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hasunoha 問答検索結果 : 「 死 」
検索結果: 6194件

死ぬこともできないです。

希死念慮に苛まれています。 私は恵まれていると思います。 両親、兄弟は健在で仲も良く 友人にも恵まれており 楽しいと思える日も過ごせています。 ですが、数年前から双極性障害と言われました。 元々、根暗だったのを「こんな考え方良くない」とポジティブに振る舞ってきましたが最近では、ネガティブに襲われます。 親友に裏切られたこと 職場でいじめられたこと そこから人間不信になったこと お金もなくやりたいこともできず 生きてる意味ってあるのだろうか と考えても無駄なことを延々と悩んでしまいます。 そう過ごしているうちに 「死にたい」 と思う日が増えてきました。 ですが 「こんなに恵まれてるのに死ぬの?」 「死んで解決するの?」 「周りの人に迷惑かけるし、何より悲しむよ?」 「自分より辛い人はたくさんいるんだよ」 「自意識過剰、悲劇のヒロイン気取り」 と自責する思いと 「ツラい、消えてしまいたい」 「このまま引きこもって誰とも関わらずに朽ち果てたい」 「何も考えたくない、死んでしまいたい」 と自殺願望が 頭で渦巻いて、おかしくなってしまいそうです。 両親・兄弟には言えていませんが 友人は私の精神のことをある程度理解してくれています。 本当に恵まれてると思います。 みんな「大丈夫だよ」と笑ってくれます。 ここでお坊様の皆さまに相談しても、きっと「生きなさい」と言ってくださるのでしょう。 (仮に「死になさい」と言われたとて、動機がなければ死ぬ勇気はありません。) その言葉はとても嬉しい、温かいのですが 生きるのは苦しい、死ぬのは怖い。 その事実はいつも変わらず脳内を蝕むのです。どんな言葉を頂いても、このとても苦しくて怖い、生きながら死んでいるような感覚が消えないのです。 私はどうすればいいか分からない。 死ぬ決定打がないので死ぬことはできないままに、日々希死念慮に苛まれます。 生きることは楽しいこともありますが 基本、私にとって生きるとは苦しいことなのです。 私はどうすれば救われますか。 生きるか、死ぬか どちらを選べば幸せなのですか。 死ぬことに理由があれば死んでしまうことも許されるのですか。

有り難し有り難し 43
回答数回答 3

何十年経っても頭から離れません

はじめまして。 今から20年ほど前、主人が自死しました。 結婚生活10年の時でした。 3人の子供に恵まれ、楽では無いけれど平凡に暮らして居ました。 自死1年前、資金も無いまま、周りの反対を押し切り脱サラし自営を始めました。 毎日の生活に加え借金も増え、夫婦間の喧嘩も増え 夫も帰らない日が増えた頃、突然 夫の自死を知らされました。 訳も分からず事実を受け入れられず途方にくれていると、夫の回りから私への誹謗中傷が始まり地獄でした。 私は貧乏でも良い楽しい家庭を築きたかった。 自身の両親が喧嘩も多く厳しい家庭で育ったせいか、早く家を出たかったので、当時付き合っていた主人と流れから結婚して、今思えば お子さま同士が結婚したようなものです。 主人が無くなった後も私の両親は世間体を気にし、心の支えにはなりませんでした。 そこから私の3人の子供だけの生活が始まり、生活の中でも「◯◯さんの旦那さん自殺したんだって」と噂も耳に入るようになり、子供には絶対 隠し遠そうと思っていたので、いつしかひっそり暮らすようになりました。 遺族年金も無く、主人が残してくれた生命保険も、主人の借金や、それに加え両親の借金まで見ることになり、肝心の子供に何もしてあげられないまま、必死に仕事をしました。 最初は心配もしてくれた友達も、月日の流れと共に疎遠になり、気がつけば20年… 子供も何とか成人し、必死に仕事をしてきた私も、いつしか心が空っぽになり、生きる張り合いを無くし、仕事をしていても怪我や病気が増え、 今も病気で、休職中です。 病死で亡くなった人と違い、正直、主人に対して置いていかれた 捨てられたと言う思いしかありません。 何も知らない回りからは、これからは自分の人生をと言われますが、いつまで経っても自死した夫の事が頭から離れません。 再婚の話もありましたが、とても夫が自死したと伝えられず、このまま私は 子供達に隠し通し あの世まで持っていこうと思っています。 長々と書いてしまいましたが、今の私は生きている張り合いも無く心が弱っています。 これから老後も待っています。 数十年の頑張りの糸がプツンと切れてしまいました。 両親も亡くなり、友達とも疎遠になり、独りぼっちの思いが今になって、フツフツ溢れています。 助けてください。 私に今できる事はなんですか? 長文お許しください。

有り難し有り難し 62
回答数回答 1

死ぬしか道は無いようです。

以前の回答から、働かない道を自分なりに色々と考えて母にも言いました。自分は、物事を人よりも作業が上手く出来ない事や求人のサイトを見ただけで手足が震えて冷や汗が浮かび腹痛が酷い事。でも、やはり「そうか。なら、働かなくて良いんだよ」なんて認めてくれる訳ではありません。「短期のバイトで慣らしていけば大丈夫」それさえも無理なんです。履歴書がビショビショになるくらい手汗をかくんです。「確かに、昔から作業は遅かったけどやり切れてたじゃない」それは、先生が手伝ってくれていたからで、社会には一人一人に先生が付きっ切りにはなれないんです。分かりきっていた事なのに辛いです。 さっきも、包丁を手に取り心臓に当てました。 けど、凄く怖かったんです。初めて死を身近に 感じて手が震えていました。働きたくもない、死にたくもない。今度は醤油でも一気に飲もうかと死の道しか考えられません。楽になれる道ってなんなのでしょうか? 分かってるんです。一歩踏み出して痛いのくらい我慢すれば自分で自分を終わらせられない事くらい。これを書き終えたらもう一度死のうと思います。上手くいくかは分かりませんが。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

会いにきてる?主人に会いたい、、

お世話になります。 主人が亡くなり、まだまだ気持ちの整理がつきません。未だ、仏壇の前に座れないでいます。 子どもがいるので、笑顔でパパの事を話したりしています、子供達も仏壇、お骨の前で挨拶したり語りかけたりしています。 フッとした時に、線香でもない、なんともいえないにおいがしたり、ん?と気をつけてにおおうとすると、においがなくなってたり… 亡くなった時のにおいといいますか… これは、主人が会いにきてるんですか? 子どもも、いきなり、ん?なんかパパのにおいがしたー!と言います。 私がまだ、くよくよしてるから、安心して成仏できてないでここにさまよっているとか?… 後は、お盆や、命日には、私達の1番近い場所にきてくれてるといいます。 ですが、亡くなったら、私達の近くにいる、そばで見守っているといいます。 亡くなったらいつでもそばにいてくれるものではないのですか? 亡くなったら、あちこち、好きなとこに行けるものなのですか? 自死でなくなっただけに、今頃後悔だらけで、笑顔で過ごしてる子ども達を見て、たまらなくなって、まだまだ安心どころか、ウロウロ、なってしまってるのではないか…と考えています… 主人の死を、まだまだ整理できません…

有り難し有り難し 29
回答数回答 1