友人の祖母が認知症になりました。 小さい頃、何度もお会いしたことがありますが、とても快活な気持ちの良いお婆ちゃんでした。 なのに、今は友人を財布の金を盗む泥棒と呼び、暴れるのだそうです。 お婆ちゃんっ子だった友人から笑顔が消え、愚痴が増えました。 その愚痴を聞くたびに私は「お婆ちゃんが早く死んだらいいのに」と考えてしまいます。 お婆ちゃんに恨みは全くありません。 しかし、友人の中の大好きなお婆ちゃん像が崩れていくの事にやるせない思いでいっぱいです。 この様な考えが頭をよぎる私は心がねじ曲がっているのでしょうか? 自分は認知症になる前にどんな方法でもいいから死を選びたいと本気で考えています。 家族に迷惑をかけたくないという気持ちと自分の尊厳を守りたいという気持ちからです。 (死ぬ事で家族に迷惑がかかるという意見がありますが、それを承知の上での考えです。) 自分が老人になる頃には安楽死制度が充実していて楽に死ねたら良いのにと考えているのですが、この様に考える事は人の道に反している思想なのかもしれません。 キリスト教においては自殺はとにかくNGですが、生が延びきっている現代においてその理由がどうしても理解ができません。 仏教に従事する皆様は自殺や安楽死についてどの様にお考えなのでしょうか?
2年前3頭飼っていた犬の1頭(次男坊)を突然亡くなり、昨年も1頭(長男)を病気で亡くなりました。 長男の子は看取る事が出来たのですが、次男坊は看取る事が出来ず、朝も普通に食事を摂っていたので病院で亡くなっている姿を見た時も今も受け入れらていません。 亡くなる数日前から変な咳をしていた事に気付いていながら、病院にすぐに連れて行けなかった事、亡くなる前日に病院に行ったにも関わらず、検査を先延ばししてしまった事が悔やまれてなりません。亡くなるまで苦しかったに違いありません。 私は専業主婦で貯金もありません。夫には犬の病院代をお願いすると嫌味を言われるか一万円だけ渡されるかのどちらかで、咳に気づいた時も言えませんでした。 やっとの思いで言った時も一万円渡されただけで、亡くなる前の日に検査もしてあげられませんでした。 私の連れ子なので、お金を出すのを嫌がられても仕方がないのかもしれません。私が貯金もないのもいけなかったのだと思っています。 でも未だに自分への怒りと夫への怒りと次男坊への「ごめんね」しかなく、もしかしたら助けてあげられたのではないかという気持ちが2年経っても消えません。 私が殺してしまったのと同じなのですが、次男坊はちゃんと虹の橋の袂に迷う事なく行けたのでしょうか?どうして助けてくれなかったの?と思っているでしょうか? 看取ってくれたのは病院の先生だけだったので、怖かったり寂しかったりしなかったでしょうか。 私があの世に行く時、また再会出来ますか?
30代前半で突然病気で主人を亡くし子育てもひと段落自分の幸せに目を向け始め40代後半に新たな出会いがありました。 2年のお付き合いをして突然連絡が取れず心配していると仕事の事故で亡くなってしまったと連絡がありました。 私のことをとても大切にしてくれていたのでショックで涙が止まりません。 まさか2度もこのような事が起こるなんて・・・ 与えられた試練にしては辛すぎます。 これからどうしたらいいのか、人を好きになるのが怖いです。
初めまして。 私はたくさんの病気にかかり余命宣告を三年前に受けました。 当時は余命1ヵ月と言われたのですが言われた日から三年経ちます。 命さえあるものの体はどんどん弱り自分で歩く事が出来なくなりました。 リハビリをすれば歩けるようになると思うのですが少し進歩したらまたコケて振り出しに戻るを繰り返しています。 だんだん気も滅入り今では私が生きていれば周りに迷惑がかかるので死にたいと思うようになりました。 私の願いは自分の足で歩けるようになり娘や周りの人に迷惑かける事なく自分の事は自分で出来るようになる事です。 そう思うものの毎日思ったような成果が出ずベットの上で悩む毎日です。 毎日苦しいです。 この気持ちどうしたらよろしいでしょうか?
入院中の子供の状態が落ち着かず、現在集中治療室にて治療しています。 一進一退の状態がで焦りが大きくなり、考えが全部悪い方へ向いてしまいます。 母親がしっかりしなくてはいけないと分かっているのですが、心が不安でいっぱいで押し潰されそうです。 近くにずっといたいのに子供の顔を見るのが辛いです。 眠らせているので聞こえないかもしれませんが、 大丈夫!大丈夫!すぐ良くなるよ!と声をかけてあげたいのです。 心を強く持ちたいです。 どうかこれからの支えとなるお言葉をお聞かせください。
夫を亡くしました。子供が二人(娘15、息子12)おります。 夫は、突然倒れ、意識が戻らぬまま逝ってしまいました。 子供達は、倒れた日の朝に父親と交わした挨拶程度の会話が最後でした。 亡くなった直後は、家族みんな実感がなくわけもわからないままお通夜、お葬式を行った感じでした。 だんだん、お父さんが死んでしまったという実感が出てきて、娘は「どうして私のお父さんが死なないといけなかったの?何も悪いことしてないのに。お父さんに会いたい。」と泣きながら訴えます。私はなにも言えず、娘に寄り添うことしか出来ません。 息子は娘のように父親の死のことを、直接訴えることはありませんが、特に男の子ですので、この先父親が亡くなっていないということで傷ついたり悩んだりするかもしれません。 そんな子供達に私は何をしたらいいでしょうか? 少しでも子供達の心を慰めたいです。
こんにちわ。 以前個人的な質問をさせていただき、2度目の質問になります。 以前は大変貴重な回答を頂き非常に感謝しています。 さて、表題の質問になりますが、 小学生の頃「死」について考えたことがあり、その時は・・・ 死んだら考えることすらできなくなってしまう。 死んだらこうやって「死」について考えることもできない。 自分という存在はどこへ行くのか。 と、怖くなって夜寝られなくなってしまった思い出があります。 葉隠の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉の意味を調べたり、 100歳を越えてもなお現役の医師を続けていらっしゃる日野原重明さんのコラムなどを読んでから、私は「死」という概念は、 抗うものではなく受け入れるもの。 そしていずれ来る死をどのように受け入れるか。 が大事なのではと思うようになりました。 私は仏教には詳しくありませんが、仏教にも輪廻転生や極楽浄土など死後の魂の行方や考えがあると思います。 よろしければ、仏教的観点でも宗派的観点でもご回答くださる方の個人的な観点でもよいので、「死」についての考えをお聞かせ願えないでしょうか。 宜しくお願いいたします。
双極性障害という気分障害の治療中です。 家族はあたたかく見守ってくれますし、職場もアットホームで働きやすいです。 今の生活に不満はありません。むしろ、恵まれた環境で生かしていただいていると、感謝の念はいつもあります。 それなのに、何か落ち込むことがあったわけでもないのに、急に、「あ、死にたい」と思って、時には自殺の準備までしてしまいます。 実行にはいたりませんが、10代の頃、二度ほど首を吊っているので、今度こそ取り返しのつかないことをしてしまうのではと、とても怖いです。 わたしは死にたくないです。家族を悲しませたくないのです。 急に死にたくなってしまったとき、衝動を抑えるにはどうしたらいいのでしょう。 なにかアドバイスがありましたら、ご教唆いただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。
離婚して1年がもうすぐ来ます。 最近になって、元旦那が病気だと知り、この先どうするべきか悩んでます。 婚姻時は絶対、旦那の看病なんてしたくない!と思っていました。 でも、いざ元旦那の命が短いと知ると、最後くらい願いを叶えてあげたいと… 元旦那の願いは家族と一緒に暮らしたい。です。 ただ私達が離婚する時、親族にとても迷惑をかけました。 しかも、2度別れています。 2回も親族に大迷惑をかけ、もぅ何があっても元に戻るな!と言われています。 もし今回の事で、一緒に暮らすとなると、親族から反対されそうです。 子供も振り回してしまい、どうするのがベストなのか分かりません。 お悩み掲示板のようなところで、相談もしましたが、ほとんどの方が 「嫌で離婚したのに、また一緒になるのはあり得ない。 一緒には暮らさず、元気なうちに会うだけでいい。」 でした。 私も一緒に暮らしても、本当に元旦那を支えれるか不安はあります。 ただ、自分に置き換えると、大好きな人に看取られたいです。 どうしたらいいのか、アドバイスを下さい。
初めて相談させていただきます。 よろしくお願い致します。 2~3ヶ月前から、主人と自分が亡くなった時のことを考えてしまい 怖くて眠れなくなります。 きっかけはテレビドラマを観たという、些細なことでしたが 幼いころ漠然と死が怖いと思って泣いたことを思い出してしまい それからは頻繁に考えるようになってしまいました。 話すことも触れ合うこともできなくなる、忘れられてしまうのかも、 まるで分厚いガラスで遮られているような感覚を想像してしまいます。 親族が亡くなった時も悲しかったけれど、ここまで怖いと思うことは なかったのに、主人とのことはどうしても怖いのです。 怖がるより、するべきことがあるとわかっているつもりなのですが・・・ いつ訪れてもおかしくない死について、落ち着いて考えられるように するにはどうすれば良いでしょうか。
年末に祖母、3日前に祖父が亡くなりました。 たった2ヶ月で祖父母を失いましたが、未だに実感が湧きません。 住む家は違いましたが、歩いて10分ほどの所に住んでいたふたり。 近くのスーパーに行けば祖母がいて、家を訪ねればパソコンをいじっていた祖父。 どんなに泣いても、いないってわかっていても、また会える気がして自分でもよくわからなくなっています。 近くにいたからこそ、また会えると思っていた自分が悔しくて、それが後悔でもあります。 生きている間、もっと家に行けばよかった。 話せばよかった。 「ありがとう」ってたくさん言えばよかった。 この後悔は時間が解決してくれるのでしょうか?
最近、家族の死について考えてしまいます。特に祖父母のことについてです。 私の親は共働きなので、保育園と小学生のときはよく祖父母の家に預けられていました。保育園のお迎えはおばあちゃんがしてくれました。買い物はいつも一緒に行きました。風邪を引いたらおじいちゃんが病院に連れて行ってくれました。旅行も数えられないほど行きました。 このときの祖父母とは親よりも一緒に過ごす時間が多かったかもしれません。そのためか今でも祖父母のことが大好きです。 この間、久しぶりに旅行に行ったとき、祖父母よりも背が高くなっていました。耳も遠くなっていました。2人とも80近いので当たり前なのでしょう。でもやっぱり時の流れを感じると切なくなってしまいました。 最近は「いつ死ぬかわからない」とか「もう先は長くないから」などと言っています。でもそんなこと言ってほしくありません。ずっとずっと元気でいてほしいんです。永遠なんて無いとは知っています。でも大好きな祖父母が死んでしまったらと考えると涙が止まらないんです。 恩返しもまだしていません。何をすればいいのかもわかりません。 この恐怖がどうしたら落ち着くのかもわかりません。 どうか教えてください。
夢枕に立つとは、亡くなった方やその直前にお世話になった方々へご挨拶みたいに考えていました。 私は幼いころに、親を亡くし祖父母のところへ養子となり育てていただきました。そこに実母の妹(戸籍上は私の姉になります)以来姉と呼んでます。その姉も結婚し娘が2人います(現在どちらも嫁いでいます)。 どちらも私と兄弟のように育ちました。 しかし、先日私が姪(姉の娘)の夢枕に立ったそうです。 生きている人が・・・生霊として不吉な思いがあるのですが、いかがでしょうか? 本来、養子として育った私が実家(先祖)を守り継ぐべきと思いますが、現在土地建物等(不動産)が姉名義になっており、自分が入る余地がない状態です。 あるのはお寺さんの檀家としての登録と墓地。これだけは守らなければと思います。 しかし仏壇は当然実家にあり姉夫妻に管理していただいている状態です。 先日も、投稿しましたが現在うつ病で苦しみはあります。 薬と練炭を手にし車で一晩走りました。 いろいろ書きましたが、先祖を受け継ぐべき私が小さくとも(形だけでも)仏壇を準備し供養するべきまのでしょうか?
看護師をしているのですが、お看取りするたびに心がザワザワします。見込みもなく、苦しいだけの無駄な延命治療。正直、もう死なせてあげてよと思う事も多いです。死人に鞭を打つようで、やってる側は心身共に疲労困憊です。 医療現場の経験を踏まえて、命って自分だけの物でもはいんじゃないのかなと感じるようになりました。お坊さんとしてのご意見聞かせて下さい。命って誰のものですか?
私をとても可愛がってくれた祖父ともうすぐお別れをしなくてはなりません。 昔から狭心症を患っていた祖父は、80歳を越えたあたりから病状が悪化し、何度も入退院を繰り返していました。 今年の一月中頃に再度入院したと聞き、一月末に里帰りし、皆でお見舞いに行きました。 下の子は生後四ヶ月で、その時初めて祖父に顔を見せることができました。 しかし体は痩せ細り、ベッドに寝たきりで会話もほとんどできませんでした。 私は、もう祖父の顔を見られるのはこれが最後になるかもしれないな、とその時心のどこかで思いました。 そして昨日母から電話があり、祖父は「持って一週間」とお医者様より言われたそうです。 やっぱりもう一度顔が見たい…… その思いがありますが、私が住んでいる所と実家とは車で六時間程かかる距離です。 タイミングの悪いことに下の子が今、体調を崩しており、この距離を移動させて悪化したらそれこそ後悔すると思います。 夫の実家もかなり遠くにあり、子どもたちを預かってもらうことはできません。 私が今、祖父を想い出来ることは何でしょうか? 祖父の声や顔を思い出し涙しています。
昨年秋から闘病していた母が 1月に亡くなりました。 ご臨終に間に合い看護師さんから 「お疲れ様」と言われ、 これでやっと母は身体が楽になったという思いと、私も毎日面会に通い心身共に消耗していたので正直安堵の気持ちになりました。 その後葬儀の準備等いろいろ 忙しく悲しむ余裕もなく過ぎたのですが 亡くなって一ヶ月たち落ち着きを取り戻しつつある今、 急に寂しさと悲しさが押し寄せてきています。母がいなくなって話しが出来ない ということがどうしようもなく辛いです。 生きる気力も湧かず 事故にでもあってあっという間にあの世に行けないかなぁとか毎日そんな事ばかり考えています。 よく、時間が経てば悲しみも癒やされると言われますが今の私にはそのような 言葉もしっくりきません。 なんとか頑張らなければと思いますが 一日一日を消化するのでいっぱいいっぱいです。 この先どのように生きて行けば いいのでしょうか。 アドバイスいただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。
数年前、従兄弟が39歳で病死しました。私の歳になると友人の中にはご両親を亡くした友人もいます。今日も通夜に行ってきました。身内の死が耐えられないです。何もしたくなくなります。死とはいずれ来るものかもしれませんが耐えられなく おかしくなりそうです。前向きになれるのでしょうか。
去年、大好きだったお婆ちゃんが亡くなりました 亡くなる2、3日前に赤ちゃんできたよと報告に行ったのですが、お婆ちゃんは外出中で同居しているお婆ちゃんの娘さん(私からはおばさん)に伝え、お婆ちゃんにも話がいったようでした でも、すぐにお婆ちゃんは亡くなりました 特に病気もなく元気だったので悲しくてなりませんでした 姉もいますが子供はいなく、なので私にできたことで安心して亡くなったんだねと言っていましたが、そうなのでしょうか? 私は妊娠中に離婚してしまいましたし、お婆ちゃんはよく思ってないかな?とか考えてしまったり でも何より抱っこさせてあげたかった 見せたかった それができなかったのが悲しいです お婆ちゃんは、極楽浄土から息子のことも見てますか? 時々、息子連れてお線香はあげに行ってます お婆ちゃんは、本当に安心したのかな?と考えてしまいます お婆ちゃんが外出中で直接言えなかったのも哀しかったです 文章にまとまりなく、すみません
長年病と闘い、手術を繰り返しながらも頑張って生きてきた母が昨年4月に亡くなりました。 やはり長年病に苦しみ寝たきりだった父の介護を私と二人で必死にやって日中は一人で一生懸命やってくれました。私が帰るとたくさん話しかけられたのに言葉を発することのできない父に話しかけることに必死で母とは少ししか話せませんでした。 父が亡くなり母をこれから楽しませてあげようと思っていた矢先に毎週手術の繰り返しになり、退院後は一人で怪我したため朝母を送って残業後の夜までデイサービスを受けることになりました。 毎日忙しく人見知りするのにと申し訳なく思っていましたが、施設の人達は母をとても可愛がってくれて母も嬉しそうな顔をしていたのが唯一の希望でしたが、私の迎えも楽しみにして嬉しそうな顔をしていたのが可哀想で胸が痛かったです。 そんな母が入院して病院にも泊まれず、私が帰る時の淋しそうな顔は忘れられません。 母は病院や施設を転々とした後に最後の病院は、最期は介護施設と同等の病院だからと医療措置を取ってもらえず転院も断られ、胃ろうや点滴を止められて餓死するような状態で亡くなりました。 私は母が可哀想で可哀想で何であの病院に預けたのかと、普通の施設や病院であれば父のように最期まで医療措置を取ってもらえたのにと悔やまれてしようがありませんでした。 そして今回自分が手術を受け、自分や配偶者、両親の死について考えてしまいました。 生前母は、家に一人で言語障害の父と残されて娘は父の介護であまり話してくれず、自分は手術の繰り返しで殺してくれと叫んだ程の苦しみ、退院後は人見知りが激しいのに施設に預けれられ朝と晩しか娘といれない、入院後は娘と少ししか会えず自分の死が近くなり病院は措置してくれず自分の死に娘は間に合わず看取ってもらえなかったなど、どんなに淋しくて心細かったかと思うと母が可哀想で可哀想で胸が張り裂けそうです。 自分の術後の痛みや再発の不安、母への申し訳なさでパニック障害と不安症になってしまいました。 父母の死を経て「死」について納得していたつもりですが、この年齢なのに今回混乱してしまい分からなくなってしまいました。 今後どのような気持ちで日々過ごしていったらいいか、「死」についてどのように捉えて行けばよいのか、どうかご教示をお願いいたします。
はじめまして。 タイトルの通り病気になるのがとても怖いです。今まではその様な事は考えた事がありませんでした。ですが子供が生まれてから、とてつもなく死ぬのが怖くなってしまいました。 少しでも体の不調があると何件も病院を回って調べてもらいます。その時は安心するのですが、数日たつとまた不安に駆られて病気の事ばかり考えてしまいます。 テレビを見ても、ガン保険のCM、ガンで亡くなった著名人の報道、病を題材にしたドラマ、街を歩けばガン検診や死亡率のポスター。 恥ずかしい話ですが、少しでも何処かが痛むとすぐに末期のガンでは無いかと不安になり眠れなくなります。子供を前にして、幼くして母親を亡くしてしまったら…と悲観し涙を流すことさえあります。 とても苦しいです。このような心の状態から抜け出したいです。