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hasunoha 問答検索結果 : 「 お経 」
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日常的にお釈迦様の教えに触れたいです

以前、上司からのパワハラについてこちらで相談させていただきました。 その後、仏教について改めて調べました。お釈迦様の考えを思い出すことで、少しだけ仕事でのストレスが減ったように感じました。 その経験から日々、何かしら仏教の教えに触れたいと感じるようになりました。   仏教については幼稚園と大学が浄土真宗真宗大谷派で、お釈迦様の教えと親鸞聖人については少しだけ知っています。 しかし、お釈迦様の教えに触れられる方法で私が知っているのは教えを幼稚園児が学べるようにした歌のみ、物としては手元には大学からもらったお守り的なお数珠があるのみです。   祖父が住職だったこともあってか、小さな仏様の像は家にあるのですが、他の家族の部屋にあり私はあまり入ることができませんし、入ることができても仏様に手を合わせることしか仏教に触れる方法が分かりません。 ネットや図書館で探してみても、同じ宗派でも内容がさまざまでよく分かりませんでした。 また、転勤族のため特定のお寺の檀家ではなく、気軽にそういった相談ができるお寺がありません。   そこで ・宗派的にどのお経を唱えれば良いのでしょうか ・大学でもらったお守り的な数珠は身につけた方が良いのでしょうか ・念持仏など小型でも仏像を持った方が良いのでしょうか ・念持仏をお迎えすることとなった場合、真宗大谷派では阿弥陀如来一佛を本尊としていますが、干支守り本尊は不動明王である場合はどちらを選べば良いのでしょうか ・檀家でなくても、同じ宗派ならお寺にお話を聞きに行っても良いのでしょうか。   以上を質問させていただきたいです。 無知ゆえ、お坊さんからすると当たり前のことをお尋ねしているかもしれませんが、教えていただけますと幸いです。

有り難し有り難し 12
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仏壇を前にしての悩み

これから軽め・重め問わず、色々な事を質問していきたいので、どうぞよろしくお願いします。 私はぶっちゃけ寺というTV番組を、深夜枠のときから見だして、仏教や寺との付き合いに興味を持ちました。 その影響でリビングにある仏壇の前に、ちょくちょく気が向いたとき、座るようになりました。 しかし、私の家は日蓮宗ですが、いざ仏壇を前にすると、いろいろ悩みがあります。 1,正しい作法を知らない。  お鈴の仕方。  南無妙法蓮華経は何回?  他に仏壇で唱えるべきお経。  その順番など。 2,日蓮宗では南無妙法蓮華経と唱えましょうと言っているが、意味も分からず唱えることに疑問。  本のタイトルを唱えて、本の内容は知らないのは滑稽さを感じる(法華経が、今を生きることの大切さを説いている、というのは何となく知っている) 3,家族はこういうことに無頓着、皆がテレビ見ている中、仏壇の前に座って南無妙法蓮華経と唱えると、かなり恥ずかしい気持ちになる。  20代一般人の自分が、仮に熱心に仏壇でお勤めしていたら、ちょっとヤバイ奴だと思う。自分でも友達にそういう人がいたらヤバイと思う。 など、単なる疑問や、体裁に関しての悩みが多いです。 最初は、勝手がわからずに南無妙法蓮華経と、唱えてました。 ですが今では恥ずかしさや、よくわからないまま南無妙法蓮華経と唱えることに、モヤモヤした気分になることから、一人の時に、線香一本上げて、チーンして、手をさっと合わせて、逃げるように後にして終わりです。 仏教をヤバイ宗教とは思わないですが、一般人が、特に若い人が、少しでも宗教に熱心だと、ヤバイ奴とみなされる日本社会の影響だと思います。 信者という言葉自体が、現代では負のイメージですし。 どうすればいいのか、どう考えたらいいのか。 まとまりのない質問文ですが、宜しければお答えよろしくお願いします。

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2023/12/17

浄土で人はなにをしているのか

我が家は浄土宗ですが、私は必ずしも浄土宗の教えがしっくりきません。 後世安穏、往生安楽国という表現があります。死んだら極楽浄土に行く、というのですが、じゃあ浄土では安楽にのんびりと暮らすんでしょうか?何も苦がない世界では何をしているんでしょうか?それはとても退屈で飽きる生活が延々と続く事ではないかと悩みます。 解釈が間違っているかも知れませんが、私は最澄さんは「生きていることそのものが菩薩行だ」と言われたように思っています。だから日々、観音経を唱えるのは「自らもかくあれ」ということだと思って唱えています。 でも生きている間には私たちは菩薩の域には到達できません。となれば、死んでからも菩薩になるための修行をするんだと思っているのですが、すると浄土では何をするんでしょうか。地獄についてはたくさんの絵も説明もあります。しかし、極楽世界といわれるところで、私たちはどのような生活を、どのような思想的な深みを目指す営みをするのでしょうか。今が苦しい、その救いとして安楽な浄土があるという理解ではどうしても納得がいかないのです。 浄土で、私たちは何をする覚悟をもって旅立てば良いものでしょう。

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