hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

「老病死」を含む問答(Q&A)一覧

最愛の母が死去しました。

母が亡くなって2週間ほどになりますが、毎日毎日後悔し、泣いてばかりいます。 母の写真・服はもちろんデイサービスで塗った塗り絵、使っていたポータブルトイレ等を見た時や運転中、仕事中等でふといろんな場面の母の姿を声を思い出しては泣いてしまいます。 そのうえ父は面倒くさがりで嫌な言い方ばかり。私の盛り付けた食事にケチをつけてばかりで嫌気がさし情けなさで涙が出てきます。毎日のように喧嘩しています。 母は9年前に脳出血で入院し、その時はほぼ後遺症なく退院できましたが約一年後脳梗塞で入院し車椅子生活を余儀なくされました。それでも家に迷惑をかけまいと一生懸命頑張ってくれました。そんな姿がとても愛おしく、また子供の私が言うのもなんですがとってもかわいいんです、(通院していた8年の間ですが2回知らないおじいちゃんにいきなり「いい顔してなさる」と言われたことがあります。)いい歳してマザコンと言われると思いますが。そんな母に毎日甘えてしまっていました。 しかし今年4月中頃体調が悪そうだとデイサービスから連絡が来て早退させてもらって病院に連れて行きました。1週間ほどして胆嚢癌が見つかり体力の様子を見ながら入院して1カ月と2週間ほどたってから手術をし、それなりにうまくいったらしいのですが、肺や腎臓が思った以上に悪かったらしく術後たった2週間でこの世を去ってしまいました。手術後しばらく泊まり様子を見ていたのですが意識はないままでした。 亡くなる前日の右目だけうっすら開いていたあの時の姿が頭から離れません。 「手術は嫌だよぉ」と泣いていた母の気持ちをしっかりと考えなかったばっかりに。 母の体力を過信したばっかりに。 先生に提案されるまま強めの麻酔に変えたばっかりに。 そもそも手術なんて強く勧めたばっかりに母を死なせてしまったと只々後悔し、悔やんでも悔やみきれず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。 毎日毎日母に早く連れて行ってとお願いしています。そのくせ自殺する勇気もなく、ますます情けなくなります。 今までは母がいるから、母も頑張っているからと自分も頑張ってきましたがその母がいなくなってしまった今あんな父しかいないこの家で、この気分で職場でとてもやっていく自信、気力がありません。 甘ったれているのはわかっているつもりですが…毎日辛く悲しいです。この先どうしたよいのでしょう。

有り難し有り難し 1447
回答数回答 2

背中の病気について…

この間、学校の内科検診で背骨のところで引っかかってしまい病院で精密検査をしてもらってと言われさっき病院に行ってきました。 そしたら「脊柱側弯症」が進行していると言われてしまいました…去年もその前も内科検診は受けましたがその時は何も異常はありませんでした。 この病気は左右の肩甲骨、肋骨が左右の高さが合ってない病気と説明されました。 僕の今の状態は25度くらいみたいで40〜50度までこのまま進行すると手術を考えないといけないと言われました… とりあえず紹介状を書いてもらったので来週、専門の大学病院に行って相談してねと言われました。 確かに思い返してみれば僕は走り方が変で左右、非対称な走り方になってました。 ただ原因は判明してないので何が悪いかはわからないと言われました… そして治療法は手術までいかなければ装具をつけて矯正して治療することになると言われました。 僕は手術を受けたことがなく、とても不安で怖いんです…自分の体にメスを入れられて開かれるなんてすごく恐ろしくて嫌です… 傷口も大きいのかなど色々と考えてしまいます… 診断された時はがんを宣告されたみたいにすごくショックでなんで僕が…と思いました…泣いてしまいました 幸いにも今はそこまで進行してないので良かったですがもしこのままいけば避けられないと思ってます… それに僕の家はとても貧乏なので手術なんて保険とかが効くのかも分からず家族の負担になってしまうことも心配です… まだ中学生なのでわからないことだらけです…どうかこんな僕にアドバイスを下さい…よろしくお願いします

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

父の急死で複雑な気持ちと後悔

長くなりますが宜しくお願い致します。 先日、父が他界しました。 原因は脳幹出血でした。医師によると、脳幹出血が起きた場合殆どの人が即死で、手術も出来ないそうです。 父が亡くなった場所は不倫相手の家でした。何年か前、私は父とご飯に行く時、なぜかその相手もついてきていました。それからいつも父とご飯に行く時は、その人がいました。 うちの家族は、父の1度目の不倫とDVで崩壊していました。母は父が恐怖の対象となり、何度も離婚届を渡しては殴られていました。そして仲裁に入った私も、父に殴られていました。 そして母は、私たち兄弟を守るため、もう父を相手にしていませんでした。 2度目の不倫を知り、私も父が恐怖の対象であったので何も言いませんでした。その人を初めて連れてきた時も『何がしたいんだこの人は…』と思いましたが、私が家を離れていたので、私が発言したことで母に何かあったらと思うと怖くて何も言えませんでした。 そんな父が突然死んでしまいました。私たち家族は、たまにしか帰って来ない父だったので実感もなく、悲しみよりも今までの怒りが込み上げていました。 しかし不倫相手とその子供は、悲しみに暮れ終始泣いていました。職場の同僚なので普通に葬儀には参列していましたが、その態度があまりにも図々しく腹立たしくなってきました。 父と不倫相手のことを思うと、どうぞ葬儀に参加してください、と相手に言ったのは私ですが、やはり子供としての気持ちもありずっとモヤモヤしています。 そして父に対しても、モヤモヤしています。母と離婚する気はなく、不倫相手と一緒に過ごし、どういうつもりだったのか。『帰る場所がなくてこの人の所にいる』なんて私に話してきたけど、自分で居場所をなくしておいて、なぜ母に辛い思いをさせ続けたのか。死に場所もなぜ相手の家なのか。相手の人は、なぜ一度も母に謝らないのか。 素直に父が居なくなって悲しいと思えません。不倫相手にも毎日イラついてしまいます。勇気を出して父と2人で、家族の今後を話しておけばよかったと、後悔もしています。 毎日、そのことばかり考えてしまいます。また、急死というのを目の当たりにし、母や弟、旦那・子供にもその可能性があると思うと寝付きが悪く不安になってしまいます。 助けてください、宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

病気治療の先には

私は、肺癌になっており、リンパに転移し手術も、三度しました。五年生存率は、ほとんどないそうです。それでも、家族と、共に頑張って、生きるあがいて、あがいて、生きるみちをとりました。だが、また、転移してしまい、今、抗がん剤治療、放射線治療、してました。子供が、四人いて、一番下の子が、小学生一年生なのです。いくら頑張っても、突き落とされる気持ちです。これからも、頑張って、あがいて生きる道をとりますが、神様がいるならば、なぜ私達家族に、何度も試練そして、命がとられそうになるのですか?津波も、経験しました。死んでる人が瓦礫とともに、埋もれて、その前を、歩いて仕事先から帰り子供は、頭に怪我、二人の子は、学校に取り残され、自衛隊とともに、迎えに行き、命があったから、幸いでしたが、震災のとき、お金を強奪してる人間、震災を、仕事上で喜んでいる人間を、たくさん見ました。私達家族は、そんな人間じゃなく、頑張って生きてます。神様は、みてくれてますかね?私は、家族を、誰にも渡せません、私が、元気になり、仕事で、汗水たらし、私が大きくしたいのです。どうか、私にかわり、神様にお願いしてください。私がいないと、ご飯が食うのも、大変です。どうか、十年、元気で、仕事する身体をください。生きる努力してます。家族とともに、いさせて、私が、私の力で、育てたいのです。

有り難し有り難し 98
回答数回答 3

夫を突然失いました

約1か月前、ひき逃げに遭い、夫は突然帰らぬ人となりました。「いってきます」「いってらっしゃい」「バイバーイ」これが、主人と私、そして1歳の娘との最後の会話となりました。 夜11時過ぎ、警察の方から「ご主人が道に倒れていて怪我をしており、意識もないので救急車で運ばれました。今から病院に行っていただけますか?」と言われ、私は、飲みすぎて転んじゃったのかな?という程度にしか思っておらず、「ご迷惑をおかけしてすみません。すぐ行きます。」 と答えて、娘を連れて病院に行きました。 すると、何やら慌ただしい雰囲気…聞くと、「事故に遭ったようだ」と。 それからバタバタと手術室に運ばれ、私と娘は待合室で待っていました。 事態の深刻さに気付いたのは、手術室から戻った主人にICUで面会した時。たくさんのチューブで繋がれ、血だらけでした。 そして、主人の意識は二度と戻ることなく、次の日の朝息を引き取りました。まだ30歳でした。 それから、通夜や葬儀など気持ちの整理もつかないまま過ぎて行きました。なぜこんなことになっているのか全く理解できず、心と体がバラバラになっている感覚で、頭がぼーっとしてただただ涙が溢れ、最後まで主人にすがりついて泣きました。 まだよくわかっていない娘は、「おとうさん、ねんね〜」と言いながら無邪気に笑っていました。それを見てまた、涙が止まらなくなりました。 その後、主人をひき逃げした犯人は逮捕されましたが、それで主人が帰ってくるわけではない…心にはポッカリ穴が空いたまま、何もする気になれません。 たくさんの方からお悔やみの言葉をいただき、「娘さんのためにもしっかりね、頑張ってね。」 と言っていただきました。ありがたいです。 でも、「娘がいるからこそ、父親である夫にはいてほしいんです。娘の笑顔が支えにもなるけれど、それを見てさらに苦しくなるんです…」 という気持ちになってしまいます。 これから先、どうやって生きていけばいいのか…娘は心の支えであり、主人が残してくれた宝ですが、それでもやっぱり辛いのです。苦しいのです。消えてなくなりたくなります。自殺しようとは思いませんが、主人のところに行きたいと思ってしまいます。 この苦しみとどう向き合っていけばいいのでしょうか?

有り難し有り難し 161
回答数回答 4

夫の死

去る3月22日夫が自死いたしました。 あれから80日近くたち、涙は枯れてまいりましたが、日々彼に対する罪悪感、己への嫌悪感は増すばかりのような気がいたします。 私が、彼のいう事にもっと耳を傾けていたら、なぜ彼は一人で出てゆかなかったのだろう? 生きてくれさえすれば・・・ どう泣きわめこうが、謝ろうが反省しようが、もう彼はこの世には居ない。解っているのです。 49日が過ぎるころから、自死念慮は収まったように思います。 が、人生の希望が見えないのです。 何もやる気がおきないのです。 これではいけないと、こちらで拝見した、井上貫道老師の坐禅会にも参加致しました。カウンセリングも受けています。自死遺族の会(築地本願寺は気分がすぐれず、伺えませんでした)も参加してみようとは思っております。  はやく普通の生活を営めるようにしなくてはと思っているのですが、なかなか思うようにゆかず、まだ、彼の亡くなった家へも立ち入ることが出来ません。 また、長時間の外出は気分が悪くなってしまい、ついつい引きこもってしまいます。 どうしてよいのか解りません。 また納骨のことでも気がかりがあります。 それは、また次回お尋ねいたします。 脈絡のない文章で済みません。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

母に痩せてもらうべきでしょうか

実は父と母を殺そうとしたことがあります 母は私を妊娠しているときにぽてちやケーキなどを食べて 急激に体重が増え、椎間板ヘルニアになりました。 そのことが原因で今では95キロになって車いすです。 ふとったことが原因で脊髄の2か所目がつぶれてしまいました なぜ殺そうとしたのかと言うと、父親が自分で立てなくなった母を 「太りすぎだよ!!」と毎日怒鳴っていたからなんです 父が怒鳴るのがいや、家が汚いのもいや、風呂場のカビとかがとても 嫌になって、毎日温泉にいっていました。 今は包丁持って警察に保護されて、措置入院を半年して、退院しました。 私も10キロ太ったのでダイエットを一緒にしていますが、 私のダイエットが終わったら母のことはあきらめてしまいそうです。 母のことを今でも父は怒鳴っています。 やっぱり痩せさせたほうがいいのでしょうか? 本人に痩せる意志はないようです。 父が怒鳴ってても幸せに自発的になる気持ちをもてばいいのでしょうか?それとも痩せさせるのも介護の内? 父親が怒鳴るのがいやなら、痩せさせて、あとは天命に任せる方が気楽にいられるかもしれません。 でも、痩せても歩けないかも

有り難し有り難し 17
回答数回答 1

人や自分の死の受け止め方

先日祖母を亡くしたことで相談させていただいた者です。 その節はありがたいお言葉をいただき、何度も何度も読み返しては涙を流しております。 本当にありがとうございました。 祖母の死をきっかけに、死について考えるようになりました。 死は決して避けられないものであるということ、そしてその期限はわからないということ。 誰にも確実な明日はありません。 明日どころか、1秒先もどうなるかわかりません。 もし両親が突然亡くなったら…もし自分の家族が突然亡くなったら…しばらく会っていない祖母でこれだけ悲しいのだから、もっともっと悲しいにちがいない。 でもそんな日は突然ではないかもしれないけど、いつか必ず来る。そのとき私は耐えられるだろうか。 今でも祖母に会いたくてたまらないのに、これ以上の悲しみに耐えられるだろうか…と、ふとした瞬間にこんなことばかり考えてしまいます。 突然の別れに後悔しないようにと、どれだけ回りに尽くしたとしても、必ず後悔や悲しみの感情はあると思います。 尽くせば尽くすほど、悲しみは倍増するのかな…とか。 それに、私自身にも必ず死の瞬間がきます。 そのとき私はどんな感じなのだろうか、少なくとも私の家族や友達は悲しむだろうな…少しでも回りの人の悲しみを和らげるために、遺書というものになるのかもしれないけど、手紙を残しておいたほうがいいのかな…とか、私はどんな死に方をするんだろうとか考えてしまいます。 まだ祖母が亡くなって日にちが浅いからかもしれませんが、毎日このようなことを考えてしまい、一人では何の解決もできず、もやもやしっぱなしです。 この前教えていただいた、後悔を感謝の思いに変えることや供養の行いについても私なりに考えさせていただいているのですが、その答えを見つけて、人や自分の死を受け入れて生きていくのはもう少し時間がかかりそうです。 先日も同じような質問で本当に申し訳ないのですが、こちらでしか相談させていただけず、またこちらにお邪魔してしまいました。 お忙しいところ、とりとめのない長文で本当に申し訳ありません。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1