hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

「仏教・お坊さん」を含む問答(Q&A)一覧

2026/06/20回答受付中

得度後の修行って、どこまでが修行???

https://hasunoha.jp/questions/77732 上記の質問の続きです。 師僧の人間性は相変わらずですが、金が無いという事を告げると飲みに行くという事は無くなりました。また、訪問の度にお布施を求められる事も無くなりましたが、本山に収める費用や時間を割いて教えて頂いているという事もあって、毎月1万円を自発的に包んでいます。 代償行動とでも言ったら良いのか、その代わりに雑用が非常に増えました。 ・5ヘクタールを超える敷地の清掃。 ・寺内部の清掃。 ・日曜礼拝に来て頂いた方への飲食提供、法話の原稿叩き台作成 ・地域の慈善活動への参加 ・商工会議所への参加 ・ホームページ、インスタ、YouTubeの管理 ・会計処理(自分が今まで包んだお布施は会計に入っていない… 脱税???) ・葬儀業者との打ち合わせ ・住職のスケジュール管理 清掃については檀家さんも手伝ってくれるので助かっている部分はありますが、お寺に行った時だけ拘束されていた時に比べて「自宅でも出来る仕事」が増えた事で、プライベートの殆どを犠牲にして尽くしている感じです。 肝心の宗教的な部分の修行や作法などについては「今はYouTubeという有難いモノがあるから(笑)」という感じで、YouTubeやCDが師僧という感じです。 出家して寮生活とかならば自由な時間は殆ど無いのでしょうから、そういう状況に比べれば家族と過ごせてスマホも使えるという部分で相当恵まれていると思います。 料理人の修行みたいに、最初は雑用から始まり、師匠の姿を見ながら数年間学び、そのウチに賄い食を任され…みたいに、最初は読経すらもせずに延々と雑用をこなす期間があるのでしょうか? 昔、永平寺の修行僧についての特集をTVで見た時に「修行僧には給料が出ないが、法衣・法具の費用という名目で小遣い程度のお金は貰える。」という内容を見た気がしますが「お布施は払うが金銭は貰えない」という様な状況は一般的にはどうなんでしょうか? 望んで得度を受けたというのと金銭的な心配が無くなったという事で、気持ち的には大分晴れやかな感じで現在の生活が苦だとは思っていませんが、他の方はどうなんだろう? このままで自分は教師免許を取れるのか?という部分が気になり質問させて頂きました。

有り難し有り難し 21
回答数回答 3
2026/06/21回答受付中

自分の生活は仏教的に正しいの?

障害福祉サービスの相談支援専門員をしていて、行政の相談員も兼務しています。 相談業務に異動になった事で高いソーシャルスキルを求められる様になり、自分なりに色々と努力して、辿り着いたのが「仏」という存在でした。 ・自分が無力な存在であると認める。 ・相手の悪い部分にばかり目を向けず、必ず良いところもあると認める。 ・相手が自分と真っ向から対立する意見を言っても一旦は受容する。 ・相手の行動に苛立っても「自分の思い道りに動かない」という事に対するエゴであると認識する。 ・どんな事があっても怒らない。 ・毎朝、お経を唱え線香をあげる。 ・礼拝、法話、法具磨きなどに参加する これらを実践する事で「入社したばかりの頃はヤクザが入ってきた様な威圧感があったけど、最近は変わったね」と言われる様になりました。 しかし、いつもニコニコして人間関係を円滑に進めるだけの生き方が「仏教的に正しい生き方なのか?」という疑問が沸いてきました。 僧侶の方というと「いつも寄り添って話を聞いてくれる」というイメージがありますが、時には怒ることや自分の主張を通す様なエゴも必要なのでしょうか? ご回答よろしくお願いします。

有り難し有り難し 13
回答数回答 3
2026/06/18回答受付中

浄土真宗 大谷派の僧侶になりたい!!

修験道に興味があり、山伏的な実践を続けながら、真言宗の僧侶になりたいという思いを何年も抱いてきました。 社会人として働きつつ、自分なりの信仰を続けてきたつもりです。 そんな中、ある法要で出会った浄土真宗 大谷派僧侶の方のお話を伺い、「すべての人を必ず救う・仏の絶対的な力にお任せする」という他力本願の考え方こそ、自分が福祉の現場で支援している方々が求めている姿なのではないか、と感じるようになりました。 その僧侶の方に「真言宗と浄土真宗のどちらで得度すべきか迷っている。山伏的な活動も続けたい」と正直に相談したところ「登山は修行と切り離して趣味として続ければいいのでは?」と言われ、自分の考えの浅さを痛感しました。確かに浄土真宗だからといって山に登ってはいけない理由はありません。 その上で師僧になっていただけないかお願いしましたが「医療法人の院長や役員を兼務しており、弟子を育てる責任を負える状況にない」と丁寧に断られました。 ただ、教区内のお寺のリストを渡してくださり、「総当たりで回ってみては」と助言をいただきました。 実際に回ってみると - お寺の家系ではない - 檀家でもない という理由で門前払いに近い対応も多く、話を聞いていただけるお寺はごく少数でした。 志望動機として「仏の教えを通じて、悩んでいる人や困っている人を救いたい。将来的には寺院を持ちたい」と伝えましたが、多くの住職から「それは僧侶にならなくてもできるのでは」という反応が返ってきました。 「現世的なカウンセリングと、仏の力による救いは違う」と食い下がりましたが、あまり響きませんでした。 最後に訪れたお寺でも同じような反応だったため、思わず「では住職はどのような動機で僧侶になられたのですか」と尋ねたところ「お寺の長男として生まれたので、住職になるのは決まっていた」というあまりにも浅はかな答えで、思わず「は?」と言ってしまう程に呆れてしまいました。 世襲で何となく住職になった人が「仏の力を借りて人を救いたい」という考えの人間を否定するのか?と... 僧侶の皆さまは、出家・得度を志す者にどのような動機を求めておられるのでしょうか? 「救い」という宗教の根幹を否定されたように感じ、困惑しています。 ご教示いただければ幸いです。

有り難し有り難し 33
回答数回答 4
2026/06/15回答受付中

骨の拾い方の東西の違いをどう飲み込めば

世界にはいろいろな風習があるのと同様に、人が亡くなって焼き場で骨を拾う際、日本の東では一粒残らず灰を骨壺に収める一方で、西では骨や灰の大半の処分を焼き場に委ねますよね。 私は長年生きてきて、日本の東でも西でも、焼き場で縁者の骨を自然と拾ってきました。むしろ不思議と、東西の違いに気づいてすらいませんでした。 ところが数年前、東京で縁者の骨を拾って間もなく、名古屋でも別の縁者の骨を拾った時に、無意識にショックを受けてしまったようで、いまだにそれを思い出してあれこれ考えてしまいます。 たしかに、この時は東京で係員が丁寧に丁寧に灰を集めてくださる様子を見ながら、その動きひとつひとつに私が思いを込めてしまったような気がします。一方で、名古屋では骨の大半に別れを告げる旨を、焼き場で初めて知らされた印象があり、驚いてしまったのだと思います。 そこでご相談なのですが、この気持ちをどう処理したらいいのでしょう? たしかに、インドではすべてをガンジス川に流してしまうと聞いていますので、名古屋の手法がむしろ理に適っているのだと思います。しかし、ならばなぜ、東京ではあんなに丁寧に灰を拾うようになったのでしょう。また、ガンジス川に流せば行方が想像つきますが、灰を焼き場に委ねて、その灰の行方がわからなくなる怖さも拭えません。東西どちらの手法にも精神的に納得するにはどうしたらいいでしょう? なお、名古屋の焼き場では「責任持って丁寧に処理」という主旨のことしか教えてもらえませんでした。また、法事があるたびにお坊さんにこの質問をしようと思うのですが、喪主でもない者が歩み出て長々と質問する勇気をどうしても持てません。ちなみに、親が檀家になっている寺で伺ったところ、悩み相談は受け付けていないとのことでした。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 35
回答数回答 3
2026/06/15回答受付中

複数の宗派との向き合い方

初めて質問させていただきます。 宗派の違うご真言やお経についてです。 父方の実家は真言宗、母方の実家は融通念佛宗でした。 幼い頃とても気の弱かった私を気にかけてくれた父方の祖父に、毎朝七回、「おんかかかびさんまえいそわか」と唱えて小さな仏様に手を合わせるように教えてもらいました。 母方の実家では、法事の度にご住職さんから般若心経が書かれた紙が配られ、みんなで読経するという環境で育ちました。 当たり前のように二つの違う宗派それぞれに親しみを持ち、何の違和感も抱いたことがありません。 それなのに、結婚後に夫の実家の法事で初めて南妙法蓮華経と聞いたときは、大げさかもしれませんがカルチャーショックのようなものを受けました。夫の実家は日蓮宗です。 違和感や嫌悪感ではなく、何というか、そこはかとない淋しさを感じてしまいます。 日蓮宗のことをよく知れば解消するかもしれないと調べてみると、法華経を絶対とし、他の宗派に厳しかったと知り、よけいに淋しさは増し、加えて不安も大きくなりました。 私は今でも空海さんの本を読むのが好きですし、般若心経やお地蔵さまのご真言に心が安らぎます。 反面、これら他宗派のお経やご真言を心の中でも唱えることは罰当たりな気もしています。 将来は、ひとりぼっちは嫌なので夫と同じお墓に入りたいです。 慣れ親しんだお経とご真言も大切にしたい、でも将来は別の宗派のお世話になりたい⋯こんな私は将来成仏できますか? 他宗派のお経とご真言に心を寄せることはやはり失礼なことですか? 中途半端な自分にもんもんと悩んでいます。

有り難し有り難し 55
回答数回答 5
2026/06/15回答受付中

AIと仏教

友人のすすめでAIアプリをスマホにインストールし、試しに使ってみました。 気楽な会話のつもりで、AIの思考と人間の思考は何が違うのか質問してみたところから、感情や意志はどこからくるのかなど話が膨らみ、かつて経験したヴィパッサナー瞑想の単語を入力してみました。 その返信に専門用語?を多用して説明してくれたり、自分も反応を返せば会話が膨らみと、興味深い内容になったのですが、 最終的になぜAIのあなたがヴィパッサナー瞑想や仏教に詳しいのか聞いてみたら、「種明かしすると」、と前置き付きで「過去の書籍部等の膨大なデータから、あなたにとって聞きやすく美しい言葉を瞬時に選んでいます」と返信がありました。 私にはAIが伝えた情報が100%正しいと言えることかわかりませんが、過去の体験を思い出しながらの、よい会話だった様に思います。少なくともヴィパッサナーについてこれだけ話せる生の人間は近くにいないのもあり驚きました。 この、AIの伝える仏教や瞑想と、人間の伝える仏教、瞑想の違いは、何だと思われますか?今後またAIとこの様な会話をするとしたら、私は何に気をつけながら話を聞くのが良いでしょうか?

有り難し有り難し 18
回答数回答 2
2026/06/09回答受付中

出家を志しております。

私は30歳の女性です。 適応障害により退職し、現在は実家で療養しております。 帰省後、祖母の言動や家庭内の状況に強い違和感を覚えるようになりました。以前から交流のある霊的なことに詳しい知人からは、祖母に何らかの良くない影響があるのではないか(野狐が憑いている)と言われ、お寺へ通うことを勧められました。 それをきっかけに、現在は毎週お寺で護摩祈祷に参加し、自宅でも毎日朝と晩に不動明王様や弘法大師様のご真言を唱えております。 当初は祖母や家族のためにできることを探しておりましたが、仏教を学び始めるうちに、自分自身の生き方や心の在り方を見つめ直すようになりました。 これまでの人生を振り返る中で、自身の未熟さや精神的な弱さを痛感し、苦しみを抱える人々や家族と向き合うためにも、私は仏道を歩みたいという思いを強く持つようになりました。 現在の気持ちは一時的な興味ではなく、出家を志す決意として固まっております。 しかし私は寺院の家系ではなく、僧侶とのご縁もほとんどありません。そのため、どのように進んでいけばよいのか分からず悩んでおります。 今はお寺に通いながら仏教の勉強を続けていますが、寺務所などで働き、お寺の現場に身を置くことから始めることも視野に入れております。 そこで質問です。 私のように寺院とのご縁がなく、成人してから出家を志した場合、どのような道筋があるのでしょうか。 また、出家を目指す者として、今の段階で取り組むべきことや心構えがありましたらご教示いただけますと幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします

有り難し有り難し 28
回答数回答 3
2026/06/06

念願叶って得度を受けたが師僧の人間性が…

https://hasunoha.jp/questions/77618 上記の質問の続きです。 紹介してくれた方が熱心に動いてくれた事もあって、100km程度離れたお寺にて得度を受けました。 得度を受ける前に何度かお邪魔し、法話を聞かせて頂いたり、自分の考えである「住職になる程の覚悟は無い」という事も伝えた上で双方が納得した上での得度となりました。 私の家族・住職の方の家族とも食事会を行ったりして、住職の方の人間性も良く「良い師僧と巡り合えた」と安心していました。 当初は宗教に染まる事に反対していた家族も「良い人そうだね」と言ってくれて安心していました。 GoogleMAPの評価も☆4以上で良いというのも安心材料になりました。 しかし、現実は全く違いました。 相談をしに来た方に対しては非常に寄り添った対応をしていましたが、戻ってきたら信じられない程に毒を吐く… お寺でのお勤めについても、作法などは教えてもらえましたが「ま、俺はやらないけどね(笑)」と… 檀家さんの訪問に同行させてくれて「小坊主さんにお小遣いあげないと」と貰ったポチ袋は当然の様に師が没収。 お勤めが終わった後に食事に誘われましたが、行ったのはスナック。 誘われたのに毎回支払いは私。 師曰く「この金額で社会勉強が出来ると思えば安い」との事。 師のベンツの代行費用まで私が支払う始末。 車で向かっているので当日中には帰れず、車で一晩を明かした後、車を飛ばしてそのまま会社に出社… 得度を受ける為にお布施として50万円支払い、それ以外に訪問の度に1万円程度のお布施を求められ、更に飲み代も負担させられる… これで真面目ならば救いもありますが、人をお金としか見ていない様な二面性の強い人間… 得度を受けて1週間程度なのに既に60万円近い金額を出費しています。 紹介してくれた方に相談をしてみましたが「そんな人だとは知らず紹介して申し訳ない。」とは言ってくれましたが、それだけです。 肉食はするし酒も飲み、女遊びもして、会計は弟子が負担。 弟子が受け取った小遣いも没収。 これも修行として甘んじて受けるべきなのでしょうか?

有り難し有り難し 45
回答数回答 4
2026/06/04

師僧が見つかりません。

前問の続きになります。 頂いた回答参考にして自分なりに色々と考えてみましたが、やはり得度を受けたいという考えになりました。 同業の臨床宗教師の方やビハーラ活動をされている方に接触をして、得度を受けたいという様名相談をしてみましたが、皆さん「先祖代々のお寺家系」という感じで、社会人を続けながら得度を受けるという事について否定的な考えを持たれる方ばかりでした。 利用者の方には受容・共感するのに、全く寄り添ってくれる余地が無い対応に驚かされました。 自分が住んでいる地域のお寺は葬式仏教という側面が強く、法話などで「どの様な考えをもったお坊さんなのか?」ということを把握したり、縁を持ったりする事が難しい状況です。 世襲では無く、何人かのお弟子さんがいる様な寺院に得度を受けたいという相談をしてみましたが、殆どが詳しい話を聞いてくれる事も無く「ウチは住職さんからのご紹介が無いお弟子さんは受け入れていません」という感じで門前払いでした。 何ヶ所かはお話を聞いてくれましたが、宗教大学卒業者などの「既に得度を受けている方」しかお弟子さんは取らないという感じでした。 色々と調べてみたら寄足山 生蓮寺という高野山真言宗系のお寺が「体験会を受けた後、6回の講座を受講すれば得度可能」という情報を発信していました。 度牒に記載されている発行者の名前を見ても葛西光義とあり、高野山真言宗菅長の名前と一致しているので単立系寺院では無いと思います。 得度が入口であって、それを受けるだけでは僧侶になれないが、四度加行を受けるかは各々に…という様な事も記載されています。 東京からでも高速バスで通えます!と記載されていますが、往復で2万円なので得度を受けるだけでも交通費だけで12万円… 得度費用が+33万円。 四度加行を1泊2日で50回通うとすると、宿泊費抜きでも100万円… Q1 このケースは特殊だと思いますが、得度・四度加行というのは幾ら程度が相場なのでしょうか? Q2 履歴書を持たずにお寺に訪問し得度の相談をしていましたが、履歴書があれば心証は変わるのでしょうか?(身元や経歴が分からない不安が軽減される?) Q3 「○万円まで払えます!」という様な話は失礼だと思ってしていませんが、具体的な金額を提示した方が判断しやすいのでしょうか? 長文で申し訳御座いませんが、ご回答頂けると幸いです。

有り難し有り難し 43
回答数回答 5