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「生き方・心構え」を含む問答(Q&A)一覧

感謝

私の父は高校生の時に51歳の若さで逝った父と永久の別れ、皆さまに支えて頂きまして早や70代半となりました。 私や姉も40代半ば、厳しかった父や両親に会う度に歳を重ねてきたね…言葉にはしませんが感じるようになりました。 高校生の時に父との永久の別れ、どんなに辛く悲しいものであったのか心情は私たち家族の前で聞いたことがなかったように感じます。 心のなかで気持ちの整理をしながら青年時代を過ごし母との出逢い、結婚、私や姉との家族との出逢い、ご縁はご先祖様から受け継がれてきたのかも知れません。 お互いの住まいは近く、ご先祖様が眠る墓地もほぼお隣り合わせ、目には見えないご縁だと思います。 そのご縁をご先祖様は幾重にも重ね愛、支え、今を生きる私たち家族を姿は見えなくても支えて下さっていると感じます、最近は行けていない祖父母が眠る墓地を掃除をしていると小さな昆虫が何処かしらか姿を表してくれます。 歓迎してくれてるのかな… 祖父母やご先祖様も同じように時を過ごし今の私たちに引き継がれ、また未来へ引き継がれるのかも知れませんね。 いつだったか父からクルーズ船の船長になりたい、と聞いた記憶があります。クルーズ船の船長には成れなかったですが私は20代の頃からホテル業界でお仕事をさせて頂き、色々な経験を経て同じような仕事に携わっています。 これも不思議なご縁… 先日も私の人生の先輩が「元気で過ごせてることが一番の親孝行よ」と教えて下さった。 私からは「また新しい一年を健康で過ごせますように」がお祝いのメッセージ。 ご縁を導いて下さったご先祖様や皆さまへ感謝。有り難うございます。

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やりたい向いてない仕事か、向いてる仕事か

はじめまして。 28歳女、未婚です。 私はやってみたい仕事が学生の頃からあり、現職場でもその部署があるのでそちらへ2年程異動願いを出していました。 ただ出すだけでは意味がない、と思ったので、今までの自分の枠を超えるような取り組みにたくさん挑み、周りから変わったね!とたくさん言って頂いたり、異動願いを出してからは、とても充実していたと思います。 しかしタイミングが合わなかったり、 事業が縮小することが決定したりで、その希望部署への異動は現実厳しい… と上司に言われてしまいました。 また、あなたにはあまり適正がないから、苦労すると思う…とも。 (異動出来る可能性はゼロではないから、現職を続けながら残ったら、とも言われています。) しかしそれならば、と転職を決意し、他の会社の面接を受け、今は結果待ちです。 しかし、決まったら決まったでしっかりやっていけるのか不安だったり、 (今よりは確実に激務になります) 面接を受けた時にこんな業務も募集していますと提案された受付業務が気になっていたり(やってみたい仕事よりは現職に内容が近く、気楽に続けられそうな印象) 向いてないと言われたことなどが引っかかっていたりして、ここ数日グルグル本当は自分が何がしたいのかわからずに悩み続けています。 また、女性としての幸せも手に入れたいと強く思っているので、これから新しい仕事を覚えるのであれば、プライベートの時間が減るのは確実なことから、 結婚出来るのか…という所も不安になっています。 仕事はあくまで生きる糧なのだから、こんなに必死になって追いかけなくても…という想いもあります。 仕事があるだけでも幸せなのはわかっているのですが、 やっぱりやってみたかった…と後悔したり、その場所で働いている同僚を見ると羨ましい気持ちになってしまうのが辛いです。 現職を続けながらタイミングが来るのを待つか、 意志を固めてやりたい仕事につくか、 それともすっぱり諦めて面接先の受付業務をやるか…でグルグル悩んでいます。 受付業務については、面接時は興味がないと言ったものの、後から気になって来ているので、ヤル気があるなら早めに先方に伝えたいと思っています。 こんな状況から余計に焦りが… つい悩んでしまいます。 どうしたらいいのか、どんな心持ちでいたら楽なのか、教えて頂けたら嬉しいです。お願い致します。

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教育者故の不安との付き合い方

当方教員をしております。 元来人の行動や視線に敏感で、そこから不安に駆られることが多々あります。 特に多いのは比較的現実味のある(想像が容易である)嫌な未来のビジョン。できれば起きて欲しくないことばかり意識してしまい、それもあらゆるパターンを想定するものなので、一つの不安が消えても際限なく不安が出現してきます。 特に最近は生徒対応の不安が多数を占めています。ルールやマナーにルーズな生徒が居り、どのように対応すべきか...といった具合です。 このルールを破ったら...あんな行動をとったら...あらゆる想定が思い浮かんでキリがありません。 一方でこのような性格を治したいと考え、こうして仏教の世界などに触れながら生き方を模索しています。 少しずつ他人の目線を気にしない性格が育ってきたかなといった感じです。 ですがその中でジレンマに陥りました。 「人は思い通りにならない。」 あちこちで説かれました。 確かに生徒がルールを守るか、マナーに準じた行動を取るか、それは最終的に生徒次第です。私は生徒の行動に期待をし、そして裏切られたことから負のスパイラルに陥ったのだとわかりました。 私ができることは適切な指導をすることのみ。 しかし私の職務は生徒の将来を担うものでもあります。 私がどっしりと構え、宜しくない行動にも「人のやること」と割り切ってしまうことは可能です。ですがそれは職務上は無責任な態度になってしまいます。 やはりいけないことは正す、それが私の職務です。そうなると生徒の行動に期待をすることになり、振り出しに戻ります。 そうでなくとも、生徒の成績向上はやはり教育者として目指すところ、となるとこれも生徒への期待になります。 こうした思いの中で最近はまた漠然とした不安感が渦巻いている状態です。 教育者というのは、どうしようもない他人の行動とずっと向き合っていかねばならないのでしょうか。 この仕事は好きです。だからこそ辛いです。 正直言いますと、なまじ中途半端な知識を得ようとしたがために多くの不安が錯綜して網の目のようになっております。自分でも一番の悩みが上記のものなのか、よくわからない状態です。何かもっと根本の原因がありそうな気もします... まとまりが悪く申し訳ございませんが、何卒宜しくお願い致します。

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