私の家は、所謂「本家」になり、私はその長男となります。 私の実家や、現在の私の住まいの近くには、先祖から続く墓があり、私は両親から「墓を守っていってほしい」と言われ続けてきました。 私は結婚しており、2人の娘(長女は中学生、次女は小学生)がいます。 私の正直な気持ちを申し上げますと、将来、長女又は次女が婿を迎え入れ、墓を継いでくれれば一番だと思っています。 しかし、このことについては、妻が反対しています。 墓を継ぐために子供たちの就職先等が縛られ、活躍の場が制限されるのは絶対に嫌だというのです。 私は、両親からの言いつけもあって、事なかれ主義的な気持ちで、娘に婿を迎えるのがベストと考えてきましたが、妻の言うこともよく理解できます。 昨今においては、女性天皇、女系天皇の問題をよく耳にします。私の家は、地方都市の中流家庭で、皇室に準えることができるような立派な家柄ではありませんが、この問題を我が家に置き換えてみますと、娘に婿を迎え入れて墓を引き継いでいっても、無意味なのかなという気持ちにもなってしまいます。 私は、このことに非常に頭を悩ませており、時々一人で墓参りに行っては、お墓に向かって謝っています。 そこで質問なのですが、墓じまいというのは、御先祖を思えば、絶対にやってはいけないことなのでしょうか? また、そうすることで、御先祖の怒りを買ってしまい、私は死後も御先祖に顔向けできない存在になってしまうのでしょうか?教えて下さい。お願いします。
先日、年忌法要の為に帰省したのですが、そこで受けた説法が今も引っ掛かっています。 その説法とは『身内葬で済ますのは不幸なこと』『親族の傲慢』といった内容で、 (忘れようとしているのか)細部まで記憶していませんが、とある事情から恥ずかしながら非常に怒りを覚えました。 その事情とは、年忌の前日に別の親族が亡くなり、事情から親族だけの葬儀にしていたからです。 つまり、その説法と亡くなられた親族が被ってしまい、 『なんて身勝手なことを言うのだろうか』という怒りがあったのだと愚考します。 ただ、親族の代表として向かった手前、怒りを堪えたものの、未だにお坊さんが唱えられた話が引っ掛かっています。 身内だけの葬儀は悪いことでしょうか?確かに親族や友人、知人を呼んで大きく葬式を行うのが一般的でしょう。とはいえ、それが絶対かというと腑に落ちません。 また、説法を行ったお坊さんとは今後も顔を合わせることになるでしょう。 その時にどう顔を合わせたものかと思うと、辛いものを感じます。 (今は説法に対する怒りの感情というより、疑問が凝り固まっているような状態です。) 不躾な文ではありますが、ご教示願えればと存じます。 余談ですが、出来れば浄土真宗本願寺派のお坊さんのアドバイスを頂ければ幸いです。 もちろん他宗の方のお話もお聞きしたいです。
お世話になります。 娘が亡くなって3ヶ月。お墓が建ったので納骨をすることができますが、それが近いからかホンとに実感させられる気がして辛いです。 明るくいられたり、でも急激に甦りたまらなく寂しく苦しくなります。 家族で写ってる写真を見ると存在していたんだと思うのに苦しくなります。 何も考えなくても思いだしますが、自分の意思で最期の姿を思いだしたりします。 苦しいのに。 いつか、この気持ちから解放されるのでしょうか。 苦しいじゃなく笑って思い出せるときが。