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hasunoha 問答検索結果 : 「 生きる 死にたい」
検索結果: 10064件

過去の選択を誤ったばかりに立ち直れない

私は約10年弱人生の選択を誤って生きてきた事を深く考えずになぁなぁに生きてきてしまいました…母親が闘病生活にピリオドが打たれ今年初めに亡くなった事で、人生の最大の間違いに気づきそこから立ち直る事ができなくなってしまいました。 シングルマザーの私を自立し輝き豊かな生活になる為に、支えてくれてくれていた仲間だったのに、自分や人を信じる事が出来ずに裏切ってしまいました。 その方達は事業で大成功。私は以前そのトップの右腕でした。 みんなを信じ歯を食いしばり歩めば、今のような虚しくて惨めで厳しい生活になっていなかった、 前を向こうと思っても、あんなにいい仕事はどこ探してもない 私ももうすぐ50代になるので、仕事も見つからず あーだったらこうだったらと過去から脱げ出さずに苦しくて自分を消してやりたくなります お金も地位も行きがいも何もなくした、、、孤独です。 わざわざ惨めになる人生を選択し、何もかも自らなくしました 誰もがやり直せると言ってくれます、、 でも、何を探してもあんなに手厚く素晴らしい仕事、会社はありません。 なのでやり直そうとしても、比べてしまい、。 どうやったら生きていけるのか、怖くて仕方ありません。 自分を恨み許さずこのまま、ずっと死ぬまで悔やみ続けて生きていく生き地獄になるのだと思うと消えたいです 今仏様に向かい100日ご供養に通っています。整い因縁が変わりますよと教えていただきどうなるか分からないけどやらせて頂いています そんな、目に見えないお力によって人生が好転する事があるのでしょうか、、 もう二度とその仕事には戻れないので、この悔やみ苦しみから逃れる事は出来ないと感じてしまうのですが、、 目に見えない功徳や力によって救われて豊かになれたってあるのでしょうか、、

有り難し有り難し 49
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明けましていきなりですが、作麼生・説破(そもさん・せっぱ)

明けましておめでとうございます。 昨年は色々とありがとうございました。 新年になり、ふと思い出したことがあるので二つ質問です。 一つ目はある私の大嫌いなパンクな僧侶が、 『門松は冥土の旅の一里塚めでたくもあり めでたくもなし』 という歌を残して、正月に京の街をシャレコウベを持って『ご用心なさい』と言って練り歩いたという逸話があります。 最初は、死に近づいてるのだから有難がるなよ、髑髏のような死体になるから気を付けなさい、という意味かと思っておりました。 しかし最近は、『寂滅為楽の涅槃に近づいた。めでたいな。でもまだ涅槃への道は遠い、めでたくないな(浮かれてはいられないな)。用心してしっかり行かないと』 と考えるようになりました。皆様の解釈はいかがでしょうか。 (死や死に向かっていく事に対してはめでたいも、めでたくもないのですが) 二つ目は、婆子焼庵という公案です。 内容は以下転載です。 『ある老婆が、一人の修行僧のために草庵を建て、 衣食住の一切を世話をして20年が過ぎた。 そこで「そろそろ いいか」と、娘を世話する ことにした。すると 修行僧は「枯れた木が 寒い岩に立つように、私の心は燃えない」と 言って、娘の誘いをはねのけた。 娘からその報告を聞いた老婆は「20年も世話 してきて、まだ こんな生臭さか!」と怒り、 修行僧を追い出し、庵も焼き払ってしまった。 さて「婆さんの真意はいかに」というもの』 私なら、何故私を気に入ったかを聞いて顔や身体です、とか言われたら返事を翌日まで保留にして、そのまま旅に出ます。 性根や内面が気に入った、とか言われたら、一緒に出家しようと誘います。 片方が顔や身体を気に入って、もう片方の人が内面とか言われたら内面が良いと言ってきた人を出家に誘って、庵を出ていきます。 皆様はどんな解釈や回答になりますか? (作麼生・説破の使い方が違うのはお許しください)

有り難し有り難し 43
回答数回答 2

愚かな自分が嫌になります

すぐ調子に乗って、余計なことを言ったりして、それを聞かれたくない人に聞かれてしまい、激しく落ち込みます。迂闊という言葉がピッタリだと思います。 今日もそれをしてしまいました、内容は違えどウッカリが連日続いていてそろそろ辛くて毎日死にたいとつぶやいてしまいます。 元々の性格なのでしょうが、どうにかこの迂闊さや、すぐ死にたいと思うメンタルの弱さ、などと折り合いをつけて生きていきたいと思うのですが、どう乗り越えていけば良いでしょうか?私より若くても落ち着いてしっかりしている子はたくさんいて、ますます辛くなります。言葉足らずだったり、勘違いや、とにかくそういうウッカリみたいなのが多くて、自己嫌悪がひどいです。ゆっくり話せる環境なら、そんなことはないのですが、相手が急いでいる風だったりすると途端にダメになります。ミスも引きずるし、情けないです。 皆さんこんな経験はあるものですか?恥ばかりかいて生きてきて、良い歳して未だに連日恥ばかり。例えば人の軽口を叩いたらその人が後ろにいたり。タイミングは悪い人間なのに学習できません。慎重に言葉を選ぼうとすると、何も言えなくなるし、本当に辛いです。

有り難し有り難し 10
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限界が近いようです

閲覧ありがとうございます。 25歳の女です。 小学生の頃から漠然と死にたい気持ちが収まらず、時を経るにつれてその気持ちがどんどん増幅しています。 昔は楽しい時期もありました。感情にひどい波があります。一度はまると何日も塞ぎこみます。 最近笑っていませんが、楽しいときは数日から一週間ほどまともでいられます。 人生が悪い方悪い方へと進んでいる感覚です。それと共に、一生このまま死にたい感情に押しつぶれそうになりながら生き延びれる自信がありません。 ですがどこで死ぬにも迷惑がかかります。死ぬに死にきれない葛藤で、ネットで死にかたや死に場所、同じように死のうとしている人の話を見て気をまぎらわしています。 こういうときは薬を飲んで寝て、現実逃避をするのが自殺を免れる方法ですが、何度も何度もそんなことしても結局起きたら重くのしからかられている感覚が戻ってきます。 最近は前世でなにか悪いことをしたから天罰が下っているのかなと考えてしまうほど迷走しています。 縁を切った家族には頼れない、友達もいない、彼氏に迷惑かけるくらいなら一度清算して終わりにしたい、精神科はお金がかかるし自分を取り繕ってしまうから伝えられない 頭のなかがぐちゃぐちゃで、ひと刺しで終わらせたい、でも、自殺したらさらなる苦しみが待っているといいますし、現世と自殺後の世界どっちがましなのかと考えたり。 経済的な余裕がなく、心の余裕もなく、楽しい気持ちもなく、修行するために生まれてきたといってもこころがめげそうです。 まとまらない文章になってしまいましたが、人生の目標、死にたい気持ちからの逃れかた、前世との関係性などについてご教示くださると幸いです。 よろしくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

10年間常に罪の意識で苦しみ続けてます。

10年近く前に詐欺で300万円という大金を失って以来 「常に犯した罪に対して罰を背負うべき」という考えが片時も抜けません。 それが原因で「死にたい」という「希死念慮」が常に頭の中にあります。   10年近く苦しんだせいなのか、そう思うことが自転車に乗るのと同じくらい自然にできるようになっていて、当時散々迷惑をかけた親がいくら「許す」と言ってもそれを受け入れることができません。   100回許してくれても101回目は許してくれない、10000回許してくれても10001回目は許してくれない。と自動的に思考するようになってます。       親は許してくれているのですが心の中の自分自身がどう頑張っても許してくれずに10年間ひたすら「死」という「罰」を受けろと言い続けています。   自分の中では「終わったこと」と認識できずに現在進行形で「起こり続けている」ことになっているんでしょう。「死ぬまで十字架を背負え」という心の中の自分がいるのでしょう。       心療内科に通ってますが根本的な解決には至らず、ずるずると投薬治療を続けています。 今日も12時から5時間近く悩み苦しみ続けていますが罪の意識は消えないどころか「死にたくなるほど苦しい自分の悩みを「カルーク」受け流す親や心療内科 の先生」に殺意にも似た憎悪を抱いています。       何でわかってくれないんだ! なんで苦しまないんだ! そんな怒りを感じています。       ひどいときは休日でもこうで(今日とか)、仕事中は常に「死にたい」が頭の中にぴったりと寄り添って離れず「死にたい死にたい」と言い続けて「これ以上言い続けると本当に死んでしまう!」と思わせて精神をマヒさせないと到底仕事になりません。 ひどいときはマヒする前に圧倒的な「死にたいの洪水や津波」が襲ってきてそれでおう吐して早退。なんてこともあります。       何が一番つらいのかというと「真剣に向き合ってくれる人が周りには誰もいない」それこそ「話を聞いて泣きだすほど感情移入してくれる」人を探しているんですが誰もいなくて常に孤立していることです。 しょせん人の人生は自分自身で何とかするしかないのでしょうか?   子供の頃は勉強だけはできたから「自分は特別な人間だ」と思ってそれが「300万円詐欺で否定」されたからこんなにも苦しいのでしょうか? 回答お願いします。

有り難し有り難し 19
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心が現実に追いつきません

二年前、主人を急性心不全で亡くしました。27歳でした。 私も同じ歳です。 今年30歳になりました。主人は早生まれなのでもうすぐ3回忌です。 毎日が慌ただしく過ぎて、人の呼ぶ方へと住む場所や働く場所も流れに身を任せています。 元々人に頼ることや甘えることが苦手です。でも今まで寝れないほど悩んだことなんて1度もなくて、食べれないとかストレスも感じたこともないほど明るくポジティブな人間です。 なのに、毎日毎日辛くて苦しくて悲しくて、心から楽しいと思えたことなんてあの日から1度もありません。 でも友達や、親に悲しい思いをさせたくなくて、大丈夫だよと思って欲しくて誰にも言えません。言いたいとも思いません。大好きなひとに哀しい顔をさせたくないんです。 ただ、どうしようもなく悲しくて辛い気持ちがいつまでも新鮮に残っていて、あの日のことが昨日のように思い出せて、何でもない時にすぐ涙が出てきてしまいます。もう2年も経つのに。でも一人の時しか出ないんです。 泣いているとあの日から何も進めない心にさらに悲しく、苦しくなります。いつになったらこの心は楽になるんだろうか と思ってしまいます。 辛すぎて誰かにいて欲しいとも思ってしまいます。 でもきっと彼がよくて。 こんなこと思う自分が嫌になったりもします。 毎日何のために生きるのか。彼のためと両親のためだけに生きているだけな気がします。 死にたいと思ってしまうけど、そんなことを思うなんてとまた責めてしまいます。 どうしたらこの苦しみから逃れられますか? どういう考え方をしていけばいいんでしょうか。

有り難し有り難し 17
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他人軸なのでしょうか。しにたいです。

今まで何度も相談させていただいたものです。 弟のことなのですが、以前までは反抗したり暴れたりの繰り返しだったのですが、今は割と落ち着いていて仕事も決まったそうなのです。 そこまではいいのですが、以前までの暴れたりの大半の原因だった友人と連絡をまた取っているようで。。 そもそも仲良くしているはずの弟と友人ですが、なにかのきっかけで売り言葉に買い言葉なのか、友人から弟が"もう縁切る"と言われたりしてトラブルになり、弟は遊べなくなるのが嫌みたいでパニックになって、暴れたりを繰り返している状態でした。 その度に両家の親がその喧嘩をとめ、何度も話し合いを行い、"ちゃんとできるまで連絡はとらない"と決めたはずなのですが。 そもそもその期限がその友人の進路が決まったら?などと曖昧なものだったのもいけないのですが、最近また連絡を取り始めているようです。 親はもちろんしらず、わたしをもちろん知らなかったのですが、先日弟から連絡が来て、"実は連絡をまたとりはじめた"ときました。 正直わたしは本当に腹が立ってしまい、"また同じことをくりかえすの?"と怒ってしまいました。 すると弟は"今自分は仕事も決まって落ち着いているから絶対前のことは繰り返さない。でもそのことをお姉ちゃんには知っててもらってワンクッション入れたかった"と言われました。 結局、"その言葉を信じるけど、わたしは何もできないよ。自分たちの行動には自分たちで責任をもってね"と伝えました。 正直なぜそこまで人に執着するのか、また同じことを繰り返して家族やわたしに迷惑をかけるのだろうとおもってしまいます。 信用したくても信用できません。 でも、もう十分大人(成人済みの弟です)の行動をそこまで監視できないですし、親にはわたしは何も言っていませんが。。 いい加減迷惑かけられるのはごめんです。 私が振り回されすぎなのでしょうか。 弟のことがあってから生きてる実感がなく、毎日不安で、苦しいことがあるならいいこともなくていいから死にたいと思ってしまいます。

有り難し有り難し 11
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父に言われた言葉が消えません

前回の質問への回答有り難う御座いました 今回もよろしくお願いいたします 既に疎遠となり、会いたくも顔もみたくもない父に言われた一言が忘れられず毎日のように思い出してしまいます。 先に高校生時代、私は父と不仲になっていた母が出○い系にはまり仕事を理由に浮気していたことを知り、当時嫌いでした その分気分屋であったけれど自称ファザコンと謂えるほど父が好きでした。 父の口添えで同じ職場で仕事させていただいていたのですが、暇な仕事中にいったきっと何気無い一言が忘れられません。 「お前が産まれなきゃ、俺は外国でビックになれた」 その時は軽く笑って過ごしていたのですが、その後仕事をやめたあと、客の女と出来ていたことを知りました、家族とは旅行にいこうともしなかったのに不倫相手の女の子供をつれていく『ついで』に弟も旅行につれていったこと 私は名にも知らず常連であった不倫女に愛想を振り撒いていたこと 自分にも腹立たしく感じられます 私は両親の無責任な性行為により、造られました 父が外国にいくためのパスが中々降りず その間に私を妊娠していることが発覚したからその様に言ったのでしょう 自分達で遊び半分でやった事の結果を人のせいにするような、しかも悪気もなく この言葉が未だに脳裏にこびりついてます 頭の中で不幸になっていく父を想像し、惨めに死んでいく姿を想像して嫌なことを消していますが何度でも甦ってしまいます 無駄な事と思っています、良くない事とわかっていてもやめられずにいます 子供は親を選ぶと言われたり、選べないと言われたりしても私には結局は親の勝手により作られただけなのだと思わずにいられません 今は父方親戚との争いをきっかけに関係を修復しつつある母に言われました 「人の不幸を呪うと自分に帰ってくる、特に相手が運が強かったり守護霊が強いと余計にね」 分かっていますが不幸を呪わずにいられません こんな風に考えてしまうの私は人間として最低ですか?

有り難し有り難し 9
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