hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

問答一覧

バツイチ子持ちの彼氏

はじめまして。 何かお知恵を貸していただければという思いで質問させていただきます。 私の交際半年程の彼氏はバツイチでふたりの子どもがおります。親権は元嫁ですが養育費と面会の義務は果たしています。 出会って1年程、両想いの状態で過ごしました。汚い言葉を使うとセフレの関係です。そして、小さなきっかけから、ずっと隠していたことがあると彼から元嫁と子供についての話をされました。そのあと、そんな俺で良ければ付き合って欲しいと。 無理だと思ったのでその場で断ったのですが、彼のことが好きで過ごしていた時間のことや未練などもあったので、結局彼に丸め込まれる形で交際することになってしまいました。 彼は不器用なりに私にしっかり好意を向けてくれているとは思います。一緒にいて居心地がいいです。しかし、そんなことも霞むほど彼は考え方が甘いと思ってしまいます。 私は付き合う前から結婚や出産の願望があることは話していました。 彼は離婚したばかりだからそんなことまだ考えられないと言います。 私は、好きだけでやっていけるほど甘くないし、子供のことも元嫁のことも受け入れられないので、私にはあなたの恋人になる資格がないから別れて欲しいという話を交際が始まっても度々しています。 しかしその度に彼は子どもがいたら恋愛することもダメなの? などわけのわからないことを言います。好きだから一緒にいたいと思うのもダメなの? 俺とはすぐ別れたいって話をする程軽い恋愛感情だったの? などと言われるたびに呆れて物も言えなくなります。 彼は私のことを1番に考えて不安にしないように頑張ると言いますが、そんな漠然とした話ばかりで具体的な話を避ける彼に対して怒りと嫌悪感を感じてしまいます。 休日はネットの質問など見て、子持ち男性の後の女性に対しての厳しい意見や除け者にされるのが当たり前といったような厳しい意見にひたすら泣いてしまいます。 最初は面会に対しても激しい嫌悪感がありましたが、今は考えることも疲れ、どうでもよくなってしまいました。 肝心な話からは逃げ腰な彼とこの先一緒に過ごしていける自信がありません。ですが彼がしっかり自分たちの問題に向き合って意見し合ってくれるのなら、自分も別れずに頑張ってみたいという気持ちもあります。 私たちが少しでもいい方向に進める道はあるのでしょうか。 ご意見くださいますと幸いです。

有り難し有り難し 15
回答数回答 1

疲れるという気持ち。

いつもお世話になっております。 お忙しいなか読んでくださり ありがとうございます。 前回の質問の ママ友とのトラブルから 何日かたちましたが、、 いまだに、ふと、、 SNSのストーリーのことをはじめ、 ママ友から言われた 繊細でSNSの反応が大変だとか、 気をつかうとか、 細かい言葉じりを気にして疲れる。 とか、 たまに思い出しては。 私は人を疲れさせているのか。。 申し訳ない気持ちと 疲れるのは、全て私のせいなのかな?と 悲しい気持ちになることがあります。 まわりの目を気にして上手く話せない日もあります。。 私も、ママ友が困っていたとき、 話をきいたり、気をつかったり、疲れてしまうことがありました。 疲れを感じても、あまり気にしないようにしていました。 そして、言葉じりという言葉は私は正直よくわかりません。 ですが、人間誰しも言葉は気になるものなんじゃないかな。。 繊細なところがあるんじゃないかな。。 疲れさせてたところが あるのは申し訳ないですが、 そこまで言わなくてもいいのにな。。 お互い様なんじゃないかな。という思いです。 これ以上お互い傷ついたり喧嘩をしたりは防ぎたいので、 本人には自分の思いは伝えていません。 そして、 疲れる気持ちは自分の気持ちの問題もあるんじゃないかなぁ。と 思いますが、、 疲れるのは人のせいなのでしょうか? 自分の気持ちのせいなのでしょうか? ママ友にはとても助けられることもあり、感謝していますが、 良くないご縁だったのでしょうか? 質問だらけでごめんなさい。 考えすぎて、何度も文章修正して ごめんなさい。 よろしくお願いいたします。 この御時世、お坊さんも大変なのに、 いつも読んでくださり 心より感謝しております。

有り難し有り難し 20
回答数回答 1

あの時死んでいればよかった

私は元々活発で明るくて目立つのが好きな普通の女の子でした しかし、小6の頃いじめにあいその頃から変わりました 元々家庭環境もあまり良くなく酒癖の悪い祖母と暴力的な母で首を絞められることも多々ありました それでも母も祖母も大好きで金銭的に支援したいと常々思っています 中学生になってからいじめがさらに酷くなり、いつしかネットに逃げるようになりたくさんの男性とあまり良くない形で会うことが増えました 自分でも良くないとわかっていましたが自己肯定感を補うため、寂しさを紛らわすために会ってしまってました リスカ、ODなどの自殺未遂も繰り返しました 三ヶ月前まで2年7ヶ月付き合った彼氏がいました 私は10代半ば、相手は30代でした。 出会い方もあまり良くなかったですが他の方と違ってとても良い方で大好きでした 私がネットの男性と会うことを辞めさせてくれて心の拠り所、私の帰る場所になってくれてちゃんと親と向き合ったり高校に入学する勇気もくれて、私をちゃんとした人間に戻してくれた方です しかし、やはり人間なので性格が合わないところが出てきて毎日一緒にいるので喧嘩することも多くなりお互いがお互いに適応できるように努力して私は苦手だった掃除や家事ができるようになりました 自分で言うのもなんですが中学生の割にだいぶ頑張ったと思っています そんな中彼氏の浮気未遂を見つけてしまったり元カノとやり取りしているのを見つけてしまったり最後の1年は本当に色々ありました その度に泣きながらやめて欲しいと言って別れる雰囲気になっても私はその人が大好きだったので嫌だと泣きながら縋りました 私の中では結婚するつもりで努力して1回も裏切ることなく尽くしました 束縛をしてしまう性格だったので時間をかけて直していました そんな中アルバイトを探しているという方と会いその方にバイトを求めて近くのカフェで面接を兼ねた話をしに行きました。その方に事情を話すうちに彼氏の酷さを実感しました 浮気未遂や潔癖症や収入、彼氏が原因でのリスカに関して色々聞いているうちにあぁ、彼氏はダメだなと思いました それで色々あってその話を聞いてくれた方と付き合い彼氏と別れました しかし、その方のことが本当に好きなのかわからなくなってもう頭の中がぐちゃぐちゃで自殺未遂をした時に死んでおけばよかったと後悔してます 辛いです 文字数が足りなくて、、

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

感興のことば第26章13の内容について

仏典についての質問です。 正式に仏教の知識を学んだこともありません。 己の体験と仏典を照らし合わせて仏道に勤しんでいます。 浅学でお恥ずかしいのですがお答えいただければ幸いです。 感興のことば第26章 安らぎ(ニルヴァーナ)の13です。 僧侶であればだれでもが親しんでおられる仏典だと思われます。 「13 ①前にはあったが、そのときには無かった。②前には無かったが、そのときにはあった。③前にも無かったし、のちにも無いであろう。また今も存在しない。」の内容をお知らせください。 個人的な一考察ですが、 ①「前にはあったが、そのときには無かった」とは、 A:前には「認識している私」という意識があったが、そのとき(=安らぎ)ではすでに「私」というものは無い。 B:前には「渇愛」があったが、そのとき(=安らぎ)では「渇愛」はない。 ②「前には無かったが、そのときにはあった。」とは、 前には「智慧」は無く「無明」であったが、そのとき(=安らぎ)には「智慧」があった。 ③「前にも無かったし、のちにも無いであろう。また今も存在しない。」とは、 前にも「魂」は無かったし、のちにも「魂」はないであろう。また今も「魂」など存在しない。  という勝手な考察ですが、お坊さんの体験された内容をご伝授いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 17
回答数回答 3

分からない自分

自分には、今少し気になる人がいます その人は同学年で、知り合ってから三年目になる友人なのですが、実際自分はその友達のことをどう思っているのかよくわからない状態です 最初あったときは、かわいらしい人だなとは思いましたが恋愛対象とはなりませんでした 最近2人でご飯を食べたりする機会があって、そのときに少しいいなと感じ始めました 一緒に過ごしていると、はしゃぐようなかわいらしさがある一方で自分の中でしっかりとした考え方を持っていたり、話しているうちに自分の考え方や価値観に合うんじゃないかなと思うようになりました 恋愛するとしたら、自分は性格や価値観を重視する方で、一緒にいる時間が長くなってからでないと判断できないタイプなのですが、三年目になってしまうと正直自分の中で今さら感が出てしまっています 今では仲が良く信頼できる友達の一人でもあるので、今のままでもいいと思う自分がいる一方で、このままでいいのかと思ってしまう自分がいるというのも事実です ですが、後者の自分は曖昧すぎて全くわからない状態で、自分はいったいどう思っているのか、何をしたいのかという整理がつきません それに、例えば一歩踏み出すとしてもこれまでも関係性が壊れてしまうのではないかと考えてしまったりしています 自分はいったいどうすればよいのでしょうか、かなり抽象的で長い文となってしまいましたが、なにか一言よろしくおねがいします

有り難し有り難し 14
回答数回答 2

占いを信じすぎてしまいます

こんばんは。 私は昔から周囲の人の意見や何の根も葉もない占いなどの言葉を信じてしまい、流されるように生きてきました。 特に今悩んでいてご助言を頂きたいことは、占いを信じ過ぎてしまう自分についてです。 2年ほど前に友人に、当たるとおすすめされて無料の占いサイトで「あなたの人生占い」のようなものを占いました。 私の結果はグラフで「2021年にかけてが貴方の人生にとって最も幸せな年で、そこから歳をとるにつれて徐々に運気は下がって行く。」とありました。 私は現在22歳ですが、どの占いでも「23歳頃(2021年)が貴方の人生にとって最も恵まれる年です」とあります。(運気が下がっていく。とあったのは最初の占いだけです。) そしてその、来年を過ぎたら私の人生はどんどん悪くなっていくのか…という思い込みがどんどん大きくなり、悪い未来を想像してしまい、これからの未来がとても恐ろしいです。 占いで外れることもありました。当たることもたくさんありました。 ただ、こうやってすぐ占いを信じてしまったり、これからの人生を悪いほうにイメージしてしまったり ネガティブな自分をどう変えていけばいいかと思い悩んでいます。 これから悪くなっていくんだ と思うと「これからの未来なんてどうせ悪いんだし、自分が何か学んだり真剣に取り組んだりすることは無意味なんだ」と思い込んでしまいます。 自分の人生できることならば、色々な経験をし色々学んだり、自分の一生懸命になれることに真剣になって楽しく生きたいです。 他の質問でもかかせていただきましたが、今まで生きてきて今年になり初めて本当の自分を見つけました。ですが 土台となるべきこれから生きていく意志すらも、そのモヤモヤで埋め尽くされます。 このモヤモヤした考えを手放したいです。 こうなってしまうのも自分の弱さや無知故だと思います。ですがどうしても自分1人の考えでは乗り越える為の解決策が見つかりませんでした。 どうかご助言、よろしくお願いします。

有り難し有り難し 38
回答数回答 3

悟りを開くと、余計苦しみが増しませんか?

こんにちは。 色々と、仏教を学ばさせて頂いています。 ここの所、少し不思議に思うのですが、仏教の目指す境地は自他同一!との事。 自他の区別を無くして、他社の悩み苦しみもわが事のように受け止めるのが仏教者の理想との事。同事、とも言う言葉も知りました。 しかし、他人の苦しみもわが身の事として受け止めてしまうと、苦しみに押しつぶされるのではないでしょうか? テレビやラジオをつければ、やり切れないニュースが流れます。 児童虐待で子を殺した親、親に殺された子。 災害で一夜にして家族全員を失った者。 世界中で終わらない紛争に翻弄される人々。 もっとも、不幸な事だからニュースになるのでしょうが。 Happyな事は、滅多にニュースになりません。 悟りを開いた仏菩薩なら(実際に居るとして)、世界中のニュースを 居ながらにして知れるので、もうそれは大変な苦しみだと思います。 私自身「もうたくさんだ!」と言う思いでテレビやラジオを切ってしまう事もあります。 人の苦しみを受け止めきれずに、目をそむけてしまってます。 仏教者失格だな、と自分で思います。 悟りを開くと、心の安らぎが訪れると言いますが、逆に世界中の苦しみが我が身に降りかかる思いではないでしょうか? 悟った人、あるいはそれに近づいている人は、このような事実から目をそむけず、自分も苦しみに埋もれない為には、どのようにしているのでしょうか? 抽象的な質問ですいません。

有り難し有り難し 18
回答数回答 2

今の医療に対する、お坊さまの願いは?

先日、ある外科医が、自分が患者となり、手術を受けた時の恐怖や不安を記した記事を読みました。 私は、自分が勤めている病院で全身麻酔の手術を受けたことがありますが、その外科医のような恐怖や不安は全く湧いてきませんでした。 執刀医を信じていたから、とかではなく、常に、いつ自分が患者側になってもいいよう心掛けていましたし、いつ患者側になるか分からないことを自らに言い聞かせながら働いていましたので、「ついに自分の番が来たか」というぐらいにしか思わなかったのです。 しかし、やはり「手術」や「全身麻酔」に対する恐怖や不安は、現役の外科医ですら感じるぐらいなので、他の患者様たちの中では、相当大きなストレスになっているのではないかと思います。 私は、出来ることなら何でも相談して欲しいと思っています。 どんな些細なことでも構わないので、自分が納得出来るまでとことん質問して、少しでも患者様の心から、恐怖や不安を減らしてもらえればと思うのですが… やはり、躊躇ったり、言い出せずにいるのではないか?と思うのです。 患者様に親身に寄り添うこと、普段から信頼関係を築いておくこと、気軽に話し掛けられる雰囲気でいること、私自身の実体験をお話しすること、など工夫していますが、そうしたところで、まだまだ恐怖や不安は拭いきれないのではないか?と思うので… お坊さまがもしご病気になり、手術を受けることになったとしたら、医療従事者側にどのようなことを望みますか? どのように接していけば、少しでも安心感が得られると思われますか? 普段から精神を鍛えていらっしゃるお坊さまでも、やはり人間です、医療に対する不安感や不信感などはあるのでしょうか? 今の医療に対して、医療従事者に対して、どのような思い、希望を抱いていらっしゃるのでしょうか? 今後の参考にさせていただきたく、質問させていただくことに致しました。 もし、何か具体的な不安等がありましたら、お答え出来る範囲内ですが、お答えしたいとも思っています。 宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 33
回答数回答 2