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hasunoha 問答検索結果 : 「お坊さん 」
検索結果: 7810件

檀家ってどうなんでしょうね?

先日、父親の葬式がありまして代々檀家としてお世話になっているお寺のお坊さんに来ていただいたのですが、お坊さんの態度とか振る舞いがなんとも偉そうなカンジで親類一同イヤな思いをしました。 まずはお経をお願いするためにお寺に電話した時から上から目線で日にちや時間を指定されました。 お経をあげる前にお布施を前払いで要求したりお布施の金額を指定してきたりするのは普通なのでしょうか? 今まで参加したお通夜ではお経の後に親族を励ますような説法をしてくれたりしているとこが多かったように思うのですが、事務的にお経をあげて挨拶もそこそこにさっさと帰って行かれました。親戚の叔父さんの話では、お坊さんが代替わりしてから檀家からの悪評をあちこちで聞くらしいです。お坊さんは世襲で檀家の者はお坊さんを選べないんですかね? 私の兄弟も檀家をちがうとこにしたいとか言ってました。インターネットで調べても最近檀家を抜ける人が多いとか出てますが、しかし先祖代々お世話になっていますから簡単にはかないようにも思いますし…  どうなんでしょうね? 宗派に不満とかは無いので同じ宗派の別な檀家に入れてもらったりするのは可能なのでしょうか? あるいは本山に連絡してお坊さんを変えてもらったりできないのでしょうか? これから行事毎にそこのお寺にお願いして来ていただくことが苦痛になりそうです。 最近インターネットでお坊さんを派遣したりするビジネスがあると聞いて馬鹿々々しくて笑っていたのですが、今回自分がこのような体験してみると派遣して来ていただいたほうが正しいような気がしてきました。 今の時流がひとつ理解できました。 どうするのがよいとおもわれますか?

有り難し有り難し 41
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お通夜での出来事が許せません

先日、父が亡くなり親族葬を行いました。 突然の死でしたので残された家族と共にバタバタしながらも、父や列席していただいた方々に失礼のないよう努めてまいったつもりです。 そんな中、お通夜のお焼香の時に一人ずつ順番に出て行ったところ、お坊さんのお経の方が早く終わってしまい席を立たれてしまいました。さすがに退場されることはありませんでしたが、その時にお坊さんが「もっと早く出てこなあかん!お焼香は喋るとこちゃうよ!」とお怒りになられました。 喋るというのは恐らく、親族の方々が順番が来て前後の方と「どうぞ」「ありがとうございます」とやり取りされてたことだと思います(狭い会場でしたがそれ以外に会話は聞こえませんでした)。 たしかにお焼香は一人ずつ席を立たず前の方の後ろに並んで途切れることなくすべきだったのかもしれません。お葬式に不慣れとは言え、お坊さんにとっては無作法で失礼に値することだったのかと反省するところはあります。 しかしながらお通夜にも関わらず高齢の親族へ声を荒げられたお坊さんに対し、憤りを感じてしまったのも事実です。 故人である父はこういう場面だと「皆さん足元気ぃ付けておいでください。」と親族を気遣うような人です。その父に背を向け親族を怒ったことが許せませんし、父の通夜を、列席していただいた皆様の思いを侮辱されたような気分です。 何より喪主である母が「こんなことになってお父さんに申し訳ない」と落ち込んでいるのが辛いです。 いまだに気にしてしまっていること自体、父に失礼なような気もしますし、それよりも父を思う気持ちが大事だということは分かってはいますが、この出来事がなかなか頭から離れません。 我が家はお坊さんのお寺の檀家で、これまでも長く付き合いがあり、これからも顔を合わせることはあると思います。 どうやったら落ち込む母を励まし、またこの出来事を乗り越えて、今後もお坊さんとわだかまりなく付き合えるのでしょうか。

有り難し有り難し 39
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気持ちの解決法

私は今、相談する相手が居ない事に寂しさを感じております。 今までは悩んだり苦しくても、誰かに相談したり話したところで、結局は自分と同じ状況の人は居らず 解決するよりは余計に苦しくなるだけだと、 自分の中で消化する努力をしてきました。 布団の中で何時間も寝れず、ただ無性に涙が流れる事も多々ありましたが 朝になれば 悩んだところでどうにもならず、苦しんでも変わらず、すーっと息を吐き 何処かへ流すかの様に消す。 その繰り返しだった気がします。 自身が母子家庭に育ち、年の離れた妹を面倒みる生活から 自分の家庭を持つ事に憧れ、早く自分の子供が欲しいと望みました。 結果、子供を授けて頂きましたが愛する人との生活は許されませんでした。 子の父が他界し、それでも出産した私は子供を守るも、愛するも、時には叱り、支えるも、全て自分がしなくては!と、幼い母だから身に付いて居ないんだ。と子供が思われるのも避けたかった。 子供達が親になった時に 親から教わらなかった事は我が子にも教える事が難しいであろう。と、精一杯 私なりに努力して接して来たつもりです。 あくまで自己満足の満足にもならない「つもり」です。 長男が思春期を迎えている事を感じる日々、今までとの違いを感じ、色々な事柄にどう接したら良いか考えると 私1人では答えが出ず、悲しくなる事が増えました… 初めて、この子について共感できる父親が居たら 相談できるこの子の父親が居たらどんなにか。と感じる様になりました。 子供達から小さい頃にどうして家には父親が居ないの?と聞かれる事が有りましたが 私は「家にはおばあちゃんが居るよね?だけど、おばあちゃんが居る家もあれば、居ない家もある。おじいちゃんが居る家もあれば、居ない家もある。お母ちゃんが居ない家もあるし、お父さんが居ない家もあるんだよ?だけど、どれが普通で、絶対にどの人も居る家。なんて無いんだよ。たまたま家にはお父さんが居なかっただけ。そうゆう家もあるんだよ」と話し、子供達はそれについては受け入れてくれて居る様子です。 ただ、長男の事について共感してくれる父親が居ない。 そこは子供では無くて私の悩み。 絶対にもう叶わない、どうにもならない悩みなのです。 今まで消化してきた悩みとは違い、どうにも消化できずに居ます。 これまで素直に相談できなかった私ですが、どうか助けて頂けたら…

有り難し有り難し 6
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