hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

hasunoha 問答検索結果 : 「 生きる 死にたい」

検索結果: 9994件

この現実から逃げたいです

逃げるには死ぬしかないのかと、愚かだと思いながらも気づくと常にその考えに行き着いています。 子供ができてしまい、急展開に人生が決まってしまいました。 順序を間違い、結果このように鬱々とする羽目になり、自分の人生は下る一方だと思うと、 後悔しきれず生きていくのか嫌で仕方がなくなります。 叔母も10歳近く歳上の旦那さんだったので、私は34歳で結婚相手が13歳上であることに対して、『男は老いるのが早いよ。相手が60の時、あなたは47でまだ、若いでしょ。』『耐えられる?』と言われて、顔合わせした後にも言われて、やはり経験談に勝るものはないのかと、歳の差の事実に不安と後悔で逃げ出したくなっています。年上の大人の意見はやはり聞いておくべきだと言われますし。 彼が、あと5歳でも若ければ、完璧なのに、やはり同い年の元彼と結婚するべきだったかもしれません。 元彼とは、彼の家の宗教が受け入れられず結婚を先延ばしにしていましたが、今思えば、小さいことだったような気がしてきています。 もう、取り返しがつきません。 愚か者です。自ら最悪な人生にしてしまいました。先々を考えると怖いです。 この不安や後悔から逃げたいです。

有り難し有り難し 37
回答数回答 1
2023/07/17

幸せになれる気がしない

私は幼少期から「他の人より優れていなさい」と教えられ、人を蹴落とすことの大切さを親から教わってきました。 それは違うって思いたくて親に抗っていましたが、弟二人は見事に性格もキツく、ひょんなことから弟の彼女さんと知り合った時期もあったのですが弟の態度を泣きながら相談されるような、いわゆるモラハラ体質に育っています。 私自身、弟たちほどではありませんが性格が悪いようには思いますし、幸せを他人からの評価等に頼ってしまうところもあります。 この性格から私はパニック障害を起こしたり、唯一両想いから付き合った元恋人にも顔色を伺って過ごしたことでうまくいかなかったり、自分で自分を満たすということができません。 カウンセリングにも通いました。半年で10万近く払いましたがあまり効果も得られず、なんだか普通の人が払わなくて良いお金を無駄にしてしまった後悔もあります。 恋人は好きで付き合いましたが、別れてからはずっと好きな人もできず、日々アプリを見ては「好きになれそうな人」とご飯に行ったりして、しかしアプリの「数回ご飯にいったら告白」というスピード感についていけずに告白されても私の気持ちが追いつかないから振ってしまったり、付き合ってもすぐに別れてしまいます。 結局私の幸せは、「誰かと比べずに安心して心の底から惹かれた人と穏やかに暮らすこと」なんだと気づきいたし、「この好き同士で付き合った彼との日々に幸せがあった」と思うしもっと向き合っていくべきだったと後悔してもしきれません。 新しい人に出会える、とかそんな気休めはいりません。この人をたまらなく欲しがってしまう自分が嫌にもなります。諦めろって言われても諦められません。ストーカーこそしないし私から連絡しても返ってこないのもわかるからきちんと連絡をせずにいますが、この幸せが手に入らなかった人生はいらないし、延いてはそういう教育をしてきた親を激しく憎んでいます。 親が他人を蹴落とせって言ってきた理由も知ってるのですが、それは親の考えであって、どうして「周りの人を大切にしなさい」と教えてくれなかったんだろうとすごく悲しいし親を恨みます。 なんだか幸せになりたいのに自分基準の幸せがわかりませんし、結局元彼に縋ってばかりで今を見ようと頑張るのに元彼の記憶に引っ張られてばかりで、本当にもう死んでしまいたいです。

有り難し有り難し 1
回答数回答 1

結婚32年で家出し4年、子らとの関係をどうすれば?

私は結婚32年で嫁家を出て4年、家出時と今年、離婚調停し取り下げました。 母は兄姉と、夫との関係が冷めた頃に私を生みました。 23で義父母義祖母同居の自営業、一人っ子の夫に嫁ぎ、仕事・家事のなか2女を生み。 3人目の長男をお坊ちゃまにしたくなく、4人目を生みました。 40の時に母が死に、兄姉は泣きすがり、私への虐待は終わりました。 母のことを悪く言って母崇拝の兄姉は逆鱗し、絶縁状態です。 子供達が巣立ち、娘2人は結婚し他県です。 27で卵巣、離婚を言った36に子宮、52で大腸癌、53で肩を、55で腸ポリープ。 5度手術し、長年で何度も頻脈過呼吸に、55でギランバレーでした。 末子の大学卒業・就職で、すでに4年の義父母夫との生活から、冬も好天温暖の、また笑って過ごしたく、素晴らしい人生だったと思って終わりたいとの思いで大阪に来ました。 次男は、人間宣言したかったんかと言い。 しかしそれは大阪に住む長男の結婚の時期で、息子は式をしないと決意し。 奥さんや近所の義両親から実家との絶縁を言われ、息子は子が生まれても一切親姉弟とも連絡を絶っての4年です。 父ととっくに死んだ義祖母への悪口の母を見て育ち、夫義父母への思いは、長年一切子らには言いませんでした。 子らが来る盆正月も戻らずの3年。 今年の盆に戻り子らと会いましたが、夫との良好な関係と、私への深い溝の日々でした。 次男は、離婚調停の身が帰るのか、口も聞きたくないと言いました。 大阪就職の次男が東京転勤で結婚を決め、両家両親とでの会食をし、春には新婚生活です。 次男に、結婚式に母を呼ばなくて良いと言おうと思います。 私がいなくて、長男夫婦が来て姉弟たちの交流が再開されれば、それが一番嬉しいです。 義母の汚れ放題の台所を掃除して娘を迎えたいから、盆正月には帰ると手紙しましたが。 私の不在で子供らがくつろげやすらげるのなら、帰らないでおこうと思います。 一番の願いは、子や孫達の笑顔の日々、子らの良い関係が末永く続くことです。 現生での天命・学びは、自己犠牲と無私無欲の奉仕だと思います。 結婚と子育てを経験させていただけ、しかしより素晴らしい母に生まれていたら、子らはもっと楽しい人生だったろうと思います。 死後の大学献体手続きを思います。 お言葉をいただけましたら、ありがたいです。

有り難し有り難し 14
回答数回答 1

明けましていきなりですが、作麼生・説破(そもさん・せっぱ)

明けましておめでとうございます。 昨年は色々とありがとうございました。 新年になり、ふと思い出したことがあるので二つ質問です。 一つ目はある私の大嫌いなパンクな僧侶が、 『門松は冥土の旅の一里塚めでたくもあり めでたくもなし』 という歌を残して、正月に京の街をシャレコウベを持って『ご用心なさい』と言って練り歩いたという逸話があります。 最初は、死に近づいてるのだから有難がるなよ、髑髏のような死体になるから気を付けなさい、という意味かと思っておりました。 しかし最近は、『寂滅為楽の涅槃に近づいた。めでたいな。でもまだ涅槃への道は遠い、めでたくないな(浮かれてはいられないな)。用心してしっかり行かないと』 と考えるようになりました。皆様の解釈はいかがでしょうか。 (死や死に向かっていく事に対してはめでたいも、めでたくもないのですが) 二つ目は、婆子焼庵という公案です。 内容は以下転載です。 『ある老婆が、一人の修行僧のために草庵を建て、 衣食住の一切を世話をして20年が過ぎた。 そこで「そろそろ いいか」と、娘を世話する ことにした。すると 修行僧は「枯れた木が 寒い岩に立つように、私の心は燃えない」と 言って、娘の誘いをはねのけた。 娘からその報告を聞いた老婆は「20年も世話 してきて、まだ こんな生臭さか!」と怒り、 修行僧を追い出し、庵も焼き払ってしまった。 さて「婆さんの真意はいかに」というもの』 私なら、何故私を気に入ったかを聞いて顔や身体です、とか言われたら返事を翌日まで保留にして、そのまま旅に出ます。 性根や内面が気に入った、とか言われたら、一緒に出家しようと誘います。 片方が顔や身体を気に入って、もう片方の人が内面とか言われたら内面が良いと言ってきた人を出家に誘って、庵を出ていきます。 皆様はどんな解釈や回答になりますか? (作麼生・説破の使い方が違うのはお許しください)

有り難し有り難し 43
回答数回答 2

他人への憎悪が止まらない

私は子供の頃の母や周りの人間に言われた言葉が忘れられません。言われた言葉は死ね、とかキモいなどです。母は父が生きていたとき不倫をしてました。父の事も悪く言い、父が死んでも不倫相手と交際してます。正直死ねと思います。私には散々真面目に生きるように言っといて。たまに頭の中で母を殺します。そうしないと抑えきれないからです。 私は母が働けとよく言うので、脳のない私は体を売って稼いだ金を母にあげてました。その時知り合った客と三年同棲してます。その男も殺したいくらい憎いです。 何故なら私の知り合いを全員連絡消せと言って消させたからです。私は孤独になりました。母と同じように浮気しそうな私が怖いです。私の客だったくせに、私の過去の話も受け入れないその男も大嫌いです。 私が信じるのは人間の欲と、お金だけです。あとは動物です。本当は愛とか信じたいけど、どうしてもそれだけは私の根本が否定します。皆都合がいいのに私も都合よく生きてはならないのかと思います。ちなみに、私は相手が浮気しても気にしない人です。遊んだ方がその人の勉強、人生の潤いになるんじゃないかと思うからです。 何が正しくて何が正しくないのか分かりません。私の心には常に強迫観念があるみたいです。助けて下さい。もっと楽に生きたいです。

有り難し有り難し 46
回答数回答 1

かつての罪を悔い幸せになろうと思えない

過去の質問のとおり 当時の自分の夢にかまけ 元旦那さんや家族の大切さが見えなくなり 隠れて不倫を繰り返した挙げ句 仕事のため夢のためとうまいように言って 自分を悪者にせずに離婚をしました。 そのあとお付き合いした方ともあっという間に破局し、当然の報いとしてここ数年ずっと一人です。 一時はうまくいったように思えた仕事 叶ったように思えた夢も、この不景気で色褪せ 将来の金銭的な不安にもずっと付き纏われています。 自分は選択を間違えたのだ、という感覚があります。 でも、こうなるまでどのみちわからなかったのだから仕方がない。学びを得たのだとも思います。 とはいえ、この学びを生かす方向が 自分の中にもうどこにもないのです。 今更自分が幸せになれるビジョンが まったく思い描けないのです。 ただただ 元旦那さんと家族を傷つけてしまった罪悪感 なんのために生きているのかわからない無力感 母より先には死んではいけないという気持ち、 それだけがかろうじて自分を繋ぎ止めてくれているような気がします。 なんというか、、、 自分で自分の心に穴をあけてしまったのです。 せめてお金を稼ぎたい。 それがあれば少しでも楽しく生きていけるのに。 と思っても、仕事も思うようにいかず 八方塞がりな気持ちです。 今死ねるならばいつだって何も心残りはない。 はやく無になりたい。 そんなことばかり思ってしまいます。 過去の罪や今の自分に対する無力感、敗北感 そういったものとどう向き合って生きていけばよいのでしょうか。。 支離滅裂な文章、すみません。

有り難し有り難し 32
回答数回答 2

恋人に前向きになってもらいたいです

こちらで初めて質問させていただきます。 読みづらい文章かと思いますがよろしくお願い致します。  私には半年ほどお付き合いしている彼氏がいます。先日、ずっと生きる理由や生きていく希望が無くずっと死にたいと思っていて自殺未遂を繰り返していること、生きる気がないので2年ほど前に仕事をやめて実は無職だったこと、親に借金をしていて貯金もあとわずかだということを告白されました。  私としては仕事をしていると嘘をつかれていたこと、彼との将来も考えたかったのでこれから半年以内に就職してほしい、現状から変わろうとする気がないのであれば別れると条件を提示しました。  その話をした直後は「就職、頑張ってみるね」と言ってくれたのですが、数日前に「やっぱり死にたいという気持ちが消えないし、就職も無理かもしれない。あと私(質問者)と一緒にいられるのももう少しかも」と言われました。  私は彼のことが好きなので、できるだけ別れたくありません。それに別れたら、それがきっかけや原因になって死んでしまいそうな気もしていて怖いです。でも、できるだけ前向きになって人生を楽しく過ごしてほしいし、就職もしてほしいです。可能であればずっと一緒にいたいです。 私が欲張りでわがままなのでしょうか? 私がもっと頑張って彼を養うくらいしか道はないのでしょうか? 彼氏と別れるしかないのでしょうか? 悩みが尽きません。 どなたか、ご回答宜しくお願いします。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

どうしたらいいか

このまま今の会社で定年まで働くか、給料が下がってでも、違う会社に行くか悩んでます 給料が下がると、子供が大学に入ったばかりなので、家族に迷惑がかかる 自分の思うままに生きれない自分に嫌気がさしてます 何もかもが孤独です 小さい頃から、死を意識してます 他人の心が気になってしょうがないです 人間関係というか、人と接すると疲れます かと言って、孤独が耐えられない 今まで生きてきても、嫌なことばかりがおきます どんどん心が塞がっていきます 1日たりとも、死を意識しなかったことがないです 死にたくて死にたくてたまらないです 思うままに生きれない 真剣に考えれば考えるほど、違う方向に向かって行く 嫌な方へ嫌な方へと向かって行く 何でしょう?自分の人生は! 良い方向に向かった試しがありません まだまだ、生かされるんでしょうか? 会社での扱いも、自己中心の上司と同僚にふりまされっぱなしで、やりたいこともできない。 自分に来た仕事もまともにできない状態です 嫌がらせに近いことをされます なので、嫌気がさして辞めていく同僚や後輩が絶えません 自己中心にやってる人ばかり残ってる状態です 辞めれば簡単ですが、家族が路頭に迷う 何とか踏ん張ってる感じです 全ての人の言動や行動が、自分の心をえぐってきます 心が限界 やりたい事とやりたくない事に挟まれ、死にそうです 思い描く夢と現実のギャップに苦しんでます 辞めるべきか続けるべきか

有り難し有り難し 5
回答数回答 1
2023/12/17

浄土で人はなにをしているのか

我が家は浄土宗ですが、私は必ずしも浄土宗の教えがしっくりきません。 後世安穏、往生安楽国という表現があります。死んだら極楽浄土に行く、というのですが、じゃあ浄土では安楽にのんびりと暮らすんでしょうか?何も苦がない世界では何をしているんでしょうか?それはとても退屈で飽きる生活が延々と続く事ではないかと悩みます。 解釈が間違っているかも知れませんが、私は最澄さんは「生きていることそのものが菩薩行だ」と言われたように思っています。だから日々、観音経を唱えるのは「自らもかくあれ」ということだと思って唱えています。 でも生きている間には私たちは菩薩の域には到達できません。となれば、死んでからも菩薩になるための修行をするんだと思っているのですが、すると浄土では何をするんでしょうか。地獄についてはたくさんの絵も説明もあります。しかし、極楽世界といわれるところで、私たちはどのような生活を、どのような思想的な深みを目指す営みをするのでしょうか。今が苦しい、その救いとして安楽な浄土があるという理解ではどうしても納得がいかないのです。 浄土で、私たちは何をする覚悟をもって旅立てば良いものでしょう。

有り難し有り難し 13
回答数回答 2