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hasunoha 問答検索結果 : 「 お墓 」
検索結果: 1895件

初盆について

ご相談させていただき、ありがとうございます。 父が昨年9月初旬に亡くなり、今年初盆です。 初盆と一周忌を8月のお盆に一緒にすると母が決めました。 実家は九州で、私と弟は神奈川に住んでいます。 コロナの様子を見ていると、大分落ち着いたように見えますが、夏に飛行機に乗って帰省して良いのかかなり悩みます。 私と弟はなるべく実家に帰りたいと思っていますが、母は神奈川はまだコロナが落ち着いていないから、そして弟も私も小さな子供がいると渋っております。 また、親戚は同じ九州といっても他県で少し離れており、皆んなお年寄りなので、やはり一周忌に無理してきてもらうのは‥と母は思っているようです。 そうなると、母一人で初盆 一周忌の法要をさせることになります。 両親は数年前に住んだことのない所へ移住した際、父は母に「自分が亡くなったら、皆んなにわざわざここにきてもらうのは申し訳ない」と言っていたそうで、それを母は思い出したようで、無理しないでと心細そうに言っているので、本音かどうか分かりません、 弟は昨年の49日の法要も台風で移動できずにいて、初盆は実家に帰りたいと言っています。 初盆、一周忌の法要はその時期にすべきものでしょうか‥?と言いましても、延期したとしても、いつコロナご落ち着くか分からないので、随分先に延期になる可能性もあると考えると頭を悩ませるばかりです。 アドバイス、よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 23
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過去に亡くした大切な人について

10年以上前になりますが、高校生の時に当時インターネットで知り合ってお付き合いしていた彼を事故で亡くしました。 彼とは住んでいる場所が離れていた事や、お互い高校生であった事などから一度も会うことは叶いませんでしたが、電話やメール、写真のやり取りなどを介したお付き合いが一年半ほど続いていました。 当時私は心に問題を抱えており、家族や友人とうまく関係を築けずにいたので、いつも優しく、私の事を好きだと言ってくれる彼の存在は大きな支えになっていました。 そんな中、彼の近しい人物からの連絡とニュース記事で彼の突然の死を知りました。 両親には話せず、けれど自分一人ではどうする事もできず、結局彼のお葬式やお墓参りに行くことはできませんでした。 現在は縁あった方と結婚し、幸せな毎日を過ごしていますが、彼の事はいまだに忘れる事が出来ません。 夫はとても優しく愛情深く、私を大切にしてくれています。もちろん私も夫を大切に思っています。 けれど心の中にはいつも亡くなった彼の存在があり、日常で彼の好きだった曲や好きだったものに触れる度、彼を恋しく思います。 そんな風に彼を思い出すたび、他の男性の事を想っている自分が、夫にたいして申し訳なく、罪悪感を感じます。 しかしその反面、死後の世界があるのなら、いつか天命を全うして彼に会えたら、などと考えてしまう自分もいるのです。 一度も会った事のない相手を結婚してもなお想ってしまうのは愚かな事だろうかと悩む日々です。 身近な人には相談する事が出来ず、何か助言をいただけたら嬉しく思います。 よろしくお願い致します。  

有り難し有り難し 11
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護鬼佛理

こんばんは。 話が長くなるかもしれませんが、お付き合いくだされば嬉しいです。 ずばり、①ここにいらっしゃるお坊さまは家中のゴキブリにどう対処なさいますか。②また蚊はどうですか。 例: 殺虫する、生け捕りにして外へ逃す、全く気にしないので放置 加えて、ゴキブリに対するその対応について、既婚者の方は、③奥さまも同じように対応なさいますか。 こんな質問をするに至った経緯を説明しますと… 私の住んでいる県ではうちわまきがあり、蚊に対しても不殺生、というエピソードを何度と聴くうち、「そうか、蚊も生きているのだものな」という事実を認識するようになりました。 私自身は仏教徒かと問われれば甚だ疑問の残る、なんでも信じる人間ですので可笑しな話ではあるのですが、なんとなく、蚊を叩き殺したりすることに葛藤が生まれ、ただ払うことが多くなってきたのです。(※肉食するのでそもそも論でいえばなぜそんな不徹底なことをするのか意味がわからないですが…) そしてつい最近、同じ県内に"護鬼佛理天"(ごきぶりてん)なる神様の像があることを知ってしまいました。なんでも、害虫駆除の被害にあった虫を供養するためのようです。さて、ここで、蚊もゴキブリも虫であり、理論でいえばゴキブリも殺さずにおくべきなのでしょう。とはいえ、やっぱりどうしても無視できないのです。同じ場所にいると考えるだけで嫌悪感が募ります。自分で殺虫できればまだいいのかもしれないですが、あろうことか、自分で手を下すのが嫌なので(単純に怖いというのもある)誰かに殺してもらっている、というのもなんだかひっかかります。自分の手は汚さずに…という感じで精神的にはひどいな、と思います。 訓練すればゴキブリすら無視できるようになるのでしょうか…。 さて、宣言通り長くなりましたが、質問は上にあげさせていただいた通りです。お坊さまたちとそのご家族は一体どんな意見をお持ちなのか伺いたいです!お手隙のさいにでも回答をいただければ幸いです。よろしくお願いします。 ここまで読んでくださり有難うございました◎

有り難し有り難し 15
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初盆

今日、弟に、跡取りしたのが弟だから目上の者にもてなしをするのもどうかと思う、と云う理由でお寺さんに来て頂いて読経はするが法事はしないと言われました。 そんなのは理由にならない。お供えもそれなりに包むのだから今まで母がしていたような事が出来るはずと反論しました。 まだ日も浅く年忌も続くのだからそんなに簡素化しなくても親から遺されたものもあるのだし出来るはずです。 何年も経てば子供(私達兄弟)だけで法事をする事になるでしょうが、年忌の浅いうちは伯父(叔父)叔母や親交の暑かった母の友達もお供えやお参りに来てくださると思うので、世間一般にしてほいしのですが、、、。 最近の言動で、早く煩わしい行事から離れたいという感じです。 そんなに親を弔うことが嫌なのか? と尋ねたら、 私に指図されるのが嫌だと。 私は、お供えを頂いたら粗供養を返すという事を忠告しました。この辺りでは半分返すのが一般的です。 私や兄にしていないだけなら言いません。 伯父や叔母に対して後手後手になったから、母は当日に渡せるように用意していたよ、と。(まあ、何故私達にはしないの?のニュアンスも含めていました。それなりに包んでいましたから。) 今まで母と一緒に法事の準備をしていたのは私だから、母がしていたことを伝えておこうと色々言いました。 それがそんなに口うるさく煩わしく感じたのでしょうか、、、。 もう関係を修復する気力は私にありません。 今後、私は私で母の供養や父の供養はしていこうと思います。 うちの檀家寺は50回忌で仕上げでまだこれから両親と祖母の年忌を執り行う事になりますが、あの調子だと祖母はもっと簡素化されるのでは?とも思います。 (祖母の年忌にも私は回向をするつもりです) 私が単独で供養をする場合、檀家寺が良いのか、供養を受け付けているお寺なら私のやり易い場所でも良いでしょうか? 今までもお遍路した先や高野山、所縁の深いお寺などで供養や回向を申込んできました。お経木や卒塔婆、読み上げ等、私の出来る範囲で精一杯。 そうする事で私が納得し、気が狂いそうだった心が落ち着いてきました。 お遍路も次は別格を巡ります。 お寺参りしていると早く両親に会いに行こうと思っていた気持ちが、いや、もっと私はこっちで頑張らなきゃと思えるようになりました。 お遍路の力は大きかったです。

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実母の一周忌をしてあげられません。

母が急死して1年になろうとしています。 1年前もここでお世話になり「母が許せない」と吐露してしまいました。 母にとって私は「感情のごみ箱」でした。気に入らないことがあると怒鳴ったり、暴力もありました。亡くなる直前まで近所の人にも私を悪く言っていたらしく、鵜呑みにした近所の人に電話で抗議されたこともありました。 母は父とも不仲で、そして私の兄も気に入らないことがあると警察のお世話になることをしてしまうので(軽度の知的障害)捌け口がなかったのだと思います。 今も許していません。でも気持ちの変化はありました。今考えると母は全てに余裕が無かったのだと思います。なぜそう思ったかと言いますと更年期障害とコロナが教えてくれました。 私は難病を患い癌の経験もあります。きっとそう長くはないでしょう。その上、最近、更年期障害の症状が出てきました。さすがに辛いです。年齢を勘案すると母が私に最高潮に酷い仕打ちをしたのが今の私の年齢ぐらいです。想像するに心身共に辛かったのかなと思います。 コロナの件ですが、見えない敵の前では人は体は勿論のこと、時には心も冷静さを失ってしまう。私は難病を罹患して3年後、癌になり死が現実化したときに自分の弱さに愕然としましたが、私以外の方も「当たり前の日常」が当たり前でなくなったとき、自分の弱さに向き合えず苦しむ方もおられることに気づき、普通の夫と息子じゃなかった母も苦しかったんだろうなと思いました。 そのことに気づいたとき霊を慰めてあげたいなと思うようになりました。 でも出来ないのです。私は実家側に味方が1人もいません。親戚・近所・菩提寺の住職にも「お母さんとお兄ちゃんを苦しめた悪魔」で知られてるらしいですから。←はっきり言われました。 それに兄の成年後見人さんには私の病気のことや、兄が私にしてきたことを理解してもらえず、兄のことを任せようとしてくるので1年前「相続放棄」の書類と「今後私は兄に関わりません」と一筆書いて送ってしまったので、実家には近寄れません。 命日の日の出ギリギリに実家の近くまで行こうかなと思いましたが、自分の身体が頑張れる自信がありません。私が出来ることは「辛かったね。ゆっくり休んでね。」と母の写真に手を合わせることぐらいです。これぐらいで母は浮かばれませんよね。私はどうしたら良いと思われますか?教えてください。

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数珠について

 単身赴任先での不貞を隠して、離婚調停・裁判を起した夫と4月に離婚しました。  私は、5月に溶連菌感染症による血栓性静脈炎、膝窩動脈補足症候群という珍しい病気が発見され入院・手術し、現在は足の痛みと裁判中からの鬱病、過敏性腸症候群で、13歳の老犬の面倒をみながら通院中です。 近年は専業主婦でしたので、身体のこともあるので、求職へのの焦りもあります。      元夫の実家Yは曹洞宗で、私の実家Aは、浄土宗です。  26年前の結婚時に私の実家がお世話になっているお寺の住職より、結婚のお祝いで曹洞宗のお数珠を二人にそれぞれ頂き、仏事や主人の単身赴任中も月に一度程度、主人の実家のお墓参り等に愛用していました。  私は、出身の高校が浄土宗の門下であった為、宗教の授業もあり、授業の一環として本山での修行の後、戒名も頂きました。  この様な状況なのですが、曹洞宗の数珠をどの様にすればよいか思案しております。  私としては、浄土宗の信仰の中で育ってきたこともあり、浄土宗を信仰したいのですが、可能なのでしょうか? 戸籍もAには戻らず、単独で新しくつくりました。理由があって現在もYの姓のままです。  ご助言よろしくお願いいたします。

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