2022/06/22これも偶然という名の巡り合わせでしょうか
こんばんは、風涼です。先日はご助言を頂いてありがとうございました。
昨年の末に母が亡くなりましたが、その二ヶ月前にコロナ禍による退職と
なりました。おかげで寄り添う時間にかなり恵まれて、また少しでも楽に
なればと思い購入した空気清浄機も、最後の一日だけですが見せてあげる
ことも出来ました。早目に届いたおかげです。
それと普段の呼出しブザーもその日に初めて鳴らなくなり、原因を調べる
ために、家族がより多くの会話を交わすことが出来ました。意識を失って
倒れた瞬間も、父親に支えられたまま苦痛を訴え、抱かれながら心停止を
迎えました。あまりに恵まれた巡り合わせに、今でも感謝しています。
あれから半年以上経ちましたが、地元の石川県珠洲市では先日地震があり、
自宅の方は幸い震度2で済みましたが、余震で仏壇の花立が倒れてしまい、
同じ床の間に飾ってあった、母の写真立てに水がかかったようでした。
パタンと倒れた写真立てに水が溜まり、台紙などがその大半を吸い込んで、
床の一部が濡れただけで済みました。花の方も傷みはありませんでした。
水をぶっかけられてご立腹かもと思いはしつつも、守ってくれたのかなと
嬉しく思ったりもしています。
当時は、やはり終末期のことばかり浮かんでいたのですが、今では自分が
子供の頃のことまで、思い起こせるようになりました。後悔や悔いまでも
肯定しながら過去にしてしまうのは、生きていくための防衛本能として、
決して悪いことだとは思いませんが、寂しくもあります。
不安とは違うと思いますが、心の落ち着きどころとして、何処を目指せば
良いのだろうと日々、考えたりもしています。母の生きた足跡は私や家族、
親族や友人達のこれからに、少なからず影響を与えると思います。
正直に申し上げれば、信仰心の自覚もない私が、仏壇に手を合わせるのは
自己満足に過ぎないと感じてもいますし、顔を洗って歯を磨くことと同じ、
ただの日常になってしまってはいないかとの思いはあります。今はまだ、
自問自答して行きたいと思ってます。
また取り留めもない話で申し訳ありませんが、写真立ての話も不思議な
巡り合わせに付け加えたいと思い、ご報告させていただきました。何か、
少しでも伝わるものがあれば幸いです。ありがとうございました。
有り難し 4
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