死ぬまで苦しかった父を思うと胸が締め付けられます
父は糖尿病慢性腎不全による透析導入で退院後、命をもう一度もらったと喜んで母の作る透析食をよく食べ、散歩を楽しくしていました。
しかし、専門医の受診を度々すすめたのに聞かず、透析導入と手遅れになったことを怒っていたのと、母がいかに父に尽くしているかよく聞かされていたので母の今後を心配するあまり私は優しい言葉をあまりかけませんでした。むしろ着替えなどは自分でするようになど発破をかけていました。透析も順調そうで安心していました。
散歩でできた靴擦れが治らず菌が入り、足が切断になった上、看護師におむつを変えてもらわなくてはいけない、食事をしてはいけない、水も飲んではいけない、制限がありほとんど面会がかなわない状態で父は急変し死をむかえました。死に目にあえたものの、再入院後にかすれ声で聞いた最後の言葉は「ごめんな」で、むしろこちらが優しくしなかったことを今更謝りたくて叶わなくて日々苦しくて仕方がありません。
死んでから、自分が愛されてきた軌跡の写真をたくさん見つけて、なんで忘れていたんだろうと涙がとまりません。
死んでから、何年も前から少しでも歩くと疲れてしまっていたのが病気の症状だったこと、仕事がすごい大変なのに母と私に一切愚痴を言わなかったこと、調子がここ数年悪すぎて口数が減っていたことなど色々分かりました。
足の色が変わりはじめた時に知り合いの忠告通り病院に電話していたら今も生きていたなどの後悔もとまりません。産後まもない孫との思い出も作りたかったです。
生前父の身になって物事を考えることができなかった分今更苦しいのです。
過去は変えられませんし、父にはもう未来がありませんが骨の前で謝る以外に赦しをこう方法はあるでしょうか。
有り難し 14
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