死が近いことを知り、心が冷めるのは?
2年前から乳がんの治療をしています。そして、徐々に上がっていた腫瘍マーカーが、このたび倍の値をはじきだしました。
数ヶ月、様子をみて、おそらくまた再び抗がん剤治療が始まります。
できれば長生きしたいのですが、がんが見つかった時には全身に転移していました。幸い自覚症状は全然ないのですが、画像でうつったがんの影や、異常な数値を見ると、私は(も)、時間はもうあまりないのかもしれないと実感します。
38歳、夫を残して死ぬことは心残りですが、他に関してはなぜかすごく冷めているのです。
窮地に陥ると実感するような、生きたい!とか死にたくない!という情熱や、あたたかな感謝や、しみじみと人生をかみしめるような気持ちが、全然起きてきません。
死んだら死んだだな、もう疲れた、というのが今の気分です。
できれば、あたたかな感謝の気持ちや、なにかを目標に進めるようなエネルギーが欲しいとも思うのですが、その反面、簡単に人にわかるか、わかられてたまるか、というどうしようもないスレた気持ちが強いです。
からだと心を善きもので満たしたほうが、予後もよいと思うのですが、そうなれないことに不安と焦りがあります。
しかし、それよりもこの冷めた感じ、やけくそみたいな気持ちがわいてることが、なにより自分らしく感じてしまいます。
天命というものがあるのなら、それは心のありかたや、生活のありかた、生き方は、繋がっているのでは、と思うのですが、このような冷めた、すれた、感謝もないような心や生活のありかたは一体どうなんでしょうか?
心身を入れ換えるエネルギーがないというのが正直なところで、虐待、流産や、病気になったことで思いもよらない悪意ある言葉をなげつけられることのショックで、もうどうにでもなればいいわというのが正直な気持ちなんです。
そんなだから、腫瘍マーカーの値があがり、がんが増えているのか?
いっそうエネルギーがなくなり、本当に冷めてしまっています。
病と心・生活のありかたは、どのような関係があると考えていいのでしょうか?
また、こんなに冷めた気持ちでいる自分は死が近いんでしょうか?死の近い人間は心は冷めていくものなんでしょうか?あたたかみをもったほうがいいのでしょうか?

有り難し 33

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