設備管理の仕事をしてると、つい考えてしまう事です。 ポンプ、モーター、配管、電磁弁、ボイラー・・・等 毎日接してると何となく愛着みたいなものも湧いてくるし、 「所詮は機械だから」とも思えてくるし。 20代のころ、工場の中にびっしり張り巡らされてる 配管を見て、「まるで生き物みたいだ」と感心した事もあります。 虫や植物など、生物全般には仏性や魂はある、と考えるのが仏教の 基本的な姿勢だと思うのですが、(間違ってたらごめんなさい) では完全な人工物たる機械にも仏性、あるいは魂みたいなものが あるの・・・? お坊様方はどのようにお考えでしょうか?
数日前、私の一番の宝物だった愛犬(プードル)が亡くなってしまいました。まだ5歳でした。 死因は、父の運転する車にひかれてしまったことです。決してわざとではなく、単純な確認ミスでした。 そして母はその一部始終を見てしまいました。プードルちゃんの小さい体が車の下敷きになる直前の表情からその体が下敷きになって、やがて冷たくなっていくまで、ずっと。 私はその時現場におらず、一報を聞いて急いで帰宅し、遺体を見て触れ、その事実を知りました。 私を虚無感と深い悲しみが襲いましたが、その事実を知り、両親の苦しみを思うと気持ちはさらに混乱しました。 私は少し憤っているのかもしれませんし、自分がその現場にいれば違っていたかもという後悔もあります。 しかし自分より苦しみが深いであろう両親には絶対に気持ちは言えませんし、両親の苦しみがあまりにも深いため、自分が満足に心ゆくまで悲しむことが出来ずにいるような気もするのです。 両親は自分たちが殺してしまったのだとずっと苦しんでおり、その苦しみは計り知れません。 大きな後悔と深い悲しみと少しの憤り、これらを私はどうしたら良いのでしょうか。 そして、なにをしてあげたら亡き愛犬の魂は楽に、幸せになるのでしょうか。 皆さま、教えてください。 よろしくお願い申し上げます。