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hasunoha 問答検索結果 : 「自分 死 わからない」
検索結果: 2606件

主人の友人が自死しました

こんにちは。悩みがあり、お言葉を頂きたく、相談させていただきます。 先日、主人の友人(Aさん)が自死しました。まだ2週間くらいです。 もう4年くらい連絡をとっていなかったそうですが、主人の落ち込みは相当なものです。病気で身近な人を亡くしても辛いので、その悲しみは理解出来るつもりです。 しかし、それからは毎日のようにAさんのお宅を訪ねています。休日などは夕方~深夜まで帰って来ません。 Aさんのお宅には、奥様、お子さん、Aさんのお父様がいらっしゃいます。また、お墓が近くにあるにも関わらず、お骨も置いてあるそうです。 突然そのようになって、奥様や主人の悲しみは計りしれません。また、そうせざるを得なかったAさんの苦しみも計りしれません。 それは分かっているのですが、「そのようなことがあったお宅」に「お骨がまだある状態」で度々訪問するのが、気持ち悪く感じてしまいます。 そこで聞きたいことは、 49日過ぎていない状態で、(一部の宗派を除き、まだ霊的な存在と言われる状態で)何か悪いことがあるのではないか。 お清めの塩はどのようにするのが効果的なのか。 お坊さんから見て、自然死(老衰、病気など)と自死の違いは何か。 私は主人にどう声をかけ、どのように接するのが最良なのか。 の4つです。ちなみに私はAさんと奥様とは面識がありません。 長くなって申し訳ありません。お考えをお聞かせ頂ければ幸いです。

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“母”

母が亡くなり、4年が経ちました。 私の娘が10ヶ月の時でした。 最近、娘が言います。『○○のおばあちゃんは死んじゃったんだよね?でも、病院行けば居るよね』って… まだ”死“について分かってない娘ですが、毎日病院に行ってたのは覚えてるのかな?ってなんだか不思議な力を感じます。 本当は母のこと自分の娘にたくさん話してあげたいけど、まだ私が母の死を受け入れきれてなくて…あまり話せずにいます。 それでも娘は時々、『○○のおばあちゃんはね』って話を急にします。娘の中でおばあちゃんはちゃんと生きてるんだなって… たった4歳の娘に記憶を残していける母は偉大だなって。 ますます尊敬しちゃいます。 去年二人目が産まれ、母が上の子の時に考えてくれていた名前をつけました。 まだ出産前に上の子に『赤ちゃんのお名前○○がいいかな?おばあちゃんが○○(上の子)に付けたかったお名前なんだけど…』って話たらもうその日からお腹にいる赤ちゃんを呼ぶ時はその名前になっていました。 出産した日、上の子は看護師さんたちに『○○に会いに来ました』って元気良く話していて看護師さんたちも『もう名前決まってるの?』とびっくりしていました。 なんだか母が側にいるような… 下の子は母には会えなかったけど、母から”名前“という素敵なプレゼントを貰えたように思います。 母が娘たちと話したり、遊んだり、これから料理したり…一緒にやってる姿見たかったな…って思ったりしてまた悲しくなって泣いちゃうけど… いつも背中を押してきてくれた母がいるから今の私が居て…娘たちにとっても母みたいな母親になりたいなって思います。 きっと今はおばあちゃん(父の母で母からみたら義母)からの嫌がらせから逃れられて、病気で痛かったのもなくなって、楽になれたのかな? 母にはずっと幸せであってほしいなって願います。

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2024/09/29

トラウマと負の連鎖について教えてください

詳しくは書けないですけど、当時の父の心情や諸々の理由から自死だと私は確信しましたが、でも母と弟は頑なに認めず周囲に不慮の事故死だと説明してました。 生前の父は普段は寡黙でしたが、毎晩家で大量の飲酒をして酩酊状態でコンビニや行きつけの呑み屋まで行こうとしたり(さすがに車には乗りませんでしたが、自転車で蛇行運転して警察のお世話になった事が何度かありその度に私と母が迎えに行って謝りました)、友人や親戚に片っ端から電話を掛け朝方まで長話に付き合わせたりしてました。 それでも、私達に暴力を振るったり仕事を辞めたりしなかったのは不幸中の幸いだと思ってます。ただ、父は最期まで精神科を受診せず、代わりに(?)母と私が通院し、私は通院してた病院が最近閉院してしまって以来、どこにも通えてないですし薬も服用していません。 弟は父がまだ生きてた頃には既に自立してましたし、今は家庭を持ってますけど義妹(弟の妻)とは結婚どころか交際を始めたのは父が死んだ後です。なので彼女は父の事は一切知りませんし、母の介護にも非協力的です。 実は父は自分が亡くなる50年前に大学の同級生が命を落とす現場に居合わせていて、その方とは死因や状況がほぼ同じだったため、葬儀に参列した一部の友人が『あいつは◯◯(前述の若くして命を落とした友人)にこの50年間恨まれ続けてたに違いない。だから◯◯があの世に連れて行ったんだ‥。』とヒソヒソ言い合ってたり、中には母がその事実を知らずに父と結婚したんだと思い同情した人もおりました(何を思ったか、葬儀終了後に母に直接伝えに来たので)けど、母は『そんなのとっくの昔に知ってた。でもその上で私は一緒夫の側にいようと、むしろ自分の愛の力で死にたい気持ちを払拭させてみせよう!と決意したんだから後悔してない。』と、泣きながら話していました。 ですが、それが母の本心だったならあまりにも軽率というか、正直浅はかだなと思いました。 母は加齢と共に希死念慮が年々強くなり、同居する私の手に負えなくなりつつあります。私は独身なので、可哀想ですが近い将来施設に入れる事も考えてます。 浴びる様に酒を呑んで大勢の人に迷惑を掛けて身体も壊して、最終的に親友と同じ死に方をした父は、今度は私や母を道連れにする気でしょうか? 私は別にいつ死んでも構わないんですけど、死んでからもこれ以上母を苦しめるのは許せません。

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人生の目的

“いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。” 太宰治の人間失格の行です。 太宰治と言えば、ネガティブなイメージで捉えられるケースが多く、この行も自死を決断した際の言葉だとも言われています。 でも、僕にはこれが『悟りの境地』なのではないかと思えてしまいます。 最近、『死』を意識するようになりました。 決して自死願望などではなく、自分の人生が良かったか悪かったかを判断するのは、死の瞬間に走馬灯のように自分を振り返る時に、自分自身で判断するものだと思うようになったのです。 だから、今を精一杯生きようと... ただ、それが空回りしたのか、ベクトルを間違えたのか、自分の理想ばかりが鮮明になってしまい、現実が非常につまらないもの・美しくないものに見えてしまい、虚無感に苛まれておりました。 先般の質問に対してご回答を賜り、理想と現実のギャップについて学びを得させていただきました。 ありのままにすべてを受け入れることは、簡単なことではありませんし、それを理想にしてしまえば、また堂々巡りのように自分中心の思考に嵌まってしまう... ここで、改めて質問をさせて下さい。 輪廻転生がないものだと仮定すれば、人は生まれてきて死ぬまでに、どんな意味を持つのでしょうか? 煩悩を捨て、ニュートラルな思考で生きることが最善であるならば、そこには何の喜びがあるのでしょうか? 輪廻転生があるのだとすれば話は別だと思いますが、それを記憶出来ない以上は、敢えて現世の人生の中での部分に絞ってお伺い致します。

有り難し有り難し 66
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