理不尽だらけの世の中で大人になるのが怖い
私は幼い頃から何か違和感があります。
小学校1年生のとき、クラスメイトの一人が宿題を忘れて教壇の前で先生に怒られていました。皆は自分の席に座りその光景を見ていました。勿論わたしも。
すると先生が私の名前を呼び、「〇〇君は悪い事をしたよね?」と聞いてきました。
私は、目の前でまるで晒し物みたいにされているクラスメイトを見て、違和感を覚えました。確かに宿題は先生との約束だけど、一方的な約束だし、わざわざ皆の前で叱り、恥ずかしい思いをさせなくてもいいのではないか、そして、普通は先生という子どもにとって学校での絶対権力者に「悪いことよね?」と言われて首を横に振ることなんてできません。でも私は最期、先生の怒りが落ちる間際まで首を縦に振ることが出来ませんでした。それが小さな抵抗でした。
それからは、なぜ私は生まれてきたのか。
なぜ学校に行かなければいけないのか。
先生が言うことに皆当たり前の様な顔をして従い、疑問を持たないのか。
大人の言うことは絶対に正しいのか。
校則には厳しいのにいじめは見て見ぬふりのか
なぜ動物は殺しても罪に問われないのに、人は殺してはいけないのか
心と肉体は殺すのはどっちの方が悪いのか
いじめで自殺に追い込まれても何故罪にならないのか
沢山考えるようになりました
私は自分に正直に生きたいと思うのですが、自分がやりたくないことを美化して言っているだけだと言われます。
それはワガママだと言われます。
私は悪口は言いたくないし、したくないことはしたくありません。私の正直に生きるとは、人に対して誠実であり、理解すること、愛をもつことです。
傷つけてはいないだろうか?ちゃんと向き合うことが出来ているだろうか?
気をつけてはいるのですが、確かに私は自分の意見を押し付け自分の型にはめてしまったり、自分の意見に執着してしまうことがあります。大人になるということは自分が折れることが出来るということだと思います。
でも、ねじ伏せられて皆同じ、個性がないとも思ってしまいます。出る釘は打たれるのだと感じます。
理想と現実の狭間で辛さを感じます。
勉強よりももっと大事な事があるのではないかと思ってしまいます。
思春期だからと言われますが、関係なしに私はやっぱり自由や愛に憧れを感じます。
でも、人に言っちゃいけないことだと言うこともわかっています。
なので、相談できずに苦しいです。
有り難し 8
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