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「運命・見えない力・霊」を含む問答(Q&A)一覧

2025/06/07

家族が立て続けに亡くなり怖い

初めての投稿です。 拙い文章ですが、よろしくお願いいたします。 1年間で続けざまに家族(祖母、猫2匹)を3人失いました。 去年の夏に猫を1匹、2週間程前に祖母、昨日猫を1匹亡くしました。 皆平均寿命以上生き(祖母に関しては104歳の大往生でした)、特に不自然な死というわけではないのですが、あまりにも立て続けに起きる死に対して不自然さや、次は誰が…という恐怖を感じずにはいられない状況です。 この手の話は全くの無知で見当違いでしたら申し訳ないのですが、例えば死者や他の何かが生者を連れて行ってしまうことなどはあるのでしょうか? 私自身も幼少期からずっと病気が治らないこともあり、何か良くないものに憑かれているのだとしたら、一度お祓いなどをお願いした方が良いのでしょうか? また、考えれば考えるほど何かに結びつけて考えてしまい、不安が膨らんでしまいます。今年数十年ぶりにお寺へ初詣へ行けたのですが、何故か境内の墓地や誰もいない山道に引き寄せられ降りられなくなって怖い思いをしたり、翌日インフルエンザに罹って治療が何ヶ月も長引いたりと、初詣の日に何か怖いものを連れ帰ってしまったのだろうかとか、そこで買ったお札に失礼があったのではないか(一度貼って剥がした際にお札が少し破れてしまいました)、緊張で頭が真っ白になりお釈迦様にきちんとご挨拶ができなかったことや、長年お墓参りに行けないこと、祖母の遺体を母がスマホで撮影したこと、仏教ネタのお笑いや音楽を観ていることなど、あの時あれをしたからこれをしたからと関連付けて考えてしまい、不安に押しつぶされそうです。 何か原因があるのか、不安になる必要はあるのかということが知りたいです。 お忙しいところ大変恐縮ですが、どなたかお坊様にご回答の方頂けましたら幸いです。 大変お手数おかけいたしますが、何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 2
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2025/06/01

地獄での過ごし方を教えて下さい

自分は極悪人の様なので死後、地獄に堕ちます。 今も苦しいですがネット情報によると地獄はそれ以上の苦しみを最短でも1兆年以上服役しなきゃならないらしいですね。 途方もない時間ですが自分は人間界に相応しくない生き物なので頑張って地獄で生活しようと思ってます。 これは余談ですが昨日、地獄の夢を見ました。 自分は薄暗い洞窟の様な場所に居て目の前には魔物さえも近づく事を恐れる線路(恐ろしい何かが通過する所)に立ってました。 自分は地獄から抜け出す為に線路の先にあるトンネルに走ろうとしますが中々辿り着けず恐ろしい何かが警笛を鳴らして走ってくるので素早く安全な所まで逃げました。 逃げ遅れた人達が居たのですが彼らは恐ろしい呻き声を挙げて苦しみ出します。 夢はここで終わりました。 以前から自分は人からよく嫌われるし憎まれ口も叩かれるので薄々、極悪人の自覚はありました。 虫も沢山殺したし、嘘もついたし、悪口も言ったし、今思い返せば人が嫌がる様なちょっかいも出しました。 他にも恐らく自覚してないだけで悪い事をしてるでしょう。 そんな極悪人の私が地獄に堕ちるのですが地獄で生活する際の心得、或いは模範的な生活の仕方があれば教えて下さい。

有り難し有り難し 23
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2025/05/14

今の平和は嘘。だから何もかも虚しい

例え何かを為そうとしても、何か努力をしようとしても、自分の人生を生きようとしても、いずれ戦争ですべて奪われます。だから、何を感じるのも苦しい。ずっと泣きながら生きています。 そして、死んでもまたこの世界に生まれてしまいます。自我とは物質的肉体に付随するものでしかありませんし、極楽浄土なんてフィクションの産物にしかすぎません。確かなものは死と絶望と残酷な営みだけです。もしも極楽浄土が本当に存在するならば、この世界中で起こっているありとあらゆる残酷な環境の中に生み出される命に説明がつきません。どうして、戦地や過酷な独裁国家の中に、まだ人は生まれ続けるのでしょう。いつかの自分がファーストペンギンとしてシャチに食い殺される可能性は、この世界が終わるまで永遠に付きまとい続けます。 だから、この人生も、今の平和も、「人類」という営みも、何もかも束の間の嘘でしかありません。この世界の本質は、破壊と暴力と残酷な営みだけです。私達は死んだ後、更に過酷な環境の中に産み落とされる覚悟をしなければなりません。そして、強制的にもたらされる死はもう目前にまで迫っています。 存在しているのが辛い。物質的存在から逃れられない自我が辛い。脳科学的に言えば極楽浄土なんて信じるのも難しい。なぜなら、超常的上位存在なんて本当は居ないからです。あるのは残酷な物質的営みだけ。 ・物質的世界や自我や人類の営みなどといったものは、全てが偶然の産物でしかない ・必然性や何かの意図が介入していないということは、どこまでも無秩序で残酷になるということ ・それでいながら、結局は物質世界から逃れることなどできない。死んでもまた他の生き物の感覚器官が「自分」になるだけ だから、ありとあらゆる平和や慈悲やぬくもりが嘘のように感じられ、「どうしてこんな世界じゃないんだ」と苦しくなります。愚かにも、嘘っぱちな温かいものを望み、「これらが尊ばれる世界であるべき」などと思ってしまいます。その度に、残酷な真実との落差に苦しくなります。何を為すのも、希望を持つのも苦しい。死ぬことで物質的世界から「本当に」解放されるなら、安心して生きられるのに。 どうして極楽浄土を信じられるのですか。こんな残酷な世界で。私は悪くない。世界が悪い。だってこの世界は本当に残酷だから。慈悲や幸福よりも破壊や暴力や不幸の方がずっと大きくて強い世界。

有り難し有り難し 19
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2025/04/16

日々避けられない殺生を償いたい

生きていると殺生を完全に避けるのは難しいかと思います。 現在、動物達に生きている間も苦しみをもたらす構造への反対の意味を込めて、食べるものだけでなく身につけるものも含めてヴィーガンの生活をしています。 だけど植物ももちろん生きています。苦痛というテーマに対処するにはヴィーガニズムは妥当だと思われるのですが、殺生への対応が悩ましいのです。 私が精神的に参っていた時に、周囲の人々に私を個人として尊重して貰えたことがとても嬉しくて、自分も愛情ということを大切に生きていきたいと強くおもいました。 だけど集約畜産の話題を通じて日々の避けられない殺生について考えた時、大きな矛盾を感じるようになりました。 私には帰依してる宗教はありませんし、霊能力もありませんが、スピリチュアリティのことは大切に思っています。 なので、私の願いとしては、殺してしまうという、あまりにも莫大で取り返しのつかないように思われることについて、殺されたいのちも助かるようなことがしたいのです。 殺されたいのちにも救済はあると、実感出来る瞬間に出会いたいのです。そのような世界であって欲しいし、そうでないなら近づいて欲しいです。(煩悩でしょうが、諦めたくないのです) 年末に神社の大祓式にも行きましたが、木を切り倒して作っている切麻を振りかけるところが自分に合わず、自分で儀式を設けて定期的に行えばいいのではとも思うようになりました。 季節の変わり目ごとに自分で身を清めてから献血に行くなどしてそれを行うつもりです。 でも、上のことも全部自己保身なのかなとか、殺されたいのちに救済があると考えること自体事態を軽く見てて、甘いのかな、ということも考えてしまいます。 でもこのままは辛いです。いのち達についてそんなのあんまりじゃないかという気持ちもあるし、夥しいほどの殺生を死ぬまで避けられない自分も汚れてるのかななどと思ってしまいます。 ベストを尽くしたいですし、誇りを持てる自分でありたいです。 殺されたいのちと、自分自身に対して、どう向き合うのが誠実で、愛なのか、ご助言を頂きたいです。 建設的なものに集中したいので、できれば、厳し目のお言葉は控えていただければありがたいです。 また、もし霊の見える方がいらっしゃって、日常的な殺生について何か視えたことやお考えなどありましたら、どうぞお聞かせください。

有り難し有り難し 13
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2025/04/12

もう夢でしか会えない愛猫

長くなります。読めるところだけで大丈夫です。 昨日、誕生日を迎えて25歳になりました。 個人的に、今までで1番悲しい誕生日でした。 3月末日に愛猫を亡くしました。 初めて保護シェルターで出会った時に『絶対にこの子にする。』と予定には組み込まれていない形で彼を引き取りました。 一昨年、胆嚢炎で1ヶ月に2回の開腹手術を行い成功し元気に走り回るくらいに回復しました。 母親は、彼が死ぬかも、と勿論心配していましたが私は 『絶対に大丈夫、死なない』と謎の自信があり、母親と猫を支えました。 今年3月、猫が体調を悪くし当日に病院へ。 原因は分かりませんでした。 この時、自分の『大丈夫』という一昨年の自信はありませんでした。 それでも彼を信じなくてどうする。頑張れ、でも、頑張りすぎなくてもいい 彼を抱きしめて声をかけました。 広い草原、緑がさぁーっと広がって、かけっこし放題、お花もあるかも、涼しい風が吹いてる。 小麦畑もいいね、貴方は白茶だから、かくれんぼしよう、と心や声に出して伝えました。 それから2日後、私は彼の息遣いを眠りつつも確認 呼吸音が落ち着いた頃に起き上がり「おはよう、元気?」と声をかけました。 その時、いつも挨拶してくれるように大きな声で鳴いたあと 一段と呼吸が荒くなりながら立ち上がりました。 運んであげようとまずはトイレへ、するとそうじゃないのかまた自分で動き出し 太陽の差し込む窓辺で、家族が見守る中息を引き取りました。 まだ、書ききれない思い出もあります。 私は、彼の死を辛いと思わず 捨て猫の時の苦しい環境から、私たちに引き取られ、幸せな天寿をまっとうしたとポジティブに、また会おうねと気持ちを切り替えました。 ですが、体は正直なもので涙が止まらなくなったり タイトルの通り、夢では彼を失う事をとてつもなく悲観的に悲しみ 虹の橋を渡った彼に私の未練で心配を掛けてしまわないか、そんな自分が嫌です。 勿論、散々悲しみました。彼が亡くなった時、行かないでとも呟きました。 悲しむことは悪いことでは無いことを理解はしています。 ですが、ペットロスがとてつもなく 持病の鬱などにも影響してしまい そんな私を亡き猫は、心配してないか、苦しんでいないか、心配です ここまで読んでくれてありがとうございます。 もし良かったら、ちょっと慰めてくれると幸いです。

有り難し有り難し 3
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2025/03/18

彼が死んだことを知りました

7年付き合った彼氏が亡くなりました。たぶん自殺です。彼は仕事とお金のことで悩んでおり、年々状況は悪くなるばかり。私もできる限りの支援はしたつもりです。 彼は会う時間が作れない分、LINEや電話を欠かさず、けど私は常にひとりぼっちな感覚を感じ喧嘩ばかり。一年前に私が仕事が忙しくなると、彼を受け止める余裕がなくなり、気づけば私から連絡することはなく、彼の連絡に気のない返事をする日々が続いてました。これまでも一緒に暮らす話をしたことはあり、今年に入ってからも話し合いました。いろいろ簡単にはいかないと…一向に進まない態度に描く未来が違うと強く感じ、その1週間後にこの人とは暮らせない、価値観が違うと強く思う出来事もあり、彼も私の変化に気づいたのか、今思えば彼も少し様子がおかしかったことだけ記憶してます。ただ私に相手を思いやる気持ちがすでになかったのでしょう。その夜のLINEも、数日後の電話にも素っ気ない態度を取り、何を話したか覚えていませんが、最後に明日の午前中に電話するねと言った声だけ鮮明に覚えています。それから一切の連絡が途絶え、私もどこかでそうなることを望んでいたし、彼を支えるつもりがないなら連絡🟰復縁しちゃダメだと思っていました。また彼から付き合い始めた頃に高級時計を貰っており、それが今年亡くなったお母様の形見だとつい最近知ったので、気持ちの整理ができたら返してケジメをつけようと考えてました。それから一ヶ月半、彼のことを考えない日はなく、今週の日曜日は突如彼の会社のことが気になりました。そこでGoogleで検索すると最後の電話の翌日に亡くなった事実を知りました。そして喪主が妻で、既婚者だったことを初めて知り、私に親戚のおばさん、姪っ子と話す人が妻であり、娘だったと思います。またこの事実を知った日は四十九日でした。いろんな感情が入り乱れ、泣き疲れましたが、彼が嘘をついていたことを謝りに来たように思え、彼は仕事もお金も私生活も八方塞がりで、現実逃避を私に求めてたと思います。彼のことは好きです。彼の決断は私が引き金かもしれませんが、私が想像できていた以上に人生が八方塞がりで、そこから解放されたなら、よかったのかもしれません。これは都合のいい考え方でしょうか?嘘よりも私を愛してくれた事実を信じたいです。お彼岸に彼の一人暮らしの家を訪れ、供養してくるのはアリですか?

有り難し有り難し 9
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