私は統合失調症ですが、一つ気づいたことがあります。それはロマンスがあるということです。もちろん健常者の人の恋愛とは違います。それは関係妄想という形をとります。 銀幕のスターから女性のアスリート、電車で会った女子高生。病院のデイケアであった女性患者まで色々な女性と結婚するという妄想を次から次へと抱いてきました。 多くの妄想は時間とともに移り変わっていきます。もちろん成就したことは一度もありません。実は今も関係妄想を抱いています。病院で会った心理士の先生です。 彼女と結婚するという妄想がわいてきます。以前も彼女と結婚するという関係妄想が沸いたので彼女に問いただしたら私と結婚するつもりはないとのことでした。 彼女は昨年の年度末に大分を離れて佐賀に転勤になったので今回はお伺いを立ててはいませんが、彼女と結婚するという妄想は沸いてきます。 こういう時どうするかというと妄想を思いっきり楽しむ、ことに尽きます。彼女と結婚して就職して子供を作って家を建ててという具合です。 そのうち妄想のほうから引いていきます。こうして何回も関係妄想をやり過ごしてきました。たぶん一生女性と結婚することはないでしょう。 それでも私も男です。女性を守ったり、愛し合ったり、手をつないで歩いたりしたいです。しかしすべては虚構です。叶わぬ夢です。一生女性と結ばれない。 こんな人生で果たして満足しなければならないのか。自分の障害ゆえに障害に甘んじていいのか。教えてほしいです。自分の統合失調症とうまく付き合っていく。 障害を個性だと割り切る。しかし欲求はわいてくる。障害者どうして結婚した人もいますが上手くいった例はあまり聞きません。子供のころは結婚だけはしようと思っていました。 やはり結婚は無理なんでしょう。しかも健常者と。教えてほしいのは結婚できないことではなく結婚を望んでしまう私の在り方です。現実を見れば無理なことを望む。たとえ妄想と分かっていても。 いつになったら妄想がなくなるかはわかりませんが、妄想だと納得すること、病識を持つこと。楽しんでいくうちに消えていくことを心に決めて妄想とお付き合いするしかないみたいです 仏教では叶わないことを望むことに対してどうしたらよいと教えているのでしょうか。
私の家系は、遺伝なのか、機能不全家庭の状況がずっと続いているせいなのか、鬱病を患う人間が多く、私自身も20年位まえから良くなっては少しのきっかけで、悪くなるの繰返しでずっと鬱と付き合ってきました。まわりに迷惑をかけるのも辛いのですが、本人自身もなかなか泥沼から抜け出せない事が辛くて、何のために自分は生きているのかわからなくなります。 鬱になる度に、病院にいき、カウンセリングを受けて、本人も治そうと色々と試して努力してみますが完治しません。いつも鬱と共に生きてきて、仕事や育児をこなしていますが、本当に良くならないのが、悔しくて煩わしく、とてももがき苦しんでいます。 あまりに繰り返すので、私は一生このままではないかと絶望してしまう事もあります。 何とか抜け出す方法はないでしょうか。それとも代々呪われた血筋でもあるのでしょうか。 もういい加減にしたいといつも思っていますが、精神や身体がついていきません。
期間は卒業するまでの4年間です 最初は放課後にやるクラブの延長のようなものだったらしいのですが私が入った時には顧問がやりたい放題の無法地帯でした お気に入りの子を贔屓してそうでない子は自分のストレスを発散する道具にするような顧問でした 運動音痴の私は格好のいびりの対象でしたし、それを見た他の子からも嫌がらせや陰口など日常茶飯事でした 顧問が説明している最中、隣にいたお気に入りの子達が雑談していたのに私が話していたと言ってボールを投げつけられ顔が腫れたこともあります 試合に出してもらったこともなく下手だからという理由で練習をさせては貰えずアップ以外はコートの外に立っている毎日でした 同級生の子達も学校では普通に仲良くしてくれるのにバスケの時間になった途端馬鹿にしてくる豹変ぶりがとても怖かったですし、毎日顧問に罵られ周りに笑われるのが怖くてどうすればサボれるかしか考えていませんでした バスケの練習は木曜日以外土日含めて毎日夜の7時まであり、唯一休みの木曜日は水泳の習い事があったので友達と放課後遊ぶことも出来ませんでした やめたいと言えば母と父から大声で怒鳴られて手が飛んできます 昔から直ぐに手が出る両親でしたから小学生当時は怖くて続けるとしか言えませんでした 母曰く「馬鹿にされたまま辞めると尻尾巻いて逃げたみたいで悔しい」との事ですが私は全く悔しくありません 未だに外で当時のバスケ部のメンバーを見かけると息がしにくくなってその日は1日気分が沈みます バスケットボールを見るだけで吐き気がするので中高のバスケの授業は仮病をつかって保健室に行っていました 先日両親といる時に小学校当時の話になった流れで 「小学校の時は本当に辛かった。放課後が近づくとお腹が痛くなるし、長期休みになると一日バスケだから夏休みが大嫌いだった」と言うと母に 「私だって顧問や他の親からお前の事で嫌味言われても耐えてた。お前はそれをこれからも言い続ける気か?済んだことに対して謝り続ければいいのか」と怒鳴られて口論になりました 少しヒステリックなところはありますが母のことは普通に好きですし、ここまで育ててもらったことも感謝しています でも小学校の頃の思い出は今でもトラウマになっていてこのことに関しては一生恨み続けると思います こんなことで恨み続ける私はどうかしているのでしょうか
生きる目的、意味がないと考えてる人は死んでるのと同じ様な気がするのですが自殺は人として生きている以上死ぬ手段として間違っているのでしょうか?自殺に意味はあるのでしょうか?
初めまして。今は浪人しているものです。 家族や友人にも恵まれていることはわかっているのですがいつからかは覚えてませんが小さいながらも希死念慮があります。 絶望しているわけではないのですが、死ぬということに対して魅力を感じているのもたしかです。 そして浪人が思うようにいってないいま、ふと自分がいないことによるメリットを考えてしまい、そのことに対してのメリットは思いついても自分がいることによるメリットが思いつきません。家族を悲しませたくないので相談も出来ないので自分が生きることによるメリットがもうわからないのです。消えることによってのメリットは思いつくのです。 確定ではありませんがナルコレプシーという病も背負っている自分に対しての将来に時々もう嫌だな、と消えてしまえたら楽なのに、と思ってしまいます。 自分に保険がかかっていて、銃が手に入っていて望む死に場所が見つかっていたら既に死の手をとっていたんじゃないか、とまで思います。 こうやって死にたい、消えたい、と考えていてもそれを実行することが様々な面で難しいことも理解しております。 また、自分で自分を苦しめてしまう性格なので、これから幸せなことがたくさんあってもふと死に惹かれると思います。そのときのためにも、生きるための考え方を教えて頂きたいのです。宜しくお願い致します。
長年の悩みを相談させてください。 二十歳すぎからずっと、漠然とした生きづらさがあります。 その時々に友達もいたり恋人もいたり、趣味や仕事があったり、決して不幸ではないと思うのですが、慢性的に孤独だなと感じます。 楽しいことがあった後は反動で寂しくなったり落ち込んだりして、それがきついです。 不安なことを考えすぎて、眠れなくなることもあります。 仕事も恋愛も、あまり長続きしたことがありません。 なぜ、友達や家族がいても孤独を感じたりむなしくなるのか、自分ではよく分かりません。 生きてくのってしんどいなあ、ひとりだなぁと、時々漠然と思います。 抽象的な悩みですが、何かアドバイスいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。
もうすぐ、卒業します。3月1日には、学校からいなくなります。話したいことがあるのですが、決して絶対ではないです。カウンセリングに行って話をしようと思い、親に頼みましたが このくらいお金がかかるんだよ と聞いたのでしばらくは厳しいかと思います。話を、するなら頼れる大人に相談するのですが、同じことしか言われないことに認められないことと自分がまだ、話し方が小さいときと変わらず言いたい言葉がなく話せないです。当然のこと、意欲がないのでまあいいやで進めてきたので、ドンドンダメになり、変えられないままに。今入っている、特別支援学校で話しても自分はうまく伝えれないし、また、親が誤解されてしまうのもあるし、話しても自分は変わらないからです。 今でも引っ掛かることは、親が言っていた、「取り返しのつかないところまでいっている」というところです。 ここから過去の話になります。最初は、普通学級に入っていました。だんだん自分は、自分の世界に入っていたので周りから浮いてしまい、友達も作らず、話しもしず、勉強もしない、自分の短所に気付かないままになり、平成25年の11月から特別支援級に入って、卒業しました。 高校で3年目になり、母親は、娘(自分)が特別支援学校に行ってしまったことを嘆いているそうです。自分では、あまり感じません。それでいいと甘い気持ちが出てきて、自分の人生のことを考えて勉強をする自主的にやることをしない、ヤバイこともイメージしにくいままになり、親がどれ母親も悩んでると思います。父の方は、ほっとけばいいと思っています。そりゃそうですよね。自分の人生は、自分で決めるもの。後悔するしないは自分。絵の通信は、受かってから親に言われてやっていたので、自分でやる習慣が身に付かない。仕事をもらうには🅰️➕をもらわないと仕事につけない。絵の道に行きたいのか、裁縫の道に行きたいのか?聞かれて絵の道と決めたのは自分…親に秘密であっているご住職さんですが、私のためにといろいろ考えてくださってました。そのご住職の方に絵の道は合わないと思うと言われ認めれませんでした。なぜ、複雑なことを考えるのが苦手頑張ることが出来ないのか考える必要があるのかもしれないです。
こちらで相談させていただき、それがきっかけで禅の教えに関する本などを読み漁るようになり、昔に比べてかなり心に余裕を持てるようになりました。他人に苛立つこともかなり減り、なんでもないと思っていたことがありがたいと思えるようになりました。本当にありがとうございます。 ですが、未だに大いに苦しめられているものがあります。それは染み付いた負け犬根性、逃げ癖です。 以前から受験や試合などの勝負事になると、どうしても過去の成功体験のなさや周りに対する劣等感から、やらなくちゃいけないことはわかっているのにやらずにまた失敗して……ということを繰り返しています。自分で負けることに慣れているんだろうなと思います。星野監督がいらっしゃる前の阪神のようです。どうすればこの染み付いた根性を治せるでしょうか。助言をどうか、よろしくお願いします。
世の中の人が皆、ネットやSNSなどをやっているため、全て監視されていて、自分のしていること全てが知らされている、知られなきゃいけない、という状態な気がします。苦しいです。 これは私の勘違いですか? 勘違いな気がしないのですが…。 これから先も、こんな世の中がずっと続くのでしょうか? だとしたら、しんどすぎます。 自分がネットをやめても、他人はやめません。 プライバシーなんて全然守られていないと思いませんか? ネット禁止になってほしいです。 アドバイスお願い致します。
知らない事を知りたかったです。 あの人の人柄を好きになりました。 距離を置かれてしまった気がします。 あの人は、もう何も教えてくれないのでしょうか? 嫌な事してしまった? 引け目を感じてします。 何で、人生上手く進まないんだろう。 何で、こんなに一歩踏み出せないんだろう。 一歩も踏み出せないまま二度と訪れない好機を逃す方が、怖いのに。
去年母が再婚、姉が結婚し 母も姉も県外に住む事になり一人暮らしを始めました。 母が再婚し幸せそうで心配事もなくなり、仕事も順調で 一人暮らしも仕事もプライベートも楽しいはずなんです。 でも毎日孤独を感じ、虚無感に襲われます。 昔は死にたいと思う時が何度もありました でも今は死にたいとも生きていたいとも何も思いません ただただ生きている意味がわからずさ迷って助けて欲しいと思う時があります 何から助けて欲しいのかわからないんですけどね
こんにちは。 私は現在海外の大学に留学しています。小学生の頃からの夢でした。頭のいい高校や大学に進学するためにずっと習っていた英会話を辞めて受験英語を勉強したり、海外への留学プログラムなどを諦めたりして入った高校で私は精神を病みました。結局退学して、4年かかったけど最後には通信制の高校を卒業しました。そしてついに海外の大学に合格して、現在も日本を離れて勉強しています。やっと私の人生を楽しめるとさえ思いました。将来は作家になりたいんです。 そんな矢先に母が乳がんになりました。正月に帰省した時にそう告白されました。その時は私が海外で頑張ることで母を勇気付けることになると自分に言い聞かせて飛行機に乗り、また日本を離れました。 でも夜中になると目が覚めて、目がさめると不安でどうしようもなくなってしまいます。朝が来ても不安で、また夜になっても母の事が心配でたまりません。時差があってなかなか連絡するタイミングが合わなくて、それでも合間を見つけては電話をします。電話越しで少し体勢を変えるだけで体が痛いと辛そうにしている母を見て、私は留学なんか辞めてすぐに日本に帰るべきだと思いました。母にも 「出来ることなら一緒にいたい」と言われました。分かっているんです。私は日本に帰るべきなんだ。 でも。夢を諦めて、現地で出来た友達や好きな人のことも諦めて、病気の母の元に帰って、もし母が死んでしまったら私には何が残るのだろう。最終学歴は通信制の高卒、自分で終わらせようとしている留学生活への無念などしか思い浮かびません。だからすごく無理矢理な考え方かも知れないけれど、なんだか死ぬしかない気がしてしまうんです。全部諦めて母まで死んでしまったらきっとどうにかなってしまうから、その前に死んでしまいたいんです。
今やっているアルバイト先の雰囲気と嫌な先輩からのストレスで体調的にも精神的にも不調なので辞めようと考えています。 次のバイト先が決まってからにしようと思っていて、今週面接なのですが、不安や、決まるまで今の職場で耐えて乗り切るのがキツく感じてしまいます。 休日の終わりにバイトの事を考えてしまって気分が落ち込んだり、バイトの日の朝は起きるのにすごく時間がかかったりするので辛いです。いざとなれば決まらなくても来月の頭には辞意を伝えてしまおうかとも考えています。 辞めるまでどう乗り切ればいいでしょう?
心が疲れきってしまったのか身体が動かなくなり、朝も起きれず昼も起きれず、布団からなかなか出られません。ずっと横になっています。いつまでがんばればいいのですか。楽になりたいです。
異性と交際したことがほとんどないのですが、年齢を重ねるに連れ 「○○さんもそろそろどう励まされたりするような言葉が重荷です。 「私も、もういい年なので、そういうのは正直もういいかな…しんどいかな…」 いつもはこんな感じで答えているのですが、なんというか、恋愛にせよ、結婚にせよ、 「そういうのはみんなして当たり前」 なものなのでしょうか。それができない私は、当たり前以下なのでしょうか、と時々感じてしまいます。どう向き合うべきでしょうか。
先日私の具体性に欠ける、奥歯にものが詰まったような愚痴のような質問に応えて下さり、ずっと回答を考察してました。 その時々の私の見たてがどうであれ、自分目線で世界を見ていては、環境にフラつきいつまでたっても頼りにならない自分の世界で苦しむ ことになりますよと、言われたように思います。 自分を苦しめているのはあらゆる煩悩で「自我」(自己中)だとココhasunohaでも僧侶の方が口酸っぱく何度も言っておられ、私も何度も自我を手放す手立てを見聞きしてます。 しかし無我や手放すと言うと、主体性を放棄しているように思えてならなかったのですが、自分と言うのは条件次第で左右され頼りにならないから例えば「縁起」や「空」、この世界は常に変化し、お互いに影響を与え合う相互関係にある。 みんな繋がってるから、自分もみんなも尊い存在、軽んじちゃダメ!ピラミッドの頂点に人が(自分が)立ってるんじゃなくて網の目の一つで、人知を超えた自然の働きも誰かに想われてることも誰かに想われてることに気づけなくても繋がってる。 と言ったことついて言葉の上では理解しても、自分が騒がしいのは、禅の方(ザックリですみません)が座禅をして余計(自我)なものを手放すと言う事と、歎異抄の中で親鸞聖人が「何が善で何が悪なのかそのどちらも私はまったく知らない…」と言っておられるのは自分から見たら許せない又は自分が裁きたいと言う想いを手放して、「…この世はむなしくいつわりで真実と言えるものは何一つない、ただ念仏だけが真実(確かなもの)である」とおっしゃり、自己のはからいを捨て念仏し阿弥陀様にお任せすると言う事と同じで、だから座禅する、だから念仏すると言うことでしょうか? だから思考が暴れても身体(振舞い)を整えることができる修行(座禅や念仏)や信仰が必要と言うことでしょうか? いつも長くてすみません。
このからだから全部なくなればいい
参加したい気持ちがあり応募しましたが大会が近づくにつれて、ビリになったら恥ずかしいという気持ちが大きくなってしまい憂鬱です。 前向きになれるアドバイスがあれば教えてください。
はじめまして。なちみと申します。 今年32歳になります。 最近の私の悩みは昔に比べ、 楽しいと思えること、楽しみに思えることが減ってしまったことです。 例えば昔は映画が大好きだったのに、 今は新しい映画に触れることが億劫で、 時間があっても今度でいいや、とか思ってしまいます。 もちろんたまに感動して泣けるくらいのことはありますが…。 休日が出来て、どこか出かけよう、と思っても、 お金がかかるし、とか思って家でダラダラ。 ひどい時は食欲もありません。 感動がないのもありますが、 やる気が気力がない、というのも近い表現かもしれません。 正直毎日つまらない、と思い日常を過ごしています。 元気な体で仕事をして、大きな人間関係の悩みはない 今の自分の環境には感謝してますが、 どこか色あせたように感じてしまうのは、 どうしてでしょうか。 何故か自分を責めたくなったり、切なくなったり 周りはもっと楽しそう、と比べて、 心が沈みます。 感動が減るのは年齢のせいでしょうか。 心が充実するようにする生き方をするにはどうすればいいでしょうか。
はじめまして。 自分で考えても答えが見つからず、この場をお借りして質問をさせていただきました。 近頃、自分が何のために生きているのかわかりません。人は皆、何か目的や目標を持って生きているのだといいます。そのために一定の苦痛を我慢し、対価を得ているのだと思います。 それでは、何も無い私は一体どうしたら良いのでしょうか。 特別幸福でも不幸でもありませんし、現在の生活や職にそれほどの不満があるわけでもありません。ただ、今後生きていくうちに、生きる目的や意味が見つかるとも思えないのです。自分の人生に、何の楽しさも見出すことが出来ません。 私は、偶に人に容姿を褒めていただくことがあります。それを喜ばしいことであると捉えられていたのも短い間のことで、現在は一種の偏見や差別のように感じられてならないのです。 ある人が言うには、私はこのみてくれのおかげで何の苦労もせず、稚拙さを見逃され、失敗を許される楽な人生を送っているそうです。 そうかもしれないし、そうではないかもしれません。仮に私がそうではないと思っていても、周囲からはそう捉えられているのだと思うと、相手にも、そして自分にも期待するのをやめるほか、ありません。 こんな自分でも人と関わるうちに人間らしい感情を育てることができるのではないかと考えたこともありました。しかし、そうではありませんでした。何もない自分を知られる恐怖からか、近づいては離れるということを繰り返し、結局相手を傷つけてしまいます。 こんな人間が、これからどうやって生きていけば良いのでしょうか。 毎日、死ぬ事を考えています。 死ぬことではなく、死の直前に訪れるであろう痛みへの恐怖から実行に移せずにいます。 これまでの人生のこと、今後の人生のことを私なりに沢山考えたつもりです。死後周囲の人間に迷惑がかからないよう、できる限りの準備は整えてあります。 早く、この煩わしいすべてのことから解放されたいです。 私はまだ手遅れではないのでしょうか?