2022/06/24悟ると諦めるの違いは何か。
質問失礼いたします。
行く先先で虐待、人間関係、ブラック企業と色々ご縁が続く私でございます。
代わらず嫌な出来事は多く目の前にあり、
夕飯の支度をしながら
疲れたな、死んでやろうか。
などと思うこともありますが、
まあそれも無駄だな、と思いながらなんとかストレス回避をしながら楽しみをみつけて毎日過ごしています。
過去のトラウマはだいぶ歳のせいか痛みを覚えてくる事は減り、まるで他人の事のようになってはいますが、周りを助ける経験や知識として生かす事が出来るようになってきています。
そんな最近の趣味が、
人と議論することや、
思考実験的な小説を書く事なのですが、
仏門を題材に小説を書きたく思い、
悟りと諦め、
または悟りとは何なのか、が気になっているのですが、説法頂くことは可能でしょうか?
仏門が目指すところは、
楽しく生きて死ぬための基本的な知恵だと思っています。
本を読んだりしてはいるのですが、
お恥ずかしながら、今回書こうとしているのは家が寺の為そのまま住職を引き継ぎ、
まだ自分の目指すものの先が見えず悟りとは何かと悩むおそらく浄土真宗の僧侶の話です。
(浄土で救われるなら、生きて頑張る必要はないのでは?ととんだ浅はかな考えを持っている、若い住職です。)
寺を訪れにくる人たちの過去の虐待経験や家庭の問題を受け身で聴き、俗世を憂う話です。
お坊様達は、痛みだらけの世の中をどうかんがえていますか?
痛みばかりでも、人生捨てたもんじゃない、と思いますか?
できれば、このような経験を自分がした事がある、というお坊様のお話もきければと思います。
過去の事は過去、自分も他人も許し前を向く、というようなことをしてみても、やはり古傷はいたいです。
悩みではなく質問になってしまい申し訳ありません。
宜しくお願い致します。

有り難し 31

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