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hasunoha 問答検索結果 : 「私 死 」
検索結果: 5452件

父はどう思っているのでしょうか?

父が亡くなる直前まで心労をかけてしまいました。 婚約後、価値観の違いから衝突して、入籍の無期限延期を言われたのですが、 話合いをしても平行線で、自らピリオドを打ちました。 当時入院中だった父は病室から何度か電話をくれて 「心配しているけど、自分の将来なんだからおまえに任せる」と言ってくれていました。 遠距離恋愛の為、名古屋まで話合いに向かいました。 彼の要望を聞いていると、私が望むごく一般的なつつましい結婚生活は期待できそうもなく、好きな気持ちはあるけど、先々の事を考えて交際自体も終わらせる事を選んで自分の住む町へ戻りました。 翌朝、父の容体が急変し、16日間の危篤状態を経て他界しました。 この期間私の為に頑張ってくれたような気がしてなりません。 父も理解してくれていたこととはいえ、死の直前まで心労かけました。 その所為で死期が早まったのではないか? 糠喜びさせて、悲しい気持ちのまま旅立ったのではないか? 悔やんでも悔やみきれません… 父の訃報はSNSなどで知ることが可能ですが、彼からは音沙汰なしでした。 最後はお互い納得して別れたのに、別れてしまったとはいえ、ひと月まえに家族になっていたはずの人なのに…。 親族への挨拶まで済んで入籍直前なのに自分の都合で延期を言い出したのに、両親への説明や謝罪もしてくれませんでした。 別れることまでは考えていなかった彼ですが、その言い分が自分にだけ都合の良すぎるものだったので、私から去ることを決断しました。 それでもお互い人としての義理人情はあると信じていました。 私は愛されていなかったんだ… 今は内省していないと気持ちの置き場所が見つかりません。 職場の人もみんな知っていて、誰に対しても申し訳ない気持ちです。 私の状況を知る親族も二重の悲しみを抱いています。 葬儀の間、隣に座る姉の横には姉の旦那さんが居て、 本当だったらあの人がここに座っていてそれだけで救われたはずなのに… 父の死をこんな絶望感で受入なければいけないのは何でなのだろう? 私は何をそんなに間違えたのだろう? 彼氏に自分の気持ちを言ってはいけなかったのだろうか? たまに彼に対して恨みのような感情が沸き上がるのが辛いです。 父の死、ただそれだけを悲しむことができればどんなにいいか…。 「お父さん、ごめんね。」 父に会いたいです。

有り難し有り難し 32
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死に損なったような感覚に戸惑っています。

2012年に、胃がんで余命宣告を受けました。 スキルス胃がんのステージ4aなのですが、手術や抗がん剤を受けて、現在は寛解状態です。 宣告された当初は、死ぬのだろうな…と思って、死ぬための準備を着々と進めていきました。 自分の抱えていたもろもろの荷物を整理し、いわゆる終活の準備を整えていたのです。 抗がん剤治療で心身ともにボロボロになり、もうこれ以上は治療を受けないと担当医に伝えて、抗がん剤治療は1年で終了しました。 抗がん剤治療を中断すれば、間違いなく、がんの転移を制御出来ないと医師からも言われましたが、最期ぐらいは自分らしく死んでいきたいと思っての決断だったのです。 実際、抗がん剤治療中に、何度か死にかけたこともありました。 死ぬことに対しての恐怖心は無く、この世の苦しい修行から、ようやくおさらば出来るのだから、死の時を心待ちにしていた自分が居ました。 ところが、がんは悪化することなく、寛解状態に。 死に損なってしまったような感じで、今の私は生きる事に戸惑いがあります。 生きることを、素直に楽しめない自分が居ます。 寛解状態になったとはいえ、術後の後遺症もあるので、日々の体調は上がったり下がったりで、コントロールしきれません。 酷い不眠に陥って、一時期、かなり強い睡眠薬を処方され服用していました。 何かを生み出すわけでもなく、仕事を出来るわけでもなく、一日家に在宅している日々です。 生きていることに、何の意味があるのだろうか?と思うようになってしまいました。 私は、どうすれば良いのか分かりません。 命拾いをしたのですが、自由にならない体と折り合いをつけることが出来ないままです。 こんな状態の私が生きることを許されている。 同じ時期に同じ病気になった知人の多くは、天に召されて逝きました。 もっともっと生きたい!と願って居た方達が生きられず、死ぬ気満々だった私は生き残りました。 罪悪感のようなものも感じています。 自分の心と体のバランスが取れずに、苦しくて仕方がありません。 死ぬことを許されなかった私は、どうやって生きて行くのか、目的が見えずに彷徨っているような感じです。 何か、アドバイスを頂ければ…と思い、質問させて頂きました。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 8
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2022/07/15

彼が突然、自殺しました。

私は我ながらに恋愛不適合者ですぐに 他人に飽きてしまい長く交際もできず いつからかちゃんとしたお付き合いもしなくなり 結婚願望もゼロ。でも1人でいるのは嫌いなので 好きになってくれた人とふらふら遊んで生きてました そんな中で彼とは出会ってすぐにこの人が 運命の人だなんて生まれて初めて結婚したい、 この人の子供なら欲しいとまで思っていました すぐに毎日会うようになりいつの間にか 彼は私の家に住み始めましたが 付き合うとかって話は避けてました 別れがあるのが、失うのが怖かったんです でも彼が一途に想ってくれてたのは分かってました 真面目な人だったので体の関係も私から無理やりってくらいでした ※私のイカれ具合は一旦置いておいてください こんなに人を好きになるのも外見も中身も 完璧な人と過ごすのも初めてで、怖かったんです 身体だけの関係の人が他に3人居たままでした 私にマイナスな言葉や断りを一切口にしない 何でも我儘を聞いてくれる彼に甘えていました 他の男性の家に酔って帰った時も男モノの服を 借りて匂いをつけたままで彼に迎えに 来てもらったり、きっと気づいていたのに 彼は何も言いませんでした 怖いくらいに楽しい時間だけを過ごして いつも笑っていたんです。彼との時間はただ コインランドリーに手を繋いで行くだけでも 幸せで毎日私の手料理をしつこいくらい 美味しいといって食べてくれて、 趣味も感覚も怖いくらい合うので とても楽で、本当にこんなに充実してていいのかな?って言い合ってたんです。 私との時間は人生の夏休みみたいだっていつか言ってくれたのをよく覚えてます。嬉しかった なのに仕事で酔って迎えに来てもらった私は彼を 1時間外で待たせた上に距離を置こうなんて 思ってもないくだらない駆け引きを仕掛けました その話はうやむやなまま、私は彼を家に おいて友達との付き合いで男女で旅行に。 最後の電話は電波が悪くて切れて、私は旅行で酔って彼の仕事が終わったよって連絡にも 遅れて返事をしました。一緒に寝たいねって、白々しく送ったんです。 そこではじめて彼から既読無視をされ、 帰ったら怒ってやろうなんて思っていたのに 帰宅後、警察からの電話で彼の自死について聞かされました 自分への嫌悪感と後悔で毎日涙が止まりません こんな私は一生この想いを抱えたまま苦しんで生きるべきですか?

有り難し有り難し 23
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乳がん検診でひっかかり、不安が強い。

これまでも、20代の頃から卵巣の病気があり、検査や手術を続けてきましたが、、そちらは長い経過の末、心配の具合が減ってきました。 とはいえ、不安が高まるとあちこちの臓器が気になり、色々病院にかかったりしています。 このたび、そのついでに乳がん検診受けたところ、予想してないしこりを指摘されました。今のところ、大丈夫そうだけど、悪性の可能性もゼロではないようで、経過観察になりました。 次の予約が1月ですが、とても気持ちがもたないくらい不安定になっています。 そうなると死ぬのは怖くないと思える証拠をさがしてみたり、40までは生きれたのだからいいと思い込もうとしたり。でも自分でコントロールできないことが起こることが怖くて怖くて、居ても立っても居られないです。 そしてこちらのサイトに辿り着きました。時間を見つけて直接のご相談もしたいですが、 まずは今のこの気持ちをどうしたらいいか。どうしたらいいのか、荒波に放り出されたかのような気分で、グラグラと心が揺れています。普通に過ごす時間もあるけれど、こんなことをしてていいのだろうか、わたしは何か現状を変えるためにしなくてはいけないのでは、と考えては、焦燥感でいっぱいになります。 わたしはどうしたらいいのでしょうか。まだ病気と決まったわけではないのにこの状態で、私は果たして今後死に向き合えるのだろうか、とも思ってしまいます。 なお、死が怖いので50まで生きれれば本望と思ったりしていました。父と義母を私の1番恐れてるガンで亡くしたのも、影響を受けやすい私にはきつかったのかもしれません。 何かお言葉いただけますと幸いです。よろしくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 5
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2023/02/10

亡くなった母に謝罪と感謝を伝えたい

先月末、母が亡くなりました。 母は実家にひとりで暮らしておりました。 まだ66歳、祖母(父の母)の介護を終え、これから好きなこと、やりたいことをやってもらえると思っていた矢先の突然の別れでした。 いつでも明るく、元気で、人のために頑張っているような人でした。 私はその母を孤独死させてしまいました。 その事自体もとても辛いのですが、今まで私は、自分の生活のことにばかり気をとられ、母にあまり連絡もせず、寂しいまま死なせてしまった。そのことをとても悔やんでおります。 遠方に住み、コロナ禍もあり3年間会えずにおりました。 それは仕方ないとしても、メールや電話などの連絡はいつでもできたのに。 私は『また次でいいか』と思ってしまい、滅多に連絡せずにいたのです。 母も私を気遣い、時々メールや電話をしてくれましたが、もっと私や孫たちと話したかったのではないか、会いたかったのではないかと申し訳ない気持ちでいっぱいです。 いつも私たち二人の子どもや孫たちのことを気にかけてくれていました。 優しく働き者の母でした。 もっと喜ばせてあげたかった。親孝行したかった。 一緒に旅行したり、美味しいものもたくさん食べさせてあげたかった… ありがとう、ごめんなさいと伝えたいです。 会いたい、声が聞きたいです。 どうしたらこの気持ちを母に伝えることができますか? 母は悲しんでいないでしょうか。 母が心安らかでいられるために、私は何ができるでしょうか。

有り難し有り難し 39
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結婚できなかった、これからの人生が見いだせません

来月40歳になる男子です。自らの残りの人生について相談させていただきたく思います。 来月40歳になるのですが、とうとう結婚することができずに40歳を迎えることになりました。国立社会保障人口問題研究所の出生動向基本調査によれば、40歳時点で結婚できる人は全40歳代男性の0.3パーセントであるという結果も出ています。従い、40歳までに結婚できなければ、もう事実上私の人生に結婚はないだろうと思います。 結婚相談所に登録するなど、今まで人並みに活動はしてきました。また、運動や食生活に気をつけ清潔感や身だしなみにも気をつけてきたつもりです。 しかし、自分がいいなと思う人に気持ちが伝わることはありませんでした。正直、40年生きてきて女性ときちんとおつきあいをしないまま30歳代が終わってしまいました。生まれてこの方何をしてきたんだろうと思います。 精神医学や心理学をたくさん勉強しましたが、どうやら私は精神的な成長に失敗したようです。子供時代に両親の愛も希薄な状態で育てられたのも今は認識しています。 この文章を読んでいただければおわかりの通り、女性の気持ちをどう考えているかもおそらく伝わらない、稚拙な文章だと思います。女性を愛する能力は子供の時から鍛えられなければならないと言うことを、恥ずかしながら今知ってしまい、もう間に合わないと落胆しています。 周りの幸せな家族やカップルをみて非常にうらやましく思うとともに、正直なんで自分だけがこんなに孤独なのだとねたましく恨めしく思います。 人間最後は皆平等に死ぬと思うのですが、私は今から自分自身の死だけを目標に生きていくことに落胆しております。結婚だけが人生ではない、ほかにもつらい人たちはたくさんいるといわれても全く耳に入らないのです。 残りの人生、前向きなイベントは終わってしまい、残りの人生は両親の死と自分の死だけが待っています。 私には何が足りなかったのでしょうか?残りの人生何をしていったらいいかわかりません。アドバイスをよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 93
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ものぐさたろう

ずっと鬱とした気持ちから逃れようと逃れ逃れ逃れようともがき足掻いてきた。今までそう思い生きてきた。そう思ってきた。生きる目的も楽しみも見いだせない。死にたいとただぼんやりと思い生きてきた。しばらく生きてやろう。その間に何かが変わればいい。棚から落ち来る牡丹餅をただぼんやりと待ち潜んでいた。しかしとうとう餅は落ちず月日は過ぎた。そうして今やあの苦しかったはずの憂鬱はぬるま湯に変わった。甘ったれた無気力。もう活力もとうに擦り切れた。かと言ってこうしてここに質問する活力は残っている。憎らしいフェイク野郎。死を盾に生きる人間。かと言って死もしない。憂鬱が去った確固たる安定した精神状態の今気が付いた。憂鬱が過ぎたことに恐れをなす自分がここにいる。いつからか私は無自覚の内、あの陰鬱を心地良く感じていた。気が付いてしまった。あの陰鬱な気持ちが恋しい。恋しくてまた再び陰鬱が訪れてくれまいかと慣れぬ煙を吹かしてみた。しかし、やはりあの陰鬱は帰ってこない。私は何を待っていたのだろうか。私は棚から何が降って来れば満足だったのだろうか。感傷か。果たしてそれさえわからない。わからない。そうして私はものぐさ太郎を思う。 お坊さん方はものぐさ太郎をどう評していますか。

有り難し有り難し 13
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読経をすすめられた理由

セラピストたちに読経をするようにすすめられます。 私自身も言われたので読経しますが続きません。 読経といっても「般若心経」くらいです 一時期は般若心経とお経を一巻あげていた時期もあります。 読経を薦められる理由は「霊性を高めて欲しい」という理由です。 でも、続けられません。 あげれば心も軽くなり 朗らかに毎日を笑顔と愛に満たされた心地ですごせるのです。 それらを自分自身で感じてきました。 読経という専門的な日々のおつとめに励んでおられるお坊様にお聞きしたいのですが、 やはりお経をあげることを私にすすめられますか? セラピストたちが一方的にすすめたとしても、 私は納得できる回答をうけとれていないのです。 こうして、読経したくない気持ちをここに書いているのも、 たぶん納得できない一つのあがきだと思います。 毎日を明るく過ごせたならとても幸せだと思います。 そうなりたいと思うのにできない自分が悲しいです。 どうして、私はこの世に生まれてきたのでしょう。 そんなふうに、自分自身の存在すら認められなくなってしまいます。 お坊様たちはまいにちのおつとめで何を得られていますか? 多く質問し恐れ入ります。

有り難し有り難し 54
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死後、先に逝った方と再会できるのでしょうか?

以前、猫を虐待して殺してしまい、どのように自分に罰を与えるべきかと相談させていただいた者です。 その後も毎日、私が殺した猫達を思い出し、罪悪感に押し潰されそうになるとともに、回答していただいたお坊様のお言葉を胸に、反省し、少しずつですが罪ほろぼしをしていました。 自殺も考えたこともありますが、死んで楽になるのはズルいとか、自殺は私が手にかけた猫達に対する冒涜になると、苦しくとも生きようと思っていました。 昨年のことになりますが、健康診断で癌が見つかりました。 自分への罰で悩んでいたところ、天から下された罰ですので、治療することなく、猫達が味わった苦しみを少しでも感じながら死を迎えようと思っています。 進行具合から死はまだまだ先でしょうが、最近は澄みきった気持ちで、身の回りの整理を行っているところです。 ところが、どうしても気になり出したのが、死後、私が殺した猫達に会えるのかということです。 私は当然に地獄に行くのでしょうが、そのような者が天国にいる猫達に一目だけでも会えるのでしょうか? また、会うことが可能だったとして猫達は自分を殺した私に会ってくれるのでしょうか? 会えない場合、何とかしてメッセージを伝えることはできるのでしょうか? 何とかして直接謝りたいのです。 何度も繰り返された質問でしょうが、どうしても気になり質問させていただきました。

有り難し有り難し 25
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悲しみから立ち直れません。

テレビで此方のサイトを知り話を聞いていただけるかと思い書き込みをさせていただきます。 一人息子(20代前半)が自死の道を選んで約一年が過ぎましたが悲しみから立ち直れず毎日泣き暮らしています。   彼が一歳になる前に離婚し親子2人で頑張って暮らしていました。  元々精神的に不安定な子でしたが昨年一月頃住居を訪ね(大学進学し、そのまま離れて暮らしていました。)帰ろうとするとひどく嫌がり半泣き状態になりました。  私も仕事があり帰らない訳にはいかなかったのでその時は小まめに連絡を取り(週に2~3回 電話・メール・手紙等)様子を見ていました。  4月に訪ねた時は落ち着いていたようなので安心して帰ったのですが、私が帰って10日後に電話で話し、また行く約束をし「待ってるから。体に気をつけてね。」と言ってくれたのにその後に命を絶った様です。  私は話をしたことで安心してしまい一週間後に手紙を出し(手紙は返事をくれないことが多かったので気にも留めていませんでした。)、その1週間後に警察から連絡が来るまで何も知りませんでした。  一人でどんなに寂しかったろに・・・。 遺書もなく、何故一人で逝く事を選んだのか解かってやれない事も辛いです。  最後に会った時に「お母さんもこっちで暮らせばいいのに。」と言われたのに「色々有るから来れないよ。」と答えた自分が許せません。  どうして一緒にいてやらなかったのか・・・。  何をしていても子供のことを思い出し涙が出てしまいます。 時に物凄い後悔の念と虚無感、恐怖感等を感じてしまいパニックの様になる時もあります。   あの子の所に行きたいのですが本当に優しい子だったので今、私が行ったらきっと悲しむと思い、その想いだけで踏みとどまっている次第です。 元々反対されていた結婚でしたので身内は冷たく、死因の事もあり話す事も嫌がられるので相談できる相手もいません。  ただ一人で泣くだけです。 もうすぐ命日が来ますがその日が越えられるか自信はありません。 どうすれば心がしっかり持てるのか教えてください。  お願いします。  

有り難し有り難し 43
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自分の命の捉え方

自分の命の捉え方についてご相談させてください。 私は命は尊く、儚く、大切にしなければならないものと理解しているつもりです。 しかし、今までの人生を振り返ると、それは自分にだけ当てはまっていないのではないかという気がしてきました。 簡単に申しますと、死にたいほど辛いことはありますが、自らを殺す行為はするつもりがありません。 しかし、私は過去に事件や事故に遭遇し「死ぬな」と思った時に、抵抗することをしなかったのです。 生きる理由としては、親より先に死んではいけないと思いますし、子どもが自立するまでは生きて育てる義務があるからです。 しかし、私はまた死に直面したり、頭ではなく心のままに生きれば、簡単に自分の命を手放してしまうのではないかと不安になることがあります。 生きることに執着していない、がしっくりくるかもしれません。 学生時代に自殺した、親しい友人がおります。 その時に残された者の辛さも知りました。悩みも聞いていたのにそれでも死を選ばせてしまった、自分の無力さも知りました。命の尊さも痛いほど感じました。 経験したからこそ、私は人にこんなに辛い思いもさせたくありません。 それなのに、こんな感覚をもつ自分が情けなく思えてきます。 どんなに辛いことがあっても、休むことなく毎日やりきっているので、「毎日死ぬ気で生きている」と言えば聞こえはいいかもしれませんが、、、 先に申し上げた通り、母親としての責任もある中、簡単に命を手放す人間であってはならないと思っています。 辛い日は、心のままに動かないように飲酒を断ったり、今の気持ちと目標をノートに書き出して気持ちの整理をしたりとか、自分の気持ちのコントロールはある程度できているかと思います。 ですが、根本的な心で感じる自分の命の扱いが軽いままなのです。 どうしたら自分の命も人の命と同じように尊ぶことができるのか、よろしければ教えていただきたいです。

有り難し有り難し 9
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故人のネット友達に訃報を知らせるべきか

20代女性です。 数ヶ月前に20代の弟を突然亡くしました。 原因ははっきりとしませんでしたが、身体の不調による突然死のようでした。 とても辛く苦しく、そんなときにこちらのサイトに出会い、お坊様のお言葉に力を貰いながら日々なんとか生活しています。 タイトルの通り、故人のネット関係の友人についてご相談させてください。 弟にはSNSやオンラインゲーム繋がりの友人が多くいたようです。 先日、毎日の投稿が突然途絶えた弟のアカウントに対して、起きるよう頻繁に呼びかけているアカウントを複数発見しました。 このアカウントを知って以降、「未だに弟のことを気にかけてくれる人がいる」という事実にモヤモヤするようになってしまいました。 事情を伝えようとも考えましたが、故人とその方の関係性が分からず、またこうした訃報を突然知らされる側の気持ちを思うと知らぬが仏なのではないか、とも思ってしまいます。 訃報を知らせるにもエネルギーを使うため、できれば伝えない方向で考えています。 このとき、どのように気持ちを切り替えたら今後を楽に過ごせるようになるかぜひ教えていただきたいです。 取り止めのない質問を大変失礼いたしました。 ご回答お待ちしております。

有り難し有り難し 51
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