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hasunoha 問答検索結果 : 「悟り」
検索結果: 2103件
2022/10/01

修証義について教えて下さい。

祖父の葬儀を境に改めて仏教を学び始めました。  宗派は、曹洞宗です。 お坊様が唱えて下さるお経を理解した上でご先祖様や祖父に手を合わせ今後、向き合いたいと強く感じたからです。また、現在の生活の中でお経について調べる事は、小さな安らぎを感じられる学びの場になっています。 現在の学び方ですが、hasunohaにてお経についての質問をブラッシュアップしたりしながら般若心経や修証義について調べています。 また修証義については、以下の現代語訳をみつつ内容を深めています。しかし、解釈や内容が正しいのか不安もあります。 https://www.zen-essay.com/entry/soujyo そもそも、現代語訳事態がダメでしょうか? 曹洞宗の教えが分かる書物があれば知りたいです。浅い状態ですが曹洞宗の教えに…悟ることすら手放す(悟りたい欲求を手放す)座禅スタイルが凄く衝撃的で素敵な考えでもっと色々と知りたいのです。 また、触れてみた状態な上での発言で恥ずかしいのですが…お経を調べると供養する相手よりも供養する側に対する生きる上での教えを説いている様に感じました。間違ってたらすみません。 余談ですが、普段、お世話になっているお坊様の爺様に法事後、お経について調べている事や内容を理解したいとの相談をしましたら笑顔で学んで来なさいと言って経本を頂きました。宿題を逆に出された気分で終わりましたので次の法事が違う意味で緊張します…。後、曹洞宗の本山は、身近な場所にあるので一度行ってみようと思っています。 ※質問して申し訳ないのですが現在、生活苦なので「お気持ち」は後々にさせて下さい。申し訳ありません。

有り難し有り難し 6
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生きていても良い理由

助言よろしくお願い致します。 私はアダルトチルドレンです。 6歳から家を出る17歳まで 様々な事がありました。 母親が精神を強く病むようになってから 家庭環境は余計に酷くなり そして私の自傷行為が始まりました。 その頃の記憶はあまり覚えていません。 覚えているのは 母親の自殺未遂、私の自殺未遂、毎日の自傷行為です。 母親は覚醒剤を使用していました。 売り子もしていました。 家中に注射器がありました。 17歳の時当時付き合っていた彼と 彼の家族と同居が始まりましたが 彼の浮気やDV 彼の家族からのいびりが始まりました。 話し合いを重ねDVは無くなり 結婚も視野に入っていたので 子作りしたのですがやっと出来たかと思えば流産。 そして母親が覚醒剤で逮捕されました。 その後色々あり私は地元で一人暮らしを始めたのですが、元々の性格、いびりのトラウマから摂食障害になりました。 食べては吐き不眠症にもなりました。 精神の波が激しく定職に就けず 生活保護暮らしです。 私はもう 自分が幸せになれるとは思っていません。 幸せになろうと努力する事は 無駄だと分かりました。 いつ死んでもいい。生きていたくない。 なのに死ねない、死ぬのが怖い。 私は私に価値があるとは思えない。 もう頑張ることに疲れました。 去年出所してきた母親に最近言われました。 「まだ昔の事言ってんの?もう良いでしょ!お母さん散々謝ったし散々苦しんだし散々後悔したしいっぱい泣いたしもう許されても良いでしょ!」と。 脱力しました。 私は何をされても母親が好きでした。母親の愛情を求めていました。 確かに過去にされた言動は許せていました。 なのに最近だめなんです。 死んでほしい。 母親さえいなければ、こんな自分にならなかったかもしれないのに。 そう思ってしまうようになりました。 母親も過去に色々あり苦しんだのでしょう。 大変だったのでしょう。 なのに私は母親の死を願う最低な人です。 死ぬべき人は私なのに。 こんな私が生きていていい理由はなんですか? 幸せとは無縁な人生なのに 辛いことしかないのに 生きている意味はありますか? 高望みはしません。普通で良いのです。

有り難し有り難し 15
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煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 11
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仏教を勉強したいです

お世話になります 自分は 今仏教を勉強したいと思っています ここには同じようなお考えの質問者様も多数おられて 他の方の回答も読みました ただ仏教の本を読むだけでは勉強にはならず 心から尊敬できる師匠の下で学ぶのが良いという お坊さんのご回答を読みました それで私もそうしたいと思ったのですが どうやったらそのような師匠と出会えますか?? 自分の住んでいる地域で( プロフィールに書いてある職業欄の方が正確な住所です ) 出会えるのでしょうか? 変な話ですが ごく遠い知り合いの地元のお坊さんは ( お客様でした、今は疎遠です ) 女好きで、離婚歴があり 彼女がいるのに私には「 友達 」としか言わず 今女がいないからといっていました ( たまたま彼女さんをお客様として 私のお店へ連れて来て下さり その時、彼女から「 私の彼氏が連れて来てくれた 」という お話をしていて事実がわかりました ( 勿論何事もなかったように接しました ) このお坊さんは典型的な女好きだなと思いました まだばれていない時 彼女さんがいるのに、私のお店で6時間のコースを予約して 店外デートをしてみたいと言っていました ( お金には余裕があるみたいです? ) ( お断りするつもりでしたので、デートはしていませんし 今は疎遠です ) 特に何の関係もなかったですが そのお坊さんは とても笑顔が素敵な方で、お喋り好きな方で 魅力はありました 少し、気になりだした矢先でした(笑) 危なかったです!! ( かなり以前のお話です ) 血液型は関係ないですが その方はAB型で 明るく気さくな反面、いけないことはいけないと とてもハッキリとおっしゃる厳しい面もお持ちでした ( そこにも嫌気がさしましたが ) 話が長くなりましたが 遠い知り合いのお坊さんには このような方もおられ とてもこの方からいくら知り合いでも? 仏教を学びたいとは言えなくて・・・ 心から尊敬できる師匠に出来れば地元で出会いたいのですが どうしたら良いのでしょうか? よろしくお願い致しますm(  )m

有り難し有り難し 26
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2024/09/18

最悪の事態になりそうで、気が狂いそうです

正気を疑うような内容ですが、本当に切迫しているので、お話を聞いていただきたいです。 本当は表で話したくないのですが、非公開相談はお金がなく、緊急事態なので勇気を出して話します。 最近、家族を殺したらどうなるかという異常な興味と衝動がわいてしまいました。 しかも、性的な欲求も加わっているような感じがするのです。その光景を想像した時に体が性感を感じてしまい、耐えきれないほどのゾワゾワした感覚が全身に広がり恐怖を覚え、今の切迫した状況に陥っています。 恐怖と不安で毎日泣いてしまい、食事も喉を通らず、本当に興味と衝動に耐えきれず家族を殺したらどうしようと動く事すらできず、ほぼ寝たきりの状態になっています。 「大切なものを壊したらどうなるか」という思考から来ているのですが、大切なものは壊れてほしくないはずなのに、それが大切な人ならなおさら命は二度と戻ってこないとわかってるのに「二度と戻らないからこそやってみたいと思わないか?」という思考が頭によぎってきます。 特に一番大切に思っているはずの母にその衝動が向きます。他の家族にも向く事はありますが、母の時ほど切迫しません。みんな同じくらい大切な家族なのですが… そしてなぜか、衝動のほうが強くなり家族への情が消えてしまったような感覚があります。 私は家族に危害を加えてしまう事を恐れているのか、興味と衝動に従えない事に苦しんでいるのか、そもそも興味と衝動が単なる錯覚のか、それすらもわからなくなっています。 楽しいような、笑いそうな感覚もあるように感じ、自分に酔っているような感覚もあります。 私自身が元からおかしいのか、脳がおかしくなっているだけなのか… おそらく加害恐怖なのだとは思います。 母本人は相談を全て受け止めて聞いてくれて、「そうなったとしても反撃するし、グロテスクなものや血を怖がるあなたにはできないから大丈夫」と言ってくれます。 「自分も人も命と人生は一つしかない」「自分の一時の興味のために、大切な家族の一つしかない命も自分の一度きりの人生も壊すのか」と考えたら、少し気持ちが落ち着きました。でも、またいつ興味や衝動が起きてそれが勝ってしまうか…本当に怖いです。 もしこの衝動が消えなければ、家族が傷つかないよう、自殺する事を考えています。それも家族が傷つく事だとわかっていますが… どうか解決のヒントを教えてください。

有り難し有り難し 9
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