hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
hasunoha 問答検索結果 : 「 生きる 死にたい」
検索結果: 9966件

働く意味について

人はなぜ働くのでしょうか。 はじめまして。現在適応障害で休職中の23歳です。 自分の身の回りの人は、みなお金のため、生きるために働いているといいます。 でもその割には第一種産業に就いているわけでもなく、それがなくても生きているものを生産し、生きるには必要ないものを消費しています。本当に生きるために働いているのであれば、農業や漁業に従事したり、第一種産業にしか就かせない法律を作るべきだと思います。 昔は、働くとは、傍を楽にさせるという意味だと知りました。しかし便利になりきった今日、自分が何をして傍を楽にすればいいのかがわからなくなりました。 生きるために、生きるには必要ないものをつくってお金を得る。 もっといえば、会社にお金を奪いにいくのが目的で仕方なく労力を提供している、エネルギーを奪う存在はすべてなくなってしまえばいいと思いませんか? となると、人間は生きるために、他の動植物の命を犠牲にして生きなければなりません。そう思うと、エネルギーを奪う存在の僕は死んだ方がいいのかと思うようになりました。 養生訓という健康長寿本があるのはお坊さんのみなさんであればご存知だと思います。 そこには、食事の基本はごはんとみそ汁と書いてあります。 であれば、この世から、米屋さんと味噌屋さん以外の飲食を排除すべきだと思います。喫茶店も、ケーキ屋さんも、ピザ屋さんも、食パン専門店もカステラ専門店も、不健康で短命を誘発するだけの害悪食品はなくなってしまえばいいと思います。 もともと東洋医学があったので、西洋医学の病院はなくなればいいと思いませんか?

有り難し有り難し 7
回答数回答 2

助けてください

私は医療系の専門学生です。学校は忙しく睡眠時間が3時間はざらです。成績はいい方で責任のある役割を任される事もあり、先生から良いイメージを持たれていると思います。しかし先生から指導や怒られる事も多々あります。その時、「頭が良い人はきちんとしなければならない。」「そんなに出来ないと思わなかった」「頭が良いからって容赦はしない」などと言われる事がありました。頭が良いと思った事もないし頭が良いからと調子に乗っているわけではありません。ですが、そのように見えていたようで他の人とは明らかに区別されるようになりました。 私は元々気にしいで1人でいる時や寝る前に失敗やダメだと思った事が頭に浮かんでうつ状態になる事が多かったです。死にたいと言う事はたまにあり、一度だけ6年ほど前、行動に起こしそうになった事もありますが勇気はなくやめました。それ以降は行動に起こす事はありません。 しかし上記の事を言われるようになったここ3ヶ月、1人になると死にたい、消えたいと言う回数が増え、急に涙が出るようになりました。 友達はおり、いじめはなく、人間関係には問題ないと思います。 今の私の状態がおかしいのか、それとも皆も同じようにある事なのか分かりません。心療内科に行った方がいいかもしれないと思っても行く勇気がありません。行くほどの事ではないのではないかと思ったりもします。 友達や親には言っていないし言えません。 学校には行っておりいつも通り生活していますが、死にたい消えたいと思いながら生きるのはもうしんどいです。 文章がぐちゃぐちゃになってしまいました。アドバイスお願いします。

有り難し有り難し 27
回答数回答 2

自分の事も人の事も傷つけてしまう

4歳の時、叔父叔母祖父母が家族の悪口を言っているのを聞いてしまいました。 その頃から、両親と姉を守ろうとしてきました。 勉強では必ず1番、運動ではできる限り頑張り、中学受験を無事に合格しましたが、その日から自分が自分じゃないような感覚に陥りました。 勉強が嫌いになり、好きな事にも関心が持てず、常にぼーっとしていて、中1の冬に全身皮膚病になり、さらに医療ミスで症状が酷くなり、中学を休みがちになりました。 病気だけでなく、対人関係も最悪でした。 知らない人から陰口を言われ、本人に言い返した翌日から性格の悪い最低な人と同学年ならともかく全学年から言われ始めました。 言い返した私は、本当に大人気なかったと思います。 それでも、友達1人はずっと一緒にいてくれて感謝しきれません。 病気は少し良くなり、滑り止めの高校へ行きました。 高校も最悪で、入学してすぐ陰口を言われ、休みがちになりました。 中学で私の陰口を言った人が同じ高校で、社交的で綺麗なその人はすぐにたくさんの友人ができ、言いふらしていました。 我慢していたのですが、また言い返してしまい、友人のほとんどは私から距離を置き始め、悲しみや怒りから、私は本当に最低な人間になってしまいました。 側にいてくれた友人に対して、悪口を言って傷つけました。 学校に行かない私を見て、母は泣き、遂にはパニック障害、父は食事をせずに酒のみ、姉は大学の友人の影響で派手な浪費をするという家庭崩壊寸前までになりました。 高校卒業して浪人させてもらったのに、予備校でも対人関係でトラブルになりました。 もともと人目を気にする、心配性、ネガティブ思考。 一生懸命頑張っているキラキラした人の中に入るのが、とてもつらくて、今では宅浪しているクズです。 カウンセリングを受けたり、心療内科に行ったり、バイトしたりしましたが、どれも長く続きません。 今までたくさんの人を傷つけました。 両親も泣かせました。 親戚にも出来損ないだと言われました。 毎日、罪悪感でいっぱいです。 自分をつねったり、叩いたり、首を絞めたりして、その痕を見ると一瞬ホッとします。 家族のためにも罪悪感を手放して新しくやり直したい。 でも今まで傷つけた人の事を思うとこのまま苦しむべきだとも思います。 全て自分が悪いのは承知です。 生きるべきか死ぬべきか悩んでいます。

有り難し有り難し 14
回答数回答 2

知識や記憶に惑わされ苦しい

 「人徳」問題で、釋悠水先生には2度までも、日延上人にもそえぞれ懇篤なお返事を賜り感謝に堪えません。あるがままに生きてゆくほかはないのか、と次第に心定まりつつあります。ありがとうございます。  思えば今生では仏教にも仏教学にも相当に御縁を頂き、まずは深い感謝をささげるべきところ、さまざまな事情からここ10年ほど、要するに人生がしょぼく、差し当たって切迫した事情にはないものの、それでも将来を思うと、焦燥に駆られます。この場をお借りして三度まで発した「人徳」問題も、ひとえにそのことに絡んでおります。  詳しくは書けませんが、いろいろと物心両面でよくして下さった(下さっている)寺族の友に恵まれる一方、さまざまな逆縁から疎遠になった寺族の知人もおります。  そして後者に属する人々は、私が万一ぶざまな死に方をすれば、恐らく喝采するであろうことを思うと、なにくそ!と思いつつも、なかなか好転しない事態に焦りを募らせる一方でございます。  ここでいう「好転した事態」とは何を指すのかと言えば、自分ひとりまあどうにか食べてゆけて、ささやかながら晩年まで調査研究の成果を公にできて、というところでしょうか。今のところまだ、どちらも心もとない状況です。  先般、釋悠水先生がおっしゃったように、「仏様が居て下さったらそれで十分だと」思える姿を目指しとうございますが、そうなれるのも、反対になれぬのも、ひょっとして御縁であり、あるいはそこまでは到達できないのではないか? とも危惧しております。  ほんとに因果なことに、せっかく賜った御教示を素直に胸に落とせぬ自分がおります。悠水先生並びに他の回答僧諸師をがっかりさせてしまい申し訳ございません。御教示を奉じてゆく気持ちだけは捨てませんので、どうか折を見てまた御教示賜りたく、お願い申し上げます。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1

母の死の受け入れ方

今年の三月に最愛の母を亡くしました。三十分前まで自宅で話をしていた状態からの突然死でした。 私は自他共に認めるマザコンで、何をするにも母に報告しては、それに対する反応を生き甲斐としていました。嬉しいことがあった時は一緒に喜んでもらうことで幸福を倍加させ、辛いことがあった時には慰めてもらうことで苦痛を緩和できていました。 唯一絶対の味方であった母を失い、もう五ヶ月も経とうというのに絶望から抜け出せません。母が生きていた頃、私はよく「お母さんが死んだら私も死ぬから長生きしてね」と言っていました。なのに母が亡くなった今も私は生きています。そんな自分に嫌悪感を抱くのですが、私が自死すれば母がどんなに悲しむだろうと考えると死ぬこともできません。 今の望みは母の死を受け入れて、自慢の娘だと言ってもらえるよう立派に生きていくことです。しかし実際には、日々涙にくれて生活もままなりません。明るい未来を思い描きたくとも、孫を抱いてもらいたかった、まだまだ一緒に旅行したかった、介護が必要になれば面倒を見たかったと、すべてを母とのもう叶わない夢につなげて虚無感に襲われます。こうなるたびに、私は未だ母の死を受け入れられていないのだと実感します。 母は死んでしまった、この事実が変えられないのなら、死を受け入れ乗り越えて、思い出と共に笑って生きていきたいと存じます。泣くばかりでは状況が改善しないのは身に染みています。母のことを考える時、生前のように暖かい気持ちになるためには何をしたら良いでしょう。どのように考え方を変えたら良いのでしょう。ご教示ください。お助けください。今でも母を愛しています。

有り難し有り難し 17
回答数回答 1

私はどうすればいいんでしょう?

 初めまして、長文失礼します。  私は生まれてこの方良い人生がありませんでした。  それでも無理矢理強引に自分で事を進めたときだけ、ほんのちょっとだけ良いことが起きます。  (やや強引に)大阪の工場に働くことになり(派遣社員)、通勤の大変さを隠れ蓑にして実家を離れました(金食い虫などの暴言等による精神的苦痛からの逃避とも)。  しかし、もう一年は契約期間があったにもかかわらず会社の都合で3回目を待たずして、2回目で強引に契約満了にさせられ、それから大阪での一人暮らしが始まりました。  今更故郷に戻れば、死にたくなるほどの精神的苦痛を受けるため、戻る気が起きませんでした(しかもそれを言ってた母に、悪気がなさ過ぎるどころか、いつまで言ってるのと開き直るほどの無責任さを感じて、なおさら戻る気が失せました)。  そのため、保険を利用して仕事を探してましたが、全く仕事が決まらず、とうとう生活保護を受ける身となってしまいました。  しかし、私には幼い頃からのどうしても自分でも解せない欠点がありました。それが、【人並み以下の能力しかない】事です。へたしたら女性以下です。信じられないでしょうね、私もそうでした。  高校生の時、私だけ握力計が0か1でした。壊れてなかった証拠に他の人がその後使ったら、すぐに30前後の数値を出してました。  動きが鈍いらしく、周りのスピードに合わせられません。合わせようとすると必ず失敗します。まぁ自分の能力以上のことをさせられてしまうから当然の結果ですが・・・練習を何度もしても、スピードが改善されることはありませんでした。  他にもありますが、字数制限があるのでこの辺にしますが、端的に言うと、全く人の役にたたない、ただ生真面目すぎるだけの男なんです(自分で言うことではないですが、そこしか長所がないので)。  正直ここ数年、私などこの世に生きてて良い人間ではないと思い、自殺を考えることも多いです。  能力向上の努力をしても、何年かかってもできないような、無能力者の私は、死ぬしか道はないんでしょうか?  最近では、もうたたられてるしかないとでも思わないと、納得いきません・・・  まぁ、死にたい理由は、この世界に生きる希望を見いだせるほどの魅力がないからですが、それはまた機会があれば・・・

有り難し有り難し 13
回答数回答 1
2022/10/09

茹でガエルか地球のがん細胞でしかない

社会不信の塊です。 地球環境のためにも人類は即刻滅びるべき、としか思えません。 何をしたって気づいた時には全てが手遅れになっている茹でガエルになる未来しか見えないとずっと感じてきました。 自分の力も人間の力も信じていませんし、上位存在がこの世界を調整してくれるわけでもない。つまり、この地球は人間が食い潰して終わるしかありません。それを防ぐために人類滅亡を唱えるべきはずの権力者が、私利私欲の筆頭に立っているのだから始末に追えません。 私自身の人格が終わっているのはもうご承知のことと思います。なので私の人生ももう終わっています。ずっと、「辛いから死にたい」だけでなく「コイツ、いなくなればいいのに」「死ねばいいのに」という、普通の人が他人に対して軽率に向ける殺意を自分自身に向けてきました。自分を大事にすること、自分を満たすことを自分にも他人にも許しません。 生きていることそのものが何かの間違いであり思い上がりとしか感じられません。生き物は本能のために暴力を振るわざるをえない、他者を迫害することに快楽を覚える器官を持って生まれるものですから、生命があることそのものが世界の害悪としか考えられません。 私が他人の話を聞けないのは、私の話が聞かれないことが長い間当たり前すぎて、聞いてもらいたい欲が異常に膨張しているせいです。 そして、聞いてもらえるような話し方も価値のある話も持っていないから、この世界に私が生きて良い場所なんてありません。 この世界がもっと良いものだったら私だってこんな腐った脳みそしてません。けれどこの世界が良いものでないという事実がこうさせるのです。そんなことをいくら言おうが、また他人のせいにして、と私の人格的価値が低いことの証明以外にならない虚しさを繰り返してきました。私が速やかに死んだほうがいい人格をしているのは私が一番知っています。「そうです、私が悪かったです」以外の返事を許されませんでした。納得することを許されませんでした。私よりも世間体の方がずっと大事だという事実を幼い頃から突きつけられて育ちました。個より全が大事だと染み込まされて育ったから、誰もが幸せになろうと苦しむこの世界が理解できません。苦しいなら死ねる世界を作るほうが大事なのではないでしょうか。 人間だろうと動物だろうと苦しみから逃れられないから、私は生命であることを拒否したいのです。

有り難し有り難し 21
回答数回答 2

死に対する矛盾と疑問

私は家計的に仏教とは縁があり。 お坊さんの思想をとても信頼していまして、以前からこのサイトを自分自身の励みとしています。 まず私の人生を話しさせていただきます、以前縁あって地下アイドルをしていました、某AKBなんてメジャーな運営ではないので、日の目を見ることはほとんどありませんでした、それでも僅かなファンを大事にしてまいりました。 その活動の傍ら私は男になりたいう性同一性障害に苦しむようになりました、自分の求める容姿になれない、輪郭も骨格も、男になり切るには無理があると周りから言われても諦めず叶わぬ夢を追い、そのストレスの反動でたくさん親やメンバーに悪態を吐きました。 性別を変えるためには膨大な費用がかかり我が家の財産では到底無理でした、毎日苦い思いに泣く日々、鏡を割ったり死のうとするのは日常茶飯事でした。 学校もろくに行かずに3年程アイドルを続けて、そろそろ将来やべぇ、って思いました。 アイドルを辞めて、高校受験をしました、今では無事入学し、文学と生物学の勉強をしてそれなりに充実しております、見た目も男と女の中間だって、半端だってそれが自分なのだから受け入れよう、妥協したっていいじゃないかと思うようになりました。 そんなある日、何気なく死後について考えました。 死んだ後はどうなるんだろう。 思い出の服、大切な友達や家族との記憶、大好きな歌、憧れの人のことを全て忘れてしまうのかな。 やってきたこと全て無駄になるの?。 死にたくない、生きたい、ずっと生きたい。 あれだけ死ぬことばかり考えていたけれど、今度は生き続けるために画策しなければならないなんて、あぁ、なんて皮肉。 記憶は脳が作ってるから死んで脳が焼かれたらおしまい、あの世って考え方は死への恐怖をなくすための御伽話なのかな。 あの世があっても転生して魚や牛になって食われるのは勘弁だよ。 そのために今は自分なりの徳を積んでいます、散々私がいじめた親に恩返しをしています。 死への恐怖、なくなりますかね? あと人は死んだらどうなるのですか? 人格が変わってしまいました、興味と欲望と生きる気力がなくなりました、かと言って死にたくもないのでただ存在しています、死を気にしない溌剌とした自分に戻りたいです。 死という概念に囚われずに輝く同年代が少し羨ましく思えます。 今私が見えているものは灰色の世界です。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

尊厳の保持、尊重とは何か

いつもお世話になっています。 長文失礼致します。ただ今介護の資格を取得するため勉強中です。そしてグループホームで職場実習をうけているのですがそこで疑問を感じました。 認知症で段々とわけがわからなくなってしまうならば「その人が望むのならば」その人がまだ頭クリアなうちに、その人がその人らしくいられる内に亡くなった方が幸せな場合もあるんじゃないかと感じました。 生きることが必ずしもいいのか、死ぬことで保たれる尊厳や救われる心もあるのではないかということです。特に介護の環境がよくない場合は尚更です。 そう感じた理由は 実習中に入居者様から殺してくれない?と頼まれたことがあります。どんどん馬鹿になっていくと仰っていました。その時の不安そうというか悲しそうな顔はとても印象にあります。 認知症だからそういう不安等の思いも忘れてしまうのかもしれませんが忘れてしまうからいいのだろうか?と思います。 そして介護の環境です。自分の実習先では残念ながら不適切ケアと思われることも一部ですが見受けられます。不適切ケアの背景もあるのだろうけどいかがなものかと思います。そしてそんな不適切ケアが行われている中では尊厳は守られないのではないかと思います。 生きていてそういう環境におかれるならば頭がクリアなうちにできることなら慣れ親しんだ我が家、自分の部屋などで死ねるほうが幸せな場合もあるんじゃないかと思いました。

有り難し有り難し 10
回答数回答 2