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「死について」を含む問答(Q&A)一覧

いい人が若死にする理由と大切な人を亡くした友人にできること

友人の御主人が、まだ30代という若さで病気で突然死してしまいました。 子ども達もまだ幼く、これからという時に、何故という残念な思いばかりです。 御焼香をするために葬儀に行きましたが、友人と御主人が築き上げた幸せな家族の写真がたくさん飾られており、本当に素敵な家族だったのに何故?といういたたまれない思いでいっぱいになりました。 仕事関係の写真や、別れを惜しむ参列者の多さを見ても、本当に色々な人から慕われ、ご活躍されていたのだなぁと感じられ、そんな人が何故、こんな若さで…と思います。 いい人ほど若くして亡くなるとは、よく言われますが、何故、いい人が若くして突然、天に召されなければならないのでしょうか? また大切な人を亡くした友人に対して何か出来ることはあるのでしょうか? 私が引っ越す前は、子ども同士も仲良く、とてもお世話になった方なので、何か出来ることがあれば…と思いますが、直接お会いする機会も少なく、故人のご冥福をお祈りするくらいしかできないのが現状です。 今は行事や事務手続きなどに追われて、友人も悲しむ暇がないくらいに慌ただしい日々を送っているかと思いますが、大切な御主人を亡くしてしまい、心身ともに疲れきっている友人と子ども達が心配です。 今はそっと、御主人とのお別れの時間を見守る方がいいと思っていますが、いずれ何かできれば…と思います。 今はまだ、自分に何ができるのか、どのように接するのがよいのかも分からないのですが… 大切な人を亡くした方が、やって貰って嬉しかったことや、逆に失礼にあたること、負担になることなど、具体的に分かると助かります。

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死を考えています

もういい加減、生きているのが苦しいです。 あまりこういったところで書くべきではありませんが、簡単な経緯をお話しさせてください。 読み飛ばしていただいてもかまいません。 小学校に上がる前に父を亡くし、母が鬱病になりました。 祖父母の家と行き来しながら母と二人で暮らしていたのですが、あるとき父の知り合いでもあるという男が家を出入りするようになりました。 この男ははじめは優しく、母や私ともよく遊んでくれていました。 二人とも傷心でしたのですっかり信用しきってしまい、母は再婚し私は娘になりました。 これが間違いでした。 男の希望で私たちは引っ越し(ここから少しずつ家族や友人との関係を絶たれていきました)、隔絶された家の中で私たち母子はほとんど奴隷と言っていいような扱いを受けました。 男は毎日ささいなことで激怒し物を壊しては気の済むまで土下座させ、そのあと何度も殴るという有様でした。私を殴るのは母の役目です。 この頃にはもう逃げるなんて発想すらなく、常に死と隣り合わせで、恐怖で震えながら寝る毎日でした。 同時期には学校でいじめも受けていました。 もともと泣き虫でいじめられっこ気質ではありましたが、転校後のそれは教師も含めて大変悪質なものでした。 家にも学校にも休める場所がなく、毎日死のうかと考えていましたが、なんとか生き延びて今に至ります。 これらのことで精神を病んでしまい、様々な後遺症が残りました。 元から持っていたらしい発達障害と合併して生活が非常に困難です。 具体的には高校中退、大学にも行けず就職はおろかアルバイトさえろくにできません。 どうしても納得いきません。 例えば私が重大な罪を犯して、その報いとして今の状況があるなら納得はできます。 なぜ、私は真面目に生きてきたのに、他者から一方的に理不尽に人生を壊されなければならないのか。 世の中に善悪や法則などないのだから、なんでなんでと言っても仕方ありませんが、あまりに遣る瀬無いです。 人に優しく誠実に、と生きてきたつもりですがなにもかも無意味でした。 この先にも希望がありません。 私だってできることなら誰かに愛されたかったし、自分や誰かを愛してみたかった。 勿論自分にそれだけの価値や魅力がないことも理解しています。 生まれてこなかったほうがよかったとすら思います。 なにがいけなかったのでしょうか。

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主人の死の意味

主人が医療ミスにより亡くなりました。 私の唯一の愛する人でした。 私は幼い頃から家族に恵まれていなく、父の借金で本当にテレビで見るような借金取りに追われ隠れて暮らしていました。6才の頃に離婚し父と離れましたが、母もアルコール依存症で育児放棄。小学生の頃は祖母にほとんど育てて貰いました。 親の愛情は感じませんでしたが、母の鬱病やてんかんなどの病があったので、一緒に暮らしていました。 その間、幼い頃から祖母に教えて貰った『いつも仏様は見てる。いざというときは助けてくれるから』の言葉を信じて、墓の掃除や供養、母が亡くなっても祖母が亡くなっても尽くしてきたつもりです。 『いつも見守ってくださりありがとうございます』と手を合わせてきていました。 やがて私にも愛する人ができ、子供が出来てやっと家族が持てました。やっと心を落ち着かせて愛情を感じることが出来たのに、夫を医療ミスで亡くなりました。 どうして仏様はこんな事をしたんでしょう。 私には、愛する人を持つなと言っているんでしょうか? ひとりで生きていきなさい。と言っているんでしょうか? 祖母の言葉を信じ、困っている方がいたら手を差し伸べたり、寄付もしてきました。私の出来ることはなるべくしてきたつもりです。 何もかも私の願いを叶えてほしいとは思っていません。 ただ唯一の私の大事な家族だけは失いたくなかったです。そんな願いもきいてくれないんでしょうか? 小さい頃から辛い思い、寂しい思いをしてきましたが我慢してきました。自分で家族を作る為に。それを失った私はこれからどうしたらいいのかわかりません。 信頼していた仏様を信じることが出来なくなりました。また、亡くなった母や祖母にも『あんなに尽くしてきたのに、どうして助けてくれなかった!」という思いも消えなくつらいです。

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生きてるのが怖い

死ぬのは怖いです。 死は未知です、五億年という時を経っても意識は永久に無くまるで気絶した時のようです。 私はとても自殺願望が高いですが、私でもわかるようにこの世にいる人は誰も本来的には死にたくないと。 死はとても美しいものです、全てが虚無になります。 どんなにクローンが生まれたとしても、それは自分の意識でもなくクオリアもありません。 しかし同じように生きてるのも怖いです。 人生一回しかないという重い重い現実があります、そこにはどんな物理法則も変えられないという絶対的なルールがあるので一度でも足を切断やらしたら永久に手が生えてくる事もありません、誰かが死んだら永久に会えません、一度顔面に塩酸をかけられたら二度と顔は再生しません、一度ホームレスになると一生勝ち組になれません、一度HIVになると一生治りません。 悲惨な人生だったら一生悲惨なままです。離婚したら離婚したままで今後誰からも愛されることはありません。 そういうのが怖い。 人生は可塑性がありすぎて一度何かをやったらそこから変わる事がないです。 死と生は表裏一体です。 死があるから生が尊いものになります。一度しかないから一生とかいう言葉を使い自分の人生を有り難がります、死があるから身近な人が死ぬのを悲しみます。 私は、この物理法則が次々変わるのがこわいです。 現実が移り変わるのが怖い。 いまこの瞬間があるのが怖いです。 いつも恐怖や不安を抱えています。 私達は現実に金融資本で搾取されてます、労働で自分の貴重な人生の時間が搾取されています、二度と返ってこないです。 何処かで働いたら金になるだけでその時間は二度と返ってこない、私の親は底辺職に就いてたので何十年と人生を安く買い叩かれて人生という貴重な時間を費やしていました。 私は20代ですが私の貴重な時間を使用して作られた富を老人に吸われています。 また同じように過去の偉人や天才やらが貴重な人生を使用して発見、発明した数式や発明品やらなんやらを何の苦労もなく得ています。 そういうのが怖い。 いつか重い病気になったり、事故ったりして苦しみのが怖い。 来月の今頃は何か嫌な悩みが増えてると予想できるのが怖い 明日は口内炎で口が痛いかもしれない。 明後日は親友と仲違いするかもしれない。 生きるのが怖い。死ぬのが怖い。 恐怖から逃げたいです。

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死に対して敏感に反応してしまう

ここ一月、死に対して敏感に反応してしまうのが悩みです。 半年ほど前に心身のバランスを崩して退職しました。その後いろいろあって進学することになり、試験にも合格しました。 ただ大急ぎで詰め込みすぎたせいか、「あ、この勉強しんどい。これで身を立てていく自信がなくなった」と思うようになり、ボーッとする時間が増えました。 その際、本を読む時間が増えたのですが、その際死について寿命について書かれている文章を読むことが増えたせいなのか、自分の死に対して恐怖を感じてしまったり両親や家族がいつか死ぬと思うと無性にかなしくなったり、有名人の方が亡くなると「ああ、どんな人でもやっぱり死んでしまうんだなぁ」と虚しくなってしまったりすることが増えました。 今まで不幸ではありませんでしたが(学生の頃は当時の家庭環境を憎んだり、いじめにもあったりしていてツラい思いをしたこともありましたが)、幸福でもなかった人生だったので、幸福を掴みたいと努力してきたのですが、「どうせ死ぬ。自分の意識がなくなれば終わり」と思ってしまうと、もうしんどい思いをしてまで努力する必要はないんじゃないかなぁと考えてしまったりします。 こんな状態を見かねた友人が遊びに誘ってくれたりもしたんですが、全然楽しくなくてその友人には申し訳ないことをしたなぁと思ってしまったり、自分でも死に対して考えないようにしてはいるんですが、どうしても考えてしまって食欲が落ちたり胸が痛かったりしてコントロールできずに悩んでいます。 死を受け入れればいい話かもしれませんが、どうしても「死=自意識の消滅」と思ってしまうと受け入れられません。 毎日あの世はあるのかないのか、幽霊はいるのかいないのか、そんなことを考えて一日が過ぎていってしまい、どうせ死ぬのにもったいないなぁ、でも外に出て働いていたときのようなツラい目にもあいたくないから動きたくないなぁと思ってしまいグルグルグルしています。 一体どうしたらこの気持ちに決着をつけられるのか、よろしければご回答お願い致します。

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