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hasunoha 問答検索結果 : 「自分 死 怖い」
検索結果: 1133件
2023/04/30

失うのが怖いです

初めまして、初めてご相談させて頂きます。よろしくお願いいたします。 私はたぶん人よりも不安を強く感じるタイプです。昨年夏、この世で唯一私を理解してくれる最愛の祖母が亡くなりました。幼稚園の頃は訳あってずっと祖母と叔母を中心に育ててもらったのでものすごくおばあちゃん子でした。 そして、昨年の11月私が生まれて初めて自分で責任を持って飼ったうさぎさんも亡くしてしまいました。まだ、2歳にもなってませんでした。 2人ともきちんとした場所でちゃんとお別れをしました。けど、2人が天国にいってからも思い出さない日はありません。ただ、悲しい思い出し方ではなく、2人に貰った幸せな日々を思い出します。けど寂しさと生前もっとこうできたかもしれない、という悔しさと自分の不甲斐なさに涙が止まらなくなります。 そして、私には結婚6年目のほぼ同い年の旦那がいます。旦那は元々この先あまり長生きしたく無いという考えがあります。それは恐らく幼少期に親に暴力を振るわれ、捨てられ、児童養護施設で育ち弟とも離され、親戚中をたらい回しにされた経験から、この世界に期待をしていない、という意味で長生きしたく無い。となっていると思います。 私と結婚してからはお互い楽しく笑い合ったりして過ごす日々もたくさんありますが、度々、来年までは生きてないかも(自死ではなく病気とかで死ぬかも)ということを言ってきます。昨年2人の大切な人を亡くした私の身としてはそんなことを言われると不安で不安で仕方なくなります。そんな事言わないで、といってもいつも言ってるじゃん、と冗談めかして言ってきますがなんとなく寂しそうに感じてしまいます。 確かに旦那の生活習慣は改めなくてはならない部分が多いですが、健康診断にも6年以上行ってません。行ってほしいと伝えても病院嫌いで行きたく無いと一点張りで困っています。子供を作る、という未来の話もしますが金銭的にまだまだ難しいです。 どうやったら自分の不安症を解決できるのでしょうか。 どうやって旦那に未来への希望があると伝えられるのでしょうか。 旦那への生きる活力をどう私は共有したらいいのでしょうか。 ただ単に旦那がかまってちゃんなのかもしれませんが私個人的にはいろいろと考え不安になってしまいます。 拙い文章で申し訳ございませんが、ご回答頂ければと思います。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 6
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幸せを感じると死ぬのが怖い

以前、死ぬのが怖い、そしてこの世界はなんなのかという質問をさせて頂いた者です。その度に暖かいご回答を頂き、大変感謝しております。ありがとうございます。 ご回答や仏教について、素人ながら自分で調べたり考えたりしております。その中で、やはりお釈迦様のように、この世から執着を無くすということは、死の恐怖や今生きていることの恐怖を克服する上で大切だと考えました。 しかし、この世への執着というのが、日々の小さな幸せを感じるたびに増えて行くように感じています。例えば、今日も家族と暮らせたこと。友人と話したこと。ご飯が美味しかったこと。素敵な景色を見たこと。そのような日常の幸せを噛み締めるたびに、大切な人たちと離れたく無い、なぜ永遠に一緒にいられないのか、こんなに綺麗な景色を死んだら見られない、死んだら「今ある幸せ」が消えてしまうのだ…と、死によってそれを失うという恐怖にかられます。魂を信じてみても、自分の肉体さえ今は愛おしく、離れがたく思ってしまいます。 この世への執着を手放すことと、幸せを感じることは共存できるのでしょうか?死という自己意識の消滅の恐怖は、どういう考え方をすれば克服することができるのでしょうか? 今はまだ、死ぬのが怖すぎて生まれてきたくなかったと思ってしまうことが多いのですが、願わくば、それでも生まれてきてよかったと思いたいです。いつも、どうせ死ぬのに生まれた、最悪だ、と思ってしまうので、恐怖を克服することで、本当に心から幸せだと思いたいです。 乱文で申し訳ありません。御助言を頂けると幸いです。

有り難し有り難し 15
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死への羨望が捨てられません。

ずっと私が考えている事です。 死後人間はどうなるのでしょうか。 私は特に今は鬱とかでもなく、生活に困っている訳でもなく、幸せだと思います。 ですが死に対する強烈な羨望を持ちながら生きています。 理由はよく分かりませんが、人ならざる幽霊のような存在になってこの世に留まっていたい という思いでいっぱいです。 もっと簡略して言うと、肉体を持つということにものすごく縛られている感覚で、 肉体を捨てて自由にこの世に留まっていたいという思いです。 人から認識されないけど自己はあるという状態を寂しいとよく表現されますが、 むしろ個人的には憧れの対象になっています。 生死に対してそこまで拘りがないので、幽体離脱でもかなり羨ましく思います。 ですがなかなかそんな経験は出来ないので結局行き着く所に自殺もしくは生命を全うしての死とあります。 よく自殺は悪いことと言われていますが、苦しい事から逃げ出すという訳ではなく、 死後の世界を想って自殺するのはやはり悪い事なのでしょうか。 そもそも死ぬのは怖いことなのでしょうか。私には輝かしい未来の様に思えます。 私の目的は死にあるので現在生を受けている状態での出来事(楽しみ、苦しみ、憎しみ、愛情、等の感情) というものが、かなり薄く感じます。 こんな変なこと考えているから無気力でつまらない人間と言われるのでしょうか。 死を想ってこの世に生きるのはやはり罰当たりでしょうか。 拙い文章で大変申し訳ございません。 皆様のそれぞれの意見を聞けたらなと思い投稿しました。

有り難し有り難し 35
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死にたくないのに死について考えてしまう

何故だか、死について考えてしまいます。 死を選んでしまいそうで、怖いのです。 私は心療内科に通っており、一人で遠出するのもかなり緊張してしまう状態です。症状が酷いときはお薬を飲んでしのいでいますが、『いい歳して、ろくに外も歩けないのか…』と思うと、苦しくなります。 苦しい気持ちはありますが、私自身、非常に恵まれた環境で生きていると思っています。一度メンタル面で体調を崩し退職したものの、現在はなんとか仕事に就けています。両親も健在。家庭環境や人間関係に困っていることもありません。傍から見れば、何一つ不自由のない生活だろうと考えています。 ですがある時、ふっと頭に『死にたい』という言葉が浮かびました。 自分でも非常に驚きました。年金もらうまで死ねない!なんて思っていたはずなのに。自殺についてなんて、少しも考えたことがなかったのに。 しかしよくよく考えてみれば、私には資格もなければ趣味もありません。なんの取り柄もない人間だと思います。心の奥底では、そんな自分に価値がないと思っている気がします。 決して死にたくはないのです。ですが気分が落ち込んで、今ではうっかり死を選んでしまいそうです。自分がコントロールできなくなるような気がして、恐ろしくて仕方がありません。 自分の中に生と死の2つの考えが頭から離れず、どうしてもソワソワしてしまいます。 私はおかしくなってしまうのでしょうか。どうしたらいいのか分かりません。 生きる知恵、良い考え方を教えて下さい。しっかり生きて、人生を楽しみたいです。 うまくまとめられず読みにくい文章になってしまいました、お許しください。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

父の死

10年前に、大好きな父が胃ガンで亡くなりました。 病気が発症した時にはすでに末期で本人にも告知してありました。唯一の治療として少なからずの延命で抗がん剤治療、あとはひたすら痛みを取ってあげることしかできませんでした。 死期が近くなるにつれ、痛みも強くなり、モルヒネの量も多くなりました。 私は、一人っ子で両親にたくさんの愛情をもらい育ててもらいました。時に厳しく叱ってもらい、時にはたくさん遊んでもらい、自分が大人になっても仲良しでした。 父がモルヒネの量が増えるにつれ、私が毎日、面会に言っても副作用のせいで、誰だかわからなくなってきていました。もちろん、私だけではなく、母にも妻という認識も薄れてきていました。 私は仕事柄、医療従事者なので、父が告知を受けた時から死期をどう迎えるか、どう向き合うか、覚悟はできていました。 ある日、父がモルヒネの副作用で暴れたことが一度ありました。 私の胸ぐらを掴んで、死期が近いとも思えない力強い力で殴ろうとしたんです。 私は、今までそんな怖い父を見たことありませんでした。 もちろん、副作用で私が娘だと認識はもぅできてませんでした。 聞いたこともない汚い言葉を使い、私を罵り、、、 副作用が言わせてると頭では理解できてたけど、やっぱりすごくショックでした。 それが父との最後の会話になり、父は旅立ちました。 10年たった今でも、父が暴れたことが忘れられなくて、本当は副作用ではなく、私に対する憎しみの、表れだったんじゃないかと思っています。 もし、憎しみであれば、わかってあげられなかったことを謝りたいと思っています。 10年の間、ずっとモヤモヤです。

有り難し有り難し 45
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死の恐怖

いずれ寿命、病気、事故で死ぬ時がきますが死後の世界は現世の人の想像でしかないので死ねばおわりとしか思えません。死ねばうまれる前と同じでこの世に存在せず無になるだけという人もいました。 何度か火葬場でたちあいしたことありますが遺骨みると本当にさっきまで肉体あった人だったのにと思え何ともいえない気持ちになりました。自分も死ねばいずれ骨になるとはわかっていても火葬は数千度の高温でやくし嫌だなと今も思います。 日本は国土面積狭いので火葬が一般的ですが土葬できる場所もあり探しましたが管理者の話では白骨化するまで土にうまってるから火葬ほど骨もきれいに残らず土の下は苦しいですよといわれ気分が暗くなりました。猫ぐらいの大きさの小動物を土葬した場合の経過画像が掲載されたサイトがありみましたが人間より小さいのできれいに土に帰っていました。人間はそうはいかないのだろうなと思いますが。家族は皆火葬でいいといってますが私だけ土葬希望した場合一人だけの墓になります。死ぬ時は皆一人といいますが死後墓に一人というのは普通ですか。欧米のように土葬が普通ならかぞくの墓ではなく個々の墓になるので当然ですが日本は家族の墓という考えが普通なので。  多分20年後気がわりして自分も火葬でいいとなれば家族と同じ墓ですがやっぱり土葬希望だと自分で場所探し墓地購入しなくてはならないので先の話とはいえ気が滅入ります。土葬より凍結があればそれがいいですがその制度自体今はないので。 なぜ皆、火葬でいいといいきれるんですか。死ねば感覚も神経も死んでるので熱いわけないんですが数千度で焼くというのが私には火あぶりの刑と同じ残酷なことにしか思えず子供の時からずっと嫌だなと思ってます。 子供の時初めて火葬場へいった時、寒気と恐怖を感じたのを今でも覚えてます。

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