お世話になっております。 独身の女ですが、仏教学(歴史、仏典等)について、同年代の僧侶の方と、語り合いたいと思っております。 歴史や文化財にも興味があります。 お寺に直接伺って、そうした話をしてはご迷惑をおかけしてしまうでしょうか。 また、同年代の僧侶の方と出会うには、どうしたら良いでしょうか。 よろしくお願いします。
初めまして。 以前何かのきっかけでこちらのHPを知り、時々拝見させて頂いておりました。 本日はお坊さんの息抜きについて教えて頂きたいと思いまして、ご質問させて頂きました。 私は幼少期より、何故か周りから常に相談を受ける側でした。 それは老若男女職業問わずでして、ここ数年では特に、初対面にも関わらず重たいご相談を頂く機会がとても増えております。 勿論、報酬は頂いておりません。 ここからは私の勝手なイメージですが、基本的にご相談者は怒りや悲しみ等の「黒いモヤ」のようなものを大量に抱えていらっしゃいます。 その方が話し始めると、その方の体から黒いモヤが放出され、それを私が吸い取る事でその方の黒いモヤが少しずつ薄くなり、ある程度黒いモヤが薄くなると、その方は最初の頃よりスッキリした良い顔色になります。 反面、その黒いモヤを吸った私はとても重たくなり、時にはその方の怒りや憎しみ悲しみと同調してしまい、涙が溢れてきたり、頭痛やめまいに襲われる事もあります。 ここ数年は皆さんの悩みが重く、なかなか自分だけでは処理しきれず、私自身が他人から受け取る黒いモヤのせいで悩まされる事があります。 私は仏に仕える身ではございませんし、ごく普通の一般OLです。 見た目は怖そうだと言われますし、多少押しても倒れなさそうで強そうだと言われる程の体躯ではあります。 精神的にも強そうだと言われますが、それは不平不満を言ったところでなるようにしかならないと思っており、怒りや悲しみを持っても仕方がないので、それなら楽しい事を考えようと、自分のご機嫌を自分で取っているからそのように見えるのだと思います。 その為、自分が生み出した黒いモヤというものは割と簡単に放り投げる事ができるのですが、相手から相談として受け取った黒いモヤは時々しつこく、神社やお寺に行ってお参りをしたり、綺麗な景色を見ても取れない場合があります。 そのような取れない黒いモヤのカスが蓄積されていくと私自身も疲れていき、段々どうにもできないイライラが貯まっていきます。 そこでお伺いしたいのが、お坊さん方の息抜きについてです。 ご相談を受けられる事が多いと思いますが、その後の自分のメンテナンスはどのように行っていらっしゃるのでしょうか? 相手から黒いモヤを受け取っても、自分で処理できれば問題は解決できると思い、相談させて頂きました。
外面的なことですのでもしかしたら失礼かも知れないのですが、よろしければ教えてください。 浄土真宗のお坊さんは坊主頭じゃない人も多いのは知っています。 ただその他の宗派の人でも一律にスキンヘッドというわけじゃなくて、割と長めの丸刈りや単に短髪の人など多様性があるように感じます。 大学時代の友人が日蓮宗の寺の子で少し前に出家したのですが割と長髪です。修行に入る時は剃ったみたいですが。そのお父さまはスキンヘッドではない丸刈りです。 各宗派で戒律とか内部規定みたいなものが異なるんでしょうか?
先日父が亡くなりました。 それまで菩提寺がありませんでしたので、親戚と同じお寺にお願いしました。 葬式についてよくわからず、葬儀の当日、お経をよんで頂く直前に控え室で初七日までのお布施をお渡ししてしまい、「それはおかしい」と危うく返されそうになりました。 その事があったため、母はお坊さまに対してビクビクしています。 葬儀屋さんから「お布施は後日お渡しする以外にも当日葬儀の直前にお渡しすることも多いですよ」と聞き、そうしましたが…。 後から聞くと、お坊さまもお怒りになった訳ではなく「本来なら後日ゆっくり渡してくれて構わない」という意味でそう教えて下さったのだそうです。 しかし、その一件のせいで母は必要以上にお坊さまに怯えていて、どうしたものかと思っています(私自身はざっくばらんな方という印象です) 今後どうしたら、母はお坊さまと良い関係が築けるでしょうか? やはり直接おたずねするのが一番でしょうか? わからない事が多く、周りに聞ける人がおらず、正解もないようなので悩んでしまいます。 それから、よくわからず父の法名に院号をつけなかった為、「以前亡くなった親戚に比べ文字数が少なく見劣りする」と母が後悔しています。 一般的には院号を付ける方が多いですか?少ないですか? 今から院号を付けて頂くのは可能ですか? (ちなみに、我が家は浄土真宗です)
お寺様についてです。 夫の実家の宗教は曹洞宗(次男) 私の実家の宗教も曹洞宗(次女) 数年前、私がお寺でヨガのイベントに参加しました。そこのお寺様は浄土真宗です。 そのイベントがきっかけで、お寺の他のイベントに夫婦で参加するようになりました。 去年、私の実母が亡くなり、それがきっかけで、お仏壇を購入しました。 そして、夫婦で話し合い、浄土真宗を信仰しようと決めました。 お仏壇には阿弥陀様をお迎えしました。 お寺でヨガのお寺様に家にご法話に来ていただきました。 住職のすすめで檀家には入らない方がいいと言ってくださり、檀家には入らず、イベントに参加する形です。 ですが…お寺のイベントや住職お話をすると、不信感を感じることがありました。 他の浄土真宗のお寺様に変えることはできますか?? 他と言うのが、がん看護専門看護師さんのイベントに参加したら、会場が別の浄土真宗のお寺様でした。
浄土真宗大谷派寺院を菩提寺にしております。 昨日大叔父の2なのかに行きました。 導師様がではお経をまず読みまして…と流れの説明があり、阿弥陀経を読まれたので、一緒に読みました所、1重のお経の最後3行程を飛ばして、2重を読み始められました。 三首引きの様な物が阿弥陀経にもあるのでしょうか? 色々な方の阿弥陀経を聞いて来ましたが、こんな阿弥陀経は初めて聞いたので不思議で仕方ありません。 どうぞご教授お願い致します。
庫裏の修繕費用を檀家で全額負担して、修繕する事が決まったのですが、その金額が本来かかる修繕費用よりも約倍額の200万円程誤魔化し多く請求させている事が発覚いたしました。 どうして発覚したかと言うと、お寺のお手伝いをさせて頂いている時に、庫裏の修繕見積書が乱雑に置かれていて、正規の金額がたまたま目に入ってしまいました。 またお寺の修繕を依頼された知り合いの業者さんが住職さんに、大幅に誤魔化した金額の見積書の作成をしてくれとお願いされ、断ったと相談されました。 業者さんの話と見積書の内容が合致し、尚且つ一般的な建築業者さんなら明らかにおかしいと気付く金額でもあります。 また、不審に思った檀家さんが住職に見積書の提示を求めると言う話も聞きました。 とても小さな町なので、この問題がすぐに広まり大問題になる事が予想されますが、とても良くしただいている住職さんなのでショックでどうしたら良いのか分かりません。 檀家の少ないお寺なので、何か深い事情があったのかなとも思いますし、嘘であって欲しいとも思います。 また住職さんの言葉に何度も助けていただきましたが、それが嘘だったのかとも思ってしまいます。 誰にも相談する事が出来ず、苦しいです。 どうかアドバイスをお願い致します。
僕は中学生で、興味のある職業について調べています。 僕が選んだ職業は、趣味の仏像鑑賞にも精通する僧侶です。 質問の内容なのですが ・仕事内容 ・その職業に就くためにどうすればよいか ・仕事中に心がけていること ・その仕事をしていてやりがいを感じるとき この質問に答えていただけないでしょうか。宗派や、寺院によって変わることは、承知しております。 答えづらい質問は無視していただいて結構です。 よろしくお願いします。
私の婚家は真宗(東本願寺)なのですが、傾聴の会で知り合ったお坊様は浄土宗です。 何度かお話しするうちに心安くなり、私の性格や心情をお汲み取りいただけて信頼をしています。 万一私が亡くなった場合このご住職にお葬式をして頂きたいのですが、違う宗派のお坊様でもお葬式をしていただけるのでしょうか? ご住職にその旨をお話したら、承りましたと仰ってくださいましたが、主人の両親や親族がどう思うかわかりません。数年前に大病をして以来、最期の時のことをよく考えますが、お葬式の時ぐらい私のことをよくご存じのお坊様にしていただきたい、末期の望みですが叶うのでしょうか? エンディングノートにはご住職の名前を書き、必ずこのご住職にと記載してありますがいかがなものでしょうか? よろしくおねがいします。
私の地元に全国的に有名なお寺があるのですが、そこのお坊さんが超高級車であるフェラーリやマクラーレンを長年所有していると知りました。最近は中古価格が1億円を超えることもあるマクラーレンを所有しているそうです。親に聞いて見たところ、昔から地元では有名だったそうです。 私の中でお坊さんと言えば質素な生活をするのが当たり前?だと思っていたので大変驚きました。超高級車を乗り回すなんて煩悩の塊ではないかと思うのですが、お坊さんが超高級車を所有することは仏教の教えやお坊さん達にとって問題のない事なのでしょうか?
皆様が色々と抱えているお悩みのご相談やご質問の中失礼致します。 お寺などにいらっしゃる山務員さんとはどの様な方なのでしょうか??
私は深い呼吸がとても苦手です。 そのため体は慢性的な酸素不足のようで、声も小さく覇気がありません。 深い呼吸をすると、胸のあたりがムズムズして気持ち悪く落ち着かないです。 これは体に異常がある訳ではなく、恐らく精神的なものです。 例えばですが… ジェットコースターに乗った時、「キャーッ!」と叫ぶ人と、「…っ!」と声を出さずに体を固めて身を守ろうとする人の2種類がいると思います。 私は圧倒的に後者です。声を出したら体の力が外に発散されて振り落とされてしまうのではと思います。 私は体が常に緊張状態で、肩に力が入りやすく「肩が上がっている」ともよく言われます。 何故こんなにも体が緊張しているのか考えたところ、私は浅い呼吸をして常に緊張状態でいることで防御体勢を維持し、自分を守ろうとしているのではないかと思いました。 呼吸に苦手意識があるだなんて人には相談しづらく、お坊さんなら深い呼吸が上手な方が多いのでは?と思ったので質問させて頂きました。 ご回答頂けると嬉しいです。
お寺様で 色々おうかがいしたい事がある場合 事務所で聞いたらいいのか?誰に聞くのがいいのかが いまいち わかりません。御住職様に直接聞く事は あまりしない方がいいんでしょうか 聞く人によって違う時があるので 困っています。 ご住職様方はどういう話なら 心よく 答えていただき どういう話しなら 違う人に聞いて欲しいものなんでしょうか?
初めまして。 現在お付き合いしているお坊さんがいます。 もうすぐ誕生日なので前から欲しがっていた法衣着衣時でも身に付けられる、シンプルな腕時計をサプライズで渡そうと思っているのですが、何か素材やデザインでタブーなものはあるのでしょうか? 今は文字盤とベルトが黒で、ベルトの素材は皮のものを検討しております。 予算がなく高価なものは贈れませんが、彼に喜んでもらえるよう選びたいです。お忙しい中このような質問で恐縮ですが、教えていただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。
今の状況を好転させたい時、願望を叶えたい時、負の出来事を寄せ付けたくない時、自分を愛し許したい時…引き寄せの法則、願い叶えるノート、アファメーション等色々とありますが、お坊さんも、アファメーション等を試して成功したり叶ったりした事はありますか? または、別な方法や誰かの言葉で救われた経験がありましたら教えていただきたいと思っています。 よろしくお願い致します。
僕は来年僧侶になる予定の高校生です。 お坊さんの戒律の現状に関して皆様の意見を教えてください。 明治以降、国の政策によってお坊さんは肉食、世帯、飲酒、その他諸々の戒律を守らなくてもよいことになりました。 そして国家の規定による持戒は戦後の信仰の自由の徹底化によって可能性はほぼ無くなりその状態は今現在も続いています。 以前こちらでも活躍されている大慈さんの配信で僧侶の肉食、世帯に関する質問をしたのですがその際に ・肉食は栄養の問題で必要だし仏教の教義としても問題ない ・世帯は無条件の良い事では無いが寺を継ぐ後継者を育てていくためにも必要 ・これらの問題は全てを解決できる答えが無いから考え続けることが大事 という様な答えを頂きました。 僕も大慈さんのお考えに感銘を受け、すぐに結論を出さすこの問題に向き合う事にしました。 しかしすぐに結論を出さないという事は問題に向き合う事に消極的になるという事では無く様々な意見、主張を聞き考え続けることだと思います。 そこでここにいらっしゃる僧侶の方々の肉食、世帯に関する意見をお聞かせください。 また、大慈さんは戒律の問題を一括りにはせず肉食と世帯を別の理由でもって語って下さいました。 確かに一つ一つ事情は異なっているので僕も個別に考えようと思います。 そこで肉食、世帯に加えて飲酒や金銭に関する問題もお伺いします。 今現在の僕の意見としては、しょうがない理由のある肉食や世帯と違い嗜好品としてのお酒やお寺を支えるため、生活するため、将来のための貯えを超えた過度な儲けと散財はある程度宗派、教団で規制してもいいんじゃないかと思うのですが皆様はどうお考えですか?
前に授業で仏教について習った時、仏教の最終目的は解脱して輪廻転生から抜け出し、あらゆる苦しみから解き放たれて「無」になること、と習い、驚きました。私は自分の意識が無になることが1番怖いと思います。お坊さんは死ぬのが怖くないのだろうか?と不思議に思いました。どうなんでしょうか?
今年、祖母を亡くし葬儀・法要と先祖代々お世話になっている お寺にお願いしました。 その際住職の対応が不誠実に感じています。 ・葬儀でお経を咳き払いをしながら読み 木魚を叩く棒を床に落としました。 落としても気にせず葬儀社の方が 拾い上げてくださるまでそのままでした。 (住職の飲み歩きは有名で飲みすぎでうまく お経が読めないのではと勝手ながら思ってしまいます。) ・葬儀に際して両親が連絡をした際も 希望日に私用があったらしく「僕も忙しいからさ、疲れちゃうし」 と言われ別日になりました。 お布施も相場3倍以上の額を住職から言われ包みました。 車代も自家用車でくるのに「タクシーだと1万じゃ足りないよね」と言われました ・四十九日では 位牌二つを一度に片手で持たれ(二つ指で挟むように) 遺影は片手で渡されました。 親戚がお寺でコードにつまずいた際は 足元よく見て歩きましょうよ。と言われました。 質問を無視されたこともあります。 ・住職から祖母を悼む気持ち、遺族に寄り添う気持ちは全く感じられませんでした。 ・お布施も祖父母が自分の葬儀にかかるお金はと コツコツためてくれたお金から包んだものです。 私は大のじいちゃんばあちゃん子で大好きな祖母の最期を 台無しにされた気持ちが強くとても腹が立ちます。 ・祖父や両親も離檀はちらついてはいるようですが 実家は田舎町で、色々な話があっという間に広まることや 先祖代々からのお寺、離檀にかかるお金と気力を考えると 現実的ではないと思っているようです。 祖父も高齢で体調も思わしくない為、そう遠くないうちに またお寺と関わる機会もあるかと思うと 今、騒ぐのはかえって負担にさせてしまうと思います。 一方でまた住職にお願いしたくないとも思います。 ・現状、祖父も両親もいますので 私がでしゃばって行動しようとは思っていません。 ただ頼りにされた時力になりたいです。 私は実家を出ている為色々な案を出せればと思っています。 そこで一度ほかのお坊さんのお話も聞きたいと思いこちらに質問させていただきました。 (住職への怒りが収まらず話を聞いて欲しかったのもあります) ・このような住職の対応は私たちは受け入れるしかないのでしょうか? 先祖代々からのお寺を離檀するというのは良くないことですか? 離檀のさいは今の住職にまず話をするべきですか?
そろそろ母の七回忌になります。 父も癌を患い、認知症も兼ねています。その為、手術はできず、経過見送りのじょうたいで余命宣告されて先も短くなりました。 そこで、今まで葬儀や法要の際にお世話になっていたお寺さまなのですが、先代の時は親切でとても良かったのですが、現住職は無愛想で会食にも立ち会わず、お布施だけ受け取り帰ってしまうのです。夜は飲み歩き、花火大会などのイベントでは、酔って暴言を吐いたりだらしない始末…家族、親戚共に良く思っていません。家は浄土宗とは分かっているのですが、お寺を変える際どのような変え方をすれば良いでしょうか?