現在私は、学校で言ってしまえば1人なのです。 一年の最初も原因はふわふわとしたことで追い出され、その後おいでと言われた所でも、じゃれてやる様なこちょこちょが嫌だったと結果的に言われ、イジメのように追い出され。 その後もそのような事が2回ほど続き、結果的最近までは何とか学校を卒業したいと思い、辞めずに普通に過ごしていました。 安定してきた、絶対一緒に行動すると言うような子はいませんでしたが、皆と楽しく過ごしこれなら大丈夫と思っていたのですが、数週間前から、以前こちょこちょが嫌だったと私を追い出したリーダー格の女が私に近づいてきて、もう許したから来てもいいよ。と。 ですので女からも話しかけてくるのでそれに応じて楽しくやっていました。所が数日前からまた、おかしいのです。私と目を合わせようとしなく、話しかけても来ません。なので今日もリーダー格のその女は私の目の前で他の皆だけでUNOをしたりしていました。何となく一緒に行動していた子までそこにいるのです。 お昼もその子と保健室に行って食べてたのですが今日は、その周辺で食べている仲のいい子と食べると言い出したのです。と言うことは、私がそこについて行っても楽しくないのです。話に入れないし、UNOもさせてくれないし。 1人で保健室に行くしかないかもしれませんが、今まで2人で行っていたので何だかあれですし。 ほかのクラスに友達と呼べるであろう人はいますが、その子もクラスのグループがあります。そこに入るのもまた厄介だと思うんです。 今月にもバス見学もあるし、クラスマッチも…。 本当に辛くて。こんな事何回繰り返すんだろう。私そんなに悪いのかな。嫌われてるのかな。でも、そのリーダー格の女はもっと悪い所があるとみんな言うのにのにな。 他の人に聞いてみても、私どこか悪い所あるのかな?と聞いても、うーん?どうなんだろう。とか、親や先生親戚にすべて話しても私が悪いと言われたことはありません。 なので、どうすればいいのかもう分からなくて。やってもやってもこうなる。死にたくなります。涙が出ます。私は何かいけないんでしょうか。 クラスは二人づつ固まっていて、私の入る隙間はありません…。 どうするべきだったんでしょうか… 長くなって申し訳ありません。 もう切羽詰っていて…助けてください。明日も怖いです。通学中死にたいです。
高齢者の安楽死についてご意見をお願い致します。90歳になる身内の者が倒れ入院となった際、医師に言われました。平均寿命を超えているからもういいのではと。つまり、延命治療をせずに逝かせるということです。家族は反対し、できうる限りのことをしてほしいと願いましたが、いざ胃瘻をどうするかの際に、この医師は容態について虚偽の説明までして胃瘻を阻止しようとしました。 高齢者の医療負担が大きな問題となっていますが、この医師も口から食べられなくなったら寿命とは言うものの、だからといって家のように栄養を少しずつ減らして二三ヶ月で逝かせましょうだなどと私はどうしても疑問を拭うことが出来ません。 医師が捉える死と御坊様が捉える死とは違うとは思いますが、命を救うのが医療であって、そこに延命も何も無いのではと私は思ったりもするのです。蝋燭は燃え尽きてこそ終わりです。口から食べられない、平均寿命を超えていることから死に至らしめようと安易に考える医師に私は命に対する驕り高ぶりと恐ろしさを感じます。たとえ口から食べられずとも、今その目の前に尽きていない命があるのですから。
私は関西から知り合いのいない福島県に嫁ぎ10年以上主人や姑、小姑、その娘のために尽くして来ました。震災の際には自分の実家にみんなを連れて避難し、飛行機の手配から実家での世話まですべてしました。箸1本運ばせてもいません。それなのにここに書ききれないくらいのひどい仕打ちを受けましたが主人に何を言ってもお前が悪い!お袋は間違ってない!といいます。これも嫁姑の関係、しょうがないと諦めもしていますが、実家に帰っても今度は実の妹(独身で母と同居)が何かにつけ言いがかりをつけ自室に閉じこもって何日も出てきません。実家に帰ったからと言ってのんびりできる訳でもなく親孝行だと家の用事を一生懸命して年2回の帰省、楽しくみんなでと思って動いているのに、今年のお正月も大晦日突然切れて部屋に篭もり母が呼びに行っても罵声を浴びせる、泣き喚く、母が持っていった赤飯のおむすびも食べず1度も出てきませんでした。認知症の始まってる母にこれ以上の心労をかけるのも嫌で早めに帰省を切り上げて帰ってきました。さかのぼれば私の結婚式の数日前にも妹は切れて結婚式には出ませんでした。 余程私が楽しそうなのが気に入らないのでしょう。母は私が帰ってくるのをいつも楽しみに待っていてくれるので年2回だけの帰省ということで長めに帰っていました。昨年は母が胆石で入院したので妹の仕事に影響ないように帰省して看病もしました。震災のときに主人の家族や6人も連れてお世話になったその恩返しだとつくしましたがそれももうやめにしようと思います。どちらの親兄弟のために一生懸命尽くしても結局最後は悪者になってしまう、主人だけでも味方になってくれれば耐えられもしたでしょうがそれも望めない。私の中で何かが崩壊しました。感謝して欲しいわけじゃないです。恩着せがましくしてるつもりもありません。ただみんながうまくいくように心を砕いてるだけなのに、やはり私が間違えてるのでしょうか?主人が言うようにやり過ぎですか?こちらから困りごとはないか聞いて回ってるわけじゃないんです。でも「ご相談」といってみんな困ったときだけ擦り寄ってくる。もう全部断って自分の生活だけに専念してはいけませんか?自分の親にも寂しい思いをさせるのは辛いですが帰省は今後はしないつもりでいます。どうか何が正しいのか御導きください。
中2の息子が6月中旬から学校に行けなくなりました。 前の月あたりから家でイラつくようになり、思春期が本格的になってきたのかな・・・と思っていましたが、学校でしつこいからかいのようなことがあったようです。 次第に夜ふかしをしたりするようになり、朝起きるのが大変になってきて、とうとう休んでしまいました。 今までいろんなことを頑張ってきた子なので、学校でうまくいかないことも相まって、疲れてしまったのかもしれません。 休むようになり、一時期は昼夜逆転になってしまいましたが、今は落ち着いています。 終業式にも行けないまま夏休みに入りました。 息子もこのままではいけないと思っているようです。 担任や部活の顧問先生も訪問してくださったり、部活の友達は一緒に行こうと声を掛けてくれます。 そのときは行く気になるのですが、朝になると起きられません。起こしても無視されます。その後は不機嫌になり不安定になります。 もうどうしたらいいかわかりません。 毎日泣けてきます。
なぜ、罪のない人間がひどい虐待を受けたり、見ず知らずの通り魔に刺されたり、災害に巻き込まれて亡くなったりしなくてはならないのでしょうか? 自らの努力ではどうにもならない苦境時にこそ、救うべき立場にあると思うのですが。 ですから、神や仏を信ずることができません。
こん○○わ。初めまして。よろしくお願いします。 さいきんとある方から聴いたのですが、阿弥陀仏の48願というものがあるとききました。 今流行りのアイドルのような数字なので、気になり調べましたが、 センターの願いとでもいうべきでしょうか。 第18願を浄土宗の法然氏は一番大切と言ったそうですが、インド語の原文にはない部分で書き足された部分だという話をききました。 私も聞いた話なので、詳しいことは知りませんが、 このことが本当なら、これはどのように捉えれば良いのでしょうか?? お坊さんの皆様お願いいたします。
私の家は浄土宗の檀家です。 浄土宗(浄土真宗も同じだと思います)では、「ただ南無阿弥陀仏を唱えれば、臨終に際して阿弥陀様が現れて浄土に連れて行ってくださり、そこで悟りをひらいて救われる」という思想だと理解しております。 しかし、どうしても心の中にもやもやが残ってしまいます。 といいますのは、「南無阿弥陀仏を唱えれば浄土に連れて行ってもらえ、悟りをひらける(=救われる)」というのを裏を返せば、「南無阿弥陀仏を唱えない人は悟りをひらけない(=救われない)」ということになってしまわないかと思うのです。 「自分に帰依しないもの、信じないものは救わない」などと、阿弥陀様はおっしゃるようには思えないのです。そんな心の狭い方ではないと思うのです。 おそらく「信じるものは救われる、でも信じてない人も救ってあげるよ」とおっしゃると思うのですが、ではそうなると「南無阿弥陀仏」をお唱えするのに果たして意味があるのかどうか、唱えても唱えなくても救われるのであれば、なぜ「南無阿弥陀仏を唱えると良い」とされているのかという疑問がわいてきます。 つまり 「南無阿弥陀仏を唱えないと救われない」→阿弥陀様はそんな心の狭い方だろうか? 「南無阿弥陀仏を唱えなくても救われる」→じゃあなぜ南無阿弥陀仏を唱える必要があるのか? という板ばさみといいますか、ジレンマに陥った気分になるのです。 これについて、お坊さんの見解をお聞きしたく、よろしくお願いします。