2023/10/07諸行無常、生きている人の心のあり方
亡き母は、ある事業を運営していましたが、まだこれからという時にがんがわかり、あっという間に亡くなりました。
子供の頃から情熱的に活動していた姿を見てきたので、どんなにか残念で、悔しかったことと思います。
私はすでに他の仕事をしていたこと、また、子供個人の幸せを願ってくれましたので、事業は継がず無くなりましたが、母の情熱、精神は忘れることはできません。
それから数年経ち、その経験は、自分の新しい仕事に活かしています。
いましんどく感じているのは、その業界でいわばライバル的存在だった事業が活動をしていることです。
その関係者とは、もと協力関係にありましたが、トラブルがあり、仲違いしました。気に入らない利用者は満足に面倒をみない等、自分勝手な事が多々ありました。
不誠実さを糾弾すれば、足並みを揃えないほうが悪いと。貸したものも返してもらえないままでした。母は不毛な争いを避け、思いやりを大切に、最後までこつこつ活動を続けました。
真面目に取り組んできたほうは追いやられ、力尽きてしまい、ずるいあちらはなぜいい思いをしているんだろう。そう感じてしまいます。
今でも時々夢に出てきて、むなしく思います。
利用している方々は悪意はないのでしょうが、付き合えるということは、自分勝手な人の集まりなのかも、と感じます。
事業に関わった多くの物品、思い出の品々も、捨てられず、そのままです。利用している方々のためにお譲りして、使っていただけたらとも思いましたが、あちらにお渡しするのも考えられません。
この気持ち、思い出、思い出の品々、
受け入れ方、消化の仕方、なにか手掛かりになるお言葉をいただけますと幸いです。
有り難し 8
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