弱すぎる意思をなんとかしたいです。
自分は小さいころから嫌なことから逃げがちな性格でした。中学生の頃までは親の監視があったので、「やって当たり前のこと」はできていました。
しかし卒業後、普通校ではなく高専に進学して親の目から離れた寮生活を送れるようになってから、今まで触れることすら禁じられていたテレビ、PC・スマホでのネットやゲーム、漫画などの娯楽にどうしようもないほどどっぷりとのめり込んでしまいました。
結局留年した挙句一年前に自主退学し、今は通信制の高校に通っています。
本来であれば大学一年生の歳なので、中学からの友達はみんな大学に進学しています。
自分だけ置いて行かれるような気がして、親に頼み込み塾に行かせてもらうも高専時代の自堕落な生活が治らず、すぐやめてしまいました。
就職・専門学校という道もありますが、はなから自分じゃ続くわけない(実家に戻ってから一年間バイトをしていますが、これで一生食っていくなんて絶対に嫌だと思っています)とか、将来の稼ぎがどうの、大卒じゃなければ周りの目がどうのと勉強すらできないくせに偉そうな言い訳で前に進みません。
もうそんな悠長なことを言っていられる時期ではないことは分かっているのですが。
何でもっと早く動き始めなかったんだと自分でも思います。振り返ってみれば大きかったことから小さかったことまでそればっかりです。
お前はやればできる、○○高専に受かるだけの実力があるんだからと皆励ましてくれます。
両親は三人姉弟で家計も苦しいのに大学や塾の費用を全額出してやると言ってくれています。
それでも、いざやるとなったら途端に手が止まり、現実逃避に必死になり、最後には自分を客観視して散々自己批判を繰り返し、自己嫌悪に陥ってしまいます。馬鹿みたいですが治せません。
ゲーム機や漫画本は叩き壊し、あるいは破り捨てて処分しましたが、意志の弱さは変えられていないです。
未だ何かに本気になったことも、恋愛したこともありません。それなりの稼ぎのもと結婚し家庭を持つという中学生の時からの将来像からは(情けないことに自ら)遠ざかる一方です。
今後どの道に進むとしても、意志の弱さを直せなければまた挫折するでしょう。
なんで他の人が当たり前にやれていることが、自分にはできないのか。理由が分かりきっているだけに辛いです。やはりただの幼稚な甘えなのでしょうか。
有り難し 16
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