絶望から立ち直るには
家を追い出され、生きる意味を失って絶望しています。
夫に対しては、相談や共感してくれないなど、多少の不満はありましたが、大きな衝突はなく、仲良し夫婦でした。ところが、数年後にひとりっ子の長男が産まれてから、夫婦仲が一変しました。
夫は育児に非協力的で、気が向いた時に関わる程度でした。息子は育てにくさがありましたが、私なりに愛情深く育てました。夫とは次第にコミュニケーションが減っていきました。
息子は小学校でいくつもトラブルを起こし、中学年の時に発達障害と診断されました。社会性・共感力・想像力がなく自己中心的で、手が出ることもしばしばでした。関わってくれる保護者は皆無で、私と息子は常に孤独でした。支援級は夫が希望しなかったため、普通級に通わせました。
このままでは、息子はいずれ社会から孤立してしまいます。私は医師や専門機関に相談したり、家庭でも社会性を育むトレーニングを行なったりと孤軍奮闘しましたが、高学年になるとトラブルの内容はより深刻化しました。
一番困ったのは、夫や同じ敷地内に住む義父母が障害に無関心だったことです。無責任に息子を庇い、私を責めました。もともと母親に執着しない息子は、徐々に私の指示を聞かなくなりました。
息子の障害を知る中で、夫にも何らかの障害があるのではと気付きました。私ひとりでは、もう子供を支えてやることができなくなっていました。どうしたら夫と一緒に子育てができるかと悩んだ末に、息子の世話を一旦夫に任せ、手助けが必要な時はいつでも助けると伝えましたが、夫は私に助けを求めることはなく、半年後、息子を連れて家を出て行ってしまいました。結果、夫と親族から離婚を迫られました。
夫は「お前の子育ては失敗だった」と私を罵り、義姉は「障害を理解するなんて無理。子供を預けるなら育て方に口を出すな。嫌なら子供を連れて出ていけ」と言いました。さらに、夫が卑怯な手段で私を罠にはめようと画策していたことを知り、夫婦仲の修復は不可能だと思いました。息子は「ママと暮らすのは無理」と答え、私は一人で家を出ました。
私が情熱を注いだ子育ての十数年は無意味だったのでしょうか。仕事を続けていたことと、私の親兄弟や友達が気持ちに寄り添ってくれることだけが救いです。子供の将来を思うと、心に開いた穴は一生塞がらないように思います。絶望から立ち直る方法が知りたいです。
有り難し 16
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