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「生き方・心構え」を含む問答(Q&A)一覧

気持ちの切りかえができません

私は大学生で、ある部活に所属しています。私が思う理想の大学生活はさまざまなことにチャレンジ出来る、といったものでした。 サークルではなく、部活動ですので週に4、5日は活動しています。当初は、勉強も部活もアルバイトも、たまに友達と遊ぶ…等、自分なら全部出来ると思って入部したのですが、周りと比べて技術的に劣っていることや時間的な制約など、悩んでいるうちに部活を辞めたいと考えるようになっていきました。 何度か辞める意思を部員に相談し、伝えました。毎日悩んで、辞めようと決断したのに説得されて引き下がってしまいました(つまり、続けることにしました)。 私は今まで何かを中途半端で辞めたことはほとんどありませんでした。だから今辞めたら絶対後悔すると思いました。今まで自分なりに頑張ってきたことが無駄になると思いました。 でも、他にやってみたいことが出来なくなっているのも事実です。 この2つの思いが消えず、未だにもやもやします。そして、続ける決断をしてしまったがために、また辞める相談をすることもできないと思っています。 自分なりに考えて結論を出したのに、くよくよしてしまう自分が嫌いです。気持ちをぶらさずに一方向に向けるためには、何を心がければ良いのでしょうか?

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「赦す」ということについての質問

宗教・宗派を超えて、聖職者・宗教指導者は異口同音に「人を赦せ」といいますよね。 私も、ここで別件で質問させていただいた際、御回答いただいた師から、やはり加害者を赦すようにと御指導いただきました。 理論上・理屈上、理解できますし、私に御指導していただいた師の御指導道理に努力します。 しかし・・・・・ ふと思いました。 犯罪・不正・いじめ・暴力・嫌がらせとかをやったヤカラを赦した際、これらのヤカラが、自身が課外をやった被害者から赦されたことによって、自分のやった悪行を自覚し、悔い改め、反省し、更生するのであれば、赦し甲斐があり、赦す意義があるというものでしょうが、反省もすることなく、まだ悪行を続けている場合は、いったいどうなんでしょうか? 仏陀は、赦しを受けても悪行を続けるガンダダ(『クモの糸」に登場する悪人」)みたいなヤカラを、どう御覧になっているのでしょうか? 以前別件で相談させていただいた、私に三年間にわたって嫌がらせ・侮辱し続けたヤカラは、いまだに私に対して一切謝罪・弁解・弁明も30年経ってもしてきませんが。 私の件はさておき、赦してやった者が、悪行を続けているということを、僧侶の師の各位は、仏教的・宗教家的見地から、いかがご覧になられているのでしょうか?

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生きていくことが恐いです

はじめまして。 どうか相談させてください。 一昨年、私は中国内モンゴル自治区にある大学に留学のため行きました。大学からの入学許可をもらいビザを取り、問題なく入国しました。 ところが現地で居留許可を申請する段階になって、手続きの方法を学校側が把握しておらず、私はビザがあるにも関わらず不法滞在になりました。 学校の留学担当者に、入国してから1ヵ月以内に許可申請をしないといけないことになっている、1ヵ月を過ぎているが問題はないのか、何度も言いましたが、問題ないという返事しかしませんでした。 役所では、学校側の落ち度なので、今後の滞在は許可する、罰金は本来1万元だけれども3000元にするなど配慮してくれました。 当の留学担当者は、こんな決まりがあるとは知らなかった、と言っていました。 さらにその後、大学からビザの再取得が必要と言われ、日本に帰国しました。 しかし約束とは異なり、ビザに必要な書類を学校が送ってくることはありませんでした。 中国にいた一年間、したい勉強はできず、ひたすらいくつもの役所に行く毎日でした。不法滞在が決定したときは、取調室で拘束椅子に座らされました。 私は衰弱しました。 日本に戻ってからうつ病を発症しました。急に日本に戻ったため、充分な就職の準備もできず、本望ではないアルバイトをしていますが、生活は苦しくなるばかりです。 人を信用することができなくなりました。 もっと正確に言うと、理性は信用していいと言っているのに、一方では、また騙される、裏切られると言う気持ちが出てくるのです。その葛藤が苦しいのです。 このまま生活苦と不信と不安の中で生きていくことは、恐怖です。毎日、毎日この恐怖に押し潰されそうになります。 どうやったら乗り越えられるでしょうか。 追伸 内モンゴルで見たチベット仏教のお寺、タルチョーやハダグはとても美しかったです。

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どう生きるべきなのか

初めて質問させていただきます。 私が小学生の頃、学級がほとんど機能せず授業もままならないという状況だったことが一年間ありました。 いじめはなかったのですが、クラスの中に先生に反抗し授業中に抜け出したりお菓子を食べたりと何かと問題を起こす生徒が居て、先生もそちらの生徒にあたってしまうため授業ができなかったのです。 その頃から私は自分で自分の髪を抜くようになっていました。 当時は自分でもわかっていなかったのですが、今考えてみると、そんな状態にあったクラスの中にいて我慢をしていた自分が嫌で訳が分からなくなっていたのかと思います。 そして数年経った今でもそれは治らず、何回か髪を剃っては生えてくる髪を抜き、剃っては抜き、の繰り返しです。 自分が甘いことはわかっています。家族に迷惑をかけていることもわかっています。ですが、成績も中途半端、性格もどんくさい私はなにをやっても上手くいかず、そんな自分が嫌で悩んでいると無意識に抜いてしまいます。 自分が生きる意味も存在価値もないような気がしているのですが、自分から命を投げ出すようなことはできません。 生きたいのに生きれなかった人もいるんだと思うと、その方達に申し訳なくてそんなことできないからです。 私は将来やりたいことが沢山あるのですが、その職業で食べていけるのかと考えるとなかなか難しいこともあり、一つに絞ることができていません。将来が真っ白です。 この不安を持ったまま生きることが最近辛くなってきています。 どのような思いを持って生きていけば良いのでしょうか?

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満足することと欲、向上心、自衛について

こんばんは。またよろしくお願いいたします。 私は仕事、プライベート問わずに満足感が続くことがあまりありません。 例えば仕事がうまくいった、友人と楽しい時を過ごしたなどその場ではとても満足感があります。 しかし家に帰り冷静になると「まだまだ、あの仕事ができていない」「あの店はよくなかったな」など悪かった面を思いつきます。 ここまではよくあるかと思うのですが、、、私が自分自身おかしいと思うのは、例えば悪い面がなかったときでさえも悪い面をあえて見つけ出そうとする癖があるのです。 想像でものを言い「実は裏でこうだったに違いない」など悪く考えます。 楽しかったな、良かったなで1日を終わればよいのに。 あえて悪い面を見つけるのは、もっともっとと満足感をほしがる欲深さなのでしょうか。 またはもっと上を目指す向上心のはじまり、または満足感を得てその後の不幸を怖がる自衛の気持ち、浮かれないぞといった警戒の気持ち、いったいなんなのでしょうか。 いずれにせよ、あまり自分にとってプラスにはならないような考え方の癖かと思っています。 (向上心ゆえの癖でしたら、別の方法で向上心を持ち続けたいです。せっかくの満足感をあえて壊す自分がよく分からないです) お坊さまがたからぜひアドバイス、ご意見いただけましたら幸いです。 この自分にとってマイナスでしかない癖の原因をさぐり、なくしたいとおもいます。 よろしくお願いいたします。

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