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hasunoha 問答検索結果 : 「 宗派 」
検索結果: 2840件
2023/11/06

家族や他人とうまく関係を築けない

いまだに家族や他人に心を許して素直に自分のことを話せません。 小学校高学年ごろから、祖父が亡くなったことがきっかけで家族関係がくずれていったように思います。 詳しく教えてもらえませんでしたが、家族をとりまく仕事やお金関係のことでいろいろ問題があったようです。 母はストレスがたまっていたのか厳しく気難しくなり、祖母たちとの関係も悪く、一番仲がよかった妹とも激しくけんかして以来一言も口をきかなくなりました。 わたしは家族や学校の人たちともぜんぜんうまく話せなくなり、不登校になったりしました。 わたしは気難しく神経質でずっと不安定で、自分を守るためなら平気で人を傷つけるような大人になってしまいました。 その反面、何の目標も持たず、仕事もうまくいかず、やる気のないわたしは高い学費も親からだしてもらい、生活費もまかなってもらい、実家でずっと親のすねをかじって生きていました。 ここ数年で、家を出て親と距離を置いてやっとなんとか自立できるようになってきたところです。 人間関係や仕事は今もうまくいかないことが多いです。自分が認められるか不安でなにもできなくなります。 ずっと家族のことや、いままで傷つけてきた人のことを毎日思い出し、自分はどうすればよかったんだ、これからどう生きていけばいいんだと考えます。 もしあの苦しかったとき、母がもっと自分に寄り添ってくれたら、だれかが気にかけてくれたら、と思う反面、自分では何もできない自分自身にも嫌悪感があります。 ぐるぐると考え続けて苦しいです。どのように自分の過ちを償うべきでしょうか。

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2023/11/19

離婚した親の葬儀後の後始末を教えて下さい

僕の両親は20年以上前に 僕が中2の時に離婚し、僕は高校卒業まで弟と共に母と暮らし現在は訳あってまた父と2人で暮らしています。 父は来年古希で母も今年還暦を迎えたのでそろそろ死というのが脳裏にちらつく頃です。 僕は現在独身の上に長男で弟は遠く離れた北海道に彼女と同棲していてアテにならないので両親の最期を看取るのと後始末は僕がする事になると思います。 九州の長崎が地元で僕自身も県庁所在地の長崎市に住んでて父の実家も墓も長崎市内にあるので父が亡くなったら祖父母と同じ墓に骨を入れてあげればいいと思いますが問題は母の方です。 母の実家とお墓は長崎県北部の平戸という田舎の島で長崎市内からは急いでも3時間はかかる場所です。 父の場合は火葬まで住んだらそのまま長崎市内の墓に入れてあげれば大丈夫だと思いますが、母のように離婚した親の実家と墓が遠方にある場合でもやはりそちらに骨を入れるべきでしょうか? 因みに母は5人きょうだいの4番目ですが皆さん平戸からは離れた場所(福岡・久留米、福岡市、愛知・豊橋、長崎・佐世保)に住んでて しかもほとんど僕は最近おじおばと付き合いがありません。 辛うじて久留米にいる母の一番上のお姉さんの連絡先を知ってるくらいです。

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身内の縁切りたい

はじめまして。 昨年初秋に母が亡くなりました。 母は亡くなる1年前の夏にくも膜下で倒れ、奇跡的に一命を取り留め、その後数回の脳手術やそれに伴う身体のあちこちにメスを入れる処置をした後に亡くなりました。 亡くなるまでのその間、身内内で手術や治療法に際し、色々と話し合いがありました。 母の側にいる父と、弟、弟の嫁はどんな形でも良いから生きていて欲しい、手術して例え麻痺が残ったとしても生きていて欲しいと泣きながら訴えてきました。 私と兄は脳だけに、今後色々考えても母が苦労するだけで、無駄な治療や手術を繰り返しても治る見込みを考えれなかった事と、今まで散々苦労させて頑張らせてきたのに、何故また病に倒れたこの時まで痛い思いを何度もさせなくてはならないか疑問視し、手術と治療に際し何度も反対しました。 私と兄は飛行機を要さないといけない遠方に住んでいた為、どんな意見も通らず、結果1年間、母は寝たきりのような状態で最後は苦しみながら亡くなりました。 もっと早くに楽にしてあげたかった。 身体に何回も傷を入れず、早く楽にしてあげたかった。 父と弟夫婦に対する怒りで、葬式も泣けなかった。 葬式後、父と弟夫婦と連絡切りました。 残された父70代が亡くなる時が来ても、葬式には出ないつもりです。 もう身内の縁切りたいです。

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実家の仏壇が浸水しました/買い替え

はじめまして、よろしくお願い致します。 . 先日の大雨で、実家である母の家が水浸しになりました。 その際、小さな仏壇ではありますが、一番下にある引き出しが浸水し、雨漏りもあったため仏壇を買い替えなければならないということでした。 その話の時、母はお位牌を持ってきました。 12歳で脳腫瘍で亡くなった母の弟と、48歳で過労・心労で亡くなった母のお母さんのお位牌です。 . 調べたところ、ご本尊様が阿弥陀如来様であること、左右の掛け軸が文字であることから、真宗大谷派だと思います。 しかし、菩提寺があるかどうかが分かりません。 現在は私の家にお位牌があります。 ご本尊様はない状態です。 お位牌を並べて、お水と仏飯をお供えして手を合わせています。 . 私と母は2人とも精神疾患を持っており、生活保護でくらしています。 同居が当たり前なのですが、母と私の間には何かと柵があり、互いの主治医の許可が下りず、目と鼻の先ですが別々に住んでいます。 お訊ねしたいことは . ①母が新しい新居に引っ越しても、来年頃に再婚が控えているため、新居にほぼおりません。 仏壇をお相手の家に置いてもよいのでしょうか。 ②私の弟が長男ですが、母は長女である私に仏壇を継いで欲しいと言っています。 私はとても嬉しく思いますが、それでいいのでしょうか。 ③生活保護で金銭的に厳しい場合、閉眼供養や開眼供養はどうしたらよいのでしょうか。 . ということです。 あと、これは関連づけるつもりはないのですが、不思議なことに何かの節目で、連日亡くなった人達が出てくる夢を見ます。 その際、皆苦しそうな顔をしており、シチュエーションは葬儀や神社・仏閣です。 その夢を見なくなったら事態が好転することが多いのです。 今回も連日その夢を見ていて、母がお位牌を持ってきた日から夢を見なくなりました。 何となく「これだったのかな」と感じました。 . ご教示頂けることがありましたらどうぞよろしくお願い致します。

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納骨への迷い

納骨についてご相談させていただきます。 昨年の夏に配偶者を亡くし、現在遺骨を自宅の仏壇に安置しております。 昨年の葬儀の際、突然であったこと、郊外の自宅近くで葬儀を行ったこと、コロナ禍でもあったことから、家族葬で簡素に行いました。その際に、少し様子を見たいので、納骨は一周忌の時にとしました。その後、四十九日、百箇日は、お経を読むことができる親族に来てもらい、これまた簡素に自宅でお経をあげていただきました。 一周忌まで一か月となったのですが、墓のある霊園の法要室はコロナのため使用不可、おそらく導師の方も来ることはできそうにありません。一周忌、納骨法要はきちんと行いたいと思っていましたが、難しい状況です。霊園の方では、法要を行わず納骨だけはできるようです。 納骨に関して調べてみると、時期等には特に決まりはなく、遺骨にもあまり執着しないようにした方がよいという記載が多かったように思います。 きちんとした法要等を行って納骨したいという気持ちと、いたずらに納骨を遅くすることへの抵抗の間で悩んでいます。 納骨を行いたい気持ちとして、今は在宅勤務ですが、コロナ禍の状況が変われば、元々出張族であるため自宅を離れることも多くなりますし、故人との思い出の地を訪ねたりといったことも行っていきたいと思っています。 納骨を遅らせる気持ちとして、簡素な葬儀であったため、納骨法要はきちんと 行いたいこと。このような状況が、「納骨はまだ待って」と故人に言われている ような気持ちにもなることがあります。 僧侶の皆様のお考えを教えていただければと思います。 ------------------------------ 以前に「義父、義母の菩提寺へのご供養依頼」という質問を行い、和田隆恩さま、日延さまにご回答いただきました。義父母の菩提寺と連絡を取り、追善のご供養が無事できました。田舎に伺うことができなかったのですが、ご住職さまが 読経、塔婆を立て、その画像をメールでお送りいただきました。また、墓地のお世話をしてくださっている本家の方にもお話をしていただいたようです。 こちらでの回答をいただき、追善供養を行ってよかったと思っています。 ありがとうございました。

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