猫達に会えるのかということです。 私は当然に地獄に行くのでしょうが、そのような者が天国にいる猫達に一目だけでも会えるのでしょうか? また、会うことが可能だったとして猫達は自分を殺した私に会ってくれるのでしょうか? 会えない場合、何とかしてメッセージを伝えることはできるのでしょうか? 何とかして直接謝りたいのです。 何度も繰り返された質問でしょうが、どうしても気になり質問させていただきました。
質問ではありませんが‥‥ ここに質問される方が多い事に心を痛めてます。 また、ご多忙中なところを質問にお答えされる僧侶の方々の慈悲深いお心にも頭が本当に下がります。 久しぶりに↓の動画を見たら感動して前向きになりました。 で、投稿者の方々が辛い時や死にたいな~って時に、よろしかったら見て下さい 『死・生きるとは何なのか』 <a href="https://youtu.be/ZdEh8souF3E"> 『死・生きるとは何なのか』https://youtu.be/ZdEh8souF3E </a> 13:40位から ある番組の収録で、恐山院代の曹洞宗の「南直哉」さんのお言葉が胸にズコンと突き刺さります。 一言、一言が核心を突いていると自分は感じました。 この方の動画は他にもありますので興味のある方は、YouTubeで『南直哉(じきさい)』で検索してみて下さい。 生きててもいいんだ!と思って生活していこう! 僧侶の方へ 本来の質問でないので、お忙しいと思われますので回答はされなくてもいいです。 もし、もし、お時間があれば感想を伺えたら嬉しいですが‥‥<(_ _)>
8年前に主人を亡くし、私の両親と同居を始めました。 その時は主人を6年半の単身赴任の末の突然死で亡くし、泣くというより現実を受け入れられないまま「もう自分の大切な人を訳のわからないままなくすのは嫌だ」という気持ちだけで一緒に住めそうな家を探して借り、主人の死から2ヶ月後には引っ越しも済ませていました。 そんな風に大切に思っていた両親だったはずなのに一昨年位から母が、昨年位から父も認知症の症状が出てきて、身体的には父が杖を手放せなくなったりトイレが間に合わないことがふえた程度なのですが母の誤認が増えて辛いです。 同じ事を何度も言うのはまだしも、私をわかってくれない、仕事から帰って忙しく食事の仕度をしてるのに「さくらはまだ帰って来ない」とか休みの日に病院に連れて行ってるのに「あれ?いつ帰った?」その直後に「うちの娘はこの頃全然帰って来なくなったよね」とか。 こんなこと認知症の人には当たり前にあると わかっているつもりでも心がざわついて優しく接することができなくなりきつい言い方を したり--- 母の方は「私達はここに居たらいけないんだ」とか言いながらもすぐに忘れていますが私は自分のダメさが忘れられず嫌な気分も引きずり、結局優しくしてあげられず悪循環です。 どうしたらもっと優しくなれるのか、いろんなことを気にせずにいられるのか… 気持ちの切り替えかたでしょうか 教えていただければ幸いです。 長文になってしまいました 申し訳ありません。
これまでも、20代の頃から卵巣の病気があり、検査や手術を続けてきましたが、、そちらは長い経過の末、心配の具合が減ってきました。 とはいえ、不安が高まるとあちこちの臓器が気になり、色々病院にかかったりしています。 このたび、そのついでに乳がん検診受けたところ、予想してないしこりを指摘されました。今のところ、大丈夫そうだけど、悪性の可能性もゼロではないようで、経過観察になりました。 次の予約が1月ですが、とても気持ちがもたないくらい不安定になっています。 そうなると死ぬのは怖くないと思える証拠をさがしてみたり、40までは生きれたのだからいいと思い込もうとしたり。でも自分でコントロールできないことが起こることが怖くて怖くて、居ても立っても居られないです。 そしてこちらのサイトに辿り着きました。時間を見つけて直接のご相談もしたいですが、 まずは今のこの気持ちをどうしたらいいか。どうしたらいいのか、荒波に放り出されたかのような気分で、グラグラと心が揺れています。普通に過ごす時間もあるけれど、こんなことをしてていいのだろうか、わたしは何か現状を変えるためにしなくてはいけないのでは、と考えては、焦燥感でいっぱいになります。 わたしはどうしたらいいのでしょうか。まだ病気と決まったわけではないのにこの状態で、私は果たして今後死に向き合えるのだろうか、とも思ってしまいます。 なお、死が怖いので50まで生きれれば本望と思ったりしていました。父と義母を私の1番恐れてるガンで亡くしたのも、影響を受けやすい私にはきつかったのかもしれません。 何かお言葉いただけますと幸いです。よろしくお願い申し上げます。
いつも相談をさせていただきありがとうございます。 心理学の勉強を進めたいのに、娘の自死によって学びを深めることが苦しくなりました。 プロフィールに載せましたが、3年前に大学の通信課程に入学し心理学を学び始めました。 心に辛さや苦しさを抱えている人に寄り添い共感し支援してあげられるようになりたいと考えてからです。ところが入学直後に自分の娘の問題行動が発覚し自分のための勉強どころではなくなりました。それでもなんとか娘の行動がよくなるように悩み苦しみながら娘に向き合い、わずかずつ心理学の勉強を進めてきました。そんななか娘は1年前に自ら命を断ってしまいました。 娘の死は私に、同じように苦しさを抱える本人や支える家族を増やさないような力になりたいという気持ちを強くさせました。 そんな気持ちで自分の背中を押して学習に取り組むのですが、もっと早くこういうことを知っていたら娘を救うことができたんじゃないか、と思い気持ちが後ずさりをしてしまい、心理学を学び知ることが怖くなってしまいました。 その一方で、やはり自分と同じような悲しい思いをする人を増やしたくない、だから勉強をして役に立てるようになりたい、との気持ちもあります。 ハスノハに投稿される相談やつぶやきを読んでいて、悩み苦しんでいる人に対して「大丈夫!」と声をかけてあげたくなったりもします。 しかし、娘を救えず亡くしてしまった悲しみと苦しみは生涯なくなることはないと思い、そのように自分の心が整っていない人間が他者を救うのは無理なんじゃないかと思います。 気持ちをどのように持てばよいでしょうか。
慢性腎不全の6歳の猫を飼っています。 慢性腎不全は老猫に多い病気ですが、うちの子は2歳で発症し、闘病生活を送っています。 病院に通いはじめてからは体調も安定していたのですが、ここ最近急に悪化してきました。もういつ天国に行ってしまってもおかしくないです。 病気が判明したとき、あと1年もたないかも、とお医者さんに言われ、それからもうずいぶん長い間頑張ってくれたと思っています。それは分かっているし、治らない病気なので死はいつかはくることですがどうしても心の準備ができません。毎日泣いてしまいます。 自分で調べたことなのですが、この病気は最後は痙攣したり発作が起こったりして苦しんで逝くことが多いみたいです。最後まで一緒にいたいとは思っていますが、愛猫のそんな姿を見るのがとてもこわいです。 わたしは学校に通っており、両親も共働きで昼間は猫は家に一人でいます。もしその間になにか起きたら、、と思うと心配で授業にも集中できません。アルバイトも休みがちになり、友人と笑い合うことも難しくなってしまいました。愛猫は病気と闘って苦しんでいるのに、自分が笑っていることに罪悪感すら感じます。 まだ生きているのに死ばかり考えて泣いてしまう自分が嫌です。最後の日が来るまで、どのような心持ちで生活したらよいのでしょうか。拙い文章で申し訳ありません。
昭和初期の演歌というか流行歌の歌詞には浮世(または憂き世)と言う言葉が頻繫に使われました。 輪廻転生が真実となれば、この言葉は重要な意味を持ちます。 輪廻転生即ち心が永久に生き続けるということは、この世に死がある限り心は現世と来世(後生)の二つの環境を持つことになります。 到達が極めて困難な涅槃に依る智慧の完成を除けば、心は二つの環境のどちらが真実の住処であるかと言うことを考える必要があります。 当然死を伴う現世より来世が真実であることは明確です。 そこで現世に憂き世と言う言葉が使われるのだろうと思います。 現実に現世を生きることは大変です。 空気と水は兎も角、食料は殺生を伴うものが大部分です。 五戒にある如く殺生は悪の根源です。悪人でなければ生きることはできません。 しかし生きる為の必要悪ですから、ここから弱肉強食の世界が広がります。 現在の世界情勢の表れもこれが根源でしょう。 死ねば殺生は無くなりますが、心がそのままでは、再び転生が繰り返され、殺生を余儀なくされます。 現世では来世に留まるべく心の修行が必要になります。 これが仏教ではないでしょうか?
つい先日、闘病中でした義父が残念な事に亡くなりました。とても辛い闘病だったと思います。本当によくがんばりました。生き抜いてくれました。私の子供達には初めての人間の死の姿でした。義父が身をもって人間の死を勉強させてくれたのだと感謝しきれない思いでございます。 そして、先週の金曜日に初七日を迎え、ふと初七日頃からはあの世ではどうなるのだろうと思い調べてみました。そこには、初七日で最初の修行が伝えられ(三途の川云々と)そこから7日毎に修行が与えられると書いておりました。 確か私が記憶していたのは、この世が実は修行だという事でした。欲のあるこの世の中でたくさん修行し、そして修行が終わり、あの世に行くと。 なので、義父が亡くなった時には「お義父さん、この世の修行大変お疲れ様でした。あの世で楽しく暮らしていただきたいです」とお送りしたのですが… あの世も修行、この世も修行なのでしょうか? どちらにせよ、優しかったお義父さんが病気の苦しみから開放され、お元気にあの世に逝かれたと信じたい思いです。 よろしくお願い致します。
皆様お忙しい中、目に留めて頂きありがとうございます。25歳女性です。現在私は双極性障害(所謂躁鬱病)にかかっています。 略歴 小学生で受験ノイローゼ 中学生で不登校 高校は週末だけ、あとは寝たきり 大学生は躁鬱病 社会人は躁鬱治療と人生でつまずきそうな箇所は全て躓いてきました。精神的な疾患さえなければ楽しい青春だったのかと思う反面、不登校や引きこもっていたがために学べた事や回避できた事も多々ありました。いつの頃からか自分はこういう「精神的な病」について学ぶ教科書を持って生まれてきたのかな?と思うことがありまさした。みんなが学校に行って学ぶ「国語」や「数学」の代わりに「不登校やうつ病」についての教科書が私には渡されたのかなと。 小さい頃から死への不安感や、かと思うと希死念虜があり、生きていく中で学んだり克服して明るく考えられるようになりました。しかしふと自分の心の中に目を向けると未だに不安感や生きづらさを抱える自分がいました。 もう長い間、精神的な病に振り回されてきました。この教科書に終わりはあるのか、最近は疲れてしまいました。両親にも心配ばかりかけて申し訳ない日々です。楽になりたいです。
ずっと鬱とした気持ちから逃れようと逃れ逃れ逃れようともがき足掻いてきた。今までそう思い生きてきた。そう思ってきた。生きる目的も楽しみも見いだせない。死にたいとただぼんやりと思い生きてきた。しばらく生きてやろう。その間に何かが変わればいい。棚から落ち来る牡丹餅をただぼんやりと待ち潜んでいた。しかしとうとう餅は落ちず月日は過ぎた。そうして今やあの苦しかったはずの憂鬱はぬるま湯に変わった。甘ったれた無気力。もう活力もとうに擦り切れた。かと言ってこうしてここに質問する活力は残っている。憎らしいフェイク野郎。死を盾に生きる人間。かと言って死もしない。憂鬱が去った確固たる安定した精神状態の今気が付いた。憂鬱が過ぎたことに恐れをなす自分がここにいる。いつからか私は無自覚の内、あの陰鬱を心地良く感じていた。気が付いてしまった。あの陰鬱な気持ちが恋しい。恋しくてまた再び陰鬱が訪れてくれまいかと慣れぬ煙を吹かしてみた。しかし、やはりあの陰鬱は帰ってこない。私は何を待っていたのだろうか。私は棚から何が降って来れば満足だったのだろうか。感傷か。果たしてそれさえわからない。わからない。そうして私はものぐさ太郎を思う。 お坊さん方はものぐさ太郎をどう評していますか。
毎日、怒りや恨み、寂しさ、不安などが目まぐるしく押し寄せて辛いです。 具体的にいうと 怒りや恨みは、 過去にネット上などで言われた悪口や当てつけ、愚痴、陰口など兎に角ムカつく言葉が頭の中をぐるぐる回って、それだけでも辛いのに心の中で反論してしまう時もありすごく疲れます。 そして嫌いな人のことをずっと考えてしまいます。考えてる時は相手に死んでほしいくらいに憎悪してしまいます。 「私はこうした、あいつなら……」みたいなことも考えてしまいます。 ネット上で言われたことですから気にせずリアルの生活に集中したいのですが、出来ません。 この怒りと恨みが一番辛くてどうにかしたいです。 hasunohaでのお坊さんたちの回答を読んでも、解消されません。 不安は、 新生活(一人暮らし)への不安、友達がいないことへの不安、精神科に通ってるが無事治るのかという不安から、両親の死、自分の死まで及びます。 頓服を飲んでもすぐまた不安になります。 そして、最近夜になると無性に寂しくなり、人恋しくなって泣いてしまいます。 今は親がいるからいいけれど、いつか親離れしないといけません。 一人暮らしをして寂しかったらどうしよう。と、不安が押し寄せます。 この調子で、怒りや恨み、不安、寂しさが1日のうちにたくさん襲い来て翻弄されてとても疲れます。 春からの新生活になってもこれが治らないなんて考えただけでも気が狂いそうです。 なんとかしたいです。よろしくお願いします。
わたしは昔から親の離婚、一緒に住んでいた祖父の死、お金がないため諦めた進学、進学のために金を稼ぐため働いた職場でのパニック障害の発症、友人の死など… 20代前半なのですが他人より少し濃い人生を送っていると思います。 今までは落ち込んだら終わりだと思い、なんとか生きてきましたが、今になって、自分の人生に絶望しています。 それに加え、最近は身体のどこかしらが体調不良で、心配症すぎて、少しの痛みでも心配になり、毎月病院でいろんな検査をしています。 結果はなんともなく、身体の不安がなくなったとしても、次は過去にやってしまった過ちに苦しみ、心が苦しくなり不安に襲われます。 常に気持ちは不安でいっぱいです。疲れました。 わたしはそのうち大好きな東京で働こうと考えていたのですが、そんな気力も上京できる自信も今はなくなってしまいました。 これといった趣味もなく、何のために生きているのか。心が疲れました。 一緒に住んでる母親もわたしも同じ感じで、家にいても悲しい気持ちになります。 まとまりのない長い文になってしまいましたが、このままだと自分が壊れてしまいそうで、でも自分の弱みを喋れることができない性格なのでここで相談させていただきました。 この先の人生を歩める自信がないです。どうしたらもっと気楽に、考えすぎずに、楽しく健康に生きれるのでしょうか…
何年も前に子供が乳幼児突然死で亡くなりました。 四十九日の法要の日、親戚は法要を終えた後その足で近くで行われていたイベントに遊びに行きました。事前に調べて計画していたと聞き怒りが込み上げてきました。子供の死を軽んじられたように感じました。 その時から、親戚との付き合いが苦しくなってしまいました。 その後また子宝に恵まれ、とても嬉しくて幸せな半面、また死んでしまうのではと不安になっている時に、赤ちゃんが生まれたから、もうの亡くなった子の事は吹っ切れるわねなどと言われ、悪気はなく、良かれと思っての言動とは分かっているのですが、また悲しくなってしまいました。 何年たっても、次の子が生まれても、亡くなった子に対する気持ちは変わらないのです。今でも鮮明に思い出して苦しくて涙がでてきます。 もう何年もたつし、親戚付き合いが盛んな家族なんだから、私もいつまでも執着しないで、わだかまりを水に流せばいいのにと頭では分かっているのですが、なかなか心がついてきてくれません。 なんとか心穏やかに、怒りを手放して、よい距離感を保てるようになりたいのですが、自分ではどうしていいのか分かりません。 どうしたら自分の気持ちをうまくコントロール出来るのでしょうか?
私の様なクズ人間は、どこにも居場所などある筈もなく、心の血を流して、ただ死を待つだけ。 暗くて前が見えない。 景色が灰色に見える。 何もかも破壊してやりたい。、全てが嫌になった、全てが憎くてたまらない。 人など信用するべきじゃなかった。 男も女も、人間という奴は嘘つきだ。 もう、どうでもいい。 どんな真剣な言葉もその場凌ぎ。 皆んな最初だけで、最終的に面倒臭くなるのか、結果的には全部嘘になってしまう。 もう誰も信用したくない、何も理解したくない。 もう死ぬしか方法が無いのかも知れない。 死がもたらす恩恵は大きい。 死んでも、憎しみや悲しみは無くならないかも知れないけど、死ぬ事で、仕返ししてやる事が出来るかも知れない。同じ辛さや苦しみを味合わせてやる事が出来るかも知れない。 生きる事に、何も見出す事が出来なくなってしまった。何かを見出す行為をする事が嫌になってしまった。 今までの人生で悟った事は、私は救われてはいけない存在だったんだという事。 傷付く事に疲れてしまった。 夢など、希望など、そんな綺麗事は自分の中にない事も確認出来た。 嘘つきの蔓延る世の中で、平気な顔して生き続けるのはもうしんどい。 本当に疲れた。 永遠に眠りたい。